335 ずっと帰ってこなかったら心配するよね
「お待たせしました。ベニオウの実のお菓子が出来上がりましたよ」
僕とロルフさんがかき混ぜるだけでつべたいお菓子ができる魔道具のお話をしてる間に、ペソラさんが一生懸命ベニオウの実をかき混ぜてお菓子を完成させてくれたんだ。
でもね、僕たちと違ってロルフさんがボウルに木のさじを突っ込んで食べるわけにはいかないでしょ?
だからペソラさんはちゃんとお菓子を木の器に盛りつけて、ロルフさんに手渡したんだ。
「ほう、これがそうか。じゃが見たところ、これはまだちと柔らかすぎるのではないか?」
僕たちは村でアイスクリームを食べてるから、固まりきって無い氷のお菓子を見てもびっくりしないよね?
だけどそんなのイーノックカウには無いから、出来上がったベニオウの実のお菓子を見てロルフさんはもうちょっと凍らせた方がいいんじゃないかなぁって思ったみたいなんだ。
でもそんなロルフさんに、ペソラさんは確かに初めはそう思っちゃいますよねってにっこり。
「はい。実は私もルディーン君からこれくらいでもう大丈夫ですよと言われた時、初めはもっと凍らせた方がいいのでは? と思いました。でもこれは彼が考えたお菓子ですから、もしかするとここで止めるのにも理由があるのかもと言われるままの硬さで食べてみたんです。そしたら口に入れた途端、あっと言う間に溶けてしまって。もう、そのあまりの美味しさに凄く驚かされたんですよ」
「ほう。という事は、この柔らかさも味の一つという事なのじゃな」
これくらいの方がすぐ溶けておいしいんだよってペソラさんに教えてもらったロルフさんは、早速さじでベニオウの実のお菓子を掬って……。
「いくら待っても帰って来ないと思えば。ロルフさん、ゾンビ狩りがゾンビになってどうするのですか」
食べようとしたところで僕たちがいるお部屋にバーリマンさんが入ってきたもんだから、そのせいでロルフさんはびっくりして、その手が止まっちゃったんだ。
ロルフさんはね、バーリマンさんに僕たちを探してくるって言って錬金術ギルドの中に入っていったんだって。
なのにいつまでたっても帰ってこないでしょ?
だから何かあったのかも? って心配になったバーリマンさんはここまで探しに来たんだってさ。
「おお、これはすまんかった。実はのぉ、ルディーン君がまた面白い物を作ったのじゃよ」
「面白いもの? と言うのは、その手に持っている食べ物ですか?」
「うむ。確かに、これもその一つじゃな」
ロルフさんはそう言うと、今度こそ手に持ってたベニオウの実のお菓子をパクリ。
「なるほど。これは確かに、他では味わった事のない感覚じゃな。そしてそれにもまして驚かされるのはこの味じゃ。ただベニオウの実をつぶして凍らせただけのはずじゃと言うのに、まさかこれほどの美味なるものに変わるとは」
そしたらさ、これ、すっごく美味しいねって。
でね、そんなロルフさんを見て、バーリマンさんもベニオウのお菓子を食べたくなったみたい。
「ペソラ、私の分もあるかしら?」
「はい。そう言うと思って、ご用意していますよ」
すぐに私の分もある? ってペソラさんに聞いたんだけど、そしたらもう用意してあったんだよね。
だからバーリマンさんも、それを受け取って早速パクリ。
そしたらすっごくびっくりした顔になって、ロルフさんにこう聞いたんだ。
「伯爵! これ、本当にベニオウの実だけで作ったのですか?」
「うむ。先ほどペソラ嬢が作っておるところを見ておったからな、間違いないぞ」
バーリマンさんもロルフさんと一緒で、お金持ちだからベニオウの実を食べた事があるみたいなんだよね。
でもそのせいで、このお菓子がベニオウの実しか使ってないってのを信じられなかったみたいなんだ。
「それにほれ、もう一度よく味わってみるとよい。その甘さは果実由来のもので、砂糖やミルクなど他のものを加えた味ではない事が解るじゃろ」
「……確かにそうですわね。という事はつまり、この味はルディーン君たちが持ち込んだベニオウの実そのものの味という事ですか」
そんなバーリマンさんに、ロルフさんはもういっぺん食べてみたら他のものなんか入ってない事が解るはずだよって。
でね、もう一口食べてみたらバーリマンさんにもそれがほんとだって解ったみたいで、今度は僕たちが持ってきたベニオウの実に興味を持ったみたいなんだよね。
「ねぇ、ペソラ。悪いけど、そのベニオウの実を一つ、むいてもらえないかしら?」
「はい、解りました」
バーリマンさんはそう言うと、ペソラさんにベニオウの実を切り分けて持ってきてってお願いしたんだよ。
そしてその持ってきたベニオウの実一口食べると、
「ロルフさん。あなたも一口食べて感想を頂けますか?」
バーリマンさんは一瞬だけあれ? って顔して、ロルフさんにも食べてみてよって言ったんだよね。
「ふむ。その顔からすると、何やら気になる事があるようじゃな」
と言うわけで今度はロルフさんも食べてみたんだけど、そしたら急にう~んって唸りだしちゃった。
僕たちが持ってきたベニオウの実が普通のより美味しいって事は、ロルフさんだって知ってるはずなんだよ。
それにさっき凍らせたのを食べたんだから、そのままのを食べたからって美味しすぎてびっくりするなんて事無いはずでしょ?
なのに何でか知らないけどロルフさんもバーリマンさんもベニオウの実を食べて変な顔してるもんだから、僕は何でかなぁ? って思ったんだ。
「どうしたの、ロルフさん? 何かあったの?」
「ん? ああ、いや何。ちと予想外の味じゃったものでな」
「予想外の味?」
ロルフさんはね、今食べたベニオウの実が凍らせたベニオウの実よりおいしくなかったんだよって教えてくれたんだ。
「果物である以上、個体差で多少味が違うのは仕方がない。じゃがな、この実と先ほど食べた氷菓子では根本と言える部分で味が違うと感じたのじゃよ」
「ええ。確かにこの二つは似て非なる物ですわ。でも、何が違うのでしょう? どちらもベニオウの実には変わりないはずなのに」
僕ね、そのままのベニオウの実も凍らせて作ったお菓子も、どっちを食べてもおいしいなぁってしか思わなかったんだよ?
でもロルフさんたちは、その二つが全然違う味なんだよって言うんだもん。
だから僕、もういっぺん両方を食べ比べてみたんだ。
「どっちもおいしいけどなぁ」
でもね、僕にはその違いが解んないんだよね。
あっ、もしかしたら僕が子供だから解んないのかも!?
そう思ってペソラさんの方を見たんだけど、そしたらそんな僕を見て、私も解んないって首を横に振ってたんだ。
「ロルフさん。これ、何が違うの? 僕には解んないんだけど」
「ほう。この違いがルディーン君には解らぬと、そう言うのじゃな?」
「僕だけじゃないよ。ペソラさんも解んないみたい」
「なんと。ペソラ嬢も解らぬと言うのか?」
僕もペソラさんも何が違うのか解んないんだよって教えてあげたら、ロルフさんとバーリマンさんはちょっとびっくりした顔になったんだよね。
って事はさ、ロルフさんたちは僕たちと違って、この二つは味が全然違うって感じてるって事だよね?
そしてその事に、ロルフさんも気が付いたみたい。
「ルディーン君だけでなくペソラ嬢も違いを感じなかったという事は、ある一定年齢にならぬとこの違いを感じないという事じゃな」
「伯爵! という事はまさか」
「うむ。わしとギルマスが感じたこの二つの違いには、あれの含有量が関係しておるようじゃのぉ」
ロルフさんとバーリマンさんはそう言うと、まだボウルの中に残ってるベニオウの実のお菓子を二人して見つめてたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
先日の後書きでついうっかり書いてしまったために、ロルフさんたちの言うあれが何かなんてもうバレバレですね。
まぁ物語に何の関係もなくベニオウの木が魔木であるなんて設定を作るはずもないのですから、一部の読者様にはあのネタバレが無くともこの展開はバレバレだったかもしれませんがw




