309 お酒ってブドウや麦からしか作らないんだって
「酒!? ブドウ以外の果物から酒が作れるのですか?」
ルルモアさんの話を聞いて、真っ先に大声を上げたのがお父さん。
それがすごい勢いだったもんだからルルモアさんはちょっとびっくりしたみたいだけど、すぐににっこり笑ってこう答えてくれたんだ。
「ええ。アマンダさんからはそう聞いていますよ」
「それはどんな果物でも? 森で取れる野イチゴとかでもいいんですか?」
「さぁ、そこまでは。私も詳しくは知りませんし」
でもね、そしたらお父さんがもっと詳しく教えてよって言ったもんだから、ルルモアさんは困っちゃったんだよね。
だってアマンダさんがそう言ってたってだけで、ルルモアさんは料理人の一般職を持ってるわけじゃないんだからそんなの知ってるはずないもん。
それに醸造って言うスキルだって教えてもらうまで知らなかったんだから、いくらお父さんが聞いても答える事なんてできるはずなかったんだ。
「ふむ。前々から疑問に思っておったが……なるほど、あれはそのスキルによって作られたものだったのだな」
でもね、そんな時にギルドマスターのお爺さんがこんな事をつぶやいたんだよね。
「ギルマス、このスキルについて何か知ってるのか?」
「あっ、いや。ルルモアの話から、前に帝都で呑んだことがある酒が少々変わった味だったことを思い出してな」
だからお父さんは、何か知ってるの? って聞いたんだけど、そしたら前に飲んだ時からこれって何から作ったお酒なんだろう? ってずっと不思議に思ってたのがあるんだよってギルドマスターのお爺さんは教えてくれたんだ。
「わしらが知る酒と言えばブドウから作るワイン、麦から作るエール、それとワインやエールを蒸留して作る酒くらいだろう? だが、それらとは違う風味の酒が帝都にはいくつかあるのだ」
「ギルマスは、それをこのスキルで作ってると?」
「うむ。実は前に、帝都で呑んだある酒の原料が何かと尋ねた事があるのだ。そしたらなんと答えたと思う? そいつは事もあろうに、これは芋から作った酒だと答えおったのだ」
「芋? いやいや、芋から酒なんか作れないだろう」
「わしもその時はそう思って本当の事を教えるつもりはないのだろうと引き下がったのだが、そのスキルが穀物から酒を作り出せると言うのであれば話は変わると思わぬか?」
さっきルルモアさんはアマンダさんから、そのスキルを使えば果物の果汁や穀物からお酒が作れるんだよって教えてもらったって言ってたよね?
って事はだよ、そのスキルを使えばお芋からお酒が作れたっておかしくないよね? ってギルドマスターのお爺さんは言うんだ。
でもね、それを聞いてもお父さんは納得してないみたい。
「う~ん。芋もそうだが、麦も穀物だろ? そう考えると、麦のような穂をつける作物しか酒にならないんじゃないか?」
「確かにその可能性もあるが、もし本当に芋が酒になるのなら今より手軽に酒が飲めるようになる。なにせ芋は麦やブドウに比べてはるかに収穫量が多いからな」
もし本当にそうなら夢が広がるじゃないかって、ニカっと笑うギルドマスターのお爺さん。
でね、それを聞いたお父さんもそれには納得したみたいで、
「確かにな。それに芋ならうちの畑でも簡単に作れるから、森から野イチゴを摘んで来て酒にするよりも簡単だ」
こんなこと言いながら、ニコニコ。
だってさ、グランリルの村ではお酒なんか作ってないから、今まではイーノックカウで買って来た分しか飲めなかったでしょ?
でもほんとにお芋からお酒が作れるようになるんなら、もっといっぱい飲めるようになるねってお父さんは思ったみたい。
「よし、善は急げだ。ルディーン、今からそのアマンダさんって人の所へ行くぞ」
だからすぐにそのスキルの事を聞きに行こうって言いだしたんだけど……。
「何を言ってるのよ、ハンス!」
でもね、お母さんにそんな事できるはずないでしょって、怒られちゃったんだ。
「今日もずっと森の中を歩き回って狩りをしてきたのよ? それなのにこれ以上小さなルディーンを連れまわそうだなんて、私は許しませんからね」
「そうですよ。それにただ話を聞くだけと言っても、お酒を作り出すようなスキルの説明が短い時間で済むわけがないでしょう? ルディーン君にそんな無理をさせるつもりですか?」
おまけにルルモアさんまでお母さんと一緒になって怒りだしちゃったもんだから、お父さんだけじゃなくってギルドマスターのお爺さんまでちっちゃくなっちゃった。
「じゃ、じゃあ明日だ。明日ならいいだろ? ルディーン」
「え~、駄目だよ。だってポイズンフロッグをやっつけたらみんなで森まで狩りに行こうねって、キャリーナ姉ちゃんとお約束してるもん。それなのにアマンダさんのとこに行くからダメって言ったら、お姉ちゃん、きっと怒っちゃうよ」
キャリーナ姉ちゃん、僕ばっかりお父さんたちと一緒にいるからずるいって言ってたもん。
なのにポイズンフロッグをやっつけたけどアマンダさんとこに行くからお留守番ねって言ったら、きっとお姉ちゃんはすっごく怒っちゃうと思うんだよね。
だから明日はダメって言ったら、お母さんもそうだよねって頷いてくれたんだ。
「早く知りたいんだが……やっぱりキャリーナは許してくれないかな?」
「当り前でしょう!」
「キャリーナ姉ちゃん、きっとお父さんなんか嫌いって言って、ぷぅって膨れちゃうと思うよ」
「そうよね。もしかすると、ハンスとはしばらく口をきいてくれなくなるかも」
それを聞いたお父さんは大慌て。
そりゃそうだよね。だってお父さん、キャリーナ姉ちゃんの事、大好きだもん。
なのにちょっとの間でもお話してくれないなんて事になったら、きっとお父さんはすっごくしょんぼりしちゃうんじゃないかなぁ?
「嫌いって……そんな事になったら一大事じゃないか!」
「そうでしょ? だからアマンダさんのお菓子屋さんを訪問するのは明後日にしてください」
お母さんにそう言われて、しょんぼりしながらもいいよって頷くお父さん。
「仕方がない。まぁ、どんなものから酒が作れるようになるのかが解っても、そのスキルとやらをルディーンがすぐに使えるようになるかどうかも解らないんだから今は少し我慢するとするか」
「うむ、それがよかろう。カールフェルト夫人やルディーン君の言う通り、娘さんに嫌われてしまっては一大事だからな」
そう言って、うんうんって頷いてるギルドマスターのお爺さん。
でね、それを見てたルルモアさんがちっちゃな声で僕に、
「ギルマスも前にお孫さんを怒らせちゃった事があってね、しばらく口をきいてもらえないんだって大騒ぎしたことがあるのよ」
そう教えてくれたんだ。
「そっか。ギルドマスターのお爺さんもその時、すっごくしょんぼりしちゃったんだね」
「ええ、そうよ。本当に大騒ぎだったんだから」
ルルモアさんと僕は、お父さんとギルドマスターのお爺さんを見ながらこっそり笑ったんだ。
「明後日は何時ごろにお店を訪れるつもりですか?」
ギルドマスターのお爺さんとのお話合いが終わったって事で、僕たちはお兄ちゃんやお姉ちゃんたちが待ってる宿屋さんに帰ろうとしたんだ。
けど、そしたらルルモアさんがこんな事を僕たちに聞いてきたんだよね。
だから何で? ってお母さんが聞いたんだけど、そしたらその時にはルルモアさんも一緒に行きたいって思ってるからなんだって。
「皆さんが部屋を出る際にギルドマスターから、話の内容が気になるから一緒に行って説明を聞いて来てほしいと頼まれてしまって」
「ああ、確かにギルドマスターも芋からお酒ができるかどうか、気になっているようでしたものね」
そう言えばお芋からお酒が作れるのかも? って言うのは、元々ギルドマスターのお爺さんが言い出した事だもんね。
だから気になっちゃってお仕事が手につかないと大変だからって、ルルモアさんも仕方ないなぁって思いながら、いいですよってお返事したんだってさ。
「そうですねぇ。じゃあ、当日は先に冒険者ギルドに寄るので、ここで合流しましょう」
「いいのですか?」
「ええ。アマンダさんのお店はこの冒険者ギルドからそれほど離れていませんもの。ハンスも、それでいいわよね」
「俺はその店の場所を知らないから、シーラが問題ないと思うならいいと思うぞ」
「ありがとうございます。それでは当日、私はこの冒険者ギルドでお待ちしていますわ」
と言うわけで、僕たちは明後日、アマンダさんのお菓子屋さんにまた行くことになったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
作中にワインやエールから蒸留酒を作ると出てきますが、この場合ワインがら作るのは現実と同じでブランデーなんですけど、エール(正確にはホップを加えずに発酵させたもの)から作られるのはウィスキーではないんですよ。
じゃあ何かと言うと、麦焼酎ぽい物が正解。
実を言うと、この世界にはまだウィスキーはありません。ウィスキーは蒸留したものに香料などを加えて造るので、その技術がこの世界にはまだないんですよ。
でも寝かせるとちゃんと琥珀色にはなるし、味もまろやかになっていくので麦の蒸留酒を樽で長期保存したものが高級であるという事は変わりないんですけどね。




