295 幻獣に見つかったら絶対ダメなんだよ
僕の探索魔法に引っかかった変な反応。
その正体を調べるために、僕たちはその場所に行くことにしたんだ。
でもね、お父さんはその前に、僕に絶対言っておかないとダメな事があるんだって言うんだよね。
「ルディーン。これからお前が言う変なのってのがいる場所に向かうが、もし本当にその場にいるのが幻獣だった場合は、けしてそいつに気付かれないようにしなければいけない。これは解るな?」
「うん。だって、もし幻獣だったらやっつけられないもんね」
「ああ、そうだ。だがな、物事に絶対というものはない。だからもし、その幻獣に俺たちが見つかった時は」
お父さんはそこまで言うと前にしゃがんで、僕の目を見つめながら真剣な顔してこう言ったんだ。
「俺とシーラ……母さんの二人で幻獣を抑えるから、お前は一人でイーノックカウに逃げるんだ」
僕、一瞬何を言われたのか解んなかったんだよね。
でも、ちょっとしたらその言葉の意味が解って……。
「やだよ! 幻獣ってやっつけられないんでしょ? だったらお父さんとお母さんも一緒に逃げようよ」
「そう言うわけにはいかない。相手がどんな奴か解らないし、森の中をルディーンを連れて逃げ切れるかどうかも解らんだろう?」
「ハンスの言う通りよ。それにね、臭いや気配を追う事の出来る幻獣だったらどうするの? 上手く逃げ切ったように見えても、もしかしたら私たちを追ってイーノックカウまで来てしまうかもしれないでしょ?」
お父さんとお母さんは、もしその幻獣がイーノックカウまで来ちゃったら大変な事になっちゃうじゃないか! って言うんだよ。
それにね、もしイーノックカウまで追っかけてこないとしても、やっぱり逃げるわけにはいかないんだって。
「ルディーンが言う通りなら、そいつはブラックボア程度の強さなんだろう? だったら、もしそんなのがこの森の入口付近まで来てしまったらどうなる? この街の冒険者がブラックボアクラスの魔物に太刀打ちできるはずがないし、それどころか中には一角ウサギにさえ勝てないような奴までかなりの数いるんだぞ」
お父さんはね、もしそんなのが森の入口の方まで来ちゃったら、ポイズンフロッグが出た時よりももっと大変な事になっちゃうって言うんだ。
「だからだ。もし見つかってしまったからと言っても、街の方に逃げるわけにはいかない。では奥へ行けばいいのかと言えば、それが悪手なのは流石にルディーンにも解るだろう。この森に詳しくない俺たちがそんな事をすれば、中で迷って帰れなくなるのがおちだ。だから、やはりそっちに逃げるわけにはいかない」
「でもでも、その幻獣ってのはやっつけられないんでしょ? お父さんとお母さんはどうするの? やっぱり僕だけで逃げるのなんてヤダよ」
もしかしたらお父さんとお母さんが死んじゃうかもしれない。
「ぐすっ……ふえ~ん!」
そう思ったら僕、涙が止まんなくなっちゃったんだよね。
でも、そんな僕をお母さんはぎゅってしてくれて、
「大丈夫よ、ルディーン。私もハンスも死ぬつもりなんて全くないんだから」
僕の頭をなでながら、そう言ってくれたんだ。
「ぐすっ、本当?」
「ええ。だって私たちが助かるためには、ルディーンに逃げてもらうのが一番だと思うもの」
にっこり笑いながら、僕にそう言うお母さん。
それにお父さんもお母さんとおんなじように、見つかった時は僕を逃がすのが一番助かる確率が高いんじゃないかなぁって思ってるんだって。
「ルディーン。お前はイーノックカウにあるって言う錬金術ギルドであった金持ちの爺さんの家に、何とかって魔法を使えば一瞬で帰る事ができるんだろ? だったらこの場は俺たちに任せて、お前があの爺さんに急いで助けを求めるのが一番だとは思わないか?」
「そうよ。ルディーンがすぐに帰って幻獣が出たことを知らせてくれたら、領主様から魔法の武器が借りられるもの。それさえあれば、ハンスがそんな幻獣に負けるはずないでしょ?」
そっか! ジャンプの魔法を使えば、すぐにロルフさんちに行けるもん。
そしたらストールさんに幻獣が出たんだよって話して、一緒に領主様に魔法の武器を貸してって頼みに行ってもらうんだ。
その武器さえ持って来ちゃえば、お父さんならきっと幻獣をやっつけてくれるもんね。
あっ、でも。
「お父さん。僕、イーノックカウに帰るのはすぐだけど、帰ってくるのにはすっごく時間がかかっちゃうよ?」
帰る時は魔法だけど、ここまでは歩いてこないとダメなんだよ。
だからすぐには来れないよ? って言ったんだけど、そしたらお父さんはそんなの全然問題ないって言うんだよね。
「まぁ、そうだろうな。だが心配するな。これがブラウンボア並みに強いって言うのならともかく、ブラックボア程度なんだろ? 俺とシーラの二人なら、二日くらいならかるく持たせてみせるぞ」
「ハンス。領主様から魔法の武器を借りる事が出来たら、多分ギルドマスターがそれを持ってルディーンと一緒に来るんじゃないかしら? それならギルマスが来るまでに、この印の位置まで幻獣を誘導した方がいいんじゃないかしら?」
「確かにな。ここなら川沿いで迷う事もないし、ポイズンフロッグを狩りながらでも俺たちがここに着くまで半日かからなかったんだ。ここまでおびき出せたら、たとえ領主様から武器を借りるのに手間取ったとしても明日の朝には届くだろう」
それどころか、今変なのがいるとこより、もっと解りやすいとこまで連れてきちゃおうなんて言ってるんだもん。
びっくりだよね。
でも、そんなお父さんたちを見てたおかげで、僕もきっと大丈夫だって思えるようになっててきたんだ。
「それにだなぁ。ここまでこんな話をおいて今更言うのもなんだが、今から行った先にいるのが幻獣じゃなく魔獣だった場合はそのまま狩ってしまえばいい。それにたとえ幻獣だったとしても、見つからなければやはり何の問題も無いんだ」
「そうよ、ルディーン。今話し合ってたのは、あくまで最悪の事態のお話。だから絶対にルディーンが一人で逃げなくちゃいけない訳じゃないのよ」
「そっか。僕、この先には絶対幻獣がいるんだって思っちゃってた!」
そう言えばお父さんも最初に魔獣がいたらやっつけちゃうけど、もし幻獣がいたら危ないから絶対見つかっちゃだめだよって言ってたよね。
そりゃあ見つかったら僕一人で逃げなくちゃだめだけど、でも見つかんなかったら3人で街に帰って領主様に武器を貸してって言いに行けばいいんだもん。
そしたらお父さんもお母さんも危ない目に合わなくていいんだから、もし幻獣がいても絶対に見つかんないようにしないと!
「お父さんもお母さんも、絶対見つかっちゃだめだよ」
「あら。うふふっ、この子ったら」
「ああ。俺たちは絶対に見つからないようにするから、ルディーンも気を付けるんだぞ」
「うん! 僕、いっつもキャリーナ姉ちゃんにかくれんぼがすっごく上手だねって言われてるんだよ。だからきっと大丈夫!」
僕はまだちっちゃいから、ちょっと背の高い草の後ろでしゃがんでるだけで、前からはもう全然見えなくなっちゃうんだよ?
だからね、幻獣相手でもちゃんと風下から近付けば僕、絶対見つからない自信があるんだ。
どんなのがいたって、絶対見つかったりしないぞ!
僕はそう思いながら、両手をぎゅって握ってふんす! と気合を入れたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
ルディーン君はよく忘れてしまいますが、ジャンプの魔法はこういう時に一番役に立つ魔法なんですよね。
それに倒すことはできないかもしれませんが、ハンスお父さんもシーラお母さんも、ブラックボアの上位種であるブラウンボアを狩るようなパーティーの一員ですから、ただ耐えるだけならそれほど難しくはありません。
問題は長丁場になることくらいでしょうけど、それも実を言うと、レベルが上がると持久力も上がるので、作中にハンスお父さんが言っている通り、二日くらいなら余裕で戦い続けられたりします。
……う~ん、なんと言うか、こうして文字にしてみるとカールフェルト一家がいるせいでこの騒ぎが大したことない話に見えてきますね。
本来なら、もしイーノックカウ近くの森にこんなのが出た場合、それこそとんでもない大災厄になってしまうはずなのにw




