287 ポイズンフロッグはすっごく迷惑なんだってさ
「森の異変、ですか?」
「ええ。そのせいで、うちだけじゃなくイーノックカウの飲食店の多くが困っているんですよ」
僕たちに話しかけてきたおばさんはね、このお店の店主の奥さんなんだって。
でね、そのおばさんが言うには、イーノックカウの近くにある森に怖い魔物が出るようになったから、前なら簡単に手に入ったお肉がなかなか買えなくなっちゃったそうなんだ。
「うちの料理は少し前までブルーフロッグって言う大カエルの肉を使っていたんですよ。でも少し前に毒をもつブルーフロッグの変異種が大暴れしたみたいで、それ以来この変異種を嫌って冒険者がブルーフロッグを獲ってきてくれなくなってしまったんです」
ブルーフロッグって言うおっきなカエルのお肉は、煮ても焼いてもとってもおいしいんだって。
それにそんなに強くないから簡単に狩れるうえに、1匹からでもかなりたくさんのお肉が取れるから、街のお料理屋さんはみんな使ってたんだってさ。
「そりゃあ、ブルーフロッグと同じくらい美味しい肉は他にもありますよ? でもそんな肉は、どうしても値段が高くてね」
「確かに。この店を利用する側からすると、大幅な値上げをされてはちょっと困るでしょうね」
「でしょう? だから味が落ちるのは承知で、うちの店では同じくらいの値段で買えるジャイアントラットの肉を使うようになったんです」
そっか。このお肉って、ジャイアントラットのお肉だったんだね。
おばさんが言うには、ジャイアントラットのお肉はきめの細かい赤身肉だからお料理の仕方次第でおいしくなるそうなんだよ。
でもね、このお店の煮込み料理はブルーフロッグみたいに脂が甘くていっぱいあるお肉に合うような味付けにしてあるから、ジャイアントラットのお肉だとあんまりおいしくないんだってさ。
「それにねえ、森の異変で困ってるお店はブルーフロッグの肉を扱ってるところだけじゃないんですよ」
「ほかにもあるんですか?」
「ええ。ブルーフロッグの皮は弾力がある上に水を全く通さないから、いろいろと使い道があってとても重宝されるんです」
ブルーフロッグの皮って魔物のみたいに硬くないから防具に使われる事はあんまり無いらしいんだけど、その代わり雨具に使ったり水やお酒を入れる袋に使ったりするんだって。
特に袋はなんにも入れてない時はとっても小さいのに、すっごく膨らむもんだからお水がいっぱい入るらしいんだよね。
それに破れにくいから、森とかに持っていくにはとっても便利で結構売れてるんだってさ。
だから旅商人さんたちがイーノックカウに来るとよく仕入れていくそうなんだけど、その袋を作る皮が手に入らないからみんな困っちゃってるそうなんだよ。
「それにねぇ」
「まだあるんですか?」
「ええ。これはブルーフロッグとは直接関係ないんだけど、さっき話した変異種の騒ぎで、森に行く人自体が減ってるらしいのよ」
ポイズンフロッグの騒ぎの時って、冒険者ギルドにケガした人がいっぱいいたよね。
でも実は、森の入口んとこでお店を出してる人たちや天幕にいた商業ギルドの人たち、それに森の入口まで薬草を採りに行ってるだけの人たちもその時にいっぱい怪我したんだって。
でね、そんな人たちもみんな、ポイズンフロッグを怖がって森に行きたがらなくなっちゃったらしいんだ。
「前の騒ぎの時は、森の中に入らない人たちも奥から逃げてきた冒険者に巻き込まれたって話でしょ? だから、またいつ同じことが起こるかもしれないからってね」
森で取れるのって、僕たちがいつも狩ってる動物や魔物みたいな生き物だけじゃないんだよ。
森の中には薪の代わりになる枯れ枝とかが落ちてるのはもちろん、畑で作れない薬草やハーブ類、それに森ん中でしか育たない果物とかもあるんだ。
特に僕たちの村やイーノックカウの森みたいな魔力溜まりがあるとこでしか採れない特別な果物や薬草とかもあるから、そう言うのを採りに行ってくれる人がいなくなっちゃうと、とっても困っちゃうんだよね。
「うちは畑で作る香辛料しか使ってないからいいけど、近所にあるお店は森のハーブをふんだんに使った鶏料理を得意にしてたから、今じゃ開店休業状態になってしまってるのよ」
「いやいや、ハーブより薬草だろう。もしその話がホントなら、今のイーノックカウは薬が手に入りにくくなってるんじゃないのか?」
「ああ、薬草に関しては領主様が冒険者に依頼して採ってきてもらってるから何とかなってるわ。でも、流石に枯れ枝やハーブまでは採ってきてくれないから、この頃はその手のものが値上がりしてきてるわね。それに今が夏でほんとよかったわよ。枯れ枝の供給が滞ったおかげで薪の値段も少しづつ上がってきてるからね。これがもし冬だったとしたらと考えると、正直ぞっとするわ」
うちの村でもそうだけど、みんなが狩りのついでに森で拾ってくる枯れ枝って結構な量になるんだよね。
そのおかげで冬でも薪をあんまり作んなくてもいいし、何よりその薪に火をつける時はそんな枯れ枝や一緒に採ってきた枯れ草が大活躍するんだ。
だからそう言うのが手に入らなくなっちゃうと、みんな困っちゃうんだよね。
「なるほど。まさかポイズンフロッグが出ただけで、それほどの被害が出てるとはな。ギルドがわざわざシーラの装備を整えてまで討伐依頼してくるわけだ」
お父さんにそう言われて、ちょっと苦笑いのお母さん。
それを見たおばさんは、お母さんがポイズンフロッグをやっつけてって冒険者ギルドから頼まれてるのに気が付いたみたい。
「なんだ。あんたら、ギルドから依頼を受けてるのかい? だったら頑張って退治しておくれよ。このままブルーフロッグの肉が手に入らなかったら、うちの店も傾いてしまいそうだからね」
おばさんは、ポイズンフロッグを退治してまたブルーフロッグのお肉が手に入るようになったら、その時はこのお店のおごりでいっぱいお料理を出してあげるから頑張ってねって、お父さんの背中をたたきながら大きな声で笑ったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
さて、思った以上にポイズンフロッグの発生は困った事になっているようです。
なにせ冒険者は怖がって手を出さないから全く討伐されないし、そのせいで前回の騒ぎの当事者だけでなく、その事件を知っている人も同じような目にあうのが怖くて森に入りませんからね。イーノックカウ経済はまさに大ピンチです。
その上この話には出てきませんでしたが、森の入口付近にいる鳥や獣なんかを狩る普通の狩人も今は森に近づかないので、その手の物まで実は不足し始めているんですよね。
シーラお母さん。責任重大ですw




