２８３　大聖堂の中はね、とってもすごいとこだったんだよ

「一通りの説明も済みましたし、ご質問もないようですから、そろそろビシュナ様の聖印の元へと参りましょう」

　案内の神官さんはそう言うと、僕たちが入ってきたのとは反対っ側の扉を開いたんだ。

　でね、その扉から金ぴかの部屋を出ると、そこには下り階段があったんだ。

「それほど急な階段ではありませんが、小さなお子様もいらっしゃいますので、親御さんは気を付けてあげてください」

　神官のお兄さんの後ろについて階段を降りていくと、そこは短い通路。

　そしてそれを進むと、今度はのぼりの階段があったんだよね。

「この階段をのぼった先が、聖印のある場所となっております」

　そこをのぼるといよいよ大聖堂の聖印がある場所らしいんだけど、その階段の上の方から人の声がいっぱい聞こえるんだよね。

　でも大聖堂の入口んとこで、今日はすいてるからお祈りするとこは僕たちだけしかいないって言ってたよね？

　だから僕、何で？　って思ったんだけど、その階段をのぼったらその理由がすぐに解ったんだ。

「なるほど、あの階段はここにつながっていたと言うわけか」

　そこがどこなのか、お父さんはすぐに解ったみたい。

　階段をのぼったとこはね、確かに神官のお兄さんが言った通り聖印の前だったんだけど、そこは聖印が置いてあるだけのちっちゃなお部屋なんかじゃなくって、この大聖堂の一番奥にあるおっきな広間だったんだよね。

「わぁ！　お母さん、後ろに人がいっぱい居るよ」

　そして僕たちが今いるとこは、その中でも一番奥にあるすごく立派な祭壇の前だったんだ。

　でね、そんな僕たちがいるとこの後ろには柵があって、その向こうには人がいっぱい居たもんだから、キャリーナ姉ちゃんはびっくりしてお母さんの手を引っ張りながらそう言ったんだよ。

　でもね、手を引っ張られたお母さんもやっぱりびっくりしてたみたいで、

「前にここに来た時は私たちも後ろの人たちと同じところからお祈りしたんだけど……この場所は神官しか入れないとばかり思ってたわ」

　こんなとこに入れるなんて思わなかったって言うんだ。

　僕たちの後ろにいる人たちは、大聖堂の入口でお金を払って入ってきた人たちなんだって。

　でね、お母さんも前に来た時は後ろの人たちとおんなじとこからお祈りしたらしいんだけど、その時はこの場所で偉い司教様や司祭様がお祈りをしてたもんだから、ここには普通の人は入っちゃダメなんだって思ってたんだってさ。

　そっか。ここってあんまり入れないとこなんだね。

　そう思った僕は、それならちゃんと見とかなきゃ！　って周りをきょろきょろと見渡したんだ。

　この広間はさっきのお部屋と違って金色なのは祭壇の一部、聖印とその回りだけなんだよ。

　でも僕たちがいるとこの真上はお外から見えたおっきな塔のとこだったみたいで、その丸いドーム状の天井や壁にいっぱい付いてる窓から光がその聖印が置かれてる祭壇にさしてキラキラしてるもんだから、とってもきれいなんだ。

　それにね、この広間の壁にもいろんな装飾がしてあるし、後ろを振り向くと柵の向こうにはとっても高い天井から何本かの燭台が付いたシャンデリアが吊り下げられてるんだよ。

　その他にも、石でできた柱には彫刻がしてあるし、祭壇の後ろの壁にはいろんな色のガラスで絵まで書いてあるんだもん。

　そのすごさに、僕はびっくりしちゃったんだ。

「それでは皆様、そろそろお祈りをお願いいたします」

　だけどそれは僕だけじゃなくって、お兄ちゃんやお姉ちゃん、それにお父さんたちも一緒だったみたいなんだよね。

　だからみんなしてボケーってしてたもんだから、案内の神官さんにこう言われちゃった。

「そっ、そうですね。それじゃあシーラ、まずは俺たちがお祈りをすますぞ」

「ええ。それがいいわね」

　と言うわけで、まずはお父さんとお母さんからお祈り。

　この祭壇前ではね、村でいつもやってるのや後ろの柵のとこにいる人たちとはちょっと違うお祈りの仕方をするんだよ。

　これはさっきの金色のお部屋で神官のお兄さんから教えてもらったんだけど、聖印の祭壇前には細長い絨毯が敷いてあって、お祈りする時はまずそこに両ひざをつくんだって。

　でね、そしたら両手をバッテンの形にして胸に手のひらを付けてから目をつむって、神様にいつもありがとうってお祈りするんだってさ。

　でね、その時にはちゃんと自分がどこに住んでる誰なのかも神様に教えてあげないとダメなんだよ。

　なんでかって言うと、そうしないとせっかくありがとうって言っても神様は誰から言われたのか解んないからなんだよって、神官のお兄さんはそう言ってたんだ。

「お祈りするのに、おひざをつくなんてちょっとふしぎ」

「そうね。それに神様に自分の名前を教えてあげないとダメなんて初めて知ったわ」

　お父さんたちがお祈りしてるのを見ながらお姉ちゃんたちがこんなこと言ってたんだけど、僕も神様に名前を言わないとダメなんて知らなかったんだよね。

　でもこれはこの大聖堂だけじゃなくって、他の神殿や村の簡易神殿でもほんとはそうしないとダメなんだって。

　それとね、今日は絨毯の上におひざをついてお祈りするでしょ？　こんなの他ではあんまりやって無いけど、ホントはこのやり方が正しいそうなんだ。

　でも絨毯はとっても高いし、それにこのお祈りの仕方だといっぺんにたくさんの人がお祈りできないでしょ？

　今日はビシュナ様の聖印の前だからちゃんとやらないとダメだけど、だから後ろの人たちとか他の神殿とかでは立ったままお祈りしてもいいんだってさ。

「さて。俺たちのお祈りは終わったから、次はディックとテオドルの番だな」

「「はい」」

　お父さんたちのお祈りが終わったから、次はお兄ちゃんたちの番だ。

　聖印の祭壇の前に敷いてある絨毯はそんなにおっきくないもんだから、そんなにいっぺんにはお祈りできないんだよね。

　だからお父さんたちの次はお兄ちゃんたちで、その次はお姉ちゃんや僕って言うようにおっきい順でお祈りする事にしたんだよ。

　お兄ちゃんたちのお祈りが終わったら、いよいよ僕やお姉ちゃんたちの番。

　お兄ちゃんたちと入れ替わりで祭壇の前まで行くと、レーア姉ちゃん、僕、キャリーナ姉ちゃんの順で絨毯におひざをついたんだ。

　なんでかって言うと、僕が一番小さいから失敗しないようにレーア姉ちゃんがやってるのを見ながらお祈りしなさいねってお母さんが言ったから。

　もう！　僕だってちゃんとできるんだけどなぁ。

「ルディーン。ちゃんと心の中でグランリルの村から来たルディーン・カールフェルトですって、ビシュナ様に言うんだよ」

「その後に、お祈りするのも忘れないでね」

　だけどそう思ってるのは僕だけみたいで、レーア姉ちゃんもキャリーナ姉ちゃんも、こんなこと言うんだよ。

「うん、解ってるよ。レーア姉ちゃん。キャリーナ姉ちゃん」

　でも心配してくれてるのは解ってるから、僕はお姉ちゃんたちに向かって笑いながらそう答えたんだ。

　レーア姉ちゃんが両手をバッテンにして手のひらをお胸に付けたから、僕とキャリーナ姉ちゃんも同じように両手をバッテンにする。

　そして目をつむると、僕はビシュナ様の聖印にお祈りをしたんだ。

（グランリルの村に住んでる、ルディーン・カールフェルトです。８歳です。いっつも見守ってくれてありがとうございます）

　こういう時、神官の人たちはお祈りの言葉とかを言うみたいだけど、僕たちはただお礼を言えばいいんだって。

　だから僕、言われた通り心の中で一生懸命ビシュナ様にお礼を言ったんだ。

「あれれっ？」

　でもね、なんだかその時、僕は誰かにじっと見られてるような気がしたもんだから、つい、つむってた目を開いて周りをきょろきょろとしちゃったんだ。