277 ほんとはケーキが作りたいんだけどね
「ところでルディーン君」
ちょっと難しい特許のお話が終わったところで、アマンダさんがなんだか怖い笑顔で僕に話しかけてきたんだ。
「なぁに? アマンダさん」
「君さ、さっきこのお菓子を試食した時、何か物足りないような顔をしてよね?」
でね、アマンダさんはスポンジケーキを指さしながら、僕にこう言ったんだよね。
「えっ、僕、そんな顔してた?」
「ええ。焼きあがったのを一口食べた時に、私の自慢の菓子を口にした時と同じような顔をしてたもの。当然気付くわよ」
アマンダさんはね、さっきのスポンジケーキを作る時に自分の作ったお菓子とおんなじ物を作ろうとして、僕が入れた方がいいって思ってるものをわざわざ材料の中に入れなかったんじゃないの? って言うんだ。
……まぁ、さっき食べたお菓子には入って無かったよなぁって僕、ホントならスポンジケーキに入れるはずのバターをわざと入れなかったもん。
だからアマンダさんが言ってるわざと入れなきゃいけないものを入れなかったってのは、本当にその通りなんだよね。
「そっか。うん、そうだよ。このスポンジケーキはね、生地にバターを入れるともっとおいしくなるんだよ」
「生地にバターを? なるほどねぇ。確かにバターを生地に練りこめば香りがよくなるだろうし、生地もバターの油分でしっとりするかもしれないわね」
アマンダさんはそう言うと、それを確かめるためにもう一回厨房に行こうとしたんだよね。
でも、それを横で聞いてたレーア姉ちゃんが、
「ねぇねぇ、それだけじゃないんでしょ? ルディーンはさ、バターを入れるなんて”当たり前な”事だけじゃなくって、もっとおいしく作れるやり方があるって思ってるんでしょ?」
って急に言うもんだから慌てて立ち止まると、レーア姉ちゃんと僕の方を見たんだよね。
こんなこと言いだしたんだから多分アマンダさんは、レーア姉ちゃんが何かを知ってるんじゃないかな? って思ったんじゃないかな?
でも、レーア姉ちゃんはお菓子なんか作らないから、そんなの知ってるわけないんだよね。
だから僕、お姉ちゃんになんでそう思ったの? って聞いたんだよ。
けど、そしたら、
「だってルディーンが、そんな顔してたもん」
だって。
「本当なの? ルディーン君」
でね、それを聞いたアマンダさんがそう聞いてきたんだよね。
だけど僕、ちょっと困っちゃったんだ。
だってさ、生クリームを使った派手なのや干した果物を生地に入れるケーキは、さっきお母さんが内緒ねって言ってたパンケーキにも使ってるから教えちゃだめだもん。
だからそれ以外でって事になるけど、なんかあったかなぁ? ……そうだ! バターだけじゃなくって、はちみつを入れたのもおいしいんだっけ。
あっ、でもはちみつを入れると甘くなりすぎちゃうからお砂糖を減らさないとダメだし、はちみつもどれくらい入れたらいいのかも僕、解んないんだ。
「もしかして、聞いちゃいけない事だった?」
そんな事を考えてた僕がうんうんって唸ってたら、何か勘違いしちゃったのかアマンダさんが心配そうな声で聞いてきたんだよね。
だから僕、違うよって教えてあげたんだ。
「あのね、お母さんにないしょねって言われたのがあるから、言っちゃダメなのもあるんだよ。でもね、アマンダさんに言ってもいい事もあるんだ」
「そっか。それで、それはどんな内容なの?」
「えっとね、このスポンジケーキは多分、はちみつを入れてもおいしくなるんだよ。でも、そしたらお砂糖を減らさないとダメでしょ? だけど僕、はちみつをどれだけ入れていいのかもわかんないし、どんだけお砂糖を減らしていいのかも解んないんだ」
でもそれだけだとダメでしょ? だからさっき考えてたはちみつのお話もしてあげたんだけど、そしたらそれを聞いたアマンダさんが大丈夫よ、だって。
「そういう分量に関してを試行錯誤するのは、私たち料理人の仕事ですもの。ルディーン君は思いついたことをそのまま私に教えてくれたら、自分で何とかするわ」
「そっか。だったらもう一個あるよ」
卵の黄身を増やすと味が濃くなるでしょ? だから生地に黄身だけ一個余分に入れるといいよって教えてあげたんだ。
「僕んちはお母さんがね、毎日朝にフライパンの上で割った卵を焼いてくれるんだ。でね、僕はいっつもそんな黄身のとこだけをパンに付けて食べてるんだけど、そしたらすっごくおいしいんだよね。だからさ、スポンジケーキだってきっと黄身を増やした方が絶対美味しいよね? って僕、思うんだ!」
「なるほど。確かに黄身と白身を分けるのなら、そういう使い方もありね」
と言うわけでアマンダさんは僕が言った、卵の黄身を一つ増やしてはちみつを入れたスポンジケーキを試作する事にしたんだ。
厨房に引っ込んだアマンダさんなんだけど、それからちょっとして僕たちが思ってたのよりずっと早く帰ってきたんだよね。
だから僕、作るのに失敗しちゃったのかなぁ? って思ったんだけど、
「その事だけど、オーブンで焼くと時間がかかるでしょ? だからその前に、試しに少量をフライパンで焼いてみたのよ」
でも早く帰ってきたのは、ちゃんとしたのを作らなくてもフライパンを使って小さなホットケーキみたいにして焼けば味が解るでしょ? だからそうしたんだってさ。
「ただ、生地にはちみつを混ぜたからなんだろうけど、同じように焼いてみたらちょっと焦げてしまったのよね。それでも良ければ、ちょっと食べて感想をくれないかな?」
「うん、いいよ!」
アマンダさんが持ってきたバスケットの中をのぞき込むと、ちょっと黒くなっちゃってるちっちゃなホットケーキがいっぱい入ってたんだよね。
でもね、さっき食べてみたら味はそんなに悪くなかったから試食するだけなら大丈夫だよってアマンダさんは言うんだ。
それに今回のはちょっと焦げちゃってるけど、これだって最初だから失敗しただけで、何度か繰り返し練習すれば、きっとおいしいものが作れるようになるはずなんだってさ。
と言うわけで、さっそくみんなはそのちっちゃなパンケーキを手に取ってパクリ。
「あら、表面の茶色が少し濃いから苦いんじゃないかな? って思ったけど、これはこれで香ばしくておいしいじゃないの」
そしたら真っ先にルルモアさんがこう感想を言ったんだよね。
「ありがとうございます。どうやらこの菓子は、はちみつの味と香りが強いので少々苦みがあってもおいしく食べられるようなんですよ」
「わぁ、私、さっきのよりこっちの方が甘くて好き!」
「うん。ルディーンがいつも焼いてくれるのもおいしいけど、こういう味のパンケーキもいいわね」
でね、続けて手を伸ばしたキャリーナ姉ちゃんとレーア姉ちゃんも、そう言いながらバスケットの中のお菓子をパクパク食べてうれしそうだ。
さっきからみんなが食べてる新しいスポンジケーキ用の生地で焼いたパンケーキだけど、お姉ちゃんたちの言う通り、確かにいつも焼いてるのとは全然違う味でおいしかったんだよね。
でもさ、僕には一つ、気に入らない事があるんだ。
だってこれ、食べてみたらカステラみたいな味だったんだもん。
だったら、焼いたふちっこには絶対あれが無いとダメだよね。
だから僕、それがあるのを食べたいからって、アマンダさんにまださっきのお菓子の生地は残ってるの? って聞いたんだ。
そしたらまだ残ってるよって言ったもんだから、僕はさっきとは逆にアマンダさんの手を引っ張って一緒に厨房に行ったんだよね。
「えっと、ほんとにこれでいいの?」
「うん! うまく行ったらさっきより、もっとおいしくなると思うよ」
やってみたらフライパンにくっついてるとこがちょっと溶けちゃったけど、これはこれでおいしくできたんじゃないかな?
「生地を落とす前に少しだけ砕いた砂糖をフライパンに撒いてって言われたときは少し驚いたけど、確かにこれは面白い食感でおいしいわね」
「ねっ、おいしいでしょ?」
そう、僕が欲しかったのはカステラのふちっこについてるザラメなんだ。
これがあると、カリカリしておいしいんだよね。
そしてこのザラメはみんなにも大好評。
お姉ちゃんたちやルルモアさん、それにお母さんもザラメが付いたカステラ味のパンケーキを、みんなおいしいおいしいって喜んで食べてくれたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
題名の作りたかったと言うケーキですが、ルディーン君は真っ先に思いついたもののお母さんから生クリームや果物の事は言っちゃだめって言われてるので、言い出せませんでした。
もし作っていたらこの世界のお菓子界に一大革命を巻き起こしていたでしょうに。
しかし、お菓子屋さん編が終わらないなぁ。
ほんとならもっとあっさりと終るはずだったんだけど、書いているうちに新しい案が浮かんでくるは、そのせいで楽しくなっちゃうは。
でも、キリがないから、とりあえず次回で終わらせるつもりです。
終わるよなぁ?w




