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272 実はね、ルルモアさんはすごい人だったんだよ


 お母さんがお手伝いをしてもいいよって言ったから、僕はオーナーさんと一緒にお菓子屋さんの奥にある厨房に移動したんだ。


「あら、オーナー。どうしたんです、こんな所へ。それにその子は一体?」


 そしたらそこに料理人さんの格好をした女の人がいたもんだから、僕はびっくりしたんだよね。


 だってさ、僕が今まで見た料理人さんはみんな男の人だったもん。


 だからきっと、料理人さんは男の人しかなれないんだねって思ってたからなんだ。


「ああ、実は君に頼みたい事があってな」


 でもね、オーナーさんの話からすると、この人はやっぱりこのお店のお菓子を作ってる料理人さんみたい。


 だってこの女の人に、さっき出したパンケーキをどうやって作ったのか、僕に見せてあげてって言ってるんだもん。


「オーナー正気ですか? これは貴族かそれに準ずる方が秘匿するようにと指示を出している菓子なんですよ? それを子供とは言え、人に作り方を見せろだなんて」


「いや、それなんだがな、その不思議なパンのような菓子は、どうやらこの子が発案者のようなんだよ」


 オーナーさんの話を聞いて、料理人のお姉さんはちょっとびっくりした顔したんだけど、すぐに目を細めてちょっと怖い顔しながらオーナーさんの顔を覗き込んだんだ。


 何でかって言うと、どうやら料理人のお姉さんはオーナーさんの言ったことが信じられなかったからみたいなんだよね。


「そんな事を言っても騙されませんよ。こんな小さな子が、あのお菓子を開発する事なんてできるはずないじゃないですか。材料に使われている粉一つとっても、今まで誰も使った事がないものなんですよ?」


「確かに焼いた小麦粉を膨らませる粉などと言うものは、今回商業ギルドから渡されるまで私も聞いたことすら無かった。だがな、だからこそ何の根拠もなければ私だってこんな話を信じたりはせんよ」


 オーナーさんは、さっき僕がパンケーキの前に持ってきた焼き菓子の違う味の作り方を教えてあげた事を料理人のお姉さんに話したんだ。


「そんな作り方が?」


「うむ。あの焼き菓子は小麦粉を水ではなく油で練ると言う、今までにない調理法で作られている。それだけに初めて口にしたものは、たとえ料理人であってもどのように作られているのかに気を取られて、そこから味をさらに進化させようなどと考えはしないとは思わないか?」


 オーナーさんは、そんなお菓子の違う味の作り方を僕が教えてあげたから、パンケーキも僕が作ったんだよって言ったお母さんの話を信じたんだって。


「あの焼き菓子も、パンのような菓子も今までの常識にとらわれた料理人が思いつけるものではない。そんな菓子のレシピが二つも同時に世に出たのだ。そのどちらも同じ者が作り出したのだと言われても私は驚かないよ」


「確かにそうですわね」


「それにな、あのルルモアさんがこの子があの焼き菓子やパンケーキを作ったと聞いて、驚きはしたものの少しも疑わなかったのだ。これは信用に値するのではないか?」


「ルルモアさんがですか!?」


 それにオーナーさんが、ルルモアさんが言ってるんだからきっとあってるよって言ったら料理人のお姉さんはすっごくびっくりして、それならきっとほんとなんだねって信用したみたいなんだ。


 でも、ルルモアさんって冒険者ギルドの受付のお姉さんで、別に料理人さんとかじゃないよね? なのになんでルルモアさんが言ったならそうなんだよねって信じちゃうんだろう?


 そう思った僕は、オーナーさんになんで? って聞いてみたんだよ。


 そしたら、


「ああ、彼女はこの街の料理を出す店で知らない者はいないと言うほどの有名人だからなんだよ」


 なんて言うもんだから、僕、びっくりしちゃったんだ。



 ルルモアさんってとっても長生きのエルフだから、かなり前からイーノックカウに住んでるんだって。


 でね、そのおかげで、この街で長く続いてるお店の殆どすべてを昔から食べ歩いてるそうなんだ。


「彼女の舌は本物でね、材料の質を落としたり、料理長が辞めて弟子に変わったほんのわずかな味の違いさえ気づいてしまうんだよ」


 ルルモアさんが一口食べて、ん? って顔をしたらみんな慌ててどうしたのって話を聞きに行くくらい、料理人さんはルルモアさんの事を信頼してるそうで、中には新しい料理を作ったら必ず試食を頼みに行くお店まであるんだってさ。


「焼き菓子の事だけじゃなく、そんな彼女があのパンのような菓子を作り出したのは君だと聞いて納得しているのだから、それを聞いて私も確信したんだよ」


「そうなんだ。でも僕、ルルモアさんにお菓子を作ってあげた事、無いよ?」


「そうなのかい? だが、それでもルルモアさんが信じたという事は、彼女の中に何かしら根拠があったからなんだと私は思うんだ。だから例えルルモアさんにふるまった事がないと聞いても、この菓子を君が作ったという話を信じることに変わりはないんだよ」


 こんな風にオーナーさんが信じてくれたみたいに、料理人のお姉さんもパンケーキを僕が作ったって信じてくれたみたい。


「その、すまなかったね、疑ったりして。もしよかったら、私が作るパンのお菓子の作り方を見て、おかしな所がないか教えてもらえないかな?」


 そう言って、お姉さんは頭にかぶってた白いバンダナを取って、僕にそうお願いしたんだよ。


 だから僕は、いいよ! って元気よくお返事したんだ。



「教えを乞う立場なのだから、まずは自己紹介させてもらうわね。私はアマンダ・フォーセル。この店でお菓子作りを任されてるわ。気楽にアマンダって呼んでね」


「僕はルディーン・カールフェルトです。アマンダさん、よろしくお願いします」


 ニカって笑いながらアマンダさんが挨拶してきたから、僕もちゃんとご挨拶。


 このアマンダさんは、茶色っぽい赤くてストレートの長い髪を後ろでひとまとめにして細いリボンで縛ってる、ちょっと釣り目の美人さん。


 背が高くてすらっとしてるし、腕も僕が今まで見てきた料理人さんみたいに筋肉がついてるわけじゃないから、お外であったらこの人が料理人さんだなんてきっと解んないんじゃないかな?


 でも、このお店では料理長を任されてて、今はお休みの時間だからここにいないけど、何人かの料理人さんに手伝ってもらって、このお店で売ってるお菓子を全部作ってるんだってさ。



「それじゃあ、とりあえず作って見せるわ。どこかおかしな所があったらあとで聞くからよろしくね」


 僕がパンケーキを作ったってのにも納得したし、挨拶も済んだって事で、アマンダさんはさっそくパンケーキを僕に作って見せてくれることになったんだ。


「まずは卵を溶いてっと」


 ボウルに割り入れた卵を、アマンダさんは木のフォークで手早くかき混ぜると、それを目の粗い布でこしてカラザや黄身についてる膜を取り除いた。


 これってプリンを作る時は僕でもこういう事するけど、パンケーキではあんまり変わんない気がするからやった事が無いんだよね。


 でもアマンダさんは料理人さんだから、こういうとこまでしっかりとやるんだよ。


 でね、その溶いた卵に牛乳と細かく砕いたお砂糖、それに前もってふるいにかけてあった小麦粉を入れて、


「あっ、やっぱりやってる」


 アマンダさんは、それをフォークでしっかりとかき混ぜ始めたんだ。


 小麦粉っていっぱいかき混ぜるとねばぁってしてくるから、僕がパンケーキを作る時はさっさっさって混ぜて、ちょっともったりしてきたらちょっとくらい粉が残ってても混ぜるのをやめちゃうんだよね。


 だってちゃんとふるいにかけといた粉なら、置いとくだけで勝手に溶けちゃうもん。


 だからあんなに一生懸命混ぜるよりも、ほっといて溶けるのを待った方が絶対においしくなるんだよ。


 あとね、ここまでで一つ、僕とアマンダさんとの作り方で大きく違うとこがあるんだ。


「それじゃあ、ここで商業ギルドから貰った不思議な粉を入れるわね。でもこれ、その日によって膨らみ方が違うから一枚焼いてみないと解らないのよ。だから最終工程の前に少し焼いてみて、足りないようなら後で調節するようにしてるわ」


 僕の場合、小麦粉に混ぜてからふるいにかけるんだよ。


 そうすればちゃんと小麦粉全体に混ざるし、入れすぎちゃったりすることがないからね。


 でもアマンダさんは小麦粉の粘りが強かったら膨らまないからって、毎回最後に入れてるんだってさ。


 そんなんだからベーキングパウダーもどきが入りすぎちゃったり、一か所に固まったりして苦くなっちゃってるんだろうなぁ。


「さて、生地もしっかりと練ったし、あとは1時間ほど寝かせば完成ね」


「えっ!? 生地を寝かすの?」


「ええ、そうよ。だってパンを作るのだから当たり前じゃないの」


 僕が生地を寝かすの? って聞いたもんだから、アマンダさんはびっくりしたやったみたい。 


「パンを作る時はね、あらかじめ小麦粉に水を加えて3~4日かき混ぜながら寝かせたものを作っておいて、それを新たに小麦粉や塩、それに水や牛乳なんかを合わせた生地に混ぜて作るのよ。だから商業ギルドから渡された粉は、そのあらかじめ作っておく寝かせた小麦粉と同じような効果があるんじゃないかと私は考えたの」


 アマンダさんはお菓子だけじゃなくって、このお店でパンを焼くこともあるんだって。


 だからいつもやってる作り方から、ベーキングパウダーもどきがパンを作る元になるもののすごいのだって思ったそうなんだ。


「だから最初はこのお菓子も生地をよく練ってから寝かして、それをまた練るって言う工程を繰り返すものだって思ったのよ。けどレシピにはこのお菓子はできた生地をすぐに焼いて作ると書いてあったから、本来なら何度も寝かす工程を1度だけにしてるんだけど……もしかして違うの?」


「うん。僕、生地を寝かした事なんて一度もないよ」


 そっか。僕、よく練ってるとこだけが違うのかなぁ? って思ってたけど、全然違う作り方をしてたんだね。


 それじゃあ、僕が作ってるのと全く違うものになっちゃっても仕方ないか。



 読んで頂いてありがとうございます。


 アマンダさんが作り方を説明してるこの世界の、と言うかルディーン君たちが普段食べてるパンは、いわゆるサワードウ・ブレッドのようなものだと思ってください。


 空気中の乳酸菌で発酵しているので少々酸味がある上にある程度柔らかくはなるのですが、あまり膨らまないのでちょっと硬いんですよね。


 因みにですが、天然酵母で作ったパンも一応存在しています。


 ただ、ドライイーストと違って作るのに手間がかかるのと、作り方自体がある意味秘伝のようになっているのであまり広くは知られていないんですけどね。



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― 新着の感想 ―
[良い点] みんながルディーン君を信じてくれた! さぁ次は本当の作りかたを伝授しておいしいパンケーキを食べよう(作ろう)! [一言] 配布されたレシピは「混ぜる」とだけかかれていて混ぜ方や加減のような…
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