271 えっと、これもなの?
「ところで、オーナー。さっき、いくつかの試作品って言っていたわよね?」
あの後、オーナーさんからこの焼き菓子って別の味は無いの? って聞かれたもんだから、僕が練る油の中にバターを入れたり、ハーブの代わりにチーズを入れたりしてもおいしいんだよって教えてあげてたんだけど、そしたらルルモアさんがこんなことを言い出したんだよね。
「おお、そう言えばそうでした」
それを聞いたオーナーさんは手をポンと叩いて、すっかり忘れてましただって。
この人、お菓子の話をしだすとつい他の事を忘れちゃうそうで、今も新しい味の焼き菓子の話を聞いて別の試食品の事を忘れちゃってたんだってさ。
「それでは次のをお持ちします。これからお出しするのはかなり画期的な品物ですから、ルルモアさんもきっと驚かれると思いますよ」
「へぇ、それは楽しみね」
オーナーさんはニコニコしながらお店の奥へ引っ込むと、今度は大きなトレイの上に中のものが見えないようにってボウルをひっくり返したようなものを乗っけて持ってきたんだよね。
そしてそのトレイをテーブルの上に置くと、オーナーさんは僕たちに向かって自慢げにこう言ったんだ。
「釜やオーブンがなくとも焼けて、なおかつ甘くてとても柔らかい、菓子のようなパンでございます」
そしてトレイの上にかぶせてあったものを取ると、そこにはお皿の上に何枚も重ねられた丸くてひらぺったいパンのような物が。
「確かにパンみたいに見えるけど、これはパンじゃないの?」
「はい。これは生地を鉄板の上に流して焼くだけで出来上がる、画期的な商品なのです。私もこの話を商業ギルドで聞いた時は少々訝しいと思ったのですが、店で焼いてみて本当に驚きました。どうぞ、ご賞味ください」
オーナーさんがそう言うと、その後ろからワゴンを押してついて来てた店員さんがルルモアさんの前にカトラリーとお皿を置いて、そのパン? を一枚だけ乗っけてくれた。
「それでは頂くわね」
と言うわけでルルモアさんはそのパン? をナイフで一口大に切り分けると、早速パクリ。
そしたらさ、すっごくびっくりした顔になっちゃったんだよね。
「何これ、ものすごく柔らかいじゃない! それにとっても甘くて確かにお菓子みたいだわ。ねぇオーナー、あなたはこれを本当にオーブンなしで作ったって言うの?」
「はい。その通りでございます」
その返事に目を見開くルルモアさんと、その反応を見て得意げなオーナさん。
で、僕たちはと言うと……。
「まさか村で食べてるおやつの焼き菓子の後に、今度はパンケーキが出てくるとは思わなかったわ」
「そうだね。それにあれ、生クリームどころか、ジャムもバターものってないよ」
「でもでも、もしかしたら、干した果物が入ってるかもしれないよ」
お家でいっつも食べてるパンケーキが、それもただ焼いただけのが出てきたもんだからお姉ちゃんたちはがっかりしちゃって、オーナーさんたちに聞こえないくらいの声でこんなことを話し始めちゃったんだよね。
だから僕、慌ててもしかしたら焼いただけじゃないのかも? って言ったんだけど、ルルモアさんが切ったパンケーキを見てみたらそこには何にも入って無くって、ちょっとしょんぼり。
とまぁ、僕たちはオーナーさんがとっても嬉しそうに話してるもんだからそんな風にこそこそ話してたんだけど、そしたらルルモアさんがその様子に気付いちゃったみたいで、まさかって顔しながらお母さんに聞いてきたんだ。
「えっと、カールフェルトさん。ちょっと聞きたい事があるんだけど……もしかして、これも?」
「ええ。ルディーンがいつも焼いてくれている、パンケーキと言うお菓子ですわ」
お母さんがそう言うと、ルルモアさんとオーナーさんはびっくりを通り越して固まっちゃった。
そりゃそうだよ。だってルルモアさんはさっきあんなに驚いてたし、オーナーさんも作ってみてホントにびっくりしたって言ってたもん。
これも僕が作ったんだよって聞いたら、二人がこうなっちゃっても仕方ないよね。
「ねぇ。オーナーさんがさっき、みんなも食べて感想を頂戴ねって言ってたし、私たちもせっかくだから食べてみない?」
「うん! 私も食べてみたい!」
そんなルルモアさんたちに僕たちが何かできるわけでもないよね? だから今のうちに食べちゃわない? ってレーア姉ちゃんが。
でね、その意見にキャリーナ姉ちゃんも賛成したもんだから、いつも僕が作ってるのとどう違うのかみんなで食べ比べする事にしたんだよ。
でもね、一口食べてみるとプロのお菓子職人さんが作ったはずなのに、このパンケーキはあんまりおいしくなかったんだ。
「レーア姉ちゃん。これって、ルディーンが焼いた方がおいしいよね」
「ほんとだ。ルディーンが焼いたのだともっとふっくらしてるもんね。それにちょっと苦い」
「う~ん、多分だけど生地を焼く前にかき混ぜすぎちゃったんだと思うよ。それとね、ベーキングパウダーもどきも、僕が作るのよりいっぱい入れちゃってるんじゃないかなぁ?」
バーリマンさんが言ってたけど、ベーキングパウダーもどきっていっぱい入れると苦いんだって。
だからちょびっとしか入れちゃダメなんだけど、でもパンケーキって生地を混ぜすぎると粘りが出るから膨らみにくくなるでしょ? だからいっぱい入れちゃったんじゃないかなぁ?
「そっか。だからルディーンが焼いた方がおいしいんだね」
そう言って笑い合う僕とお姉ちゃんたち。
そしたらそれが聞こえてたのか、さっきまで固まってたオーナーさんがいきなり僕にこう言ったんだ。
「お客様。申し訳ありませんが、もし宜しければ! 本当に宜しければですが、厨房にてこのパンケーキと言う菓子の焼き方をうちのシェフに伝授してもらえないでしょうか!」
「ええっ!?」
オーナーさんが言うには、さっきの焼き菓子は商業ギルドから売り出す予定のレシピで、偉い人がパーティーとかで広める物じゃなかったんだって。
でもこっちは本当に大事なお菓子で、おかしなとこがあったら絶対にダメだから、もし教えてもらえるんだったらお願いしますってオーナーさんに言われちゃったんだ。
でも僕、お母さんから一人で火を使っちゃだめだよっていっつも言われてるんだよね。
「ねぇ、お母さん。僕、オーナーさんのお手伝いをしてもいい?」
「そうね。オーナーさんが困ってるみたいだし、いいと思うわよ」
だからお母さんに、いい? って聞いたんだけど、助けてってお願いされたんだからいいよって言ってくれたんだ。
でもね、その時、小さな声でこんなことも言われたんだ。
「ルディーンの事だから、これもきっと錬金術ギルドの人たちに教えたんでしょ? それなのにオーナーさんが上にジャムやバターをのせたり生地に干したフルーツを混ぜたりしてないって事は、きっとその人たちが秘密にしてるって事だとお母さんは思うのよ。だからね、それは秘密にしておかないとダメよ」
「うん、わかった。ないしょだね」
ロルフさんたちはきっと、出された人たちをびっくりさせたくて内緒にしてるんだよね。
それが解った僕は、お母さんにお手伝いはするけど上にいろんなのを乗っけるのはしゃべらないよって約束したんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
パンケーキって簡単なようで意外と作るのが難しいんですよね。特に丸くてフワフワのを焼こうと思うと、きちんとしたやり方を知らないとまずできません。
私も前からホットケーキミックスを使って焼いてはいたんですけど毎回硬くなったり変な形になったりして、ちゃんと焼けるようになったのはパンケーキブームで焼き方をいろいろなテレビ番組で教えてくれるようになってからだったりします。
まぁ、それでもお店で食べるのほどおいしくは作れないんですけどねw




