265 僕が知らなかっただけでお店には前からあったんだって
目的のものだけど、僕から見えてるのは裏っ側だから、それがほんとにそうなのかは解んない。
だから急いでそれが乗ってるテーブルのとこに行ったんだけど、
「もう! こんなに高かったら見えないじゃないか!」
それが乗ってるテーブルは大人の人が買うようなものが置いてあるからなのか、背が高くって僕じゃその上を見る事ができなかったんだよね。
だから僕、何とか見ようと思ってぴょんぴょんと飛び跳ねてたんだ。
「ルディーン、何をやっているの? お店の中で暴れちゃダメでしょ。それに、いきなり走り出すのもいけない事よ。人にぶつかったりしたら、危ないじゃない」
そしたらお母さんが、ちょっと怒りながらこっちに来たんだよね。
「あっ、お母さん。この上が見たいから、抱っこして」
「このテーブルの上を?」
だから僕、お母さんに抱っこしてもらって、テーブルの上を見ようと思ったんだ。
でもそれを聞いたお母さんは、何か勘違いしたみたい。
「あら。こんなものをお母さんに作ってくれるつもりなの?」
だってさっきまでちょっと怒った顔してたのに、そのテーブルの上を見たお母さんは急にニコニコしだしたんだもん。
って事はさ、お母さんはこのテーブルに置いてあるものみたいなのを作って欲しいって事だよね?
「そんなの、どんなのがあるのか見てみないと作れるか解んないよ。だからお母さん、早く抱っこ!」
「はいはい。ちょっと待ってね」
上に乗ってるのがどんなのか解んないけど、お母さんが欲しがってるんだから僕が作れるのなら作ればいいだけだよね。
でもそれより、さっきから気になってるものが本当にあれなのかを早く確かめたかったんだ。
「ほら、これで見えるでしょ」
だからお母さんに抱っこしてもらった僕は、真っ先にそれを探したんだよ。
そしてそれが思っていた通りだった事が解って、すっごく嬉しくなったんだ。
「お母さん。僕の顔、僕の顔が映ってるよ!」
「あらホント。鏡なんて久しぶりに見たわ」
そう、そこにあったのは鏡なんだ。
グランリルって魔物をいっぱい狩るから、村の人たちはみんな結構お金を持ってるはずなんだよね。
でも鏡なんて誰も持ってなかったから僕、この世界には無いんじゃないかなぁ? って思ってたんだ。
だけどお母さんが知ってるところを見ると、珍しいだけでない訳じゃなかったんだね。
「えー、なになに?」
「お母さん、ルディーン。何があったの?」
そんな風に僕が大興奮で鏡を見てたもんだから、他んとこでアクセサリーを見てたお姉ちゃんたちが、何があったの? ってこっちに来たんだよね。
だからお母さんは、僕が鏡を見てびっくりしたんだよって、お姉ちゃんたちに教えてあげたんだ。
「そう言えばルディーンはこういう店に来たの、初めてだもんね」
「レーア姉ちゃんは前に見た事があったそうだけど、私だって昨日初めて見たんだもん。ルディーンがびっくりするのも当たり前だよ」
そしたら、レーア姉ちゃんは前から鏡を知ってたみたいなんだけど、キャリーナ姉ちゃんは昨日初めて鏡を見たんだよって言うんだ。
そっか、鏡を見た事が無かったのって、僕だけじゃないんだね。
因みにこの鏡だけど、ガラスでできてるんじゃなくって、多分鉄だと思うんだけど、銀色の金属の板でできてるんだ。
だからちょっと曇った感じなんだけど、それでもちゃんとお顔が映るから買おうと思ってるアクセサリーが自分に似合うかどうか、ちゃんと見て確かめる事ができるようになってるんだよね。
でもこれ、お店の奥の方のテーブルに乗ってるし、近くに店員さんもいるから盗まれる心配はないだろうけど、こんな風に誰でも使えるようになってるって事はそんなに珍しい訳じゃないって事だよね?
なら何でうちの村にないのか、余計解んないや。
「お母さん、この鏡ってやつ、何でうちにないの?」
「あら、ルディーンは鏡が欲しいの? でもそれはちょっと難しいかもしれないわね」
お母さんに教えてもらって初めて知ったんだけど、鏡って作るのにすごく時間がかかるそうなんだ。
それに、こんな風にきれいに映るようにするにはすっごい技術がいるから、作れる人も少ないんだってさ。
だからね、こういうお店屋さんからの注文だけでも作る職人さんが足らないから、普通の人は売ってもらえないんだよってお母さんは言うんだ。
「この鏡はね、上質な鋼の板を砥石って言うざらざらした石を使ってちょっとずつ削りながら作っていくそうなのよ。でも全体をきれいな平らに削るのはとっても難しいから、大きな鏡はお貴族様でも手に入れるのが難しいそうよ」
そりゃあとっても硬い鋼だって、クリエイト魔法を使えばある程度は平らにできるよ。
でもさ、魔法使いになるのも職人さんになるのもすっごく大変だから、魔法が使える職人さんなんているはずないよね?
それに、クリエイト魔法を使ったって鏡にできるほど表面をきれいにする事はできないんだ。
と言うわけで、たとえ魔法を使っても最終的には職人さんが手で一生懸命削ってくしかないんだよね。
けど、うまくやんないといろんなとこがへこんじゃうでしょ? そしたら最後の仕上げで表面をピカピカに磨いても、そこが歪んじゃうからうまく映んないんだって。
だからそうならないように、本当に鋼の表面をまっ平らにできる職人さんじゃないと鏡は作れないんだってさ。
「そっか。だからお母さんも持ってないんだね」
「私だってもしお金で買えるものなら、一枚くらいは欲しいんだけどね」
そう言いながら笑うお母さん。
無かったらなかったで問題は無いけど、僕だってもしお家にあったら便利だろうなぁって思うもん。
だからお母さんのそんな気持ち、僕も解るんだ。
僕がそんな事考えて、お母さんにお家にあったらほんとにいいのにねって話してたら、それを聞いてたキャリーナ姉ちゃんが、何かいい事を思いついたんだって。
「鏡、ルディーンが魔法で作ればいいんじゃないの」
「えー、こんなつるつるのなんて、魔法じゃ作れないよ」
キャリーナ姉ちゃんって魔法なら何でもできるって思ってるみたいなんだよね。
だからこんなことを言い出したんだけど、でも僕は作れない事が解ってるからできないよって教えてあげたんだ。
「そうなの? じゃあ、魔道具でだったらできる?」
「魔道具で鏡作るの?」
ところが今度はこんなことを言い出したんだもんだから、僕、びっくりしちゃった。
「キャリーナ、さっきも言ったけど鏡は腕のいい職人さんじゃないと作れないのよ。そんなの、いくら魔道具でも作れるはずないじゃない」
「そっか。ルディーンなら作れるかなって思ったんだけどなぁ」
だけどお母さんがそんなの作れるはずないよって言うもんだから、キャリーナ姉ちゃんも、そうだよねって納得したみたい。
でもさ、
「ほんとに作れないのかなぁ?」
確かにクリエイト魔法で鏡を作るのは、相当レベルが上がったとしても多分無理だよ。
でも、もしかしたら魔道具を使えば作れちゃうんじゃないかな?
今はお出かけの最中だからダメだけど、もし作れたらお母さんやお姉ちゃんが喜ぶから後で考えてみよって、そんな事をこの時の僕は思ってたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
なんとなく小物雑貨屋編が終わりそうなラストですが、まだ続きます。
お母さんに何を作ってあげるか、まだ決まってませんからね。




