233 イーノックカウへの道には危険がいっぱいなんだよ
お尻が痛くならない馬車が出来上がった数日後、僕たち家族はみんなでイーノックカウへお出かけ。
「本当に揺れないのね」
「なんかお家で椅子に座ってる時みたい」
レーア姉ちゃんとキャリーナ姉ちゃんは、今までのとは全然違う乗り心地の魔法の馬車に大はしゃぎだ。
当然道はいつものようにデコボコだし、馬車の輪っかはいつもみたいにガタゴト言ってるんだよ。
でも僕たちが乗ってる荷台はフロートボードの魔道具で浮かんでるから、曲がった道の時にちょっとだけ横に振られるくらいでほとんど揺れないんだよね。
「当たり前だよ。フロートボードは物を載っけて運ぶ魔法だもん、揺れたら落ちちゃうじゃないか」
「確かにルディーンの言う通りなんだろうけど、この馬車って上り坂とか下り坂になるとちゃんと傾くでしょ? なのに車輪が揺れても、その上にある荷台が揺れないのが不思議だわ」
どうやらお母さんは、坂道になると僕たちが乗ってる荷台が道に沿ってちゃんと傾くのに、揺れだけは伝わらないのが不思議みたい。
でも、これはフロートボードの魔法の能力なんだよね。
ステータス画面によると、この魔法って発動させるとまず浮かび上がったフロートボードの中心の高さが固定されるんだ。
でね、そこを中心にして縦と横に十字の線が引かれるような感じで、傾きを感知する力場ができるんだってさ。
だからこの馬車の場合、魔法陣を刻んだ魔石を起動させるとそこを中心に光の板が生まれて、そこを基準に馬車の下っ側の傾きに合わせてその板全体が傾きを変えるようになってるみたいなんだ。
「フロートボードは壁とかを作る時におっきな石を運ぶのに使うでしょ? だから坂とか階段とかの上を通る時は、ちゃんと傾くんだよ」
「階段も? でも、ルディーン。そんなに傾いたら上の物が落ちちゃうんじゃない?」
「大丈夫だよ、レーア姉ちゃん。フロートボードの魔法は載っかってるものをくっつけるから、滑って落ちちゃうことはないんだ」
「そっか。なら安心ね」
普通の板とかなら落っこちちゃうけど、そこは魔法の板だもん。
でもね、くっつくのはフロートボードにだけだから、載っけた荷物の上にまた荷物を積んじゃうと傾いたときに滑って落ちちゃう事があるんだよね。
だから、そういう時はちゃんとひもか何かで縛っておかないといけないんだよ。
「揺れないのもそうだが、荷物を多く積んでるにもかかわらず引いてる馬の足取りも軽いな」
「今日は荷物だけじゃなく、私たち家族全員が乗っているのにね」
この新しい馬車はグランリルの村で使ってる他の馬車とおんなじ大きさだから、いつも街に行く人がいる時みたいに村の近くの森で取れたいろんな素材も載っけてるんだよね。
なのにすいすい進んでるもんだから、馬車を引いているお馬さんもいつもより楽そうなんだ。
「これも魔法のおかげかな?」
「それもあるけど、べありんぐとか言うののおかげで車輪がいつもよりよく回るのも、馬が楽に引けている理由なんじゃないかしら?」
お母さんの言うとおり、フロートボードだけじゃなくってベアリングも思ったより効果が出てるみたい。
だってさ、この馬車って輪っかの周りやそれを通してる棒なんかが鉄でできてるし、下っ側の荷台にしてる板も長持ちするように結構頑丈に作ってあるからかなり重たいんだよ。
でも、お馬さんはそれがまったく気にならないみたいにパカパカ歩いてるんだから、やっぱりベアリングも付けといて良かったよね。
「何にしてもだ。馬の様子からするとこの馬車には今までよりもさらに多くの荷物が詰めるって事だろうし、街から村に物を運ぶのがこれからはもっと楽になるって事だな」
「そうよね。この頃は魔道リキッドを使う量が増えてきているし、それに今まであまり買ってくる事が無かったセリアナの実や植物の油なんかも仕入れるようになったもの。思った以上にこの馬車は重宝されるでしょうね」
そう言って笑うお父さんとお母さん。
そっか。僕、お尻が痛くならない事ばっかり考えてたけど、この馬車だといっぱい積めるからみんな大助かりなんだね。
ほんと、作ってよかった。
そう思って、僕もお父さんたちと一緒に笑ってたんだ。
でもその時、
「おい、そこの馬車! 止まれ!」
そんな怒鳴り声が聞こえてきたんだ。
だから何があったんだろう? って思って前を見てみたんだけど、そしたらそこにたくさんの男の人が武器を持って立っててびっくり。
あれ? でもさっきまで居なかったよね? だって、いたらお父さんが馬車を止めてたはずだもん。
って事はいきなり馬車の前に飛び出してきたって事? 危ないなぁ。
僕は武器を持って立ってる人たちを見ながらそんな事を考えてたんだけど、どうやら別の意味で危ない事になってたみたいなんだ。
「命が惜しければ、荷物と馬車を置いて行け」
「それと女どももな」
だって前に立ってる人たちがこんなことを言い出したんだもん。
だから僕、もっとびっくりしちゃったんだ。
「お母さん……」
「大丈夫よ、キャリーナ。お父さんもお兄ちゃんたちもいるもの」
それにキャリーナ姉ちゃんも、いきなり何が起こったのか解んなくって、お母さんを見上げながら不安そうな顔をしてるんだよね。
そしてそれを見たお父さんは、
「貴様ら、うちの娘を怖がらせるとは、いい度胸だな」
そう言いながら、ものすごく怖い顔して武器を持った男の人たちを睨んでる。
でもさ、相手はいっぱいいるんだよ。それに、お父さんは前にうちの村の馬車は襲われないんだって言ってたじゃないか。
なのに襲ってきたって事は、この人たちはきっと強い悪もんなんだと思うんだ。
もしかしたらお父さんでも危ないかもしれない!
そう思った僕は、ちょっとでも手伝えるように慌てて体に魔力を循環させたんだ。
でね、お母さんやお兄ちゃんたちも僕と同じ考えだったみたいで、横に置いてあった弓を手に取ったり、腰の剣に手をかけていつでも戦えるようにしてるんだよね。
でもそんな僕たちの様子を見て、前を塞いでるおじさんたちは何かちょっとびっくりしてるみたい。
なんと言うかなぁ、この人数で脅せばいう事を聞くと思い込んでたのに、何で全員でこっちと戦おうとしてるんだ? って思ってるように見えるんだよね。
そして、
「おっ、おいあれ……」
一人が何かに気付いたみたいで、その人が僕たちの乗ってる馬車を指さすと急におじさんたちがざわざわし始めたんだ。
「あの焼き印って……」
「まさか! ぐっ、グランリルにはあんな馬車、無かったはずだぞ」
「そう言えばあの馬車、妙に新しくないか……」
「まさか、新しい馬車を作ったのか!?」
どうやらさっきのおじさんは馬車に付いてるうちの村の焼き印を指さしてたみたいで、それを見てからみんな青い顔になってワタワタしだしちゃったんだよね。
って事はもしかしてこの人たち、僕たちがグランリルから来た事を知らなかったの?
そう思った僕は、最初に僕たちに声をかけた男の人を鑑定解析で見てみたんだ。そしたらこの人、まだ見習い戦士2レベルだった。
そっか。間違えて襲ってきたんだね。
でもさ、お父さんはもうカンカンなんだよ? このままだとみんなぼこぼこにされちゃうんじゃないかなぁ? それに横を見ると、お母さんも怒って弓を構えようとしてるんだもん。
「駄目だよ、お母さん。そんなの撃ったら、死んじゃうよ」
お母さんはうちの村でも弓の名手って言われてて、あのブラウンボアの固い背中の皮だってお母さんが射ると矢が刺さっちゃうんだよ。
それなのに、そんなのをあの人たちに撃ったら、かすっただけでも死んじゃうかもしれないじゃないか。
そう思った僕は慌てて止めたんだけど、お母さんはにっこり笑ってこう言ったんだ。
「別にいいじゃない。キャリーナを怖がらせたんだから」
「そうだな。それに野盗なんざ、皆殺しにしても誰も困らんだろう」
「「「ひぃっ!」」」
おまけにお父さんまでそんな事を言うもんだから、武器を持ったおじさんたちの顔は青を通り越してもう紫色だ。
でも、お父さんやお母さんにおじさんたちを殺させるわけにはいかないよね。
「スリープ」
だから僕、さっき体に循環させた魔力を使って、眠りの魔法でおじさんたちをみんな眠らせちゃったんだ。
よかった、馬車の前に固まってくれてて。
もしばらばらだったらいっぺんに眠らせられなかったもん。そしたら、寝なかった人たちが危なかったもんね。
「おいルディーン、これって」
「お父さん。いくら悪もんだからって、簡単に殺すなんて言っちゃダメ!」
「えっ!? いや、でも野盗は普通、殺すもんじゃ……」
「お父さんはダメなの。あとお母さんも!」
「えっと……ごめんなさい。つい」
お母さんなんか、いつも僕に弱い者いじめしちゃだめよって言ってるのに! この人たちって、キャリーナ姉ちゃんより弱いんだよ。
もう! 大人なのに、二人とも困っちゃうなぁ。
読んで頂いてありがとうございます。
危険がいっぱいだったのはルディーン君ではなく、野盗たちがでしたw
このネタ、実はグランリルの村人が強い事が知れ渡ってるから、野盗はその馬車を絶対に襲わないって話題の頃からいつか書こうと思っていたものだったりします。
そりゃあ野盗も新しい馬車じゃ、それがグランリルの馬車だなんて気が付きませんよね。ある意味詐欺ですw
まぁルディーン君のおかげで誰も死なずに済んだのだから、彼らは運がよかったのでしょう。
これが後日この馬車を借りてイーノックカウに向かっている別の村人だったら、きっと全滅だったでしょうから。




