232 お尻が痛くならない馬車ができたぁ! んだけど……
お爺さん司祭様が来たから馬車づくりはちょっとお休み。
みんなでお貴族様が使ってるお尻が痛くならない馬車が、どうやって作られてるのかを聞くことになったんだよね。
「そう期待を込めた目で見られても困るのう……術者がフロートボードの魔法を使っているというだけで、馬車自体の構造はいたってシンプルなのだから」
そう言って笑うお爺さん司祭様に教えてもらったんだけど、そしたらお貴族様の馬車って本当に簡単な作りだったんだ。
4つの輪っかが付いた平たい板だけの荷台に御者台と馬をつなぐための棒を取り付けて、その上にワゴンて呼ばれる、お貴族様が乗る箱が載ってるだけなんだって。
「そっか、荷台とお貴族様が乗る箱んとこは、そんな風につなげてたんだね」
でね、下の荷台んとこは上に載っかるワゴンよりちょっと大きめに作ってあって、その四隅には鉄の棒が付けてあるそうなんだ。
そしてその棒に通す太い鉄の輪っかが、二個の輪っかだけで作った短い鎖で上に乗っかるワゴンの四隅に付けられてるんだってさ。
「うむ。だがな、この鎖でつなぐという単純な事に気が付くまでは、この馬車はかなり不評だったのだぞ」
「そうなのですか?」
僕が感心してる横で、お爺さん司祭様が言ったことにお父さんがなんで? って顔したんだ。
でもさ、そんなの当り前だよね。
「うむ。フロートボードで浮いていると言っても、ただ鉄の棒をワゴンに開けた穴に通しただけではその棒から振動が伝わってしまうからのぉ」
そうなんだ。
僕も最初は上の荷台に穴を開けて、そこに棒を通して下の荷台とつなげようと考えてたんだよ。
でも、よく考えたらその棒のせいで下が動いたら上も同じように動くんじゃないかな? って思って、これじゃだめだって気付いたんだ。
だから僕、ひもかなんかで上と下をつなごうかなぁって思ったんだけど、それだと動く時や止まった時、それに道が曲がってる場所を通る時なんかには僕たちが乗るところが大きく動いちゃうから、これもやっぱりだめだって思ったんだよね。
だからお貴族様の馬車がどうやって上と下をつないでるのかが気になったんだけど、鉄の棒に輪っかを通してるだけだから上下の振動は僕たちが乗る荷台には伝わらないし、それにそんな短い鎖なら前後左右にもあんまり動かないもん。
すごく簡単な事だけど、これってほんとすごい発見だよね。
一番の問題点だった馬車の上と下をつなぐ方法をお爺さん司祭様に教えてもらえたもんだから、そこからの馬車づくりは一気に進んだんだ。
資材置き場に置いてある木材はいろんな大きさに切られた板ごとに分けられてるから荷台とかはそれを使うだけでいいし、一番作るのが難しい輪っかの所も僕がクリエイト魔法で何個かの部品に分けて削りだしたのをお父さんやお兄ちゃんが組み立てるだけだからね。
「ルディーン君は金属の加工もできるのだろう? ならば車輪には魔物の皮だけでなく、その上から鉄も使って補強した方がよいと思うぞ」
「そっか! その方が丈夫になるもんね」
馬車の輪っかには分厚くて丈夫なブラックボアとかの背中のなめし皮を張る事が多いんだけど、これは木で作った輪っかが石とかを踏んだりして壊れなくするためだけじゃなく、なめし皮の柔らかさで走ってる時の振動を抑えて馬車を壊れにくくするためなんだ。
でも、その上から更に鉄とかで補強してやれば、そのなめし皮がすり減る事がないからもっと長持ちするようになるんだよね。
「うむ。車輪の曲面に厚めの鉄の板を添わせるのは鍛冶師でもなかなか骨の折れる作業だし、その鉄の板に釘を打つための穴を開けるのもかなりの腕がいるから実際にその処理をしようと思えばかなりの金がかかる。だが、ルディーン君はクリエイト魔法だけじゃなく、ディグの魔法も使えるという話だから容易かろう?」
「うん。大丈夫だよ」
実際にそう言う馬車を見た事があるお爺さん司祭様に教えてもらいながら、僕はお父さんたちが組み立てた輪っかに鉄を巻いてからディグで釘穴をあける。
この魔法だと鉄には穴が開くけどなめし皮や木でできてる車輪には穴が開かないから、あっと言う間に4つの輪っかとも完成したんだ。
「それじゃあお父さん、お願いね」
「おう、任せとけ」
釘を打ってもらうために輪っかをお父さんに渡すと、今度はお兄ちゃんたちのとこへ行って下の荷台作りのお手伝いだ。
「ルディーン。俺たちでべありんぐとか言うやつを取り付けていくから、動かないようにここを押さえといてくれ」
「うん!」
お兄ちゃんたちは僕が輪っかを作ってる間に下っ側の荷台をひっくり返して、輪っかを付ける場所に印をつけておいてくれたみたい。
それにさっき僕が作ったベアリングも4つともその横に用意してあったんだ。
でね、お兄ちゃんたちが印に合わせて置いたベアリングを僕が動いちゃわないように押さえてると、それを二人がかりでどんどん固定していくもんだから、あっという間にできちゃった。
「あとは棒を通してっと。これでいいか? ルディーン」
「うん、大丈夫だよ」
実験で作ったのと違って、本番で作ったベアリングの内っ側の輪っかには、鉄の棒をとめるための出っ張りが作ってあるんだよね。
だから今度はお兄ちゃんたちに通した鋼の棒が動かないように押さえてもらってるうちにディグで3ミリくらいの穴を開けて、それからそこに片方の先っぽが曲がってる鉄の棒を差し込んでからクリエイト魔法でまっすぐな方も曲げて固定する。
これ、魔法でやるんだからくっつけちゃってもよかったんだよ。
けど、そうすると鉄の棒が折れちゃったとき、ベアリングから作り直さないといけなくなっちゃうからこうしたんだ。
「おい、こっちは終わったぞ」
僕たちがベアリングを付けてる間に、お父さんも輪っかの釘打ちが終わったみたい。
と言うわけで、クリエイト魔法で作った石の台の上にお父さんとお兄ちゃんが馬車の下っ側を載っけて、それに出来上がった輪っかを鉄の棒に取り付けていく。
「ルディーン、車輪はこうやってつけるんだぞ」
僕ね、てっきりこれもベアリングの時みたいに穴を開けてつないじゃうんだって思ってたんだ。
でも、お父さんが言うにはそれじゃダメなんだって。
お父さんは滑り止めなのかな? 鉄の棒に黄色っぽいドロッとしたものを塗ってからブラックボアのなめし皮を巻き付けると、そこにさっき作った輪っかを取り付けたんだ。
でもね、なめし皮でほとんど隙間はなくなってるけど、あれじゃあちょっと走ったら簡単に外れちゃうんじゃないかなぁ?
でも、そこでお父さんが取り出したのは片方が薄くなってる三角形の木の板だ。
「ディック、動かないように車軸を押さえていてくれ」
「うん、わかった」
よく見ると輪っかの穴の一部にちょっとだけ切込みが入ってるとこがあって、お父さんはそこに木の板をあてると木槌でコンコンと打ち付けていったんだよね。
そしたら三角の木の板がどんどん中に入って行って、輪っかがしっかりと固定されちゃったんだ。
「ほら、ルディーン。馬車側の軸の所を見てみろ。あのなめし皮は両端で厚さが違っていてな、内側は車輪の穴より軸に巻いたなめし皮の方が太くなってるんだ。それに車輪の穴も少し斜めになっているからああやってくさびを打ち込むと締まって固定されるんだぞ」
それを見てびっくりしてたら、テオドル兄ちゃんがそう言って教えてくれたんだ。
「車輪はいくら丈夫に作ったとて消耗品には変わらぬからのぉ。だからああして、すぐに取り外せるように取り付けるのだ」
そして横で聞いてたお爺さん司祭様も、なんであんな付け方をするのかを僕に教えてくれたんだ。
輪っかが4つとも付いたところで、ひっくり返して馬をつなぐ棒を付けたら一番大変な馬車の下っ側は完成。
そして流石にその日のうちには完成しなかったけど、馬車の上っ側の荷台や御者台、それにお爺さん司祭様に教えてもらった上と下をつなげるとこも次の日には出来上がったんだ。
と言うわけで、魔道具を仮付けして試運転。
魔石を固定する穴は予め開けてあったからそこにフロートボードの魔石を置いて起動させて、その馬車をお父さんに引っ張ってもらったんだよ。
「なんと言うか……怖いほど軽く引けるな、これ」
そしたらベアリングを付けたからなのか、普通の馬車なんかよりもすごく小さな力で引っ張れるんだって。
「そうなの? じゃあ、僕たちが乗っても引っ張れるかなぁ」
「おう。試しに乗ってみろ」
でも、そんなに簡単に引けるのならお馬さんじゃなくても大丈夫だよね? って事で、僕とディック兄ちゃん、それにテオドル兄ちゃんの3人が荷台に乗って、それをお父さんに引っ張ってもらったんだ。
そしたらほんとに簡単に動いちゃってびっくり。
「3人が乗ったのに、さっきとまるで変わらないぞ。すごいな、この馬車」
それに引いてるお父さんも、僕たちが乗ってもさっきと変わらなかったからびっくりしてるんだよね。
ただね。
「軽く動くのはいいけど」
「ああ、乗ってる方からするとなぁ」
お兄ちゃんたちが、二人してなんか変な顔をしてるんだ。
だからさ、なんで? って聞いてみたんだけど、そしたら、
「すーっと動いて、何の振動もないのがなぁ」
「うん。これ、慣れるまではちょっと気持ち悪いかも」
ちょっとどころか、まったくと言っていいほど揺れないのに体だけ前に進んでくもんだから、とっても変な気持ちになるんだって。
「でも、その方がお尻が痛くなくていいじゃないか!」
「それはそうだけど……」
せっかくお尻が痛くならない馬車が完成したのに、お兄ちゃんたちは乗ってる間、
「やっぱりなんか変な感じ」
って言いながら、ずっと困ったような顔をし続けたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
馬車づくりが終了! これでやっとイーノックカウ編に進めます。
本当ならもっと早く終わるはずだったんだけどなぁ。書いてるうちに色々とくっつけたくなる、私の悪いところが出てしまった。
ちょっと反省。




