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230 ルディーンったら、実はとんでもないものを作っていたのね


 その日の晩御飯の時、お父さんやお兄ちゃんたちにお爺さん司祭様が帰ってきた事を話したんだ。


「司祭様が明日ね、お尻が痛くならない馬車の作り方を教えてくれるんだって。だからお父さん、明日馬車を作るの、手伝って」


「明日か? ああ、いいぞ。初めから司祭様が帰ってきたら馬車を作るって話だったから、抜けられないような用事はすでに済ませてあるからな」


 でね、馬車を作るのを手伝ってって言ったら、いいよって言ってくれたんだ。


「ルディーン、魔法があるからって言ってもさすがにお父さんと二人だけじゃ無理だろ? 俺たちも手伝ってやるよ」


 おまけにディック兄ちゃんとテオドル兄ちゃんも手伝ってくれるんだって。


 と言うわけで、僕たちは朝から馬車づくりをすることにしたんだ。



 次の日。


 僕は朝ご飯を食べた後、資材置き場から材料を持って持ってきたりしてお父さんたちと馬車を作る準備をしてたんだけど、


「えー、魔石の乾電池、使っちゃダメなの?」


「ええ、ダメよ。昨日司祭様にそう言われたもの」


 お母さんからお尻の痛くならない馬車は魔石の乾電池じゃなくって、魔道リキッドで動くようにしてねって言われたんだ。


 でもさ、魔道リキッドで動く魔道具は作っちゃだめって言ってたよね? だから魔石の乾電池を作ったのになぁ。


 そう思った僕はお母さんに、なんでお爺さん司祭様はそんなこと言うの? って聞いたんだ。


 そしたらさ、


「うちが使う分には魔石のかんでんちで動くのでもいいわよ。でも他のお家の人が使う時、わざわざルディーンやキャリーナに魔力を入れてもらわないといけなかったら困ってしまうでしょ? それに、出かけた先で魔力が切れても魔道リキッドで動くのなら買う事ができるけど、行った先が村とかで魔法を使える人がいなかったら意味がなくなるじゃないの」


 村の資材置き場から材料を持ってくるんだから作った馬車を村のみんなも使うのは当たり前だよね? でもそれだと他の魔道具みたいに魔道リキッドで動かないとダメでしょて言われちゃった。


 でもそっか。


 うちでも僕やキャリーナ姉ちゃんが一緒に行く時はいいけど、お父さんやお母さんたちだけでイーノックカウとかに出かけた時に、もし替えの乾電池を忘れて行ったりしたら使えなくなっちゃうもんね。


「僕、自分が魔法が使えるから魔石の乾電池の方がいいって思ってたけど、みんなが魔法を使えるわけじゃないもん。絶対魔法リキッドで動く方がいいよね」


「そうよ。だからね、ルディーン。魔石のかんでんちは家で使うようにするだけにして、よその魔道具を作る時には使わないように」


「うん! 魔石の乾電池は僕んちの魔道具だけで使う事にするよ」


 そう言えば前に重さを軽くする魔道具に魔力を注げる事が解った時も、お爺さん司祭様は村のみんなのまで僕やキャリーナ姉ちゃんが全部魔力を注げる訳じゃないからうちのだけにしなさいねって言ってたっけ。


 僕、また間違えちゃうとこだったよ。


 よぉ~し、村のみんなでも簡単に使えるように、ちゃんと考えてお尻の痛くならない馬車を作るぞ!


 僕はそう思って、ふんすと気合を入れたんだ。



 ■



 よかった、納得してくれたみたいね。


 私はルディーンの様子を見て、ほっと胸をなでおろした。


 しかし、まさかこの子が作った魔石のかんでんちとやらが、そんな大それたものだったなんて。


 そう思いながら私は、昨日の司祭様との話を思い出していた。



「カールフェルト夫人。実を言うとな、ルディーン君が作ったあの”かんでんち”という物。もし世の中に広まれば、この帝国を、いやもしかするとこの大陸全体を大混乱に陥れる可能性があるのだ」


「大混乱にですか?」


 今の世の中、魔道具そのものは値段が高いものの、魔道リキッドのおかげで誰でも簡単に使えるようになっている。


 でも司祭様は、もしこのかんでんちというものが世に広まると、その魔道リキッドを作る人が減って流通量がかなり下がってしまうかもしれないって言うのよ。


「魔道リキッドを作るにはまず魔石を手に入れ、それを魔力で活性化させてから溶解液で溶かして原液を作らねばならぬ。だからどうしても最初に魔石を買う金が要るのだが、ここまでは解るな?」


「はい」


「うむ。だがな、このかんでんちと言う物に魔力を注ぐのには全く金がかからぬだろう? そのうえ魔道リキッドを作るような道具もこのかんでんちに魔力を注ぐという作業には不要だ。ならば資本や作業する場所がいる魔道リキッドづくりよりも、このかんでんちに魔力を注ぐことを生業とした方がよいと考えるものが出てきてもおかしくはなかろう?」


 魔道リキッドを作るのに使われているのは魔道具にできないような米粒程度の小さな魔石だと聞いたことがある。


 でも、そんな小さな魔石でも冒険者ギルドに売れば銀貨20枚になるし、前に砂糖や塩をルディーンが作った時に司祭様が仰った事が本当だとすると、それを買おうと思ったらその倍以上のお金を出さないといけないという話なのよ。


 銀貨4~50枚、それだけのお金があれば確かイーノックカウで普通の家族が2週間近くは暮らしていけたはずよね。


 そんな元手がいらず、身一つで同じようにお金が稼げるようになるとしたら、確かに誰でもそっちの方がいいと考えると思うわ。


「まぁ、それでもすべての者が魔力を注ぐだけの仕事で生計を立てられるようになるなどという事はないだろう。なにせ魔石から作られているだけあってこのかんでんちという物を一つ手に入れるだけで、それ相応の金がかかるからのう」


「そうですわね。ヒルダの所の水がめに使ったのも、ブレードスワローから獲れた大豆程度の魔石が使われているという話ですから」


「うむ。だが一番魔道具を多く使用している貴族の屋敷や裕福なものが泊まる大きな宿屋などは、このかんでんちという物を採用するであろうな」


 司祭様は、この事が魔道リキッドが作られる量が減る一番の原因だろうって言うのよ。


「これの魅力は普段使わないような魔道具でも、このかんでんちで動くようにしておけば魔道リキッドと違って使う時に必要な魔力だけを消費して、残った分はまた別の魔道具に使用できる事だ。ゆえに魔道具を多く所有しているものほど、このかんでんちと言うものの恩恵を多く受ける事になる」


「なるほど。私たちは日常的に使っている魔道具しか持っていないですけど、いろいろなものを持っている人なら、普段は使っていない魔道具に入っている魔道リキッドだけでも結構な量になるでしょうね」


 うちの魔道具はルディーンが作ったものが多いから、あまり使わない雲のお菓子を作る魔道具なんかは魔道リキッドの入れ物もとっても小さいものが使われているわ。


 でも、街で購入した魔道具は何度も継ぎ足さなくてもいいようにと考えられているのか、みんな大きめの入れ物が採用されているのよ。


 それだけに使い切る分だけを魔道具に入れているような人は、ほとんどいないんじゃないかしら?


「うむ。それとな、実を言うと世の中で一番多く使われている魔道具は部屋の明かりでのぉ、帝都の大神殿でも普段は使わない部屋にある魔法の明かりの魔道リキッド代だけで、年間かなりの金がかかっておったのだよ」


 魔道リキッドは液体だけに放っておくと蒸発して減っていくわ。


 そのうえ減った分の魔力もその時一緒に霧散しちゃうから、部屋数が多いところほど無駄な魔道リキッドは多いでしょうね。


「それ故に、このかんでんちとやらの存在を知れば真っ先に取り入れる事だろうな。だが、もしそうなったらかなり問題なのだよ」


「問題ですか?」


「うむ。なにせ、一番魔道リキッドを多く使っていたものがこのかんでんちに置き換わるのだぞ? ならば当然市場は小さくなるではないか」


「あっ」


 確かにそうだ。


 今までは無駄に消えていたものも購入してくれていたのに、それどころか普通の明かりまで魔道リキッドではなく乾電池で賄われてしまったら大変だ。


 なにせ神官の方たちは皆、治癒の魔法が使えるのだから、かんでんちに魔力を注ぐことができるだろう。


 そして同じ様に多くの使わない部屋がある館を持つ貴族様も、魔法使いを雇った方がいいのならそうするだろう。


「解ったかな? 魔道リキッドを作らずとも魔力を注ぐことを生業としようと考える者が多ければ、自分を雇った方が魔道リキッドを使うより安いと自らを売り込むであろう事は火を見るより明らかだ。その上、一番魔道リキッドを使っていた層までごそっと抜けてしまえば、今の市場を維持することなど到底不可能であろう」


「まさかあんな小さなもの一つで、そんなとんでもない事になるかもしれないなんて」


 正直話が大きすぎて、だんだん話についていけなくなってきてはいたんだけど……こんな話を聞かされた以上、ルディーンにはもう作っちゃだめよって言い聞かせなくっちゃ。


 そう思って司祭さんに告げたんだけど、


「いや、ルディーン君には別の理由で説明した方がよいだろう。彼が思いつく魔道具には有用なものが多いからのぉ。だからこそ、ここでこのような話をして委縮してしまっても困るからな」


 ところが、ただ作ってはいけないというよりも別の理由をつけて広まるのを防ぐ方が得策だと司祭様は仰ったの。


 そしてその具体的な説明のしかたまで私に伝授してくれたわ。


「あと、もう一つ。ちと困ったことがあってのぉ」


「困ったこと、ですか?」


「うむ。お宅にある魔法の水がめなのだが、実は神殿の大事な収入源になっておってのぉ、あまり作って回られると困るのだよ。ルディーン君は治癒魔力が高いので作れてしまったが、あれは本来、ある程度高位な神官しか作れないものだからな」


「まぁ」


 司祭様は、あの水がめの話を聞いてとっても驚いたみたい。


 でも神殿の収入源というのであれば当然よね。


「だからルディーン君にはあまり作らぬよう、言っておいてはもらえぬか?」


「解りました。きちんと言い聞かせておきますわ」


 神官だけでなく多くの孤児たちも養っている神殿の収入源ですもの、そんなものをむやみに作ってしまっては多くの人たちに迷惑が掛かるものね。


 今晩にでもルディーンに言い聞かせないと。


 私はかんでんちの話とともに、魔法の水がめの話も忘れないようにしなければと思いながら、夕食を作るために神殿を後にしたのだった。


 読んで頂いてありがとうございます。


 司祭様は魔法の水がめの事をあっさりと伝えていますが、実を言うとかなり考えてあのような言い方になっているんですよ。


 なにせピュリファイという魔法が水を浄化するのに使えるという事が、実は神殿の機密であるなんて話せませんからね。


 機密なんですから、ルディーン君が作った現物が目の前にあったとしても、機密の内容を話す事自体が問題なので。


 だから何とかその話をせずに魔法の水がめづくりをやめさせようと、お爺さん司祭様はシーラお母さんが来るまでかなり頭を悩ましたと言うわけです。

 

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