226 お爺さん司祭様、びっくりする
お爺さん司祭様視点です。
村へと帰る朝、わしはまだ夜が明けきらぬ内に貴賓門を開けてもらい、イーノックカウを後にした。
と言うのも、昨日から妙な胸騒ぎがし続けておったからだ。
「まさか、すでに馬車を完成させておったりはせぬだろうな」
わしは馬を走らせながら、独り言ちる。
ヴァルトからはルディーン君がすでに放出系の魔法を使う事ができる魔法陣を手にしていると聞いておる。
という事はだ、もしあの子がそれを使えばフロートボードの魔道具が作れる事に気づいてしまうような事があれば、わしが止める間もなく魔道リキッドで動かせる馬車を作ってしまうであろう事はたやすく想像できる。
ヴァルトたちと別れたここ数日、イーノックカウでこまごまとした用事を済ましている間もその事が頭から離れなかったわしは、その心配から年甲斐もなくこのような早朝から馬を飛ばして村へと向かっておると言うわけだ。
「おお、やっと村の門が見えてきたのぉ」
朝早くに出たが、年には勝てず休憩を多めにとったために村へとたどり着けたのは昼近く。
だがそれでも当初の予定であった今日の夕刻よりは、かなり早く着けたようだな。
しかしそれはあくまで予定よりは早く着けただけという話であり、間に合ったかどうかは別問題だ。
「とにかく、急いで確かめねば」
村に入ったわしは、門番をしておった村人の一人に村の神殿まで馬を連れて行ってもらえるよう頼むと、そのままカールフェルト家へと急ぐ。
「ふむ。どうやらまだ馬車づくりは、始めておらぬようだな」
するとそこには完成した馬車はなく、とりあえずは一安心。
そう、安心はしたのだが……。
「はて、これはなんだ? 前に来た時はこの様なものは無かったはずだが」
カールフェルト家の裏手、台所に面したところにわしがイーノックカウに出かける前には無かったはずの見慣れぬ石でできた建造物がいつの間にかできていたのだ。
一見すると台座のついた石棺のようだが、そのようなものを家の横に作る者がおるはずがない。
それにだ、その石棺のような物の横にはそこへと上がるための階段と踊り場が作ってあり、そして石棺や足場に雨がかからぬようにと新たに付け足された屋根には、そこまで何かを吊り上げるための物なのか、フックの付いた滑車までつけられているではないか。
ふむ。となると、これは収納棚の一種か何かか? だが、それならば何故あのような位置まで持ち上げる必要がある?
わしは目の前のものが何に使うものなのかまるで思い浮かばず、一人首をひねっておったのだが、
「司祭様、お帰りなさい!」
先ほどつぶやいたわしの声が家の中まで聞こえたのだろうか? ルディーン君が台所のドアから飛び出して来て、満面の笑みで出迎えてくれた。
「うむ、ただいま」
その元気な姿に、つい頬が緩む。
うむ、子供はやはり元気が一番じゃな。
そう思ったわしは、どれ、頭でも撫でてやろうかと思ったのだが、どうやらまだ食事の最中だったらしく、ルディーン君はカールフェルト夫人に叱られて家の中へ入って行ってしもうた。
……はてさて、わしのこの差し出した手は、どうすればよいのかのぅ?
カールフェルト夫人に家の中へと招き入れられたわしは、出されたお茶を口にして一服。
そこで先ほどから気になっていた外にある建造物の事を聞いてみたのだが、すると彼女の口からは予想もしておらなんだ答えが返ってきおった。
「ああ、あれは水がめですよ」
水がめ? あれは水を入れて置くためのものだと言うのか? だが、それにしては大きすぎると思うのだが。
あれではまるで個人が所有する、それもかなり裕福なものが持つ大き目の風呂のようではないか。
それにわざわざあのような高い位置に置く理由もわからん。
あのように高い位置にあっては、水を入れたり汲み出したりするのに不便ではないか。
そこでわしは、なぜあのような水がめを作ったのかと問うてみたのだが、するとその答えは別のところからもたらされた。
「それはねえ、入れたお水をきれいにする魔法の水がめだからなんだよ」
いつの間にか食事を終えていたルディーン君が、さも得意そうにそう教えてくれたのだ。
そして彼は、続いてとんでもない事を言い出しおった。
「あの水がめはねぇ、下に栓がつけてあって、それを開けると台所の洗い場ん所にお水が流れてくるようになってるんだ。それにね、ピュリファイって魔法が使える魔道具もついてて、それを朝と夜の二回使えば中のお水がずっときれいなままなんだよ。だから一度にいっぱいお水を入れても大丈夫なんだ。すごいでしょ」
「ピュッ、ピュリファイとな!?」
馬鹿な! なぜルディーン君がその魔法を知っておるのだ?
ルディーン君は錬金術ギルドのマスターから教えてもらった魔法陣を使って外の水がめを作ったのだと得意そうに語っておるが……ふむ、予想とは違った形ではあったが、やはり手に入れた本から魔法文字を学び、新たな魔法陣を構築しておったようだ。
と言う事は、フロートボードに使うという考えには至っておらなんだという事か。
その事にはほっと胸をなでおろしたのだが、今はそれよりルディーン君がこのピュリファイという魔法を知っておったと言う事の方が問題ではないかと思い直す。
ピュリファイという魔法は、それほど多くの者に知られているものではない。
しかし多くの者が死んだ戦場跡や多くの人が眠っておる大都市の墓場など、アンデッドが沸く恐れがある不浄の地を浄化する魔法として使われておるから貴族や兵士の中には知っている者もおるであろう。
だがこのような他国と接していない辺境では戦いなど起こるはずもないし、この村は墓も小さく、そこで生まれる死の魔力は生者の気や日々の日の光によって浄化されるからピュリファイが使われた事などないはずなのに。
そして何より問題なのがその使われ方だ。
なぜピュリファイで水を浄化できることをルディーン君が知っておる? あれは神殿でもごく一部の者しか知らぬことだぞ。
水の浄化。これをなす魔道具は神殿の重要な収入源の一つとなっておる。
この魔道具が開発されるまでは城や砦、それに大きな館などでは水に大変苦労しておった。
なにせ使われる量が民家のそれとは桁違いだからな。
それだけに井戸で汲み上げるだけでは到底賄いきれず、それを補うために川などから樽に詰めて運び込んで使っておったのだが、夏などはその水がすぐに悪くなるためかなり難儀しておったそうだ。
だがこの魔道具ができた事により大量の水をためておく事ができるようになってその問題は一気に解決したのだが、それは同時にこの魔道具なしでは城や砦は立ち行かぬようになってしもうた。
それはそうであろう。この魔道具があるのだからと皆大きな貯水場を作り、そこに水を入れて使用するようになったのだからな。
もしこの魔道具が供給されなくなれば、その貯水池の水は使えなくなってしまうのは目に見えておる。
そしてこのピュリファイという魔法は治癒魔法と同じ神官が使う神属性の魔法であり、その使い手は神官以外殆どおらん。
それにこの魔法は不浄の地を浄化する魔法として広く知られているために、この魔法によって水を浄化されているというのもまた、神殿でしか知られてはおらぬはずなのだ。
だからこそ、この浄化の魔道具は神殿でしか作れぬし、その大事な収入源にもなっておるのだ。
それなのに、その魔道具をこのような小さな子が作ってしまっただと?
わしは予想もしていなかった事態に、軽くめまいを覚えるのだった。
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