シャーノが寝入って…
シャーノが寝入ってしまった次の日、夕方になって、ペトラは村の入口で遠くを眺め、それを見つけてシャーノの元を訪れた。「帰ってきたぞ。迎えに行こう」
「捕まえておいた」ドサと簀巻にされた男を降ろして、ペトラは言った。「らしくないな?」
「追いかけてくるのに必死だったわ。雪では道もままならない」ヤエは服に積もった雪を払い落とした。「いつの話?」
「昨晩だ。暴れたが、捕まえてしまえば潔く抵抗もしない。ただ、何も言わん気らしい」
ヤエはひょいと馬から降りたが、ルシェは雪に落ちた。その手をシャーノが引っ張りあげて、ひんやりとした手を少しだけ温めた。
「ねえ、フロリベルの回し者ね?」ヤエはしゃがんで、男の猿ぐつわを解いた。「私の店に、何か買い物かしら?」
「デイ・ノートの魔女か」
「さあ?」
「言いたいことはたくさんあるが、陣取り以外で傭兵を殺すのは、両国間での取り決めで禁じられている」
「それで?」ヤエは笑顔で、首を傾げた。
「取引しようか」
ヤエはため息を吐き、立ち上がって振り返った。「ルシェ、貸してある小瓶を頂戴?酒場のじゃなくて、いつも預けてある方ね」
熱心に雪を払っていたルシェはキョトンとして、慌ててそれを取り出した。ありがとう、とヤエはそれを受け取って、男の方を向いた。
「魔女が魔女たる所以は、火のないところに煙は立たないことと同じね。毒矢の魔女はロナイ城に居るし、薬屋の魔女ならそこの女の子よ。それと、あなた一人が消えたところでそれほど問題になることかしら。…私に隠し事と嘘は通用しないと思うべきね?スカップさん」
「…ああ、わかった、わかった。俺の力量不足でこんなジジイに捕まったのだから、正直になったほうがいいらしいな。訊かれた事に答えよう。フロリベルの回し者で間違いないが、依頼は国からではない。俺はデイ・ノートの魔女を殺せと言われている。…失敗した以上面目は立たないが、あんたとの取引以前に雇い主との契約があるから、言えることと言えないことがある。それはわかってくれよ」
「傭兵のしがらみは面倒ね」
「そのための傭兵でもある。決まり事がなければ、多くを奪い合うばかりだからな。…他に聞きたいことはあるか?」
「私を殺してどうなるのかしら?」
「それは俺が聞きたいくらいだ。辺境の魔女一人殺して、一体何になるというのか」
「ふうん」ヤエは振り返って、シャーノを見た。「シャーノ、先にルシェと一緒に戻っててくれる?あ、馬もお願いね。しっかり暖炉に火を起こしておいて」
「え、あ、はい」シャーノは首を傾げて、馬にまたがった。ルシェを引っ張りあげて、慎重に手綱を操る。少ない荷物の中に紛れて、長老猫が丸まっているのを見つけた。
ペトラはスカップを家の裏庭まで運んで、一面真っ白な庭の中心に放った。ボスンという音と一緒に雪に埋もれ、少しもがいて、彼はなんとか上体を起こした。
「おい、縄を解いてくれるんじゃないのか!石枷まで付けやがって」家へ入っていくペトラを睨みつけながら、スカップは叫んだ。
キュポン、と小瓶のフタを開けて、ヤエはそれを曇り空の太陽に透かし見た。
「魔女の中で最も恐れられているのがデイ・ノートである理由はね」ぐるりとスカップの回りを一周して、ヤエは言った。「魔法が使えるからなのよ」
ペトラが点けたての松明をもって、戻ってきた。それをヤエは受け取り、スカップの方にかざした。
「炉火に宿る精霊」
魔女の一言で、男は降り積もる雪だまりの中、炎に包まれた。




