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【コミカライズ化決定 現在準備中】明治に転生した令和の歴史学者は専門知識を活かして歴史を作り直します  作者: 織田雪村


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【外伝】戦後処置 前編

1947年(昭和22年)4月1日


Side:木村 篤太郎 (北米軍事裁判 裁判長)

於:ワシントンD.C. リンカーン記念堂


ここからほど近い、ポトマック川沿いのタイダル・ベースンの桜が見頃を迎え、春が来たことを教えてくれる。

日米の友好関係を祈念して日本から送られた桜だが、このように日本がアメリカを裁く時代が訪れるとは考えたこともなかった。


ホワイトハウスが焼き討ちで機能停止、連邦裁判所も破壊されたため、この場所を仮設裁判場として使用した。歴史と自由の象徴としての意味も込められている。

ここにはリンカーンの巨大な坐像と、彼が残した言葉などが飾られているが、全て虚しく見える。


アメリカ合衆国に対する軍事裁判は、ソビエトに対する軍事裁判であるモスクワ裁判と、ドイツに対する軍事裁判であるニュルンベルク裁判と併せ、先の世界大戦の戦争責任と戦争犯罪を裁く三大軍事裁判と呼ばれ始めている。


内容的には日英露仏の同盟国4ヵ国が調印した、国際軍事裁判所憲章に基づくものだ。

これによって今回の戦争はもとより、その原因と目された事象について三つの戦犯類型が定められた。


まずはA級戦犯。

平和を脅かし、戦争へと誘導した罪だ。


次にB級戦犯。

一般的な戦犯と言える。戦時国際法や交戦法規に反し、捕虜を虐待したなどの罪。


最後にC級戦犯。

今回特別に追加された項目で、国家もしくは集団によって一般の国民や、特定の民族を指定して行われた謀殺、絶滅を目的とした大量殺人、当該国憲法に反して行われた不当な排斥行為など、人道的に問題とされた犯罪行為を指し、適用範囲は多岐にわたる。


A級やB級と呼ばれていても、これは罪の軽重を意味しない。

つまりA級が重くてC級は軽いとは言えないばかりか、むしろC級こそが裁判の本命であるとすら言えるだろう。

B級戦犯は主にソビエトとドイツに被告が多い。


最近のモスクワからの報告では、スターリンによる様々な人道的問題と戦争犯罪、そしてヒトラーと共に戦争を始めた罪が裁かれようとしていて、モスクワ裁判で特に注目されているのが、スターリンがアメリカ政府を動かして日本に攻撃を仕掛けるよう工作していた事実だ。


まだ公開はしていないが、スターリンはアメリカ共産党を操って多くのエージェントを育て、民主党のロウズヴェルト政権とトルーマン政権内で要職を占め、特に外交分野、なかんずく対日政策を誘導したことが明らかになりつつある。


スターリンとしては、日本が怖くて仕方なかったのだろう。

どうにかして日米を対立関係に持ち込み、自らの安全を確保したかったのが動機と見てよい。


これはソ連の諜報機関であったGRUから押収した文書でも明らかで、アメリカ合衆国側でも「ヴェノナ計画」と呼ばれる暗号解読計画によって、ある程度解読できていた。


アメリカ合衆国が降伏した後は、それらも押収し、近衛首相の命令によってアメリカ共産党書記長のアール・ブラウダーを拘束して尋問していたが、事実関係に間違いないらしい。


もっとも、この男は最初のうちは否認していたが、スターリンの自白内容と、当時の通信記録、アメリカ共産党内部で保管されていた機密文書などの内容を突き付けたところ、観念したのか白状し始めた。


その自白内容に基づいて、一斉に逮捕されたのが下記の面々だ。


・フランクリン・D・ロウズヴェルト 元大統領。

・ハリー・S・トルーマン 大統領。

・アルジャー・ヒス 国務長官。

・ハリー・ホプキンス 商務長官。

・ハリー・デクスター・ホワイト 財務次官。

・ヘンリー・モーゲンソー 財務長官。

・ロークリン・カリー 財務次官補。

・スタンリー・ホーンベック 特別補佐官。


これらの人物たちも次々と拘束されて尋問を受けており、アール・ブラウダーと同じく自白を始めている。


そしてこの過程で、独ソ両国と交わした、『ロウズヴェルトの密約』の存在が浮かび上がってきた。

独ソ両国と示し合わせて戦争を拡大しようとしたという。

これは極めて重大な問題となるだろう。


日米両国が戦わざるを得ない方向へと、彼らが誘導した事実が立証されれば、これは立派な戦争犯罪人であり、いわゆるA級戦犯である「平和に対する罪」で裁かれるべきである。


もっとも…ロウズヴェルトは、日系人の基本的人権を踏みにじる行為を行ったから、C級戦犯たる「人道に対する罪」が相応しいかも知れない。

もちろんA級だろうがC級だろうが、最高刑は死刑だが。


私もロウズヴェルト政権の対日政策は、やり方がおかしいと、当時、感じていた者の一人でもある。

あの時期は日米間にそれほど大きな問題は存在しなかったのだ。

日系移民の数も、他国に比べて多いとは言えなかった。


世界中から移民を受け入れていたのだ。


同じアジア系であっても、内乱で苦しむ中国人や、イギリス統治に逆らって出国した朝鮮人のほうが、桁違いに移民数が多かったにも関わらず、あの男が敵視したのは日本人だけだった。


貿易と関税の問題があっただろうと、思うかもしれない。

ただし、これも時系列を検証すれば、それを最初に仕掛けたのはアメリカであって、日本ではないことはすぐにわかる。


そして最も重要な点は、アメリカ合衆国国民の対日感情と、アメリカ合衆国政府の対日政策のズレという点だろう。

つまり、主権者たる国民の意思に反した政策が行われたという事実であり、この原因の特定と、今後同様の問題は起こらないよう対策することは徹底的に行なわなくてはならないだろう。



現在、検察側の証人として証言台に立っているのは、不完全性定理で知られる、世界的に著名なオーストリア人の数学者であるクルト・ゲーデル氏だ。


日本側検察官である、松下幸徳検事が証人に尋ねている。

この検察官は『佐賀(せん)』というペンネームで作家活動をしているという異色の人だ。

それにしても「探せん」とは…


とにかく松下検察官が証人に対して質問を始めた。


「ゲーデル先生は、オーストリアからアメリカに亡命して来られたのですか?」


「はい。私は当時、ナチスドイツによる併合に反対を表明しており、反ナチス的思想を持っているとオーストリア当局に名指しされたため、今から7年前にやむなく故国オーストリアを去って、アメリカ合衆国に移り住みました」


「ナチスに逆らった経験をお持ちの先生にお聞きしますが、ヒトラー政権が独裁体制を構築することが出来たのは何故だとお考えですか?」


ゲーデル先生が答えた。


「それはワイマール憲法に、明らかな欠陥があったためだと確信しています」


それを聞いた検察官は一瞬、小首をかしげ聞いた。


「明らかな欠陥、とは何を指しますか?

具体的に教えてください」


それに対してゲーデル先生の答えた内容は興味深いものだった。


「ワイマール憲法第48条にあった『大統領非常措置権』の存在です。

緊急事態と判断される時は、大統領が憲法の定める基本的人権の一部、または全部を停止して緊急措置を取れるというものだったのです。


それにより、抵抗勢力を弾圧する法的根拠を得たヒトラーは、憲法に縛られない無制限の立法権を政府に与える『全権委任法』を、議会で成立させてしまいました。


もっと重要なことは、議会によって選ばれた首相のヒトラーは、ヒンデンブルク大統領死後に大統領職を置かず、なし崩し的に大統領職を継承して指導者(総統)となった点でしょう」


ふうむ…確かに権力奪取に至るヒトラーの動きは鮮やかであったな。

経済危機からの脱出によって国民の支持を集め、議会を掌握して更なる高みを目指したという事なのだろう。


証人が続けた。


「ワイマール憲法には、大統領の死後の後継に関する明確な規定がなく、その曖昧さを利用してヒトラーは権力を集中させました。


本来、大統領は国民によって直接選挙される国家元首であり、首相は議会の信任に基づいて任命される政府の長でしたが、この二つの異なる職責が一人の人物に集中したことが、権力の濫用と独裁体制の確立を決定的にしました。


つまり、本来は異なる人物によって分担されるべき二つの職責が、ワイマール憲法の不備によって一人に集中し、それが独裁への道を開いたのです」


そうか。そういった事情があるのだな?

だが、それとアメリカの対日政策と何が関係する?

松下検察官はどのように誘導させたいのだ?

そもそも著名な数学者ではあっても、憲法学の素人に憲法を語らせて何がしたいのだろう?


もしかしたら、彼の定理は数学にとどまらず、政治制度や憲法にも深い示唆を与えるとされるからか?

あらゆる論理体系には、その体系内では証明できない命題があるという真理に帰結するからな。


そう思っていたのだが、松下検察官が続けた。


「ドイツについては理解しました。

ニュルンベルク裁判の場において、こちらは明らかになるでしょうし、ゲーデル先生のご指摘された内容は、ニュルンベルクの検察官とも共有させていただきます。


次に私が知りたいのはアメリカ合衆国についてです。

ワイマール憲法と同様の欠陥は、アメリカ合衆国憲法にもあるとお考えですか?」


ここからが本題だな。

これに対し、証人は断定的に言った。


「あると考えています。

私が先日、アメリカ合衆国の市民権を得ようとした際に詳しく検証しましたが、この憲法では、規定していない問題に関して、大統領の都合で簡単に後から補足して上書きすることが出来てしまいます。


例えば憲法修正や議会の権限強化を通じて、政府の権力を集中させることが可能です。

また選挙や法制度を操作すれば、民主的制度の枠内で独裁的な体制が構築される余地があるのです。


つまり、制度の自己修正能力(self-amendment)を利用して、その制度自体を破壊することが可能である、という『論理的パラドックス』に気づきました。

これは、私の不完全性定理とも響き合う深い懸念でした」


そうだったな。それはこの国の憲法を知る者にとっては、しばしば議論の対象となる点だ。


かつての南北戦争でも、“戦争終結後”になされた法解釈によって、連邦離脱権は後付けで否定され、最初からそのような権利は存在しなかったことにされた。


このようにして成立した、いわゆる「分裂以前のアメリカ合衆国」は、健全な近代法治国家の原則を真っ向から否定する、事後法の遡及適用による非合法国家にほかならないのだが、ここでこれを持ち出すとはな。


検察官が、ここぞとばかりに質問した。


「基本的人権は憲法によって保障されていたにも関わらず、大統領のヒステリーや偏見、司法の判断によって、その条文が十分に機能しなかった。

つまり条文があっても、それを守るための具体的な仕組みや社会の意識が不足していた、あるいは機能不全に陥っていた、という点に着目すれば、これは重要な欠陥と言えます。


つまり、ロウズヴェルト政権が実行した日系移民に対する基本的人権の侵害などは、起こるべくして起きた。

そうお考えですか?」


なるほど、そういう方向に持っていこうというのだな。

それであれば結論の出ない「神学論争」に陥りやすい憲法学者ではなく、あえて数学者を選んだ理由も分かる。

しかも比較的最近になってアメリカ合衆国憲法を研究した実績があるのだから、ちょうど良い人選なのだろう。

よって印象操作としては評価できるだろう。


我ら判事が証拠として採用するかどうかは全く別の話ではあるが。


「検察官のご指摘の通りです。

ロウズヴェルト大統領もトルーマン大統領も、共に対日政策を明らかに誤り、日米両国を戦争へと誘導してしまった点は、なんぴとたりとも否定できないでしょう。


しかもロウズヴェルト氏に至っては日系移民の基本的人権を踏みにじる政策を行ったのです。

さらにトルーマン大統領は、議会の承認を得ずに対日作戦に踏み切りました。

私としてはこの欠陥憲法を根本から作り直さない限り、大統領権限の暴走を止めることは不可能でしょうし、新たな悲劇の温床となりかねないと危惧するものです」


どうやら検察官は証言を積み重ねる事により、ロウズヴェルトやトルーマンの暴走は、個人の問題に限定されるような矮小な話などではなく、もっと根源的な憲法問題にあると誘導したいみたいだな。


基本的人権を無視する行為は、いかなる法治国家においても許されざる蛮行である。しかしながら、アメリカ合衆国においては、制度そのものに構造的な欠陥が存在したために、この最も根本的な権利ですら保障されなかった。


その欠陥を克服する有効な道の一つとして、たとえば大日本帝国憲法のような制度をアメリカに「移植」するという発想も、一定の意味を持ちうる。

もちろん、アメリカは立憲君主制ではないため、そのままでは適用できない。だが、イギリスやロシアのように、国家権力を制限する理念として「君主」や「神」、あるいは自然法の絶対性を上に置くという憲法伝統は、学ぶ価値がある。


対照的に、アメリカ合衆国憲法は成文憲法としては世界最古であることを誇るものの、超越的原理への依拠が極めて希薄であり、その結果として、解釈や運用の段階で権力者による逸脱が容易になっている側面がある。


しかも、制定から160年近くが経過しており、現代の課題に対応しきれていないとの指摘もある。


一方でイギリスは成文憲法を持たない「不文憲法」を採用しており、慣習法や判例法などから構成されている。また、14世紀に確立された二院制の議会制度を有しており、これが議会の暴走を抑制する役割を果たしたこともある。


アメリカ憲法はその模倣で、完全なものではない。事実「穴だらけ」で水漏れしている状態だろう。


このような状況に対処するには、戦争放棄を盛り込んだ新しい憲法草案を作って提示し、自ら発布させるのが最終的に最も良いのかもしれない。

その場合は当然ながら、陸海空軍その他の戦力の不保持と、交戦権の永久放棄を盛り込んだ内容とすべきだろう。


いずれにせよ大切な点は、条文は必ず遵守させることだろうな。


例えば武装放棄を憲法で条文化しても、現実には自衛のための軍備や組織が存在していた…というような事態になれば、基本的人権のような重要事項ですら、本気で守る気があるのかと世界から疑われるだろう。


ただでさえ一度破っているのだから。


アメリカのように憲法が守られない国で、何を信じろというのか?

条文は詩であってはならない。

国家の誓約でなければならないのだ。


それではアメリカ合衆国の将来に再び重大な懸念を残すことになる。

したがって必ず守らせねばならないし、逆にそれが現実的でないならば、実態に即した条文としなくてはならないだろう。


理念を掲げるなら本気で護る覚悟が必要。

護れないなら、正直に書き直すべき。

どちらでもないのが、最も信頼されないというのが真理の一端だろう。



制度的欠陥の根底には、思想的な偏見があった。

その後も検察側の証人が何人も証言台に立ったが、証言を通じて見えてきたのは、ロジックだけではなく、深く根を張る「黄禍論」という差別的な世界観の存在だった。


かつてドイツ人が提唱し、当時のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が欧米各国へ積極的に拡散させた。


これは明治以降の日本の勃興と発展を邪魔だと感じた、白人たちの偏見と差別意識が根底にあり、ここを改めない限り近衛首相が熱望している恒久平和は訪れない。


道のりは長いかもしれないが、まずはこの国の指導者たちの戦争犯罪を確定させた後に、彼らに相応しい平和憲法の下地を提示して改憲させるべきだな。


既に幣原(しではら)さんあたりがやっているだろうとは思うが。

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