【外伝】アメリカ合衆国の崩壊
1946年7月1日
Side:カーチス・ルメイ(アメリカ合衆国 陸軍航空隊 大佐)
日本軍の戦略爆撃機が、悠々とアメリカ合衆国の上空を我が物顔で飛翔しているが、我が軍にはこれを撃墜する手段がない。
もちろん我々が保有するB-17爆撃機では、やつらの根拠地のカナダ中南部ウィニペグや、メキシコまで往復できず、仮に出撃しても高性能戦闘機に全機撃墜されるだけだ。
つまり、完全に打つ手がない。それが、ただただ腹立たしい。
もっと高性能な機体があれば、日本本土の爆撃だって可能なのに。
そうすれば紙と木で出来た日本の家など、全て焼き払うことが出来るのに。
人道など無視だ。勝てばよいのだ!
全ては予算不足が原因で、それは無能な政治家の責任だ。
くそう!
1946年7月4日
Side:ハリー・S・トルーマン
於:ニューヨーク
「大統領閣下。ホワイトハウスがCSAとテキサス合同軍の攻撃を受け炎上しました。
内部は見るも無残に焼け落ちたとのことであります」
補佐官から受けた報告は衝撃的なものだった。
ワシントンD.C.を捨てた段階で覚悟はしていたのだが。
だが、私はアメリカ合衆国の大統領としての責務を最後まで果たさねばならない。
ホワイトハウスでは敵に近すぎたために、やむを得ない処置だったのだ。
ここに至っては、私は何としても名誉ある停戦を実行しなくてはならないのだ。
しかし今日は独立記念日ではないか!神は何という残酷な試練を我らに与え給うのだ。
7月7日
状況は悪化の一途をたどっている。
もはやニューヨークも安全とは言えなくなった。
いや、あの日本軍の戦略爆撃機が、昼夜を問わずニューヨーク上空で編隊を組み、悠々と滞空している様子は堕天使を彷彿とさせる恐怖の存在で、彼らがその気になれば『いつでもニューヨークを大昔の原野に戻すことが出来る』と書いたビラが大量にまかれたこともある。
ジャーマニーでは、あの爆撃機の事を『破壊の黒鳥』と呼んで恐れていたというが、その通り圧倒的に不気味な存在だ。
よって脅しではあるまい。
事実として、ありとあらゆる社会インフラや工場などが破壊しつくされており、ニューヨークは、もはや陸の孤島であって兵糧攻めを受けているに等しい。
マンハッタンのビジネスマンたちも、もう仕事どころではなく、街はゴーストタウンのようになってしまっている。
株式市場も機能不全で、経済活動は壊滅状態に陥ってしまった。
だが、私はそれでも毅然とした態度で振る舞うことを求められている。
世界に冠たるアメリカ合衆国の大統領なのだから、これは当然だろう。
今も急ぎで作った会議室に、閣僚を招集しての対策会議中だ。
私は全員を見渡して言った。
「諸君。海軍戦力は壊滅し、我々は陸地に閉じ込められる事態に陥った。
戦況は大変厳しいことは承知しているが、改めて報告することがあれば聞こうか」
私の言葉に促されるように、マーシャル陸軍参謀総長が報告を行ったが、表情には苦悩がにじみ出ている。
「…大統領閣下。西海岸の主な都市は既に日本軍によって占領されておりましたが、ここ最近は内陸部の奥深くへと侵攻してきており、中部の都市カンザスシティとセントルイスが陥落しました。
州兵による抵抗も、組織だったものは既に不可能となっています」
アメリカ合衆国は「神の国」であり、内陸部に敵が侵攻してくる事態など、想定されたことすらないはずだ。
だが現実に侵攻を許してしまっている。
しかも西や南だけではなく、北からカナダ軍が攻め込んで来ているからニューヨークも危ない。
これに対して私はマーシャル参謀総長に確認をとった。
「これ以上の抵抗は難しそうかね?」
彼は、先ほどよりも更に表情を歪めつつ、それでも率直に言った。
「陸軍には航空隊を含め、もはや有効な戦力が存在しません。
また、対処せねばならない方面は、既に20か所を超えており、今後もさらに増える見込みであります。
申し上げにくいのですが、ボストンの沖合にはブリテンの輸送船団が接近しているとの情報まであります」
参謀総長の隣では、かつて二代前にその職にあった陸軍の重鎮・マッカーサー大将が、苦虫を噛み潰したような表情で沈黙を守っていた。その背後では、長く彼の副官を務めたアイゼンハワー少将が、今にも泣き出しそうな顔でうつむいている。
そうか。遂に東からも攻められるのか。
こうなってしまえば、もはや抵抗は不可能だな。
決断しよう。
私はそれでも胸を張り、務めて平常を装いながら全員に宣言した。
「諸君。今までご苦労だった。
事態がここに至った以上は逆転は不可能で、人的・物的な被害を抑えるためにも、涙を呑んで降伏を選択しよう。
とても勇気が要ることではあるが、私はアメリカ合衆国の復活を信じている。
明日のために、今日の屈辱に耐えようではないか?」
私の言葉を聞き、室内はすすり泣きに包まれた。
よもや私が大統領の時に、このような事態に陥るとは夢にも思わなかったが。
一体どこで間違えたのだろう?
今になって思えばあれか。
日本に対する先制攻撃を企てたのが原因か。
あの国を必要以上に敵視し、しかも過小評価するという失態を犯した。
やるならもっとよく調べるべきだった。
しかも私の判断だけで軍事介入に踏み切ったことで、議会は憲法違反だと騒いでいる。
スタッフを信頼して、対外政策を任せたことが失敗の原因だな。
それでも、すべて私の責任だが。
Side:レオ・シラード
ついにアメリカ合衆国が降伏した。
同盟軍の前に姿を現したトルーマン大統領とその幕僚たちは、見るからに疲弊しており、その姿は哀れを誘ったという。
なにより驚かされたのは、夏の盛りにもかかわらず、10日以上入浴も着替えもしていなかったという事実だ。降伏を受け入れた側の将兵でさえ、言葉を失ったらしい。
みじめな幕引きではあるが、それ以上に看過できない事実が明るみに出た。
アメリカ中西部、ニューメキシコ州サンタ・フェの北西に位置する「ロスアラモス」という場所において、日本と同様の核兵器開発施設が存在していたのだ。
日本軍の戦略爆撃機による攻撃で施設は破壊されたが、その直後、汚染物質が周囲に拡散したらしい。
つまり、アメリカもまた核兵器の完成に迫っていたのだ。
これは日本軍にとっても最高機密事項であったが、私はコノエ首相から直接、その事実を知らされた。
そのとき胸に広がったのは、やはりか…という重く苦い感情だった。
確かにアメリカにはオッペンハイマーをはじめとする優秀な科学者がそろっていたし、資源や原料の調達も比較的容易だったはずだ。
彼らもまた、私と同じように葛藤の末にこの道を選んだのだろうか?
それとも、何の迷いもなく、使命感に突き動かされていたのか?
今となっては知るすべもない。
たとえ敵であっても、もし一瞬でも「これは本当にやるべきことか」と立ち止まったのなら、私は彼らを責める気にはなれない。
我々もまた、同じ苦悩と責任を背負ったのだから。
問題は、これからだ。
この事実を隠すべきか、それとも公にすべきか。
コノエ首相の決断は、後者だった。
「今回の件は全世界に公表し、同時に核開発を全面的に禁じる国際条約を作りましょう」というのが彼の提案だった。
なるほど、巧妙なやり方だ。
開発と研究は今後一切禁じる。だが、すでに保有しているか否かについては何も語らない。
それが、この提案の核心だった。
すなわち、日本がすでに核実験に成功し、どこかに核兵器を秘匿していたとしても、それについては触れず、国際社会には、あくまで「これから先の核開発は禁ずる」との内容の条約を提示するのだ。
いずれ、日本の行った核実験の事実が漏れ、世界の誰かがこの条約の裏事情に気づくだろう。
日本はすでに核を手に入れているのではないか、と。
だが、そのときにはもう遅い。
各国は、「日本は核兵器を確実に保有している」という前提で国際関係を築かざるを得なくなる。
これは、個人間の関係に置き換えればより分かりやすい。
懐に拳銃を忍ばせていると思われる相手。
そんな人物に、丸腰で喧嘩を挑む者などいない。
極めて現実的かつ有効な方策だ。
実際、他国が核に手を伸ばし始めれば、世界は瞬く間に破滅の縁に立たされるだろう。
1946年8月1日
Side:石原 莞爾 (日本陸軍大佐)
於:アメリカ合衆国 ニューヨーク アッパー湾 戦艦「金剛」艦上
吉田外務大臣を乗せた戦艦「金剛」がニューヨーク沖に姿を現し、自由の女神像前に停泊した。
私はトルーマン大統領一行より先に「金剛」に乗艦した。
陸軍軍人の私にとって、実際に乗艦するのは初めてだが、この名は幾度となく耳にしてきた。
それにしても、これほどの老艦がなおも活躍しているとは驚くべきことだ。
イギリスで産声を上げてから、もう三十年余。すでに老朽艦と化しながらも、ここに至るとはな……
これから先の歴史においても長く記憶されるだろう。
私はこのアメリカ合衆国の秩序回復と再建を図るべく送り込まれた一員だ。
今日からこの国は、日本の占領下に置かれる。
我々が組織した対米統治機構『GHQ(General Headquarters)』は、本日からこの地で活動を開始する。
だが、その道は平坦ではないだろう。
いよいよアメリカ合衆国の大統領を含む全権団が「金剛」に乗艦してきた。
歴史的な場面に立ち会えたことを、まずは喜ぶとしよう。
吉田外相が、どこか慇懃無礼な印象すらある口ぶりで言った。
「それでは、大統領閣下。こちらが降伏文書でございます。ご確認のうえ、ご署名をお願い申し上げます」
トルーマンは戸惑っているが、その心中、察するに余りある。敗北の証に名を連ねるなど、誰しもが避けたいものだ。
だが、意を決したように震える手で署名した。
署名の筆を置くと、静かに言葉を紡いだ。
「アメリカ合衆国の国民は、勝者と神の寛容を信じております」
一言だけだったが、私の心に沁みた。
大統領の隣では、有名なマッカーサー大将が、諦めにも似た沈黙を湛えて立ち尽くしていた。
彼は著名な軍人の家系に生まれ、陸軍士官学校を首席で卒業。その得点は、創設以来の歴代3位にあたる。まさに、数字で語れる秀才である。
昇進も異例づくしで、44歳で少将、50歳で参謀総長に就任した。
いずれもアメリカ陸軍史上最年少の記録だった。
私には眩しく思えるほどの経歴を持つ人物だが、そのキャリアも、今日限りで幕を下ろす。
彼はいま、何を思っているのだろうか。
また、この調印式は全世界にラジオ中継されているが、放送を聞く人々は、どのように感じているのだろうか。
「金剛」の艦上には、この歴史的瞬間に立ち会おうとする将兵で埋め尽くされていた。
この光景を見世物と思う者もいるだろう。しかし歴史とは常に、衆目の中で動くものなのだ。
同日 同場所
Side:幣原 喜重郎(駐アメリカ合衆国 GHQ 法務責任者)
ようやく調印式が終わった。
日本の海軍軍人が見守る中、トルーマンは震える手で降伏文書に署名し戦争は終結した。
昨夜のニューヨークはお通夜のように沈んだ空気で満たされており、誰もが下を向いて歩いていたという。
さあ、ここからが私の出番だな。
まずは軍事裁判を行い、この国の指導者層に対する戦争責任を追及しなくてはならない。
自国の憲法に違反し、宣戦布告なしで開戦に至った経緯は詳らかにせねばならん。
同時に忘れてはならないのが、ロウズヴェルト政権時に発生した、日系移民に対する排斥問題だ。
これは基本的人権を無視した強引な手法を用いたから、これの発生原因を特定し、二度と再び同じような問題が起きないようにしなくてはならない。
しかし以前から思っていたのだが、アメリカ人の英語の発音は非常に特徴的だ。
これでは英国人に馬鹿にされても仕方ないだろうと思われるくらい滑稽なものだ。
この国は言葉すら、王国のそれとは似て非なるものだ。
まるで憲法と現実の乖離のように、この国の言葉もまた歪んでいると言ってもよいだろう。
それはともかく、この国の憲法と法律は、徹底的に修正されなくてはいけない。
まず最初に手を付けたいのが、銃規制の問題だ。
アメリカ独立戦争において、銃が重要な役割を果たしたのは事実だ。民兵は銃を手にイギリス軍と戦い、独立を勝ち取ったのだから。
したがってアメリカの建国精神として、銃を持つ権利が重視される背景でもあるのだろう。
だが、個人による銃の携帯は厳罰の対象としなくては犯罪が減らない。
何よりも独立戦争時のような、一般市民による銃を用いた行動は現代の国際法に照らせば、もはや許されざる暴挙である。
翻って日本の場合は、豊臣秀吉が実行した「刀狩」と、明治の「廃刀令」によって個人の武器使用は厳禁とされているのだ。
アメリカに対しては銃器類の提出期限を設定し、この期日以降に個人による銃の携帯が発覚した場合の罰則を制定しよう。
それも誰もが驚くような厳しいものとしなくては、実効性が担保されないだろう。
これを足掛かりに個人の自由と義務の均衡を考慮して、何をしても自由だという誤った自由観を正していかねばならない。
アメリカ共産党の非合法化も避けられまい。すでに党員は減少しているとはいえ、50万人とも聞くから、今後の占領政策に影響を与えないためにも必要だ。
併せて取り組まねばならないのが、人種差別問題である。
特に黒人と先住民族に対する差別は露骨なものだし、我々黄色人種も差別の対象だったのだ。
黒人差別の象徴とも言うべき、白人至上主義団体クークラックス・クランのような存在は、たとえ壊滅したとされていても、断じて容認されるべきではないし、かつての日系移民に対する排斥問題に対する責任も追及すべきだ。
大統領権限も大幅に制限されねばならない。再び議会を無視して戦争に踏み切る事態は、何としても防がねばならぬ。
このように一見すると先進国のように見えていたアメリカ合衆国という国は、実は様々な問題を内包する病んだ国なのだ。
私は確信している。この国を蝕む病の根は、その憲法自体にあるのだ。
従って改革の本丸は憲法改正という話になるだろうな。
近衛総理の強い意志でもあるし、早速始まるだろう軍事裁判と並行して、新たな憲法の草案作りを行うとしよう。
そうだ。あの老人に作らせるよう提言してみるか。




