【外伝】ハワイ沖での決戦 後編
1945年 ハワイ現地時間12月7日 午前8時
Side:ハズバンド・エドワード・キンメル ( 海軍大将 アメリカ合衆国 海軍作戦部長 )
於:ハワイ諸島 ハワイ島 東南約80km 戦艦モンタナ艦橋
おかしい。
あれから2時間も経つのに、真珠湾に向かった攻撃隊が、一機も戻ってこないのは解せない…
相応の被害は出るものと覚悟はしていたが、一機も戻らない事態は想定外だ。
我が本隊は、真珠湾と後方の機動部隊を結んだ線上を航行中だから、普通に考えたら帰還機の多くは上空を通過するはずだが、違うコースで帰還したのか?
そう考えていたら参謀から報告があった。
「閣下。レーダー反応多数確認しました。
攻撃隊が帰還中と判断されます」
ようやく帰ってきたか!どれほどの攻撃隊が戻ってきたかな?
「機数の判別は可能か?」
「…おそらく200機以上ですが、300機に達するかもしれません」
そうか…かなりやられてしまったか。
しかし500機出撃して300機程度帰還したならば、第二次攻撃が可能だ。
それにパールハーバーには相応の被害を与えただろうから、第二次攻撃隊は更なる戦果が期待できるな!
うん?あの帰還機たちは、我が艦隊の上空を通過するのかと思ったら、前方12マイル辺りで散開し始めたな?
いったいなんだ?なぜそのような機動をわざわざ行うのだ?
…まさか…
そう思った次の瞬間、多くの機体から白煙を吐く何かがこちらに向けて発射された。
艦隊にまっすぐ向かってくる!
しかも一機当たり二発も発射されたぞ。
あれはいったい?
倍率の高い双眼鏡を構えていた参謀が報告した。
「か、閣下!あれは日本機です!
我が方に向けて突撃態勢に入りました!」
なん…だと!?
「さらに発射された未確認飛行物体が高速接近中!
数、およそ200以上!」
「ぜ、全艦対空戦闘用意!全火器使用を許可する!
撃ち落とすのだ!」
だが、その飛行物体は、ほぼ全数が高度を下げ、艦隊の手前1マイル辺りで海に落ちていった。
なんだ…驚かすな。
単なるハッタリだったのか?
この行動にどんな軍事的意味があるというのだ?
しかも日本軍機と思われる集団は、我が艦隊に向かって来るのではなく、飛行物体を発射したらさっさと引き返していくな?
全くもって日本人の考えることは謎が多い。
そう思っていたのだが。
「閣下!敵の魚雷と思われる航跡多数!
艦隊に向かって来ます!」
見ると、確かに多数の白い航跡が、艦隊めがけて伸びて来た。
そして…本艦の左隣を航行していた戦艦「ワイオミング」の左舷後部に、轟音とともに巨大な水柱が噴き上がる。
それをきっかけに、次から次へと水柱が航行中の艦隊のあちこちで上がり始めたが、確実にこれは魚雷で、しかもあれはさっきまで空中を飛行していたやつだな?
空飛ぶ魚雷など聞いたことがない!
私が乗艦している「モンタナ」にも、左側から一本の魚雷が迫ってくる。
艦長が針路変更を命令し、白く伸びる魚雷の航跡から逃れようとする。
何とか針路変更が間に合った。
そう思ったのだが……こいつは針路を自ら左に変えて追いかけてくるではないか!
普通の魚雷ならまっすぐ進むだけだから、完全にかわしたはずだが・・・
何なのだ?そんな魚雷がこの世にあるのか?
いや技術部でそのような追尾魚雷を研究中だという話は聞いたことがある。
だが、まだ研究の初期段階で現時点では空想兵器の類だと言っていた。
にもかかわらず!日本人は実戦配備しているのか!?
だめだ。逃げられない!次の瞬間、左舷後方に被雷し衝撃が艦全体を大きく揺らす。
予想以上の衝撃だ。
しかも被雷によって混乱する艦内の状況確認が取れない間にもう一度、先程よりも大きな衝撃に襲われた。
今度は一体なんだ?
航跡が見えなかったから魚雷ではあるまいが、右舷後方で大きな水柱が上がった。
艦長が叫んでいる。
「被害個所を報告せよ。消火班は後部へ急げ!」
「左舷三番機械室に浸水し速力が落ちます!
2回目の攻撃のほうが被害が大きかったが、全速で航行する我が艦隊の針路に浮遊機雷でも敷設したのか?
もしかしたら日本軍は、我が艦隊の針路を予想して機雷原を設置していたのだろうか?
すると作戦が漏れ、待ち伏せを受けていたのか?
そんなことを考えていたらさらにもう一回、右舷後部で爆発が生じた。
被害の報告があった。
「右舷側推進器が損傷!さらに四番タービン室に浸水しました」
こんな場所で速力が半減してしまっては敵の格好の目標になってしまう。
しかも、プロペラが欠けたせいか、不気味な振動が艦を襲う。
「モンタナ」の被害だけではなく、艦隊全体の被害も同様なのだろうか?
「艦隊の損害状況を報告せよ」
すると予想外の報告が多数あった。
「戦艦『アイダホ』が沈没!」
なに!?魚雷や機雷で我が国の戦艦がやられるのか!?
しかも強固な水密防御を施した、最新鋭艦たるこの「モンタナ」の姉妹艦が、一発の主砲を撃つこともなく沈められてしまったのか?
それでは他の戦艦はもっと脆いではないか!
さらに報告が続く。
「『ニュージャージー』と『アイオワ』が大破!」
「輸送船も3隻沈没。その他巡洋艦以下にも損害が出ました!」
そこへ通信参謀が私に報告した。
「後方の機動艦隊より緊急連絡!『敵航空部隊の猛攻を受け損害甚大なり。本隊の所在、今にして未詳なり。来援を請う』以上です」
これは無線封鎖を解除せねばならないほど、危機的状況だと判断しなくてはならんな。
もはや、ハワイ奪還どころの話ではない!
全滅しないうちに後退し、機動部隊と合流して再起を図るしかなさそうだ。
「味方航空部隊はどうなっている?」
「所在不明。音信いまだありません」
もしかして一機残らず撃ち落された?
まさか…だが、それしか考えられぬではないか。
私は決断した。
「作戦を中止し全艦反転せよ。アメリカ本土へ引き返す!」
こうなれば無事に西海岸へ辿り着くことを祈ろう。
「閣下!レーダーに対空目標多数検知!
敵の第2波攻撃の可能性があります」
最大戦速で戦場を離脱したいが、脚の遅い輸送船を守るのが最優先だ。
「全艦、対空戦はじめ!全火器使用自由!」
もっとも遠すぎて敵機には届かないだろうが、やるしかないだろう。
そして先ほどと同じく、敵の攻撃隊からは空飛ぶ魚雷が発射され、間を置かず敵機は引き返していった。
「また来るぞ!全艦回避せよ!」
だが…回避しても追いかけてくるのでは逃げられない。
幕僚たちは全員顔面蒼白で、葬儀に参列しているみたいな雰囲気だが、それではだめだ!
私は部下たちを鼓舞する為に敢えて強い言葉を発した。
「まだ終わっていない!全員!与えられた自らの義務を果たせ!」
結局その日の夕刻までに10回近くも日本機の反復攻撃にさらされた。
その結果、多くの艦がなんの反撃も出来ないまま沈められてしまい、私の乗艦する「モンタナ」も日本軍の魚雷に沈められてしまった。
我がアメリカ海軍の切り札として投入された「モンタナ」級だったが、同型艦4隻全てが一発の主砲弾を放つ機会を得られぬまま、波間に消えていったことは衝撃以外の何物でもない。
もはや戦艦の時代は終わりを告げ、航空機の時代が到来したとの認識が世界各国で確定するのではないか。
「アイオワ」級も4隻中3隻が沈められ、私は中破しながらもなんとか沈没を免れた、「ミズーリ」に救われて本土に帰還することが出来た。
今回戦闘に参加したアメリカ空母は「ヨークタウン」、「ホーネット」、「エンタープライズ」、「ワスプ」、「レンジャー」と小型護衛空母が4隻の編成で、空母部隊の直掩機を除き、ほぼ全力の500機を投入した。我が軍始まって以来の大編隊であり、たとえ奇襲が失敗しても、ハワイ基地に大打撃を与えると見込んでいた
しかし作戦に参加した全空母が撃沈され、機動部隊は壊滅した。
どうにも言い訳のできない大敗であり、今後の日本軍の攻勢には対処不能という恐るべき事態となってしまったが、私は恥を忍んで大統領に報告を行った。
「大統領閣下。任務を果たすことが叶わず、多くの将兵と艦船・航空機を失いました。
残念ですがご報告します」
大統領は気落ちしていたみたいだが、私に言った。
「作戦部長が自ら陣頭指揮を執って敗れたのだ。
仕方ないだろうね。
敵は勝利の勢いのまま西海岸に押し寄せるだろう。
東海岸の艦隊は動かせないから、今回の遠征艦隊の残余を率いて防衛に当たってほしい」
これは…死んで来いと言われているに等しいが、受け入れるしかないな。
「謹んで拝命します」
そう言えば8年前、パールハーバーで日本艦隊を見た際に感じたことがあったな。
『どうも日本海軍は要注意で、油断すると思わぬ形で痛い目に遭いそうな嫌な予感がする』と。
悪い予感は当たってしまった。
それも未知の誘導魚雷によって、多くの戦艦を失うという予想外の形で、な。
しかしこの戦いの本当の問題は、別のところにある。
それはアメリカ合衆国政府や大統領は、日本に対する宣戦布告をいまだに行っておらず、全世界から非難が集中している点だ。
噂によれば、大統領の側近たちは、アメリカ合衆国が四つに分裂したのは日本人による陰謀工作が原因だと主張し、今回の作戦はその復讐を果たす「正義の戦い」だと吹聴しているという。
もし本当にそうであるならば、なぜ世界に向けてその証拠や根拠を堂々と提示しないのか?
したがって、私には正しい見方であるとは思えない。
大統領は彼らの言い分を鵜呑みにして、日本の悪意と脅威が明白である以上、先制的自衛行動は正当化され得ると発表しているが、そんな根拠の薄い動機で戦争を起こすなんて正気とは思えないし、当然ながら議会も問題視している。
しかも今回の開戦に当たっては、日本側から挑発行為などなかったし、これは世界中が見ていて共通の認識としている事実だ。
よって世界中の人々による今回のハワイ奪還作戦に対する評価は、「完全な騙し討ち」であり、アメリカ合衆国は先手を取りながら無様に失敗したのみならず、完璧な返り討ちにあってしまったというものだ。
これでは…アメリカ合衆国は完全な悪役ではないか!
悪役といえば…ハリウッド映画のお決まりパターン、観客が最も喜ぶ筋書きは、次のようなものだろう。
①起 主人公は清く正しく平和に生活していた。
②承 しかし突如として強大な悪役に不意打ちを受け、傷ついてしまった。
③転 それでも粘り強く耐え忍び、入念な準備と仲間を集めることが出来た。
④結 最後は憎き悪役に対して勝利を収め、平和を取り戻して物語は終わる。
起承転結のバランスの取れた良い筋書きだろう。
だが今の現実は全く違う。正義のヒーローはアメリカに帰ってこない。
それどころか最後は正義のヒーローに敗れる惨めな役回りを演じさせられるだろう!!
仮にこの戦いに関する映画が作られたとして、当然この場合の正義のヒーローは日本ということになる。
いや日本はきっとプロパガンダ的な映画を作って宣伝するだろう。
残念だがそれが事実であって、それが長期にわたって我が国の国際的立場を損ない続ける可能性があるというのに、大統領は一体何を考えているのか?
取り巻きの連中はどう責任を取るつもりだ!
そう思ってこの国の未来を心配していたのだが…先ほど日本のコノエ首相が、全世界に向けて宣言した。
日本の議会において演説した内容そのままらしいが、まず、日本にとってアメリカ合衆国との戦争は『正義の戦争』であるらしい。
そして『道義を重んじる国際社会、信頼に足る同盟諸国もまたそれを認めてくれるものと信じる』と続き、敵味方双方の戦死者への配慮を示したのち、我がアメリカ合衆国の将兵に対しての憐憫の言葉が語られていた。
『何という悲劇でしょうか。彼らには正義すら与えられないのであります』その言葉で締めくくられていた。
まさに我らには正義が与えられない。
我々は日本に対して不必要なうえに無謀で卑怯な騙し討ちを企て、しかも完璧な返り討ちにあって敗退するという醜態をさらした。
世界の人々は今後1000年にわたり、この無様で醜悪な悲劇、いや喜劇を語り継ぐだろう。
我々にはそれに対して抗弁する材料も、自身をかばう言い訳も持ち合わせていないのだ。
しかも日本の描くこの脚本において、最も滑稽で愚かな役を演じなくてはならんのは、この私ではないか!
これが、かつて“正義”を掲げた国の、末路なのか!




