【外伝】東部戦線進軍開始
1942年(昭和17年)3月
Side:ミハイル・トハチェフスキー (同盟軍 東部戦線 ロシア陸軍元帥)
私はミハイル・トハチェフスキーという名の軍人だ。
別名「赤いナポレオン」とも呼ばれている。
だが!
「赤い」は元ソビエト軍人として受け入れるとしても、「ナポレオン」はいただけない。
かつてグランダルメを率いてロシアに攻めてきたのは誰であったか?
そう!ナポレオンだ。
しかも冬将軍に勝てず撃退されてしまったではないか!?
気に入らん。全く気に入らん名前だ。
しかもロシアにおいて、ナポレオンとは侵略者に対する嘲りの代名詞であり、それは日本の方々にしてみたらフビライ・ハーンみたいなものなのだ。
日本人が日本においてフビライ・ハーンにたとえられて嬉しいかな?
嬉しいはずが無いではないか?
いや…古すぎてピンと来ない人が多いのだろうか?
だがまぁ…そんな些末な事より、今はいかにしてソ連を降すかが最優先課題だ。
そして私は総司令官の山下大将を助ける立場を貫いている。
私の上司に当たる皆さん、我が国のコノエ首相や、日本のコノエ本部長にも総司令官への就任を要請されたが固辞した。
亡命してきていきなりそんな立場になるのは憚られたからで、あまり目立たない方が良いだろうと判断したからだ。
何れにしてもソ連軍の基本戦略を作ったのは私だし、もちろん彼らの弱点も熟知しており、その意味でお役に立てるだろう。
ソ連の基本戦略は「縦深攻撃」と称されるもので、それまでの常識であった戦争における攻撃時の厚みを劇的に増やし、敵を圧倒しようとするものだ。
具体的には前線の敵部隊のみでなく、その後方に展開する敵の予備部隊までを連続的に攻撃することで敵軍の防御を突破し、その後に敵軍を包囲殲滅しようとする考えだ。
要約した言葉にすれば「中央突破→背面展開→敵中枢部の破壊」であって、これはアウステルリッツ会戦に代表される、故意に自軍に弱点を作って敵を誘引し、間隙をついて中央突破を敢行することで敵の背後に回り込む戦術を得意としたナポレオンの理論を磨き上げたものだ。
故に私はナポレオンに喩えられるのだろうが、再び言う。
嬉しくない。
まあとにかく…圧倒的な戦力による縦長の隊形での連続的な攻撃と、長距離砲兵部隊や航空機による敵後方に対する攻撃、空挺部隊などによる退路遮断を組み合わせて実施されるもので、現在ではソ連軍の戦闘教義である「縦深戦術理論」として広く共有されている。
だが、世の中にあるもので完全無欠なものなど存在しないのと同じく、私が作ったこの理論においても欠点がある。
まずはこの理論を逆手にとって、航空戦力の多用によるソ連軍中枢の破壊が有効だろう。
ソ連軍という集団は官僚主義的な組織であり、明確な命令がないと何一つ出来ず、まともに動けないという欠点を持っている。
要するに意思決定が硬直的であるのに加えて、中級指揮官の人材が不足することによって融通が利かなくなっているのだ。
具体的に言えば当初決めた作戦通りに進行しないと、前線が混乱して一気に崩れるだろう。
柔軟性が高く、一定の範囲で前線指揮官の判断が許される日本軍とはそこが根本的に違う。
この欠点はスターリンが進めた軍に対するテロとも言うべき大粛清の影響でさらに酷くなっているだろう。
部隊間の連携が取れず、各個撃破の良い目標となる事態が予想される。
それを誘発させる意味で超高空からの爆撃は有効だ。
なにしろ機数だけは圧倒的な量を保持する空軍は存在しても、高度1万1000メートルに到達出来る戦闘機は持っていないし、戦線を自由に移動できる高射砲も多く無い。
たとえ有ってもその高度に届かない。
人数は確かに多いが付け入る隙は十分にあるし、なまじ大軍なのが却って足を引っ張る原因にすらなるだろう。
そして日本のコノエ首相が考案したという「三段構えの戦闘教義」は、開戦以降の戦場において素晴らしい効果を発揮している。
1、超高空からの軍団中枢部への爆撃と補給拠点の無力化
2、優秀な戦闘機による制空権確保と爆撃機による地上戦力への攻撃
3、圧倒的な主力戦車と突撃砲による敵陣突破
これを用いて昨年7月のソ連による攻勢は撃退し、逆にエニセイ川を越えたクラスノヤルスク西岸において同盟側も入念な戦争準備を実行し、8月以来250万人規模の陸軍兵力をもって西進を続けている。
起点となったクラスノヤルスクからモスクワまでの距離は約3300km。
果てしなく遠く先は長いが、最初の目標都市は600km以上西にあるノヴォシビルスク(ロシア帝国時代はノヴォニコラエフスク)だった。
この街はシベリア随一の大河といえるオビ川の水運を活用した港湾都市で、シベリア地方最大といって良い都市だったが、ここを昨年10月に陥落させた。
ここまでは順調といえるが苦労もある。
なにしろシベリアの大平原とタイガ地帯をひたすら進むのだから、通常では考えられない現象が付いて回る。
ヤマシタ総司令官も頭で理解はしていても、実際に体験すると驚く事が多そうだな。
「トハチェフスキー元帥。シベリアは寒く、特別な装備が必要とは知っていましたが想像以上ですね」
まず一つ目の苦労は極寒の環境に耐える装備が必須という点だが、これは我々にすれば当たり前の話とも言える。
ただし日本の方々にはこの寒さは少し堪えるみたいだな。
「寒さの次元が違うでしょうね。
大昔の話をすると、さしものモンゴル帝国もこの地は避けただろうと思えるほど冬は厳しく、住んでいる人は少ないです」
「本当にそうですね。しかも人間にとっても厳しいが、機械にとっても同じだとは予想外です。
エンジンオイルも日本国内仕様だと使い物になりませんからね!
ロシアからの供給が無ければ立ち往生するところでした」
それもあったな。エンジンが凍ってしまっては始動できないし、それはギヤオイルなど全ての液体に共通の課題で、極寒に耐えられるだけの粘度のオイルは必須だが、最も有効な対策はエンジンを切らないことだ。
故に燃料消費が計画を上回った時は一時的に混乱した。
厳冬期のシベリアの真っ只中で燃料切れなんて起こしたら…
「それでも極寒であるが故にメリットもあります。
どんな大河でも凍りつき分厚い氷に覆われますから、日本の「九八式」主力戦車のような重量物でも渡河が可能となる点で、おかげで進撃速度が上がっていますからね」
そろそろ寒さが緩み、地面もぬかるんでくるから慎重に進まねばならなくなるが。
それに…渡河中に砲撃や爆撃を受けたら?
それこそアウステルリッツの悲劇が再現されるだろう。
この場合は「赤いナポレオン」の私が被害者となるが。
この戦線における二つ目の苦労は補給・兵站だ。
武器弾薬は当然として、食糧に燃料、医薬品などの補給が滞ると前進できなくなる。
いや。
スターリンはわが軍の補給線が伸びきるのを待っているはずなのだ。
これは軍事の常識が少しでもある人間にしてみれば当然の事で、補給線を叩けば戦わずして相手を降すことが出来るのだから、これを狙うのは初歩中の初歩だ。
もっとも、初歩ゆえに忘れがちになるが。
「ヤマシタ総司令官。
そろそろ補給線を守る算段が必要ですが、どのようにお考えでしょう?」
「そこが一番の問題ですね。
ただでさえ正面兵力が敵に比して少ないですからね。
敵にして見れば大きく迂回して我らの後方へ回り込み、補給線への圧迫を行えば戦わずして我らを孤立させることが可能となりますし、補給線を守れば今度は正面兵力で取り返しのつかない差が生まれます。
そこでウクライナの方々に助けていただこうと考えています」
そうか。その手があったな。
「ウクライナの志願兵の方々ですか。
説得しても引き下がらないので困っているらしいですが、老人や女子供であっても確かに活躍してもらえる場面はあるでしょうね」
いかに志願してきた人たちであったとしても最前線に送るような真似は出来ん。
だが、補給線の防衛なら危険は少なく、しかも重要な仕事だ。
もちろんこの場合の補給線とはシベリア鉄道の事を指す。
これがあるから西進できるのであって、無ければ前進は不可能だ。
補給という点ではバイカル湖の東側にあるチタまではシベリア鉄道、及び英領満州を通る東清鉄道が使用できるが、そこから先のクラスノヤルスクまでの約1000kmはシベリア鉄道だけに頼った兵站線となる。
先の世界大戦はウラル山脈西部が味方地域だったから日本軍も何とかなったが、今回はそうはいかないだろう。
よってクラスノヤルスクに大規模な飛行場を建設して、空輸による補給も併用して実施しているのと、日本軍の新型戦略爆撃機「朱雀」の基地としても利用されている。
この機体の航続距離は4000kmだから、ウラル山脈の西側に存在するソ連の心臓部までは届かないし、せいぜいロシア帝国末期の、あの因縁のエカチェリンブルクまでが限界だ。
とにかく、このクラスノヤルスクは我ら同盟軍にとって欠かす事の出来ない戦略拠点だから、ソ連軍によって落とされる事態は許されないのだ。
さて、まずは順調に西進を継続中といえるが、たまにソ連軍が攻撃してくることもある。
それらを全て粉砕して進軍中だ。
とにかく西進を継続しよう。
Side :ロディオン・マリノフスキー ( 上級大将 ソビエト陸軍 東方軍団 総司令官 )
まずいな。
日露軍の装備は想定以上だ。
あの爆撃機の性能は極めて高く、わが軍の戦闘機では全く歯が立たんし、高射砲も届かない。
しかもシベリア鉄道という兵站線を利用しているから進撃速度も速い。
進撃内容も堅実と評価すべきだ。
点在する街を確実に手に入れ、補給拠点と飛行場を整備してから前進を再開するのだ。
戦闘機同士の空戦においては一方的にやられるだけだし、戦車の性能でも押されている。
更に歩兵の装備も段違いで、こちらの重装備はいとも簡単に撃破される一方、敵にはほとんど打撃を与えられていない。
やはりトハチェフスキーとジューコフが指揮する軍隊は強いのだな。
当初の計画ではウラル山脈まで誘引し、敵の補給線が伸び切って進撃が止まった時を利用して一気に押し返す作戦だったが、彼らの補給線に負荷は掛かっているのだろうか?
やはりあまり気が進まないが同志スターリンの指示通り、刑法犯や政治犯などをまとめて最前線に送り、捕虜になるよう故意に後ろから追い立てて燃料や食糧といった物資の消耗を促進させるようにしなくてはいかんな。
そうでないと…あの狂気に満ちた独裁者によって私は…
Side:ヨシフ・スターリン
ふふふ。
予定通り日露の連中がやってきよる。
順調に進軍できていると信じているだろうが、それも今のうちだ。
ウラル山脈までやって来た時がやつらの最後だ。伸びきった補給線を叩いて一気に包囲殲滅し、余勢をかってウラジオストクを陥落させてやるわ!
今度こそ皇帝を処刑台に送って儂を愚弄した報いをくれてやる。
楽しみで仕方ないな!!




