【外伝】独ソの接近
1939年8月1日
Side:アルフレッド・ランドン (アメリカ合衆国大統領)
大統領に就任してもうすぐ1年半となるが、取りあえず我がアメリカ合衆国は、小康状態を保つようになっている。
ようやくだ。
ようやく小康状態を保つことが出来るようになったのだ。
ここに至るまでは本当に大変だった。
何と言ってもテキサスの石油・天然ガスを失ったのは巨大な痛手だったし、南部10州(Confederate States of America)の農業地帯を失ったことで、食糧の需給バランスが崩れたのも誤算だった。
良いことも少しはあった。
そもそも歴史的に見れば、「敵」である民主党が潜在的に強い地域が南部だったわけで、それが本当に「敵」になったのだ。
何とか今のうちに体制を固め、不況から脱して労働者層へ支持を拡げ、再選を目指すのが現在の私の目標だ。
歴代大統領と比べて、少し目標や意識が低いのはやむを得んな。
もはやアメリカ合衆国は自分のことで手一杯であり、他人の事情にまで関心を寄せるわけにはいかないのだからな。
よってフィリピンも独立を認めるしかないし、独立したフィリピンがますます日本にすり寄っていくのを、残念だが指をくわえて見ているしかない。
そして前任までの歴代大統領がこだわった、中国大陸への進出も諦めるしかない。
何と言ってもハワイが日本の手に陥ちたのだから、太平洋における中継点が無いのだ。
こんな状態でアジアに干渉するなど、狂気の沙汰と言うしかない。
中南米も絶望的だ。
中米においては、メキシコが敵対姿勢を鮮明にし始めている。
いや…これまでもそうだったのだろうが、アメリカ合衆国の「威」を恐れて、表面に出していなかっただけだろう。
何より死活問題となりそうなのがパナマだ。
ここが完全に敵対してしまうと、パナマ運河の通航が不可能になってしまうから、東西の連携が断たれるに等しくなり、その有形無形の損失は天文学的なものとなってしまうだろう。
故にパナマのご機嫌を取り続けて、敵対しないような政策を継続せねばならない。
従って、最近になって彼らが要求するようになった通航料金の値上げも飲まざるを得ん。
非常に情けないが、これがアメリカ合衆国の現状なのだ。
南米諸国も軒並み我が国に背を向け、より近いアメリカ連合国や、テキサスとの連携を始めている有り様だ。
過去のモンロー主義によって、アメリカ合衆国に押さえつけられていた恨みがあるのだろう。
それは理解できるが、よりによって私が大統領の時にそれが表面化してしまうとは…
つくづく私は運に恵まれていないな。
最大の脅威がカナダだ。
この国は成立以来、アメリカの友ではなく、ブリテンの僕であり続けたのだ。
そしてここ30年以上にわたって、アメリカ合衆国とブリテンの関係性は最悪だ。
特に2年前の分裂騒動時のブリテンの振る舞いは、決して忘れない。
彼らは我らの弱みに付け込んで積極的にテキサスやCSAを援助し、あまつさえ彼らを焚きつけたのだから、多くのアメリカ合衆国国民はブリテンに対する恨みの感情を抱いているだろう。
本来ならCSAもテキサスも早い段階で征伐して、元の状態に戻すべきだったのに、カナダが邪魔をして実行出来なかったのだからな!
そのブリテンの同盟国である日本は、「四カ国同盟」もそうだが、それ以前に更新し続けている日英同盟を背景に、アメリカ合衆国に対しての敵意を公然と見せるようになってきている。
ハワイにおける振る舞いはその典型と言えるだろう。
よってブリテン同様に日本に対しての感情も芳しいものではない。
だが、私に言わせれば、日本がアメリカ合衆国に敵意を抱くのは当然だろうとすら思う。
何と言ってもロウズヴェルトは、不必要なまでに日本と日本人に対する差別意識をむき出しにして対応したのだ。
西海岸とハワイに少数ながら在住している日系移民に対する処置は、完全に間違いだったと断言できるだろうし、私としては日本に限らず、現状に対する国民の不満は、他国ではなく民主党にぶつけるよう誘導するのが一番簡単でしかも効果的なのだ。
よって、ユーラシア大陸における戦争に加担する目的で、ロウズヴェルトが提唱した「ロウズヴェルト・ドクトリン」は継承しないと宣言した。
とてもそんな余裕は無いから、当然の処置と言えるだろう。
我が国はまず立て直さねばならんのだ!
戦争や侵略がしたいのなら、アメリカ合衆国に関係ない場所で勝手にすればよいだろう。
1939年8月15日
Side:ヨアヒム・フォン・リッベントロップ (ヒトラー内閣外務大臣)
於:クレムリン モスクワ
ソビエトの外相たるモロトフと交わした「モロトフ=リッベントロップ協定」から1年となるが、今一度双方の役割を確認する必要があるために訪問中だ。
総統はロウズヴェルト前アメリカ大統領が提唱した策を、今でもいたく気に入っておられるが本気なのだろうか?
本気だったとしても、ソビエトが突然裏切る可能性は考慮しておかねばなるまい?
よって定期的に彼らの意思の確認と、協定の有効性の再確認をせねばならないのだ。
そもそも…総統が確保したいのはドイッチュラントの栄光であり、ゲルマン民族の生存権拡大なのだ。
誤解されやすいが、ドイッチュラントの土地の範囲と、ゲルマン民族の居住範囲と、ドイッチュラント語の使用範囲は完全に一致しないからな。
ヨーロッパにおいて国境など簡単に変わってしまうから、国家としての概念も曖昧だ。
だから、母語としてドイッチュラント語を話す者が住む地域が、我らの同胞の範囲と定義していいだろう。
すなわち自国以外にも広範囲に及ぶのだ。
エスターライヒは当然として、スイス、ベルギー、ルクセンブルク、リヒテンシュタインもそうだし、フランスに取られたエルザス・ロートリンゲン地方に、イタリアのチロル地方、チェコのボヘミアと、モラヴィアなどのベーメン地方も我らの仲間なのだ。
もちろん先の大戦で奪われ、現在はポーランド領とされているダンツィヒや、ケーニヒスベルク地域、更にはメーメルブルク地方は言うまでもない。
なんといっても、ドイツ帝国の母体たるプロイセンは、ポーランドが発祥地の一つなのだからな。
これらはわが民族の「生存圏」であり、拡大させ続けなればならない。
地政学者のフリードリヒ・ラッツェルが、先ほど私が指摘した「生存圏」という用語を用いたのは1901年のことだったから、日本のコノエ前首相が提唱した「海洋型地政学」に先んじているはずだ。
ドイッチュラント語を話す民族による国家統一と、植民地獲得を目指すスローガンとして用いられた、「生存圏」の追求は、単に潜在的な人口学的問題を解消しようとする取り組みにとどまるものではなく、停滞と退化から我が民族を守る手段として必要なものなのだ。
その意味で、東欧諸国に関するロウズヴェルト氏の提案は魅力的なものだった。
我が国がソビエトを気にせず、東欧諸国を完全に支配下に置けるという素晴らしい内容だったのだから。
本当ならアメリカ合衆国が、日英の背後を突いてくれたら完璧だったのだが、あまり贅沢を言っても仕方あるまい?
少なくとも東欧諸国に対しては、これを鎧袖一触で制圧できる戦力は用意できたし、やり方を間違わねばフランスをも圧倒できるだろう。
機は熟しつつあるのだ。
「モロトフ外相。書記長閣下のご機嫌は如何ですかな?」
「こちらは変わりありませんが、それよりも総統閣下のご機嫌のほうが気になりますな」
「ははは。お互い偉大な指導者を持つと大変ですな?
こちらも1年前と同様で、戦力の拡充はますます進んでおります」
「それは心強いですな。我がソビエトも日露への復讐準備は万端で、陸軍の機械化と空軍兵力の拡充が進んでいますからな。
いつ始めていただいても結構ですぞ」
「余計なことかもしれませんが、どうも日露陸軍は予想を超えて強力な可能性がありますが、そこは問題ではありませんかな?」
これは本当の話だ。
情報部からの報告によると、どうも急速な戦力の拡大を行っているようにしか見えんらしい。
慎重を期したほうが賢明ではないかな?
だが、モロトフは自信ありげだな。
「リッベントロップさんは慎重ですな。
例えそうであったとしても、人数で圧倒出来ますし、そもそもシベリアの国境線からの縦深を活かせば防御も万全です。
グランダルメ(Grande Armée)でしたかな?ナポレオンによる侵攻を受けた際も、この長大な縦深を活かして彼らを撃退したのです。
今度もそうなるでしょうな」
本当にそれだけか?冬将軍に助けられたのではなかったか?
「焦土戦術でも採られるのですか?」
「もともと何もない大平原なのですよ。
その意味では確かに焦土戦術と言えるかもしれませんね。
しかも日露軍をウラル山脈東麓まで誘引してしまえば、補給線の長さにおいて、決定的な差が生まれるのです。
そしてウラルの『壁』を越えようとした彼らを、一気に叩いてしまえば、彼我の優劣はその時点で逆転するのです。
そもそもの話として、日本軍は正面戦力は精強であっても、弱点は補給や兵站の軽視という伝統にあるのですから、ここを利用すれば問題ありません」
そうかもしれんな。
日露戦争において日本が勝利できた背景としては、陸においても海においても距離の要素が最も大きかったのは間違いないだろう。
領土の広大さというのは、我々には中々理解できない感覚だが、自信があるのだろうな。
「それはそうと、わがソビエトは領土の縦深が深い反面、海軍力は全く重視していませんが、貴国はそうも言っておれない状況ですね?
イングランド海軍に対する準備は万全なのですか?
どうやらイングランドも日本海軍の新鋭戦艦計画に触発されて、有力な新型戦艦を4隻竣工させたみたいですが」
話を変えてきたか…ここは弱みを見せてはならん。
「そこは抜かりなく対策しております。
新鋭戦艦ビスマルク級も有力ですが、日本の新戦艦やイングランドの「ライオン」級に対抗すべく、更に有力なクラスを二つ建造中で、最初のクラスの1番艦は既に竣工していますし、2番艦もあと半年ほどで竣工するでしょう」
モロトフは大げさな身振りを交えて言った。
「噂の『プリンツ・アイテル・フリードリッヒ』級ですな?
総統閣下が、先帝ヴィルヘルム2世陛下を信奉されておられたとは、寡聞にして知りませんでしたが」
…これは総統への嫌味か?
「はは。世の中は常に驚きで満ちておるのですよ。
…驚きついでに、我らは世界を驚かせねばなりませんな?」
「とおっしゃいますと?」
「ソビエトと我がドイッチュラントが連携して動くであろうことは、もはや世界中の人間が知っていますからな。定石通りに動いては面白くないでしょう?」
それに対してモロトフは懐疑的な表情になって言った。
「…特に奇抜な戦略が優れているとは思いませんがな?」
乗ってこないか?
だが、ここが肝心な部分だ。
我が国は共産主義者と手を携えて行動するのではない。ということをはっきりさせねばならん。
「いやいや。敵の不意を突いて一気に雌雄を決し、敵に反撃の機会を与えないまま勝利を重ねるというのは必須条件では?
何故なら…日英露仏との全面戦争に至った場合、どうやら我らに力添えしてくれそうな国家のほうが少なそうですからな」
モロトフの表情が緩んだ。
脈はありそうか?
「なるほど。確かにそうですな…
で、具体的なお考えなどはお持ちなのですか?」
一気にたたみかけよう。
「当初は予定通りに動き始めましょう。
まずは、我がドイッチュラントが東欧諸国に進出を開始し始めます。
世界の耳目を東欧に集めてる間に欺瞞情報を流し、我ら両国がポーランドとフィンランドに進出すると思わせるのです。
ですが、実際に動き始めるのはわが軍がフランスへ、貴国は…手頃な中央アジアの諸国は如何ですかな?
その方面へ全力を振り向けるのです。
その後、我らはイングランドへ、貴国は日露に襲い掛かれば勝算は一気に上がります」
「…変則的ではありますが、確かに勝利の確率は一気に上がりますし、中々に魅力的なお話ですな。
我ら書記長閣下の承認が必要ですが、私個人としては前向きに受け止めています」
「では今後も詳細を詰めたうえで、いよいよ?」
「そうですな。いよいよですな」
どうやら上手くいきそうだな。
我らだけで日英露仏を相手に戦うなど不可能だが、少なくとも日露の相手を共産主義者どもがやってくれるというのなら、利用しない手はないからな。
共産主義者どもと手を携えるなど…総統閣下がお認めになるはずが無いが、これなら問題ないだろう。
あくまでもバラバラに戦うのだからな!




