表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ化決定 現在準備中】明治に転生した令和の歴史学者は専門知識を活かして歴史を作り直します  作者: 織田雪村


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

151/200

【外伝】最後の大物

1938年5月


Side:リヒャルト・ゾルゲ (ドイツ生まれ ソビエトのスパイ)


於:東京市 某所


私は母の生まれた祖国において政権を担う、ソビエト共産党に忠誠を誓った。


その理由?

なんなのだろう?

今となってはよく分からないな。


ただ、世の中の矛盾には激しい憤りを覚えたのは間違いないと思う。

この世界はカネを持っている者が権力を持ち、政府要人に食い込んで私利私欲をほしいままにする。

そんな現実が許せなかった。


その矛盾を解決する素晴らしい考え方が共産主義であり、共産主義を拡大再生産させる共産党の存在が不可欠だ。

そして私は迷う事なくソビエト共産党に入党し、その後はGPU(国家政治保安部)において順調に昇進を果たして、遂にベリヤ閣下に認めていただける存在になっていった。


そのベリヤ閣下の命令を受け、対日工作を行うため4年前に日本へ入国し、ドイツ紙の記者を装いながら日本人で協力者となってくれそうな人物を物色していた。


同時期に日本に来たマックス・クラウゼンは、妻のアンナと共に活動しているが、彼の特技である無線通信技術を用いて、ソビエト本国と密かにやりとりしている。


肝心の日本人では宮城与徳という協力者がいるが、彼はアメリカ共産党から派遣された人物で、日本語よりも英語が堪能という変わった男だ。

その宮城の縁を利用して、朝日新聞記者の尾崎秀実(ほつみ)という人物の知己を得る事に成功した。

この人物はベリヤ閣下がかねてより目を付けていた人物らしく、共産主義へのシンパシーを感じているとの事前情報を頂いていたから、重点的に狙っていたのだ。


この人物を起点に、日本人社会に網の目のような諜報組織を構築できれば、私の目的成就が可能となる。

その目的とは、日本がアメリカと戦争状態に至ることだ。

ロウズヴェルト前大統領が行った日本人隔離政策などをネタにして、なんとしても日本の武力がアメリカに向くようにせねばならない。


その点、オザキは正真正銘の朝日新聞の現役記者であり、その気になれば日本政府の要人に対して接触することも容易なのだ。

私としては、このルートをいかに有効に使うことが出来るかが勝負となるだろう。


だが…最初から全ての活動が順風満帆というわけでもなかった。

特に気になったのが入国早々という時点で、私に対して日本の諜報組織員と思しき人物の影がチラつく様になった事実だろう。


おかしい。


私はその当時は何か目立つような諜報活動をした憶えなど無いし、日本に出入国する外国人は毎日数百人はいるのだから、ピンポイントで私に尾行や監視が付くなどという事態は信じられない。


何処からかは分からないが、私の情報が日本の諜報組織に漏れているとしか言いようが無いのではないか?


誰だ?いったい誰が私に目を付けたというのだ?


そこからは慎重に行動するようにした。

身分がバレてしまったのでは元も子もないからな。

行動は自然と自重するようになったし、まずは日本社会に慣れ親しむことを優先した。


その後2年ほど経つと、尾行者の影も薄くなってきた。また私も東京の地理にも明るくなってきたこともあって、本来の目的である諜報活動を再開した結果、尾崎との縁を結べるようになってきたのだ。


その過程で日本社会の特徴や政治体制、歴史なども学んだ。

特に印象深かったのが、日本という国家は表向きは近代国家の体裁を取っているものの、実体としてはかなり保守的、いや前近代的な政治体制である点だ。


特に古くから存在している貴族社会が根強く生き残っているのが特筆すべき点で、現在の首相はその貴族社会における最高位の存在だという。

言うまでもないが、身分が固定した社会で血縁を優先した指導者の能力など、たかが知れている。

固定された10の家から一人の人間を選んで指導者とするより、無数の人間から選んだ方が優秀な人間が選ばれる確率が遥かに向上するだろう。


そんな基本的な常識ですら日本人は理解していないのか?

少し調べてみたところ、エド時代という比較的近代に近い時代区分においても、ショーグンを補佐する資格がある家系は少数に限られていたという。

そんな血統重視の考え方では話にならない。

やはり日本という国家は、共産主義国家より遅れていると断言していいだろう。


私の任務は、この遅れた国家を近代的な共産国家であるソビエトの支部として変換させ、スターリン閣下の思い通りに動かすことで、これは大義であり正義の行動なのだ。


そして現時点で最も日本社会に対する影響力が大きいのが先ほど触れた首相だ。

正確に言えば前首相だが、どうであろうとあまり変わらない。

なぜなら、今年首相に就任した人物は前首相の長男だからだ。


血統、しかも長男重視とは…これではこの国を治める絶対的な存在などと言われているテンノー家と変わらないではないか?

それで日本の国民は満足なのか?

そう不思議に思ったのだが、具体的な数字は明らかでは無いものの、首相の支持率は極めて高いらしい。


…わけが分からんな。


「オザキ。なぜコノエ首相は国民から受け入れられ、尊敬されているか理由は分かるか?」


「国民としては生活が安定しているなら、政治体制なんてなんでも良いのだろう」


「やはり閉鎖された島国は特殊で遅れているな。

一刻も早く正しい姿にするべきだ」


「そうだな。もっと仲間を増やして誘導しよう」


こんな感じで、日本における仲間作りは遅々とはしていても着実な歩みを見せている。

この国では共産党そのものが非合法化されているから、行動は慎重にならざるを得ないのが難点だがな。


だが本国からの指令によれば、もう余り時間が無いそうだ。

日露との決戦の日は近いらしく、早急に成果を上げる必要があり、それは一刻を争うという。

しかもマックス・クラウゼンによれば、ベリヤ閣下の直接通信を受けたみたいで、閣下は相当焦っていたらしい。

こうなると自重を強いられた最初の2年がもったいなかったな。

あれさえなければ、もっと活発に活動できたのだが。


短期間で成果を上げるためには、私としては日本の権力者に直接食い込むしか方法がない。

とは言ってもテンノー家に入り込むのは不可能だし、サイオンジ家も有力だが、既に政治の表舞台から消えて時間がたつ。


よってここは危険を承知で、コノエ家に狙いを絞るべきだ。


前首相には息子が6人いるから、この内の誰かに接触しよう。


「コノエ家の一員の誰かと話が出来るようにならないか?

最初は取材の形でいいのだが」


「…取材するとしても、父親の前首相は論外だな。

海千山千の陰謀家として知られているから危険が大きい。

次男は軍の最高幹部だが、この人物の周囲にも諜報員が張り付いているだろう。

何より軍事機密を握っているから、厳重な防諜対策もしていると思われる。

三男から五男までは芸術家だったり、他家へ養子に出ているから大した情報は引き出せないし、六男は現役のロシア首相だから不可能だ。

となると…消去法で言えば、長男の現首相が危険は大きくても、得られる情報もまた大きいだろう」


「やはり長男か。

どんな人物なんだ?」


「これまでは父親の陰に隠れていて、実状がはっきりしない。

父親の命令通りに動いている傀儡(くぐつ)みたいな立場だと評価する者もいれば、いや逆に父親の方が息子の操り人形だと言う者もいる。

よって父親以上の陰謀家だと評する者が存在する一方で、親の七光りに助けられているだけのロクデナシだと言う人間も多数いる」


「…それでは何も分からんのと同じで、判断が難しいな…オザキ、君自身の評価はどうなんだ?」


「…次男の文麿には取材した事があるが、あの男は上品で優しいだけの世間知らずという印象だったから、その兄も同じような感じではないかな?

なんと言っても『お公卿(くげ)さん』だからな」


「では長男の現首相にターゲットを絞ろう。

家族がいるな?

まずは家族の誰か、夫人に接触してはどうだ?」


「おいおい…長男の妻はロシア皇帝の姉だぞ?忘れたのか?

日本国民には昔からとても人気のある人物だが、我々のようなメディアから今でも取材や写真撮影、もっと有り体に言えば隠し撮りの対象として常に狙われる存在だし、それが原因で極めて慎重な対応をすると聞くから、食い込むにしても時間がかかるし、君が接触すると正体が露見してしまう恐れが高くなるぞ」


「そういえばそうだったな…

家族経由が見込めないとなると、本人に直接取材の形で会うしか方法が無いな。

出来るだけ早くアポイントを取って取材に行けるよう手配してくれ。

私は君の助手の立場として申請してくれたら同行しよう」


「了解した。

ただし…この人物に対してはこれまで私が何度も取材を申し込んでも、その度に拒否され続けてきたのだ。

他の記者の取材は受けているから、なぜ私が取材拒否にあうのかは分からんが。

それで…会ってどうするんだ?」


「…思い切ってその場で暗殺出来れば一番いいのだが」


「!!それは無理だ。身体検査もあるし護衛も優秀だ。普通に取材するならともかく、無茶な行動はやめてくれ。

それに首相一人殺したところで情勢が好転するとも思えない。

絶対反対だ」


「わかった。では何か有益な情報が引き出せるよう君も協力してくれ」


自信が無くなってきたな…もっと時間が有れば良かったのだが。




Side:NHK(内閣北方協会)職員たち 


やはり明石閣下のにらんだ通り、あのゾルゲはクロだな。

奴が入国してきた直後から張り付いていたが、我慢して観察してきた甲斐があった。

明石閣下は誰かは知らんが上層部の指示でゾルゲを調査対象に指名したと聞くが、我が国の防諜体制は凄いな。


「しかし今日のあいつらの行動には驚いたな?」


「ああ…よりによって近衛首相に会いに行くとは思わなかった。

急に大胆になったがどうしたんだ?」


「さてな?何か事情が有るのだろうが。

それより例の怪電波の発信源は分かったか?」


「ああ。ゾルゲの一味とみられるマックス・クラウゼンが住む家の辺りからの発信なのは確実だな。

最初の頃は通信機を担いであっちこっちに行っていたみたいで、行動確認が厄介だったが、最近は油断したのか焦ったのかは知らんが自宅から出ていないからな。

奴がソ連とのやり取りをしているのは間違いないだろう」


「よし!踏み込むか?」


「そうしよう」


いよいよ「最後の大物」と呼ばれ、なかなか尻尾を掴ませなかった男も逮捕だな。

予想外に呆気なかったが、最近になって急に焦って動き始めたように見える理由が知りたいものだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ