【外伝】海軍大軍拡始まる
1937年3月2日
Side :アルフレッド・ランドン (アメリカ合衆国 大統領)
於:ホワイトハウス
大統領就任式を終え、いよいよこれから私は大統領としての重責を担うことになる。
かつてない苦難の始まりなのかもしれんが…
アメリカ合衆国は、なぜこんな事態になってしまったのだ?
全ての原因は恐慌にあり、経済と金融システムが国民の信頼を失ってしまったのがきっかけとは言えるがな。
人々の荒んだ心に影響を与えたのが、前大統領が採用した似非共産主義だ。
あれでは共産党を勢い付かすだけではないか。
何がニューディールだ。
そんな物は真っ先に中止だ。
よって「大きな政府」など不要で、我が共和党の伝統政策とも言える「小さな政府」に戻すべきだ。
国家は外交や軍事などは主導するが、経済に対する統制など、本来はするべきではないのだ。
政府人員は大量に解雇することになるだろうが、やむを得ない。
その代わりに、失った海軍力を回復させるために大軍拡が必要で、臨時の大規模予算を議会に提出して戦力の回復を図らねばならん。
この意味で労働者に仕事を与えようではないか。
ただし、建造に時間がかかる海軍力の整備が最優先で、戦車や飛行機の開発は一旦ストップだな。
そこまで回す資金がないのだから、仕方あるまい。
当然だが、東京とロンドンの軍縮条約からは正式に離脱だ。
これは前任者が決めていた事項だが、私も踏襲しよう。
対する日本は早速、覇権国の本性を露わとしている。
彼らも軍縮条約を破棄し、基準排水量6万4000トン、全長862フィート、全幅131フィート、45口径18インチ砲3連装3基9門、速力27ノットという空前の巨艦を建造する計画らしい。
しかも、4隻同時に建造を始めるらしく、各地の造船所にはそれ用と見られる資材が大量に搬入されつつあるそうで、起工も間近だろうとの情報だ。
この4隻を建造する費用として、日本円で6億計上するらしいが、一体あの国の経済力はどこまで成長しているのだろうか?
しかも、来月から始まる新しい会計基準年においては、国家予算が初めて50億を超えるというが、これはほんの数年前の2倍に達するではないか。
もっと言えば、ロシアと戦争していた30年前の10倍以上にまで拡大している。
しかも我が国発の恐慌など、全く影響を受けていないといった雰囲気まで感じる。
もしかすると…経済規模や国力、鉄鋼生産量で、既にアメリカ合衆国は追い越されているのではないのか?
現在も、日本政府主導で国土の開発を積極的に行っており、高速道路や新しい鉄道、国際海底トンネルなど目覚ましい発展を遂げているが、正直言って羨ましい限りだ。
元気な時の我が国であれば、彼らと全く同じクラスの戦艦も建造可能だろうが、現時点ではかなり苦しいのが実情だ。
そもそも、横幅が大き過ぎてパナマ運河を通れないとなれば、メリットよりデメリットの方が上回ってしまう。
だが負けずに、我らも可能な対抗策として戦艦を建造せねばならん。
まずは海軍省から提出されている、この計画を承認して議会に提出しよう。
そして各年毎に追加で承認を継続して、一気に海軍力を回復させるしかあるまい。
最初のクラスは、3万8000トンで45口径16インチ砲3連装3基9門搭載の戦艦が4隻か。
これならパナマ運河も航行可能だし、良い計画だろう。
追加で巡洋艦や駆逐艦も合わせて大量建造し、海軍の再構築を実行あるのみだ。
何よりワシントンD.C.のすぐ南側は、既にバージニア州という「敵国」なのだからな!
その意味でも十分な戦力が必要だ。
1937年3月17日
Side :アドルフ・ヒトラー
相変わらず、日露や英仏の連中が考えていることはよく分からん。
ウクライナで飢饉に直面していた人民を助け、遠くロシアまで移送している作業は現在も継続中らしく、推定では既に700万人以上が海を超えロシアに渡ったという。
しかもルーマニアやトルコは積極的に手伝っておるようで、両国における日本の人気はとてつもなく上がっているそうだ。
ふん!馬鹿な日本人め。
船で運ぶよりも、穴を掘って全員を埋めてしまったほうが手っ取り早いだろうに、それがわからんのか?
まあ良い。吾輩は吾輩の道を歩むのみだ。
それにしても…日米で戦艦建造競争が始まりそうだな?
特に日本は、これまで誰も作ったことのない6万トンクラスの戦艦を建造するというが、ドイッチュラントも対抗せねばなるまいな。
ビスマルク級だけでは心許ないから、急ぎ対策を立てるべきだ。
「総統閣下お呼びでしょうか?」
「レーダー上級大将。海軍は日本の新型戦艦に、どう対抗しようと考えておるのだね?」
「はい総統閣下。我が海軍としましても、ビスマルク級を上回るクラスの戦艦を欲しています。
それも日本と同じく4隻が必要で、日本の計画している新戦艦に対するには、少なくとも43センチ砲8門搭載の新型艦を4隻希望します」
「だが、日本の新型艦は6万トン級だと聞くが、我が海軍は過去において、そのような巨艦を建造した実績がないのは間違いないな?
しかも伝統的に防御重視の設計を行うのであれば、43センチ砲搭載艦も6万トンに達するだろう。
であれば、まずは4万トン級のビスマルクを上回る、5万トン級で40センチ砲搭載戦艦を2隻建造し、経験と実績を積み上げ、次に43センチ砲搭載戦艦に挑戦すべきではないかな?んん?」
「…おっしゃる通りです。
では、その方針に基づいた計画書を提出させていただきたく存じます」
「それがよかろう」
これで日本に対抗できるだろう。
日本の新型戦艦など、一瞬で葬ってくれようではないか!
せいぜいそれまでは、あのおぞましいタコでも食って震えてやがれ!
1937年4月1日
Side :藤本 喜久雄 (海軍造船少将)、牧野 茂(海軍中佐)
於:横須賀海軍工廠
遂に「伊勢」型を上回る、基準排水量4万8000トンの大型空母を4隻同時に起工する事になった。
この横須賀と呉、佐世保と舞鶴にある海軍工廠において建造されるのだが、全長は初めて300mに達しようかという巨艦を、同時に4隻も建造できる日が来るとは想像もしていなかったな。
しかも、次はこの4隻が進水した後に空いたドックを利用して、基準排水量7万トンという空前の巨艦を4隻、同時に建造する計画なのだ。
この大きさ、特に全幅に対応するために、ドックの大幅な拡幅を行ったのだが、最も気を使ったのが防諜面だ。
とは言っても、何かを建造しているという事実そのものを隠すことは、実態はもちろん書類上も不可能で、対外的には4万トン級戦艦を4隻と、6万トン戦艦を4隻建造するということにしている。
こんな巨艦たちを同時に起工できるなんて、明治では考えられなかったし、まさに隔世の感がある。
横須賀は比較的遮蔽しやすいが、呉が少々厄介で目隠し用として無駄に大きな倉庫を建てたり、大屋根を作ったりと大変だった。
「それにしても、欺瞞工作としての6万トン戦艦の件は突拍子もないものでしたね」
確かに、あれには驚いたものだ。
「基準排水量6万4000トン、全長263m、全幅39m、45口径46cm砲3連装3基9門、速力27ノットか。
7万トン空母の隠れ蓑にちょうど良いのではないかな?
どうも我が国以外では、空母や飛行機に対する正しい理解が進んでいるとは思えないから、他国が気付く前に確固たる地位を築かねばならんだろうからな」
「実際に建造してみたい気もしますが、国防大臣閣下はお認め下されないでしょうね?」
「そうだな。あの方は空母と飛行機に早くから注目されていて、その可能性に国運を賭けていらっしゃるのだからな。
だから世界の目を欺くため、故意に戦艦建造計画を漏らしておられるのだろう」
「確かに、我が国が保有している戦艦は懐かしの『金剛』型が8隻だけですからね。
ですが、こちらも改装計画が進んでいるのですよね?」
「それは私ではなく、平賀中将のチームが担当だがな」
「平賀さんですか…申し訳ないのですが、私はあの人が苦手です」
「保守的で融通が利かないからだろう?
その点は、私とは随分考え方が違うのは事実だな。
だが、あの人の設計は確かにちょっと古いが、安全で手堅く順当なものだとは思うがね」
「それにしても古すぎます。
いまだに溶接ではなく、リベットを用いようなんて発想は、その象徴でしょう。
既に我々の溶接技術は、イギリス人技師が驚嘆するレベルまで向上しているのですよ?
溶接に比べて重量も無駄にかさみますし、鋲頭の存在は水流の抵抗を発生させて速度に影響します。
何よりも、リベットなどで鉄板を繋げてしまったら、魚雷攻撃を受けた際の衝撃でリベットが吹き飛び、被害を拡大させてしまうでしょう。
あの人は昨今の魚雷の進歩を理解されていないと見るべきでは?」
「そうかもしれんなぁ…
だが新しいもの、新機軸が全て良いものでも無いだろうし、用兵者の要求を無限に聞き入れて武装を強化しまくる訳にもいくまい?」
「…閣下も以前に比べて安全性を追求されるようになられましたが、あの一件以来ですか?」
そうだ。あの一件で私は大きく考え方を変えたのだ。
「国防大臣閣下に直接ご指導頂いてしまったのだ。
考え方も変わるだろう?」
「確かに…『責任は私が取るから、武人の無理な要求を受け入れて武器を積みまくるのはやめなさい。また身体を労り、決して無理をしてはいけません』と言われたのですよね?」
「そうだ。私には長生きして欲しいとまで言われたのだ。だから、あの日以来私は摂生を心がけているんだよ」
まだ私は40代なのだ。今後も帝国海軍のため国防大臣閣下のため、元気に働きたいものだ。
だが気になることもある。
例の欺瞞用の巨大戦艦の件だが、本当に情報を発信するだけで、実際に建造しないのだろうか?
欺瞞効果が半減してしまうし、噓がばれてしまったら逆効果となってしまうのではないかと心配になるな。




