第八十三話 アメリカの危機②
1937年(昭和12年)1月
Side:近衛高麿
アメリカで発生した独立運動の結果によって、本当に独立してしまった地域が出たことに対して、日本でも大騒ぎになり、急遽日英露仏の四カ国同盟の外相・駐日特命全権大使が東京に集合して協議を行い、この緊急事態に対処することになった。
そしてその結果を受けて緊急の閣議が開かれた。
因みにNTTとかNHK、そしてNECの存在は、内閣の閣僚であっても父と俺以外は誰も知らないから、今回の仕掛人が日本である事実も皆さんは当然知らない。
「アメリカが大変な事態になっておりますが、この先どうなるか心配です」
多くの場合において真っ先に発言するのは犬養毅だが、今日もそうだった。
「アメリカ在住の日本人の安全も危惧されます」
と、これは原敬。
それらに対して外務大臣の石井菊次郎が報告を行う。
「アメリカ南部連合とテキサス共和国ですか。
アメリカは多種多様な人種や階層の人々が住む、言わば"るつぼ″のような国であることは知っていましたが、国民同士の感情がこれほど反目しあうものだったと考えていませんでした。
今回独立を宣言した両国に対しては、イギリスが元宗主国としての責任を果たすとの名目で国家承認を行い、フランス政府もアメリカ建国時の責任上、追随するとのことです。
何れにしましても、紛争の発生は世界経済に対する影響を考えても好ましくありませんから、日本も英仏両国と歩調を合わせ、アメリカ合衆国の自制を促さねばなりません」
ここで俺が一言付け加える。
「それと何よりもハワイです。ここは極めて重要です。
かつて明治大帝の時代に、同盟の打診がハワイ王国よりあったのは事実ですし、アメリカに代わって日本が国交を結び、ハワイの安全を保障すればハワイ王国は日本の同盟国に加わるでしょうし、そうなればアメリカといえども簡単には手出しできなくなります」
原敬はこれに対して不安があるみたいで、俺に注意を喚起する。
「それは大変素晴らしいとは思いますが、真珠湾に駐留しているアメリカ太平洋艦隊はおとなしく引き下がるでしょうか?」
「それについては心配ないと思います。何せ別件で大騒ぎになっていますから」
「ああ・・・なるほど。そういえばノーフォークが大騒ぎになっていましたな」
と、全員が納得し、ハワイとの間で国交を結んだうえで、安全保障条約の締結を行うと決議された。
同時に真珠湾に駐留する艦隊と航空兵力の手配を始めた。
1月26日
・日本政府、ハワイとの国交の樹立と安全保障条約締結を発表。
同時に真珠湾駐留のアメリカ艦隊へ即時退去を命令し、従わない場合はオワフ島沖で演習中の日本艦隊による艦砲射撃を真珠湾基地と周辺飛行場に対して行うと警告。
1月29日
・真珠湾に駐留しているアメリカ太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメル中将、指揮下にある太平洋艦隊と航空兵力に対し、アメリカ本土への移動を命令。
これはアメリカ海軍に激震が走ったから当然の処置だろう。
まさかこの段階で日本とツノ突き合わすなんて狂気の沙汰だからだが、その理由は後ほど述べる。
1月30日
・日布安全保障条約に基づき、真珠湾に日本艦隊入港。これに対し英露仏政府は日本の行動を支持し同時にハワイを国家承認。
一時的ではあるが日米艦隊が真珠湾に「同居」する格好になった。
2月1日
・英仏両政府はアメリカ連合国、及びテキサス共和国との間で国交と軍事同盟の締結を発表。
日露両国政府、これを追認すると発表。
2月28日
・アメリカ合衆国政府、東京海軍軍縮条約・及びロンドン海軍軍縮条約からの離脱を宣言。
これにより米英日仏伊の5カ国で交わされた東京及びロンドンの海軍軍縮条約は正式に破棄され、無条約時代に突入する。
3月2日
アルフレッド・ランドンアメリカ合衆国大統領就任式。
いやいや!自分で計画しておいて、こんなこと言うのは変かもしれないが、本当に驚きだ。
こんなことになるのは全く予想外で、逆にこちらが慌ててしまう。
しかしアメリカが長年にわたって整備し、発展させてきた真珠湾の軍港設備をハワイ王国へ返還し、代わって日本海軍による拠点化が行われ、周辺のヒッカム飛行場などにも日本海軍航空隊が進出して防衛の任に当たるようになっているというのは、世界の軍事バランスを根底から揺るがす大事件と言えるだろう。
太平洋地域における日米のバランスは、一気に日本優位へと傾いたと言える。
それは良いのだが、これから独ソ両国と向き合おうという状況において、ハワイの防衛を担わねばならないという現実は、兵力の分散と未来の不透明さを増す状況になってしまうから、手放しでは決して喜べない。
なお、政治と軍事面ではアメリカを追い出したものの、砂糖や果物・コーヒーといったプランテーションはアメリカ資本によって運営されており、アメリカ人も依然として多数居住するという、少々ややこしい状態となっているが、これは過渡期だからしょうがないし、無理やりアメリカ人から土地や財産を奪ったりしたら、今度は日本人が侵略者になってしまうから自重せねばならないのは間違いない。
それこそアメリカがハワイへ侵攻する絶好の口実を与えてしまうから、避けねばならないのだ。
よって、これ以上ハワイへ注力することは当面やめておくし、新たな日本人の入植も禁止し、現地在住邦人にも自制を促そう。
アメリカ合衆国、いや今や合州国か?とにかくアメリカ政府は東京とロンドンの海軍軍縮条約から脱退して海軍力の強化を図ることになったみたいだ。
これは日英露仏に対する復讐を狙っていると言っていいのだが、別の理由もある。
アメリカを構成していた50の州と準州のうち、アメリカ連合国の版図となったのは南部のサウスカロライナ州、ミシシッピ州、フロリダ州、アラバマ州、ジョージア州、ルイジアナ州、バージニア州、アーカンソー州、テネシー州、ノースカロライナ州の10州で、首都はバージニア州リッチモンドとなった。
なお、リッチモンドと合衆国首都のワシントンD.C.とは直線距離で200kmも離れていない。
アメリカ合衆国にとって痛かったのは、バージニア州にあるノーフォーク海軍基地がアメリカ連合国の所有物になり、大西洋艦隊の艦艇がそっくりアメリカ連合国に移管されてしまった事だろう。
史実通りならアメリカ海軍の軸足は太平洋に移っていたから、この海軍基地の重要性は小さなものだったかもしれないが「ルーズベルト・ドクトリン」によってイギリスに対峙する必要性がより高まった為に大西洋方面における艦隊強化は必須事項であり、当時多くの艦艇が所属していたのは巨大な損失に繋がる痛恨の出来事だった。
もちろん、アメリカ連合所属となる事に反発する将兵もたくさん存在したが、それらの人々は艦を降りて北部へと帰って行った。
これによってこれまでアメリカ合衆国の海軍艦艇のうち、大西洋艦隊に所属する艦艇が南部「アメリカ連合国」の所有物となってしまい、一気にその強大な海軍力を失う事になってしまった。
ここに至るにはバージニア州政府と大西洋艦隊司令部の間ですったもんだがあったのだが、最終的に合衆国将兵やその家族が住む宿舎にバージニアや周辺州の州兵が集結して決断を迫った為に、将兵の間で南部に付くか北部に帰るかで意見が分かれた事が要因だった。
今後は今まで味方だった艦艇が敵に回るという事態になるから、日英に対して軍事行動をとるなんて出来ないが、新たな海軍を構築するために大幅な建艦計画を推し進めていき、いずれは日英海軍の前に立ち塞がる存在になることが予想される。
アメリカにとって悪いことに、大西洋艦隊は海軍全体の4割を占めていたから、4割の艦艇を失うという事は、戦力において日米の戦力バランスは逆転した事を意味し、更に残った6割の艦艇を日英と対峙させるために太平洋と大西洋に分割して配備しなくてはいけないから、この状況で日英に対抗するなんて最早不可能だ。
またテキサス州も単独で独立し、テキサス共和国となったから、ハワイ王国と合わせて合計12州がアメリカ合衆国から離脱するという人類史に残るであろう大きな事件となった。
これでアメリカ合衆国としての国力は大体30%程度以上はダウンすることになるだろう。
要因としてはやはり人口分布の違いが大きい。
アメリカという国を東西に分けてみた場合、東の人口密度は高いが、西側は沿岸部を除きほとんど人が住んでいない。
更に北西部の州は面積は広いがこれまた人がほとんど住んでいない。
一例を挙げればモンタナ州は37万㎢と令和の日本と面積は同等だったが、人口は21世紀でも110万人程度で広島市と変わりない規模だった。
ダコタ州も同様で、サウスダコタとノースダコタの南北合わせても160万人がやっとだった。
それに砂漠や荒れ地がメインの州も複数存在しているが、逆に東南部は歴史の古さと温暖な気候もあって人口規模が大きいから今回の分断の影響もまた大きい。
アメリカは失った海軍の補強を行う為に大軍拡を行うだろうが、同時に日本も海軍増強を推進することになった。
もうアメリカに遠慮することはないから堂々と軍拡が出来るし、財政的な意味の体力にも全く問題がない。
まずは、「伊勢」型を上回る、基準排水量4万8000トンの大型空母を4隻同時に起工し、この4隻が進水した後に空いたドックではさらに巨大な基準排水量7万トンという空前の巨艦を4隻、同時に建造する事を計画した。
もちろんこれは最高軍事機密で、対外的には4万トン級戦艦を4隻と6万トン戦艦を4隻建造するという事にしている。
こんな巨艦たちを同時に起工できるなんて明治では考えられなかった事で、まさに隔世の感がある。
それまでに「伊勢」型空母の改装と、「金剛」型戦艦の近代化改装も行って対応しなくてはならない。
これらを大型艦用のドックは呉と横須賀の海軍工廠で各3隻分、佐世保海軍工廠で2隻分、舞鶴海軍工廠と三菱長崎、神戸川崎造船所で各1隻分の施設が存在しているから、施設的にはなんとか可能で、多分最初の大型空母4隻が竣工するまでに4年ほどかかると思われるから、それは1941年(昭和16年)前後となるだろう。
あと欺瞞工作としての6万トン戦艦だが、「大和」型モドキの作成も実行した。
対外的には故意に次の諸元を公表している。
基準排水量6万4000トン、全長263m、全幅39m、45口径46cm砲3連装3基9門、速力27ノット
史実の「大和」型とほぼ同じ諸元だろうが、現実には木製だ。
これを4隻建造すると内外に発表した。
こいつに対抗して各国が戦艦建造に注力してくれたらシメたものだ。
これを森林資源の豊富なカムチャツカ半島にて秘密裏に行う事にしたが、人目に付かない場所で偵察衛星なんて無い時代だから防諜的にも問題ないだろうし、海の穏やかな夏季には自力航行も可能だろう。
同時に1940年、皇紀2600年制式配備を目途に新型艦載機の整備も行う。
戦闘機は史実の零式艦上戦闘機を大幅にパワーアップさせた性能と、操縦席後方の防弾板と燃料タンクに防弾・消火装置を取り付けた機体の開発を行い、予定通り三直制、つまり正規の艦載機とは別に2セット分の艦載機と搭乗員を常時用意して交替させつつ長期の戦闘に備えさせよう。
この為には既存の「伊勢」型空母4隻、艦載機は戦闘機・雷撃機・急降下爆撃機合計80機×4×3=960機に加え、4万8000トン級空母は100機×4×3=1200機。
7万トン級空母は150×4×3=1800機。
合計3960機という膨大な機体と搭乗員が必要になるから、今から準備はしておかないと。
ついでに言えば艦上機と陸上機の統合を実行中だから、零戦は陸上基地にも配備されるだろう。
それと艦載機について予備の機体と搭乗員を用意するのは質の確保を担保するためだが、日本人の気質が要因だという点もある。
史実の真珠湾攻撃の際には空母機動部隊所属の搭乗員の練度は「神」あるいは「巨匠」レベルであったとの評価が一般的だが、その後インド洋作戦、珊瑚海海戦にミッドウェー、南太平洋海戦・・・と進むうちに消耗してしまい、次世代の搭乗員は開戦時の熟練搭乗員のレベルには達することが出来ず、マリアナ沖海戦時には数は用意出来たものの・・・以下略。
これは職人芸とも言える搭乗員教育の継承が出来なかったことを意味し、よってこの世界においては消耗戦に耐えられるだけの体制づくりが何より大切だ。
それにしても結果的に仕方なかった事ではあるが、日英露仏の四カ国同盟はアメリカを敵に回す結果になってしまった。
国力と海軍力が落ちているから、今すぐでは無いにしても最終的にアメリカと戦う事になってしまいそうで、戦略の見直しを迫られている。
以前にシミュレーションしたように、結局は独ソ、そして米とはタイムラグを付けた各個撃破の戦争となりそうで、可能な限り早期に独ソを降す必要に迫られてしまった。
これはよろしくない結果だ。これでは俺が「策士、策に溺れる」になってしまった。
ルーズベルトの再選さえ防止すれば良かったにもかかわらず、やり過ぎたことで、却ってアメリカがモンロー主義と中立を破棄するキッカケを与えてしまったことになる。
もしかしたら、今回の一連の騒動は日本の策謀だと気付かれたかもしれないから、その場合アメリカは復讐を狙って来るだろうし困った。
取り敢えずアメリカ合衆国は、南部とテキサスを敵に回しているから時間を稼ぐことはできるだろう。
10月
父から内々に総理の椅子を渡すとの打診があったので、今回の事態に至った責任を取る意味でも受けることにした。
来年には正式に引き継ぐことになりそうで、準備をしておこう。
父はもう74歳だから辞任しても仕方ないし、それに高橋是清なんてもう83歳だからな。
そろそろ限界だろう。
10月末
ウクライナからの避難者1000万人のロシアへの移送作戦は、ようやく終了した。
着手から2年以上かかった計算だが、何とか無事に送り届けることが出来た。
ユダヤ人に手を差し伸べたこともそうだが、今回の件もあって諸外国からの日本に対する評価は極めて高くなり、様々な交渉ごとがスムーズに行くようになっているらしく、外務省から感謝された。
当然アメリカ合衆国と独ソは対象外だが。
ルーマニアは勿論、トルコやバルカン諸国もおおむね日本の行動と人道的対応に対して好意的だからこの先に独ソと対峙した際には大きな力となるだろう。
英仏には協力したくないけれど、日本のためなら一肌脱ごうとする国が現れてくれることを期待しよう。
「情けは人の為ならず」という言葉の通り、現実問題として今回の行動は国益に叶った結果と判定して良いだろう。
受け入れ先のロシアにおいては当然の事ながら住宅や農地の開発、未開拓地への入植などが積極的に行われており、人口の倍増によって活況を呈するような状況となっている。
むろん、歴史や文化の違いのある二つの民族だが、お互いが譲り合いながら成長していかなくてはいけないのは事実であるから何とかうまくやっていくだろう。
それにソ連を打倒出来たらウクライナに戻れるのだから、より頑張ってソ連と戦ってくれることを期待する。
それにしても俺が総理になるとはこの世界に来た時には想像もしていなかった。
今後の展開が予想できないが、取りあえずアメリカは当面の間は放置しても問題ないと思われるので、ヨーロッパに注力することになりそうだ。




