第十話 朝鮮半島政策を変えよう①
Side:近衛高麿
この調子で次に改変を狙うのは、下関条約により日本の勢力圏入りが確定した李氏朝鮮への対応についてだ。
日本が朝鮮半島へ深入りするのはやめさせたいし、今ならまだ間に合う。
なぜなら、日本にとって重要なのは、朝鮮という国家でも土地でもなく、その地政学的位置だけだからだ。
というのも、朝鮮半島に存在する国家が日本に敵対するか、若しくは敵対する勢力によって占領されてしまうと、日本の安全と独立が危うくなるという歴史の法則があるからだ。
西暦660年代の白村江の戦い、その600年後の元寇、更に600年後の現在だ。
白村江の戦いでは、友好国である百済を助けるために大軍を派遣し、唐と新羅連合軍と戦ったが敗れた。
唐・新羅連合軍による侵攻を恐れた日本は、北九州に水城を築き、瀬戸内海に多数の砦を作り、更には都を飛鳥の地から、防衛に適した大津へ移した。
大阪への上陸を許してしまえば、飛鳥までの防壁は竹ノ内峠しかなく、ここを越えられたらお終いで、しかも背後は山だ。
平和な時代なら首都として適していた土地が、一転して危険な場所へと変わったのだ。
その点、大津なら瀬戸内経由からの侵攻に対しては、防衛ラインを複数設置できる。
山崎のあい路や山科、更には逢坂の関などであり、最悪の場合は琵琶湖を使って北陸や東海地方へ移動可能だ。
特に山崎のあい路は重要で、21世紀においても、天王山の麓に広がる幅10kmに満たないこの場所に、重要なインフラが集中していた。
名神高速、第二京阪、国道1号と171号に、府道13号線と新西国街道。
電車だと東海道新幹線、JR東海道本線・学研都市線、阪急京都線、京阪本線。
まさに日本の頚動脈とも言える重要な場所だ。
ここまで対策しても、この時は侵攻されなかったが、元寇では直接被害を受け、大きな精神的教訓となった。
例えで表現すると、日本列島を横たわった人間として見れば、朝鮮半島は大陸から日本に突きつけられた凶器のようなものだ。
だから史実の日本も、安全を確保するために朝鮮半島を併合して自国領としたのだが、結果は朝鮮半島を守るために南満州に手を出し、次は南満州を守るために北満州に手を出し、更にソ連、次いで国民党と戦うという泥沼にはまるきっかけになってしまった。
また併合したせいで、朝鮮民族のプライドを傷つけて恨みを買い、戦後も長く外交上の問題を抱え続けるというおまけまでついた。
だから朝鮮半島については、日本の領土とするのではなく、安全な緩衝地帯であり続けるよう、手綱を握りつつ放置するのが上策だ。
清の影響を排除した今なら、完全に独立させることも可能だが、それをやると間違いなくこれ幸いとばかりに清側へ行ってしまい、日本に敵対するだろうし、清が今よりも弱まれば、今度はロシアにすり寄ってしまう。
これは史実でも実際に起こった事実だ。
日露戦争の結果、日本しか周囲に覇権国がいなくなって初めて、渋々ながら日本の支配を受け入れたのだが、結果はどうだったか?
あの地は日本にとって直接得るものは、資源を含めて無いに等しい。
これは国名にも現れていて、「朝鮮」とは中華帝国が命名した名前だが、その意味は朝貢物が少ない、つまり貧しい国という意味の悪口なのだ。
因みに、これは他の国に対しても同様で、蒙古とは古くて愚か、匈奴とはうるさい奴ら、倭とは身長が低いという意味の差別語だ。
だからそれに気付いた日本は、「倭」から「和」へ、そして「大和」へと変えたのだ。
ここまで来たらお分かりだろうが、「南蛮」とは中華の南に住む野蛮人で、「東夷」とは東に住む未開人。
つまり我々のことだ。
だから「後漢書東夷伝」に日本のことが書かれていたのだ。
全く中華帝国の傲慢さには呆れる。
それはともかく、得るものが無いから日本は朝鮮半島のインフラ整備をゼロから行い、日本本土に対する以上の莫大な資金を投資したわけだが、その結果相手から感謝されたか?
何か日本にとって良い影響があったか?
どちらも無い。
日本の近代化が遅れただけだ。これは満州についても同様だ。
ついでに言えば、欧米列強は自国の植民地に対して積極的な投資なんてしていない。
植民地とは、搾り取るからこそ植民地なのだ。
投資してどうする!
まったく日本人のお人好しというのは、昔から病気レベルだ。
もっと言えば、日本人の悪い癖は「せっかく獲得した土地を手放すのは、獲得するために血を流した英霊に対して申し訳が立たない」などと、感傷的な発想をし始めることだ。
繰り返すが、だから下手に併合してはならない。
そもそも日清戦争の戦争目的は、朝鮮半島に対する清の影響力を排除することにあったわけで、その目的は達成したのだから良しとしなければいけない。
最初から方針を決めておけば、ズルズルとなし崩し的拡大にはならないし、国民に突き上げられるような隙にも繋がらないだろう。
当面は清やロシアに擦り寄って行かないよう監視しつつ、放置するのが上策なのだ。
そして、その後は史実にはなかった俺の理想策である「アレ」で対応しよう。
いつものように父に献策だ。




