【外伝】ロウズヴェルトの陰謀
1936年2月7日
Side:フランクリン・ロウズヴェルト
今回私はジャーマニーを訪問しております。
ヒトラー総統と膝詰めで談判し、世界の流れを変えるきっかけとしたかったのです。
それに今年は厄介な大統領選挙の年でもありますからね。
ニューディール政策はなかなか成果らしきものが見えて来ず、支持率も芳しくありませんから外交分野において得点を重ねなくては、共和党に付け込まれてしまいますので。
最近ではこの不況から抜け出すには、戦争を仕掛ける以外に手が無さそうだというのが私の結論です。
それで、この人物がアドルフ・ヒトラーですか。
いやな目つきが気にはなりますが…
それに余り人を信じて行動するようなタイプではありませんね。
いろんなコンプレックスを抱えていそうな男に見えます。
さて、どこから攻めましょうかね…
「…ヒトラー総統は現状の世界を見てどうお感じになりますか?
貴方の思うような世界となっていますか?」
「いやいや。まさかそんなはずはないでしょう。
世界は常に矛盾に満ちておるのです。
吾輩としてはユダヤ人は特に看過できない異物ですな。
ドイッチュラント本国からはほぼ一掃できましたが、東欧を中心にまだ多数のユダヤ人が残留しておるのです」
ここからが私の正念場ですね。
ヒトラー氏は協力してくれますでしょうか?
「それでは共産主義者の方々に対してはどうお感じなのですか?」
「少し前まではユダヤ人と変わらない扱いでしたな。
ですが、最近では少し変化してきています。
ユダヤ人との妥協を図ろうとする日本人も邪魔ですしな。
正直な話として、吾輩には片付けねばならない敵が多すぎる故に、優先順位を付けて対応せねばならんと考えているのです」
これは何とかなるでしょうかね?
「それでは私から一つ提案があるのですが。
総統閣下におかれては、きっと興味を持っていただけると思いますよ?」
「そうですか…伺いましょう」
「貴国はソビエトと戦わず、英仏と戦うのです。
総統閣下にとっても、英仏は許せない怨敵といっても良い存在でありましょうし、私は日英が許せない存在なのです。
一方のソビエトは平和勢力ですから友好は結びやすいでしょう?」
「……悪くはないご提案だとは思います。
ただし、吾輩から頭を下げてまで彼ら共産主義者に協力しようとは思いませんし、ましてや共に戦うなど真っ平ごめんですがな。
なぜなら我が国が最優先で対決せねばならないのは英仏であり、日本に対する優先度はそこまで高くは無いのですからな」
「そこは私が責任をもって仲介しますからご安心ください。
それに…あの日本人の事ですから、総統閣下が英仏だけと戦おうとしても、必ずや呼ばれてもいないヨーロッパにまで干渉するでしょうから同じことですよ?
更にはここから先は公表せず、我々だけの秘密としていただきたいのですが、独ソ両国が日英露仏の四カ国同盟との決戦に及んだ際には、時期を見てアメリカが参戦して敵の背後を襲いましょう。
また、総統閣下が懸念されるように独ソ両国は共闘する必要は無いのです。
ソビエトとタイミングを合わせ、総統閣下は東欧諸国を征服したうえで英仏に対して西部戦線を構築し、スターリン閣下が中央アジア諸国を領有したうえで日露と相対し東部戦線を戦い、戦争が加熱した段階で日英の背後をアメリカが襲えば必ずや世界を巻き込む偉大な戦争に勝利できるでしょう」
ヒトラーさんは無理にスターリンさんに合わせる必要は無いのですよ。
おや?考え込み始めましたが、損得勘定を計算しているのでしょうね。
旨味をもっと提案しましょう。
「これは私がスターリンさんとこれから詳細を詰める予定ですが、貴国とソビエトで北欧・東欧を争うことなく、分割支配していただこうと考えております。
これによって総統閣下はソビエトを気にせず、東欧にて占領地を拡大させることが可能となりますぞ?」
興味深そうな表情ですかね?
何から何までお膳立てしてあげるのですから当然でしょう。
「我がアメリカ合衆国は虎視眈々と戦況を見つめ、適切な時期に介入をいたしましょう。
アメリカは太平洋にも大西洋にも面しているのです。
しかも、二正面作戦が可能な戦力を保有していますからね。
ただし、この策が成功するためには我ら三カ国が動くタイミングを合わせねばならないのですから、そこはご注意ください」
「……大体の話は分かりました。
ところで大統領閣下としては、日本の戦力はどの程度のものと考えているのですかな?
いや、我がドイッチュラントはこれまで日本を仮想敵に設定した事はありませんから、正直な話としてよく分からんのですよ。
もっとも、先の大戦では陸海軍共に健闘しましたが、日本軍には手痛い敗北を喫したのも事実です」
そうでしたね。ジャーマニーも日本にしてやられるなど、存外たいしたことは無いのかもしれません。
「そうですね。彼らが保有している海軍戦力は先の大戦にも投入した巡洋戦艦が8隻と、航空母艦なる新型艦種が4隻。
これが中核で、巡洋艦と駆逐艦は米英日の保有数が同じです。
このうち巡洋戦艦は艦齢15年以上と古く、我がアメリカの最新鋭艦には対抗できませんし、航空母艦については艦そのものより、搭載する航空機の性能が大きくモノを言いますから、こちらも大したことは無いでしょう。
補助艦艇はそれなりの数を保有していますが、それらはライミーの…イギリスの軍艦を真似た劣悪なコピーにすぎないのですよ」
「そうですか。
我が海軍は、現在本格的な再建途上にあって大型の戦艦を多数建造予定です。
その程度の戦力であれば問題なく排除できるでしょうな」
「その通りでしょうね。
そして航空機ですが、彼らが生産できる戦闘機の数は月間20機が精々ですが、アメリカは毎月1500機が生産可能です。
更に日本の航空機は三流品であり、搭乗員の技量は無残そのもので、まずイタリア以下だというのがわが軍の航空将校たちの認識ですね。
そもそも彼らは近視で遠くのものを見る能力に欠けているのです。
どう考えても我らが負ける要素が見当たらないではありませんか?」
先の大戦では活躍したらしいですが、それは運がよかったのでしょう。
サルたちの軍艦は基本設計が悪いので全門斉射をすると反動で転覆するらしいですし、サルどもは片目を閉じることが出来ないので銃を正確に射撃できない。
そんなことまで言う軍事専門家もいますからね。
楽勝でしょう。
Side:アドルフ・ヒトラー
この男はアメリカ大統領としてはまだまともかな?
少しはマシな提案を持って来たと言えるだろうが、まだ足らんな。
何といっても今年の年8月1日から、ベルリンに於いていよいよオリンピックが開催されるのだ。
我がドイッチュラントにとって絶好の国威発揚の機会であり、ナチス党の宣伝の場でもあるのだから、余りに急激な方向転換をしてボイコット国が増えてはたまらん。
ソ連はボイコットしそうだったが、ソ連との橋渡し役をするのであれば奴らがオリンピックに来るようにも手配してもらうか。
奴らと手を組むかはその結果次第でいいだろう。
ロウズヴェルト氏はこの足でソ連に行くみたいだが、きっちり話を付けてきて貰おうではないか。
まずは東欧を含めた全ヨーロッパを我がドイッチュラントの物にしてやる。
最終的にはスターリンもろともソビエトを葬ってやるがな!
Side:ヨシフ・スターリン
アメリカ大統領がのこのこやってきた。
儂に踊らされているとも知らずにな。
だいたいアメリカ人は単純で頭の悪い奴が多いから騙すのは簡単だがな。
まあご機嫌で帰っていただくよう取り図ろうではないか。
「大統領閣下。遠路はるばるお越しいただきまして恐縮です。
閣下のお好みのソビエト風ホットドックを召し上がってみてください。
とても美味しく出来ておりますぞ」
「これは確かにおいしいですね。
アメリカの物とは少し味が違うみたいですが」
アメリカより美味いのは当たり前だろう。
この男はホットドックを与えておけばご機嫌になるそうだから、我が共産党員がアメリカのホットドックという、粗野で大雑把な食い物を参考に更に美味いものに仕上げたのだ。
味オンチのアメリカ人でも多少はこの美味さが分かるみたいだな。
「それはそうと、ヒトラー氏のご様子はいかがなものでしたか?」
「今回私が提案させていただいた方針を大筋で承認いただきましたので、今回こちらにお邪魔した次第です」
「ほう?ヒトラー氏が魅力を感じるような内容なのですかな?」
もちろん中身は事前にスパイたちから報告を受けて知っておるがな。
「独ソ両国でユーラシア大陸を分割統治してはいかがでしょうというご提案です。
ジャーマニーは東欧諸国を押さえたうえで英仏と戦い、貴国は中央アジア諸国と北欧を占領して後方の安全圏を確保したうえで日露との決戦に臨むのです。
そして最終段階でアメリカが四カ国同盟軍の背後を突けば、勝利は間違いないものとなるでしょう
書記長閣下におかれてはこの提案を如何お考えですか」
ここは大袈裟に驚いて見せねばなるまい。
「大変素晴らしいご提案ですな!!
私などでは思い付く事すら不可能な壮大で緻密な計画だ。
いや、本当に感動しました!
是非とも我が国も大統領閣下の偉大なご提案に参加させてください!!」
「もちろん大歓迎です。
では我が国は機が熟しましたら参戦しますので、この件はご内密でお願いします。
それと…ヒトラー総統閣下は今年の夏にベルリンで開催される予定のオリンピックに貴国が参加される事を希望されておいでです」
「それであれば勿論参加させて頂きますぞ。
共に世界を救う為に力を合わせましょう」
狙い通りに策が決まったな。
だがこの男の日本嫌いの程度が、どれ程なのか確認しておかねばなるまい。
「大統領閣下は日本人がお嫌いだそうですが、理由やきっかけなどはあるのですか?」
「きっかけですか…私が子供の頃から黄禍論(Yellow Peril)と呼ばれる日本人と中国人に対する警戒感を持つ大人が多かったですからな。
それに日露戦争でのまぐれ…奇跡的な勝利や、世界大戦後の国際的な影響力の拡大によって、太平洋地域における存在感は無視できませんからな」
そうか。ではもっと焚き付けてやろうではないか。
「それに中国大陸に対しても、いつイギリスに代わって進出し始めるか分からないですからな」
「!!それは…許しがたいですなぁ…
ただでさえイギリスの妨害によって、我がアメリカ合衆国は中国大陸へ進出出来ていないのですから、そうなれば絶対に干渉せねばなりません。
その際は書記長閣下のご協力は頂けると思っておいてよろしいですかな?」
「喜んで協力しましょう!ご安心ください」
これで日本は潰せるし、最終的にヒトラーを潰せばアメリカと地球を分割統治できるだろう。
そして更に力をつけたら…
Side:ウィンストン・チャーチル イギリス保守党議員
なんとアメリカ人が仲介してジャーマニーと共産主義者たちが結びつきそうだな。
今回のロウズヴェルトの行動を、世間では「ロウズヴェルト・ドクトリン」などと呼称し始めているが、これは世界平和に対する重大な脅威となるだろう。
独ソに加えてアメリカも敵になりそうなのだから。
それであるにもかかわらず、イギリス国民はいまだに先の大戦で受けた心理的・経済的な傷から立ち直っていないから、今すぐ行動を起こすのは無理だという意見が圧倒的だ。
であれば、我が大英帝国は四カ国同盟を上手く活用して対処しなくてはならん。
特にヒトラーは危険で何をしでかすか分かったものではないし、スターリンも負けず劣らず危険人物だ。
なのにローズヴェルトは独ソ両国との関係を深めようとしているが、いったい何を考えているのだ?
大英帝国はもっと毅然とした態度を取らねばならないのに、ボールドウィン首相は弱腰だし、政権内において次期首相の呼び声高いチェンバレンはもっと弱腰だ。
やつらを付け上がらせれば、もっと悲惨な未来が待っているというのに、先の大戦の結果として国民が戦争に反対しているという理由で独裁者たちに宥和的なのだ。
短期的にはそれでもいいかもしれない。
しかし長い目で見た場合は全く景色が異なるだろう。
やつらが戦争準備を整える時間的余裕を与えてしまうのだ。
いまならまだ「卵」だから潰せるが、成長した後では取り返しがつかなくなってしまうぞ。




