【外伝】混迷の世界
1930年4月
Side:近衛彦麿 ロシア立憲君主国 閣議にて
1928年末に、ニューヨークの株式相場で発生した株価の暴落をきっかけとして、世界中が不況に沈んでいる。
この状態が始まって1年以上になるけど、一向に収まる気配がない。
それどころか、大国は仲間内で結びつき、他のグループを排除しようとしているほどだ。
そんな混迷を深める世界にあって、特に状況が酷いのがドイツだ。
今日も閣議の話題は、ドイツを含む諸外国の動向が中心だった。
僕が調べた資料を、他の閣僚の皆さんに共有したんだけど、閣議の場がお通夜みたいな雰囲気になってしまった。
もちろん、この国にはお通夜なんて風習は無いんだけどね。
「ギルマーニヤでは、昨年末までの失業者が300万人以上に達して、現在もなお上昇中です。
工業生産の落ち込みが特に酷く、昨年も落ち込みましたが、今年はもしかしたら、酷かった昨年から見ても更に6割程度に落ち込むかもしれません」
その報告をもとに、ゴリツィン首相が発言する。
「もともとあの国は、世界大戦における敗北、それに伴う国土の荒廃と、英仏への賠償金の支払い、日米に買ってもらった債権の利払いなど、いったい何重苦なのだ?という酷い経済状況だったからな。
そんなところへ、賠償金の支払いが遅延したことを口実に、フランスがルール工業地帯というギルマーニヤにとっての生命線とも言える、重要な工業地帯を占領してしまった事をきっかけに、これまで人類が経験したことがないようなインフレに襲われたのだ」
そうだったね。
ドイツについては、様々な噂を聞いたけれど、この時にドイツの貨幣であるマルクは、紙幣が紙切れ以下の値打ちまで落ちてしまい、有力な銀行は次々と倒産していった。
そんな危機的な状況からの完全な脱却が出来ていない、いわば『病み上がり』状態のところへ襲ったのが、今回の世界恐慌だったんだ。
まず、アメリカからドイツへの、投資や融資が打ち切られてしまった。
そして困ったドイツが、同じ敗戦国だったオーストリアと締結した、関税に関する協定を、ヴェルサイユ条約違反だと非難したフランスは、制裁としてオーストリアから資本を引き揚げたことがきっかけとなり、オーストリア最大の銀行であるクレジット・アンシュタットという金融機関が破綻したことは、ヨーロッパ全体に深刻な金融危機をもたらしたんだ。
フランスもまさか自分のしたことが、自分に跳ね返ってくるとは予想していなかったんだと思うけどね。
その結果、僕が恐れていた事態が進行しつつあって、言いたくない事実だけど報告しなくてはいけない。
「その結果としてギルマーニヤで起こったのが、共産主義の台頭です。
諸外国から理不尽な要求を突き付けられ、ギルマーニヤ自身も政策を誤ってしまった結果、資本主義への絶望感が拡がったというわけで、その心の隙を突いたのが、共産主義者たちだったのです」
更に閣議は重苦しい雰囲気になった。
ソビエトだけじゃなく、ドイツにおいても、共産主義が力を付けるなんて悪夢でしかないからね。
だから当然だけど、明るい話題も提供しなくてはいけない。
「一方で日本ですが、主要な輸出品目の一つであった、アメリカ向けの生糸の輸出が激減したことにより、本来であれば深刻な不景気となっても不思議ではありませんが、何とか持ちこたえています。
要因としては、金本位制から離脱して、金の輸出制限を世界に先駆けて実施しましたから、為替操作によってアメリカの関税を巧みに回避しているようです。
また、新潟の重工業地帯の稼働が始まったのも、要因としては大きいでしょう。
日本政府はここで精錬した鉄を使用して、大型の輸送船舶を大量発注していますので、我が国も同じ型の輸送船を便乗して発注することによって、一隻当たりの単価を低く抑えることが出来ました。
また、ここで作られた鉄を利用した本格的な自動車工場が稼働を始めています。
しかも、日本各地で高速道路や海底トンネル、高速鉄道に水力発電用のダムといった社会資本の建設が続いていますから、鉄の需要は衰えるどころか増えているのが現状です。
つまりは、我が国の鉄鉱石と石炭は、予定以上に買ってもらっていますから、世界的な恐慌の影響はあまり受けずに済んでいるわけです。
また我が国は、欧米や日本のような先進的な経済機構が完成する前でしたし、貨幣経済の規模もそれほど大きくなかったので、結果として恐慌の影響は小さく済んでいると言えるでしょう」
ただし東パレスチナは大変みたいだけれど。
そりゃそうだよね。
これまで金融の世界を牛耳ってきたのは、彼らだと言っても過言ではなかったんだ。
当然アメリカ経済や証券市場にも深く関与していて、それがアメリカの株式暴落の影響をモロに被ってしまった。
日本は借りていた10億円は無事に返したみたいだけれどね。
今度はこちらが東パレスチナを助ける番だから、量は少ないながらも、食糧の無償提供などを行って援助している。
苦しい時はお互い様だからね。助け合わないといけない。
さっき言った大型の輸送船だけど、日本は100隻を一気に造るみたいだから、取りあえずロシアとしても50隻を発注しておいた。
これが以前に高麿兄様が言っていた、「世界が同時に不況に陥ってしまった時の対策」の一つで、兄様が言っていた200隻には達していないけれど、可能な限りの対策でもある。
現在のように世界が一斉に不景気や恐慌に沈んだ時、我々とは根本的な仕組みが違う共産主義というものが注目されて、躍進してしまうきっかけとなってしまうのだと、高麿兄様は言っていたけれど、その通りになりそうなのが、とても不安ではあるけれど。
個人的な出来事としてはとても嬉しいことがあった。
僕とアナスタシアの間に双子の女の子が誕生したんだ。
二人ともとても元気で、アナスタシアに似た美人さんになりそうな気がするね。
名前はユリアとアンナにした。
ユウリを含めて三人の父親だから責任重大だ。
Side:ヨシフ・ヴィサリオノヴィチ・ジュガシヴィリ (ヨシフ・スターリン)
ふははは!笑いが止まらんぞ!
儂がレーニン亡き後に、党内の権力闘争を勝ち抜き、強敵だったトロツキーを追放して共産党の実権を握ったと思ったら、時を同じくしてアメリカ発の世界恐慌が起きるなんて、運が向いてきたと表現するしかない!
これで儂が考案した五か年計画を遂行していけば、世界の目は我々に向くだろう。
愚かで強欲な資本家たちは、地獄の苦しみを味わっているのに、我々はどこ吹く風とばかりに繫栄を謳歌しようとしているのだ!
本音では共産主義であろうと、資本主義であろうと、儂が権力を思う存分ふるうことが出来るなら何でもいいのだがな。
ここからやらなければならんことは多いが、まずは国内の反抗分子を収容所へ送って、体制の強化を図らねばならんな。
いや収容所だけでは手ぬるいな。
GUGB(国家保安総局)の連中を使って、手っ取り早く掃除した方が良いだろう。
それは良いとして…まだ儂が思う理想世界には程遠い。
特にローマ教皇庁の連中は邪魔だ。
あいつら生臭坊主どもは、労働もしないくせに、偉そうにふんぞり返って我らを愚弄するなど、あってはならん卑怯な行動だ。いずれ潰してくれるわ!
だがロシアの件は失敗だったな。
儂の責任では無いが、帝政ロシアにトドメを刺す事ができなかったのは残念だった。
いや!残念どころではなく、皇帝一家に逃げられるなど、まさに痛恨の出来事だった!
これは、あの当時のエカチェリンブルク市の担当者を探し出して、失敗の責任を取ってもらおうではないか。
当時の保安部門だったチェーカーも、その場におったはずだから同罪だ。
処罰しなかったことで儂の立場が弱まっては困るからな!
確か現場責任者は、ヤコフ・ユロフスキーとかいったな?こいつも処刑あるのみだ。
それは良いとして…皇帝に対する暗殺部隊を送り込まねばなるまい?
それから、ロシアに脱出を図る卑怯な人民が後を絶たんから、国境線の封鎖を行い、逃げ出すやつが出ないようにせねばならん。
人民は儂の所有物なのだから、逃げ出すことは許さん。
ついでに言えば、儂の責任では無いが、日本における拠点を失ったのも痛かったな!
なぜこんな事態に陥ったのか?
責任者を探し出して責任を負わせねばならん。
それと日本には、共産党インターナショナル(コミンテルン)からも、人員を送り込んでいたはずだな?
よってこちらも同罪だし、処罰せねばならん。
それは良いとして…日本にも、暗殺部隊を送り込めんかな?
日本陸軍は、とてつもなく精強だから、可能なら単独で正面から戦いたくない。
あの国が、ロシアと共闘して儂に盾突く事態は、最悪のシナリオで、避けねばならんのだから。
儂は何としても生き残り、世界を征服する使命を果たさねばならんのだ。
この目的を達成させるには、ロシアと日本が邪魔だから、対策として考えられるのがアメリカを動かして日露の背後を突かせることだ。
そうであるなら、協力者を育ててアメリカにおける儂の影響力を高めねばならんな。
今ならあの国は弱っているから隙はありそうだ。
よし!対策を強化しようではないか。
まずは手先となる人物の特定から始めるとするか。
アメリカ共産党に指示を出しておこう。
そして強大なアメリカを裏面から操り、日露を潰してくれるわ!
Side:アドルフ・ヒトラー
ドイッチュラントは、いつになったら夜明けを迎えるのだ!
アメリカ発の大不況の波は、我が国にも押し寄せて、産業はことごとく打撃を受けている。
しかも日英仏などの国は、自分たちの通貨だけを使用したブロック経済などと呼ばれる、排他的な共同体を作ってその場をしのごうとしているが、我が国は仲間に入れてもらえないし、マルクを共有して一息つく事の出来る植民地などもはや存在しないのだ。
畜生め。ブロック経済なんて死んでしまえ!
我が国が苦しいのは、英仏が強欲にも我らの植民地をことごとく奪ったせいであり、おまけに、法外な賠償金まで要求してきたうえに、支払いが滞ると、フランスはルール工業地帯の占領に踏み切ったのだ。
フランスのカエル野郎め!吾輩は忘れんぞ。
いつの日か、必ず復讐してやるから、それまでカタツムリでも食って震えていやがれ!
吾輩が権力を握ったら真っ先にカエルどもを血祭りにあげてやるわ。
エスターライヒへの干渉も忘れん!
必ずカエルを絶滅させて、奴らを締め上げるのだ!
もちろん、グロースブリタニエンも許さん!
ライム食い過ぎ野郎が!今のうちにせいぜいローストビーフか、あの悪名高き諸悪の根源Jellied eelsでも食って震えてやがれ!
先の大戦の責任は、ドイッチュラントが100%悪いなどと言われて、わが国民はそれに対して反論する事すら許されておらんが、おかしいだろ!
戦争の責任は、エスターライヒ皇太子を暗殺しやがったセルビア人にあって、その背後にいたロシアが悪いのだ!
我々は仕方なく参戦したに過ぎないのに、負けたらこの扱いか!?
しかもあり得んことに、最近では共産主義者が、我が国内で大きな顔をするようになりやがった!
ベルリンにおける議席数も、無視出来ないものになりつつある。
奴らはユダヤ人の思想を受け継いでいるのだ。
よって共産党はユダヤの同類であり、我がナチス党にとっての邪魔者だ!
どいつもこいつも全て燃やしてやる!
見ておれよ!!吾輩を舐めるな!
Side:フランクリン・デラノ・ルーズベルト(ロウズヴェルト)
何ということでしょうか!?アメリカ経済は滅茶苦茶です。
まるで泡が弾けてしまったように、経済は落ち込んでしまいました。
もうジャーマニーのことを笑えませんね。
つい最近までは、誰もが株を買い、投機的取引に夢中になっていたのですが…
なのに、今は銀行の経営破綻が収まらず、既に5000行を超えております。
その結果として、企業の倒産数が激増して失業者は言うまでもなく増え続けていますし、アメリカ各地には、全てを失った人々が端切れを集めてきて家のようなものを作り、そこに住まざるを得ない状態なのです。
それもこれも、共和党の大統領であるフーヴァーが政策を間違えたからですね。
どうにかして私がアメリカ大統領に就いて、しかも出来るだけ長く職に留まり続けて、アメリカを救わねばなりませんね。
そもそもフーヴァーは、日本とまともに対話しようなどとするから間違うのです。
日本人は邪悪で狡猾な民族なのです。
私の敬愛するウィルソン大統領は、政権末期においては日本人への呪詛の言葉を紡ぐのが常でした。
日本人はウィルソン大統領の唱えた理想社会の到来を否定したのです!
日本人さえいなければ、世界はもっと整った秩序を維持できたのであり、株価の暴落も起こらなかったでしょう。
呪われるべきジャップ!呪われるべきメガネ出っ歯!
あのネズミの鳴き声のような言葉を聴くだけで、鳥肌が立ちます。
日本人は地獄に落とさねばならないのです。
そのために、私は大統領にならねばなりません。
身体は不自由ですが、気持ちでは負けていませんよ。
そもそもですよ。
私や、私の妻エレノアの伯父に当たる元大統領のセオドアも、正しい姓はロウズヴェルト(Roosevelt)であって、これは「バラの原」を意味するとても優雅な名前なのに、あのサルどもはLose Beltなどと私を呼んでいるのですよ。
「ベルトを失くす」ですって?
RとL、VとBの区別もできない低脳なのは知っていましたが、よりによって私の名前で間違うとはどういうことですか?
ベルトを失くしたら、ズボンが落ちて、スッポンポンになってしまうではありませんか!?
失礼にもほどがあるでしょう!
ちっちゃな嫌がらせをして、それで満足なのでしょうか?




