【外伝】近衛篤麿 ㉒日本の長い一日 前編
1923年(大正12年)8月31日 首相官邸
Side:近衛篤麿
高麿が昨日より更に深刻な表情と共に、再びやってきた。
「父上。またご報告があります。
過激思想犯による、要人襲撃が計画されているようです。
そして襲撃の対象人物は、皇太子殿下の可能性がありますので、父上から殿下へ奏上いただいて、外出を控えてもらえるようお願いしてください」
何だと!?
「摂政殿下が狙われているだと?
どのような内容だ?どこまで判明している?」
「国内における共産党の残党、もしくはソビエトのコミンテルンが背後で操っていると思われる案件です。
ですが、実行犯は、衆議院議員の難波作之進殿の四男です」
難波議員といえば…野党民政党の議員だったな。
それほど深い交流が無いから詳しくは知らないが、長州の人だったはずだし、尊皇思想は強かろう。
そんな人の息子が邪教に走るとは…
いや!我が家の文麿も危なかったではないか!
一歩間違えれば邪教に取り込まれ、我が家も今回の騒動に巻き込まれたやもしれぬではないか。
これは、いよいよ猶予ならぬ事態だ。
共産党には解散命令を出したが、活動は弱まっていないと見るべきだな。
何とかあの邪教集団を、根絶やしには出来ぬものだろうか?
とにかく、まずは殿下へ奏上しなくては!
9月1日 午前10時
Side:近衛篤麿
統合作戦本部長の岡田大将の命令により、憲兵総監である福田雅太郎中将が自ら赴き、赤坂区青山にある陸軍第一師団本部にて反乱容疑者たちを逮捕した。
また同時にNTTの調査によって判明していた、麻布区や関東近郊の部隊にも、憲兵隊が突入して関係者の逮捕を行った。
皇太子殿下への暴漢の件は気になるが、これで反乱は未発に終わるだろうし、防災訓練も予定通り実施できるだろう。
既に殿下へ奏上を行い、安全が確認されるまでは皇居内に留まっていただくようお願いしたから、安心ではあるがな。
午前11時58分 首相官邸
Side:近衛篤麿
高麿より、反乱未遂事件にかかわった人物たちの摘発終了の報告を受けた私は、昼時近くになったので昼食を摂ろうと立ち上がった。
そこへ…ブーンともズーンとも言えぬ、唸るような不気味な地鳴りがした。
なんだ?と思ったら細かな振動が発生し、徐々に大きくなってくる。
直後、さらに大きな揺れに襲われた。
本棚から書籍が崩れ落ち、ガラス窓が嫌な音を立ててきしみ、天井の照明が大きく揺れる!
遂には立っていることすら不可能になり、床にうずくまるようにして揺れが収まるのを待った。
…どれ程の時間が経ったのであろうか。
ようやく揺れが収まると立ち上がり、しばし呆然としていた。
なんだ今の地震は!?
このような揺れは経験したことのないもので、尋常ではないぞ。
被害は?そうだ。防災訓練中だった!
まずは皇居へ連絡を取り、陛下や摂政殿下のご無事を確認し、都内や近隣の被害状況の確認をせねばならぬ。
同時刻 東京市内避難所にて
Side:ある地震学者のつぶやき
私は地震学者として以前から「東京に大地震が発生し、火災が発生すれば被害は甚大なものとなる」と警告してきた。
発表当時は「大ボラ吹き」などと呼ばれたが、自説を引っ込めるつもりなどない。
現実問題として元禄や安政には大きな地震が発生した記録があるのだ。
全くの杞憂ではないだろう。
しかし防災訓練か。
私の危機感が政府に届いたのかと思っていたが、全くそうではなく、国防大臣の思い付きらしい。
そうはいっても、人々の防災意識を高めるためにも必要なことだとは思ったから、積極的に協力はしている。
うん?なんだこの不気味な地鳴りと微振動は?
直後には経験したことのない揺れが襲ってきた!
避難所内にも悲鳴とどよめきが起こった。
私は集まった人々に向けて叫んだ。
「おい!危ないぞ!頭を守りながら床に臥せろ!」
小さな子供や女性の悲鳴が響きわたる中、天井より埃が舞い落ちて来た。
「揺れはすぐに収まる!落ち着いて行動しろ!
慌てて出口に向かってはダメだ!将棋倒しになるぞ!!」
しかし、揺れが収まり、外に出てから確認したのだが、周囲は凄い砂埃だ。これは…相当数の家屋が倒壊したのではないか?
もし避難所に退避していなかったら?
当然多くの人たちが巻き込まれただろうし、これは不幸中の幸いだったな。
同時刻 東京市麹町区 国防軍憲兵隊本部
Side:歩兵第一連隊 陸軍士官A
決起は事前に察知され、未発に終わってしまった…
どこかから我々の動きが露見したらしいが、もう終わりだ。
志を一つにする仲間たちも一網打尽となり、14時の決起を待たずして大正維新の夢は破れ、我ら陸軍の未来も閉ざされた…
そんな絶望感に沈み、厳しい取り調べを受けている最中に突如凄まじい揺れに襲われた!
私も慌てているが、憲兵たちも右往左往しているからこの隙に逃げ出せないかという考えが脳裏に一瞬浮かんだが、後ろ手に手錠を掛けられた状態では思うように身体が動かず断念した。
それにしても今の揺れは大きかったな。
まあ俺も仲間も終わりなのだ。ついでに日本も終わればいい。
同時刻 東京市本所区
Side:海軍陸戦隊所属兵たちの会話
私たちの部隊は東京東部のここと深川区へ重点的に配備されていた。
なぜなら、この辺り一帯は住宅密集地でもあり、今回の防災訓練の対象としては最適と判断されたからだ。
訓練を開始して間もなく、もの凄い揺れと地鳴りに驚いたが、それよりも倒壊した住宅が相当数にのぼりそうで、これらが道を塞いでいるから、最初にやらなくてはいけないのは、瓦礫の撤去と、押し潰された家に取り残された住人の救出だな。
私は隣にいた同僚に話しかけた。
「それにしても、訓練と災害が同時に起こるなんて、偶然にしても不思議だよな?」
「全くだ。本当に偶然なのか?偶然にしては出来すぎじゃないか?」
すると別の同僚が言った。
「そんなことより、まずは消火だ!あっちで火の手が上がっている!
風が強いからすぐに消し止めないと!」
そうだった!
「ああ分かった。すぐに行こう!
それが終わったら瓦礫の撤去だな。これは忙しくなるぞ!」
だいぶ前の話だったが、東京が地震に襲われるって言ってた学者がいたらしいが、その人が助言したんじゃないのか?
9月1日 夕刻 首相官邸
Side:近衛篤麿
情報は当初、錯綜しておったものの、徐々に被害の報告が集まり始め、全体の様子が判明してきた。
震源地はどうも神奈川県方面らしく、津波が発生し、千葉県房総沿岸も津波に襲われたらしい。
しかし、建物の被害は多くても、人的な被害は極めて少ないもので済みそうだ。
なぜなら、多くの人が避難所に集結していたからで、軍や警察・消防が迅速に被害の最小化を図っておるから、都内においても建物が崩れたという報告は多数上がってきており、小規模火災も複数個所発生したらしいが、全て消し止められたからだ。
今日は能登半島沖にある台風の影響で、南風が強いからな。
もし防災訓練を行っていなかったら…火災に対処できなかったのではないか?
それに、発生時間が問題で、ちょうど昼時だったのだ。
各家庭においては、火を使う時間帯だったわけで、もっと多数の火元からの出火となれば、とてもではないが対応不能だっただろう。
その際の被害はいかほどのものだったのか?
もしや…未曽有の被害をもたらしたのではないのか?
緊急で招集された閣議の席にも、被害状況が刻々ともたらされている。
また、陛下も摂政殿下にもお怪我はなく、全く問題ないとの知らせを受けたときには安どしたものだ。
住宅以外では、東京湾岸一帯の工業地帯の被害も大きそうだが、こちらも発電所以外は操業していなかったから人的被害は殆どない。
国連関連では、本部の建物に被害があったらしいな。
あの元鹿鳴館だった建物は、『明治東京地震』でも被害を受けたし、もう建て替えねばならぬだろう。
それにしても、避難所に食料が用意されていたのは偶然とはいえ幸いであった。
これで数日は凌げるであろうし、その間に全半壊した建物の除去を進め、円滑な交通を回復した後に食糧の搬入を速やかに行って、治安を維持しなくてはならぬ。
うん?これは偶然なのか?
もしかしたら高麿は、何らかの手段でこの地震が起こることを、前もって知っていたのでは?
いや!そんな人間はいないだろう。余計なことを考えずに被害状況の取りまとめと、復興対策をせねばならぬ。
9月1日 夕刻 東京市浅草区
Side:市民Aの後悔
朝から酒を呑んでいたのだが、凄まじい揺れで家が潰れてしまい、瓦礫に閉じ込められてしまった。
もうダメかと思って一時は諦めかけたが、夕方になってなんとか軍人さんたちに助け出してもらった。
だが体中が痛いし、あちこち傷だらけだ。
瓦礫に埋もれて身動き出来ない状態で、火事になっていたらと思うと寒気がする!
こんな目に遭うなら、大人しく避難所に行くんだった…
9月2日 早朝 首相官邸
Side:近衛篤麿
揺れがおさまった後も、やらねばならぬことが山積で、そのまま日付が変わり9月2日の朝を迎えた。
そこへ高麿がやって来て言った。
「父上。過激思想犯が襲うであろう、対象者が特定されました」
やはり摂政殿下か。
しかし!皇居内にて留まっていただくようお願いしておるから、犯人の目的は達成できないであろう。
邪教たちも無駄な企みをしたものだな。
「父上が襲撃の目標らしくあります」
…は?
「何?私なのか?何故だ?」
「おそらくは、父上の実行された様々な施策が、共産主義思想の浸潤に対する妨げになるからだと思われます」
ふむ。
『邪教』は私が目障りであったか…
ということは…逆に言えば、私がやっていたことは無駄では無かったということを証明したな。
世の中に不公平感が満ちておれば、邪教の考えも拡がったやもしれぬが、財閥は既に抑え込んでいるし、人々の暮らしも向上しているのだから、余計な思想は受け入れないだろう。
これは…この機会を利用して、なんとか邪教集団にとどめを刺せぬものかな?
考えよう。
その後、犯人をおびき出すために私が帰宅することを広く周知し、高麿と共に桜田門を通過したのだが、犯人とみられる若い男が飛び出してきたと思った刹那、NTT職員と思われる複数の人物によって取り押さえられていた。
一応は安心なのだが、今後も邪教に感化された人物が現れて私たちを襲うやもしれぬし、未発に終わったとは言え軍隊の反乱も問題だ。
さて、どうしたものか。
とりあえず対策案は考えたが…
地震の被害だが、避難所に集結せず自宅に留まった市民が少数ながらいたそうで、残念だが人的被害者は出てしまった。
諸事情によって避難所に行けなかった者、指示に背いた者、理由は様々だろうが…
今日は朝から軍や警察、消防のみならず、住民総出で片付けが行われるようになり、空き地には早くもバラックが建てられるようになってきたらしい。
人的な被害が最小限で済んだのは良かったのだし、不幸中の幸いだと思うようにしよう。




