第八二話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 一三
——ズシン、ズシンと地面を振るがす鈍い音が近づいてくる。
「来るぞ……作戦は大丈夫だよな?」
エルネットの言葉に全員が黙って頷く……ダルラン、暴力の悪魔は思ったよりも歩みが遅く、その間の時間を使って「赤竜の息吹」は準備を整え直すことに成功した。
エルネットの左腕の骨折は治癒の加護により盾を握れるくらいには回復しており、痛みはあるもののなんとか動かせそうな状況には戻せている。
リリーナは木や枝を使って簡易的な罠を辺りに張り巡らせており、こちらも準備は整っている……エミリオやデヴィットも治療と回復、そして細かい立ち回りについて十分相談ができたあたりで、遠くからゆっくりと近づく足音に気がついたのだ。
「ああ、思ってたよりも爺さんがダメージを与えていたんだろう……時間が稼げてラッキーだったぜ」
「これも神の思し召しでしょう」
「……リリーナ」
「ひゃう……ってなんだよ!? いきなり声かけるなバカッ!」
エルネットの声に飛び上がりそうなくらいに驚いてびくん! と体を震わせたリリーナだったが、まだ少し頬が赤い……だが視線があったエルネットがにっこりと微笑んだことで、さらに顔を真っ赤にしてふるふると震える。
いきなりのエルネットの言葉と行動で、彼女は動揺しており……少しだけふわふわした気分でいたのだが、エルネットの顔を見てすぐに気持ちを入れ替えて黙って彼の言葉を待つ。
「笛を吹いてくれ、俺たちは最後まで戦う……だけど俺たちが倒れると次はこの領地に住む人たちが危険に晒される、それをシャルロッタ様に防いでもらうんだ」
「……そうだね……彼女ならなんとかできるんだと思う……」
エルネットの言葉に黙って頷くリリーナ……彼の言葉は全力で争うが相手の底力がわからない以上、自分たちが死んだ後のことも考えなければいけない。
いや、自分たちはここで死ぬだろう……という予感がありその覚悟を持って全力で悪魔と戦う……敵わないまでも人間の意地を見せつけなければいけない。
リリーナは懐から歪な形をした小さな笛を取り出すと、息を大きく吸い込んでから吹き鳴らす……が笛は間抜けな高めの音を鳴らしただけで、これがとてもではないけど遠く王都の邸宅にいるはずのシャルロッタに届くのか、と不安な気分にさせられる。
笛を吹いたリリーナもそれを指示したエルネットも、そしてエミリオも彼女の手に握られた小さな笛を見つめて困惑した表情を浮かべる。
「こ、これだけ……?」
「い、いや……凄まじい魔力の波だぞ、こんなものどこで作るんだ……」
デヴィットが震えながら笛を指差している……彼にはわかった、魔法使いとしてかなりのレベルにあるデヴィットの目には、空気を振動させ、魔力を凄まじい波長のようにして飛ばした笛の恐ろしい能力が見えていた。
リリーナは歪な形の笛を見つめて、本当にそうなのか? と困惑気味の表情を浮かべるが、いきなり笛の表面に大きな亀裂が入り、まるで崩壊するかのように砕け散ったことで思わず手放してしまう。
地面に落ちた笛の破片は、まるで細かい砂のように砕け散って風に乗って飛んでいく……吹いたことは吹いた、後は本当に彼女に届いていれば。
リリーナは近づいてくる地面を揺るがす音を前に、短弓に矢をつがえると口の中だけでつぶやいた。
「……ダメだったら、恨むよシャルロッタ様」
「ワーボス神は言いました、人間は死ぬ以外に価値がありません、価値なきものは命を投げ出し……キュアアアッ!」
ダルランの視界に再び飛来する矢と火線が探知されるが、先ほどの老人による攻撃で視界の一部に異常が発生しており、うまく距離感が掴めていなかったため攻撃を避けることができず、再び頭部に爆発と魔力を阻害する粉が振り撒かれて視界がブラックアウトする。
だがすぐに視界は元へと戻っていく……一部の複眼に強いダメージが加わっており、視覚情報に欠損が見られるが、戦闘には大きな影響は出ない。
面倒な相手だ……先ほどの老人は一人で立ち向かってきたが、この「赤竜の息吹」は連携がきちんと取れている。
ダルランが一気に距離を詰めようとしたその瞬間、恐ろしく原始的な罠……巧妙に隠された草の中にあった小さなロープが足を締め付け、つんのめるようにバランスを崩す。
「情報を修正……キュララララ……再計算……戦闘能力が予想より高い」
「うおおおおっ!」
ダルランの左腕、鎖鋸剣を持たない腕の関節部分にエルネットが長剣を叩きつける……使い込まれた剣は魔法の力など帯びていない。
だがその一撃は凄まじく鋭く、簡単に左肘の関節から悪魔の腕を叩き落としてしまう……こいつは、先ほど左腕を使えなくしたはずでは? とダルランの思考に乱れが生じる。
視界にはもう一人槌矛を構えてダルランの顔面へと一撃を叩き込むエミリオ……胸には大きな聖教のシンボルが輝いており神の奇跡を扱う神官であることをそこで初めて理解した。
「……強い加護を確認……高位レベルの神官……」
「神よ! 我に力を!」
あまりに強い衝撃に思わず仰け反る……この一撃には神の加護が宿っている、まずはこの男を殺さねば。
右手に持った血まみれの鎖鋸剣を起動させると、ドルゥウン! という鈍い音と共に刃が回転を始めるが、右腕にさらに強い衝撃が加わり、思わず剣を取り落としそうになる。
エルネットが左手に持った盾で思い切り右腕を殴りつけている……盾殴りと呼ばれる技の一つで盾を鈍器代わりに相手へと叩きつけるが、人間だったら一撃で昏倒するくらいの威力が出ている。
それを何度も何度も繰り返し叫びながら叩きつけたことで、右腕の外皮がひしゃげ軽く潰れて不気味な体液を吹き出し機能が恐ろしく低下した。
「やらせるかああああああっ!」
「大地に根付く荊棘、豊穣の女神の腕に抱かれよ……荊棘の呪いッ!」
デヴィットの魔法が盾殴りを叩きつけたダルランの右腕へと荊を絡み付け、外皮を突き破って棘が肉体深くへと食い込んでいく……さらに恐ろしく強度の高い蔓はダルランの右腕を縛り付け、身動きを取れない状況にしていった。
これは計算外……ダルランの感情を持たない思考が、たかが人間に苦戦している現在の状況を冷静に判断していく。
一度距離をとって……いや広範囲を殲滅する魔法を放ち、相手を戦闘不能に陥れなければ……計算が完了し、ダルランは持てる最高の破壊力を持つ魔法の準備を開始する。
顎を広げてあたり一体に白い稲妻を撒き散らして状況を変えようとしたダルランの頭部に、再び弓矢と火線が走り、爆発と魔力封じの粉が振り撒かれる。
それと同時に雄叫びと共にエミリオの槌矛による全力の一撃が顔面へと叩き込まれる……この一撃で巨大な顎がひしゃげ、あらぬ方向へと捻じ曲がった。
「神よッ! その怒りをこの一撃にいいいいいいッ!」
「エラー、エラー……白い稲妻使用不可能、使用不可能……」
視界にアラートの文字が並び始める……これはどういうことなのだろうか? 戦闘兵器である暴力の悪魔がたかが人間によって追い詰められている。
ダルランの頭部にある顎は何度も攻撃を喰らったことでひしゃげ、強力な魔法攻撃である白い稲妻に必要な魔力集中に耐えられない。
回復を必要としている……しかし今左腕が再生途中だ、このままだとたかが人間、ワーボスへの捧げ物如きに機能停止に追い込まれる可能性がある。
それは許されない、ワーボス神の威光に傷をつけることは許されない……一気に左腕を再生させたダルランは無理矢理に腕を振り回す。
狙いをつけていない攻撃だったが、その一撃が剣をダルランの胴体へと突き立てようとしたエルネットのこめかみを掠め、その勢いのまま彼の頭から真っ赤な血が撒き散らされる。
「エルネットッ!」
「く……うああああっ!」
「ワーボス神は人間を……ギュウガガガガ……人間の血肉を祭壇へ……キュウウウウウウッ」
一瞬意識が飛びそうになるが、歯を食いしばって体ごとぶつかるような勢いでエルネットは悪魔の胴体に愛剣を突き立てることに成功した。
強く突き刺さった剣を自らの体重をかけて思い切り押し込んでいく……。
大きく身を震わせたダルランの複雑な色で構成されている複眼から次第に光が失われていった……規則正しいフォーン・フォーンという謎の音も次第に小さく、弱々しくなっていく。
「人間を舐めるんじゃねええっ!」
「キュウウウウウウウウ! 危険、危険、きけ……えええええええ……」
ゆっくりとその動きをとめ、地面へと大きな音を立てて倒れていく暴力の悪魔の姿を見て、「赤竜の息吹」のメンバーたちは信じられないものを見たような気分で唖然とする。
地面へと悪魔のドス黒い血液が広がっていく……それは独特の香り、強い刺激臭を伴って辺りへと広がっていくがあまりの臭いにリリーナたちは咳き込んでしまう。
荒い息を吐きながらエルネットは強い手応え……この悪魔の何か重要な臓器、もしくは鉱物のような何かを断ち切った感触を手に感じており、確実に生物であればトドメを刺した、と確信した。
「や、やったぞ……何かを破壊した……これで死ななきゃ本当に化け物だ……」
_(:3 」∠)_ 時系列的にここで吹いてるんですねー、という補足でした。
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