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第六四話 シャルロッタ 一五歳 肉欲の悪魔 〇四

「貴様あああっ! 許さないッ! 絶対にここで殺すうッ!」


「やれるもんならやってみなさいよ」

 わたくしの前で怒り狂うオルインピアーダの全身にみなぎる魔力がさらに莫大なものへと変化していく……これだけの魔力を悪魔(デーモン)が利用しても問題ないってことは、プリムローズの魔力がどれだけ規格外かってのがわかるな。

 第四階位に属する悪魔(デーモン)であるオルインピアーダは本来ここまでの魔力を扱うことはできない……昔倒した黒書の悪魔(グリモアデーモン)カトゥス、あれくらいの耐久力や能力が本来の力だと考えていいだろう。


 クリスに呪いをかけていた疫病の悪魔(プラーグデーモン)サルヨバドスはクリスから奪った生命力を使って能力の底上げを行なっていたが、あれに近いだろうか。

 だがあの時は生命力だったが、今回は別の場所にいるプリムローズの魔力……言い換えてみれば大きな湖に溜まった水をひたすら汲み上げているようなものだから、厳密には有限ではあるがその総量はパッとみてわかるわけではないので今回に限っていえば無尽蔵、と言えるだろう。

 オルインピアーダが朗々と声を張り上げ、魔法の詠唱をする……こいつは発動が早い魔法、青天の霹靂(サンダークラップ)か! わたくしは魔剣不滅(イモータル)を構えて咄嗟に防御姿勢をとった。

「荒れ狂う雷よ、我が前に顕現せよ、青天の霹靂(サンダークラップ)!」


 わたくしの周囲に大気を引き裂くように電流が走る……青天の霹靂(サンダークラップ)、目標とする空間に電流を発生させて相手を攻撃する魔法で、詠唱が短く発生が恐ろしく早いため相手を釘付けにしたり、弱い魔物程度なら何が起きたか分からないうちに死ぬくらいの威力がある魔法だ。

 だがわたくしの体にかかっている防御結界、その防御能力を貫くような高位魔法ではないため銀色の髪の毛が少し逆立つものの効果的なダメージにはならない。

 だが詠唱の終わりと同時にオルインピアーダはそれまでいた場所から姿を消し、わたくしの真横に姿を現した。

「カアアアッ!」


 叩きつけられた悪魔(デーモン)の拳が真っ赤な炎に包まれる……その炎は防御結界への衝突と同時に爆発しわたくしの視界を真っ赤に染める。

 火球(ファイアーボール)を超至近距離で炸裂させたのか……こりゃお見事、しかも炸裂の方向を一方向に限定して指向性を持たせて攻撃力を増幅させている。

 一朝一夕でこんな使い方はできないだろうから、彼女なりの必殺技みたいなもんだなこの攻撃、普通の人なら即死……下手をすると上半身ごと爆砕する程度の威力はある。

 わたくしは距離を離すためにふわりと後ろに跳び、無傷のまま地面へと降り立つ……だが先程の攻撃を受けても傷ひとつないわたくしをみてオルインピアーダの表情が歪む。

「な、なんだお前は……この攻撃を受けて立っていた人間などいないのに……」


「じゃあわたくしが一人目ね」


「な、舐めや……げはああっ!」

 わたくしは笑みを浮かべた後、一気に前に出た……オルインピアーダの目にはどう映っただろうか? いや、いきなり目の前にわたくしが現れて反応すらできなかったのだろう、距離を詰めたわたくしの右拳が悪魔(デーモン)の腹部に突き刺さる。

 思い切りくの字に身体が折れ曲がり、苦悶の表情とも驚きとも思える表情を浮かべたオルインピアーダはその勢いのまま後ろへと跳ね飛ばされる。

 だがそれで終わりじゃない……今まで散々に好き放題やってくれてるんだからお返しに散々嬲ってから殺すって決めてるんだわたくしは、絶対にこいつは許さない。

「まだまだぁ!」


「ぎゃあああっ!」

 空中で姿勢を制御しようとしたオルインピアーダに追いついたわたくしが回し蹴りを叩き込むと、ボギャアアッ! という鈍く何かがへし折れる音と共に地面へと悪魔(デーモン)が叩きつけられ白目を剥いて口から鮮血を撒き散らす。

 第四階位とはいえ悪魔(デーモン)の体は非常に頑丈でこの程度で死ぬほどやわじゃない、これは前世で散々倒したから知っているけど魔力の供給があるなら再生し続ける個体もいるのだから。

 地面にバウンドしたオルインピアーダの身体を再び右拳で殴りつける……彼女はその勢いのまま壁に叩きつけられ、めり込む……ズシンという音と共に地下空洞が大きく振動し天井から細かい石や砂が舞い落ちる。

「再生できるんでしょ? 立てよこのクソ悪魔(デーモン)が生まれたことを後悔しながら殺してやるから」


「クハハッ……後悔? そんなもの悪魔(デーモン)が感じると……?」

 オルインピアーダがフラフラと立ち上がると身構えようとするが、わたくしは何かをさせる気は全然なく、距離を詰めると彼女の両腕を付け根から叩き切る。

 あまりに一瞬の出来事で悪魔(デーモン)も状況が理解できなかったのだろう、視線を地面へと落ちていく両腕へと動かし、呆然とした表情へと変化していく。

 切り裂かれた傷口から青黒い血が吹き出し、本来痛みを感じないはずの悪魔(デーモン)の表情が恐怖で歪むのを見てわたくしはにっこりと笑顔を浮かべてから彼女へと語りかけた。

「……後悔を感じないのであれば、忘れられないように魂に刻んでやるわ、この※※※(ピー)悪魔(デーモン)が」




「あ、ああ……こ、これは予想以上……」

 青黒い血液を流しながらオルインピアーダは口元を歪ませる、予想以上そしてシャルロッタという令嬢の異常さを目の当たりにして内心驚きが隠せない。

 先ほどから一方的にサンドバッグにされている……超再生能力は働いており、失った肉体はすぐに再生できているが、シャルロッタは嬲るように拳を叩きつけ、剣で四肢を叩き切り一方的に痛めつけている。

「プリムローズの魔力は膨大ね、本来ならもう何回死んでる? 五回は死んだんじゃない?」


「クハハッ……まだまだ死ぬわけにヴァああ……ッ」

 だがその言葉を言い終わる前にオルインピアーダの顔面にシャルロッタの拳が叩き込まれ、顎から下が吹き飛ばされてしまう。

 オルインピアーダはそれ以上の言葉を発することができなくなり、血をボタボタと流しながら必死に距離を取る。

 その間にも膨大な外付けの魔力が悪魔(デーモン)へと流れ込み失った顎は、すぐに生えて元へと戻っていくが、このままでは一方的に削り殺されるだけだろう。

 こいつは強すぎる……そう闇征く者(ダークストーカー)が予想した通りこの令嬢は実力を隠していた、しかもクリストフェルという予言された勇者のような未完成の器ではなく、すでに完成された戦闘兵器のような、そこまで考えて彼女は思わず苦笑する。

 ()()()()()()()()()? 馬鹿馬鹿しい……勇者がもう一人世界にいるなんてことがあるわけがない、あってはならない。


 目の前に美しくも気高い銀色の髪とエメラルドグリーンの目をした令嬢が立っている、薄く笑顔を浮かべているがその目にははっきりとした怒りと殺意が漲っている。

 プリムローズなどの温室育ちの令嬢では決して到達し得ない、歴戦の戦士のような本物、どうしてこの年齢でその境地に達したのか聞いてみたい気分も芽生えてくる。

 こいつは危険すぎる、危険すぎる故にここでなんとかして倒さねば……魔王復活という一大事業を達成するためには、この女が危険な因子となり得る。

「……随分舐めてかかっていますけど、そんなに余裕を見せて大丈夫なんですか? 私が隠し球を持っている可能性だって……あるんですよ?」


 オルインピアーダが口元の血液を手で拭いながら笑みを浮かべる……だが本能的に目の前に立つ令嬢が恐ろしい、と思ってしまっている故に、慎重に言葉を選びながら問いかける。


 ——隠し球は正直いえば「ある」。


 肉欲の悪魔(ラストデーモン)は階位という縛りによって括り付けられており肉体の強さ、魔力、魂などは限界が存在している。

 厳密にいえば階位の中で複数存在している個体ごとに能力が異なっている……オルインピアーダは比較的高い能力を有していたがそれでも第四階位の肉欲の悪魔(ラストデーモン)としての頸木からは脱していない。


 階位を超える力……それは凄まじい数の魂を贄にした存在か、今のオルインピアーダにはプリムローズというこの世界でも有数の魔法使いの魔力を無尽蔵に引き出せる。

 その力を使えれば……第三階位に手が届く可能性も出てくるのだ……進化を解放すればいくら強力な能力を持つ辺境の翡翠姫(アルキオネ)をも超える力を手に入れることができるのではないか。

 だが目の前の令嬢がその隙を見逃すかどうか……オルインピアーダのこめかみに冷たい汗が流れるが、目の前の令嬢が放った言葉は意外なものだった。

「隠し球? 勿体ぶらずにさっさと出しなさいよ」


「……貴女、後悔しますよ?」


「問題ないわ……だって貴女弱すぎるもの」

 その言葉を聞いた瞬間オルインピアーダはこの世界に生まれ出でて初めて、自らの怒りの沸点が爆発したことに気がついた。

 弱すぎる? この私が弱すぎると?! 視界が真っ赤に染まる……怒りで目から血を流しつつ憤怒の表情を浮かべて辺境の翡翠姫(アルキオネ)を睨みつけるが、彼女は余裕というよりは完全にオルインピアーダを馬鹿にしたような笑みを浮かべて笑っている……!?

 大きく両手を広げて肉欲の悪魔(ラストデーモン)は全身にみなぎる怒りと、魔力を解放して力の限りに叫んだ。


「貴様アアアアアッ! 絶対に殺す……殺してやるぞシャルロッタ・インテリペリ……ッ! 見るがいい、これが私の隠し球、私を怒らせたことを後悔させてやるッ!」

_(:3 」∠)_ 激余裕ムーヴは必要かなって……実際シャルロッタからすると欠伸しそうなくらいの差があるわけで。


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