第二一一話 シャルロッタ 一六歳 煉獄 〇一
——気がつくとわたくしは再びふわふわとした浮遊感に包まれた空間に立っていた……またかよ、という気もしなくもないが、それでも私はため息をつきつつ前を見る。
「……また会いましたね美しく気高いマルヴァースの貴族令嬢シャぶけらああっ!」
間髪入れずわたくしの右ストレートが光を纏う女神様の顔面へと叩き込まれる……奇襲攻撃なら通用するかと思ってやってみたら結構ブチ込めるもんなのね。
女性の輪郭を模る光の粒子が一瞬大きく揺らいだあと、何事もなかったかのように元に戻ると再び美しい女性の姿……しかし以前と違ってはっきりとした姿となって目の前に立つ。
そして……いきなり全身の強烈な重さがのしかかった気がしてわたくしは思わず悲鳴をあげて、地面(いや地面があるように感じるだけだが)へと叩きつけられた。
「みぎゃああっ!」
「……美しく気高いマルヴァースの貴族令嬢シャルロッタよ、奇襲攻撃をするとは何事ですか、そんなことすると私も怒っちゃいますよ、ぷんぷん」
「怒ってるだけならこんなことする必要ないでしょう……」
「もう殴らせませんよ?」
「ちっ……はいはい、もうやりませんよ」
わたくしに抗戦の意志がないと判断したのか女神様は体にのしかかる凄まじい重力を解くが、一瞬でわたくしの体は自由となり立ち上がることができるが……ふと気がつくとわたくしの両腕と両足に大きな丸い石のような物体が取り付けられた状態となっており、どうやらこれは女神様なりの防衛手段なのだとそこで気がついた。
くそ……一発しか殴れなかったけど、まあ一六年分の思いはちゃんと叩き込めたので、これでよしとするか……わたくしは自分の体を見るが、よく考えてみると何も服を着ていない丸裸の状態だったことに気がつき、思わず前を隠して座り込む。
「ちょ、ちょっと……何か着るものは……」
「元々男性なのだから気にしないのでは?」
「今は違うから気にしてますよ!」
「へー、ほー……ふーん」
女神様は興味深いものを見ているとばかりにまじまじとわたくしの体を上から下までじっくりと見つめる……は、恥ずかしい……最近バタバタしててあまり気にしていなかったけど、わたくしの体はさらに女性らしい体型へと変化をしており、胸も以前より大きくなっているし、腰回りのくびれや大きめのお尻などが鏡で見ていても魅力的な大人の女性へと変わりつつある。
そういや最近すげー揺れてる気がする……と思ったのは勘違いじゃないってことだったな、と生まれたままの姿になっている自分の体に少々驚きを感じているが、同時に自分が今女性として生きていることを強く意識させられて、なんだか恥ずかしい気持ちが芽生えてくる。
「い、いいからすぐに服を……」
「はいはい、人間てまー不便ですねえ……」
パチンと指を鳴らすとまるでそれまでの格好が嘘だったかのように、わたくしがいつも愛用している冒険者風の服装が着用されていく。
ああ、落ち着いた……ほっとため息をついたわたくしを見て、くすくす笑うと女神様は輝く指先でチョンチョンとわたくしの頬を何度か押す。
なんだよ、と思って目を向けると以前よりもはるかに人間らしい顔を持つ女神様が意地の悪そうな表情でわたくしを見ながら話しかけてきた。
「……女の子の体……慣れたでしょ? もう戻っても違和感しかないと思いますよ」
「そりゃ一六年も女性やってりゃ慣れますけど……」
「言葉遣いもそうです、あなたは意識的に女性であろうとしている、前世までは男性だった人間が精神はともかく女性の体を得るとどうなるのか……壮大な実験の結果が今目の前にある気がしますね」
確かに……女性らしく育てられた、肉体や生理現象などが女性である故にこの世界マルヴァースでのシャルロッタ・インテリペリは女性としておかしくないように振る舞っている。
前世までが男性だったはずのわたくしの個が次第に変質してきている気がして、ゾッとした気分にさせられるが……それでもこの人生の終わりが来るその時まで、わたくしはシャルロッタであるように努めるだろうし、周囲もそう期待するのだろうな。
わたくしが何か言いたげな顔をしていると、女神様はにっこりと微笑むとわたくしの側から離れていき、そしてゆらりとその輪郭を歪ませる。
「……ちなみにこの空間に来てしまったのは、あなたが能力を使いすぎて疲労したからです……これは体の疲労や精神の疲労ではなく魂の疲労といっても良いでしょう」
「戦闘術や神滅魔法を使いすぎたってことですか?」
「本来人間の肉体や精神はある一定の年代までゆっくりと成長します、今のあなたの肉体と精神のバランスは非常に危ういので戦いで疲弊しすぎるとそうなるということですね」
確かにあまり気にしないようにはしていたが、戦闘術や神滅魔法で魔力を膨大な量使用すると何かがごっそり抜け落ちていくような感覚にとらわれることがある。
まるで自分という存在が希薄になったかのような凄まじい虚無感というか……前回も似たような感じだったのだが、あの時は全力の神滅魔法一発で同じことになっているが、今回はそれなりの数を叩き込めているので時間の経過がそれだけ許容量をあげているということなのだろう。
「でもまあ神格を得た怪物を倒せるのは素晴らしいですね、暴風の邪神は一〇〇〇年はマルヴァースへと足を踏み入れることはないでしょう、他の世界には行けますけど」
「殺したわけじゃないんですよね?」
「神殺し、というのは厳密にはその存在を世界において否定する行為で、殺すことと同義ではないのです……殺すというより拒否をしている感じですかね」
「はあ……」
「まあ神殺しという称号は栄誉ですよ、これはあなたが神格を得た際にプラスの業績として加点されるでしょうね」
女神様は本当に楽しいのかくすくす笑いながらその輪郭を歪ませる……どうもこの女神様苦手だな、前世の時代もそうだけど何が目的なのか本当によくわからない存在だからだ。
だが急に女神様はわたくしへと顔を近づけると、本当に満面の笑顔を浮かべて笑いかけた……なんだ? 急に……いつもならそろそろ解放してくれそうなものだけど。
わたくしが戸惑っていると女神様はふふん、と満足げな笑いを浮かべると突然訳のわからないことを話し始めた。
「で、まあ神を殺すということは禁忌に触れる行為なんです、英雄的ではありますけど……ということで今からあなたは罪を贖うために煉獄へと堕ちていただきます」
「は? 煉獄?」
「そりゃ神を殺したんですから……今から堕ちますので頑張って現世に戻ってきてくださいね」
いきなりわたくしの周りに怨嗟の声をあげる血まみれの魂が湧き上がる……突然のことで反応できずにいると、わたくしの足を、手を、体を憎しみと苦しみの声をあげる魂がガシッと掴み取り、わたくしを渦を巻く血液の濁流の中へと引き摺り込もうとする……わたくしが咄嗟に何か魔法を放とうと手を動かそうとするが、女神様のつけた枷がいまだに機能しており、腕を動かすことができない。
くそっ! やられた……! 女神様もこの辺りはグルなのか……わたくしが憎々しげに彼女を睨みつけると、女神様は笑顔のままわたくしへと語りかける。
「嫌だわシャルロッタ・インテリペリ……私の愛する勇者よ、あなたが煉獄ごときで死ぬことはないから試練を与えているだけです、大丈夫あなたは戻ってこられますよ」
「この……答えろ! あなたも連中の仲間なの?!」
「私は世界を安定させるためだけにいる存在、誰の味方にもなりませんよ……それに、これは決まり事なのです……英雄的な行動にはそれなりのリスクがあるってこと」
「やっぱり次あったらもう一発お見舞いしてやるわ!」
「次会うときは最初から枷をつけてあげますよ……じゃ楽しい旅行へ行ってらっしゃい♩」
その言葉と同時にわたくしは一気に血の濁流へと引き摺り込まれる……為す術もなく濁流に飲み込まれたわたくしは、そのまま深い深い血の海の中へと潜っていく。
だが目を開けているとそれは単なる血液などではなく、水や血液のように感じる違う何かであることに気がつく。
私を捕えている魂はどんどん深い海の底へと潜っていく……わたくしの意識のみが煉獄へと引き摺り込まれていく中、肉体はユルがなんとかしてくれるだろうけど。
視界が開けていくとそこは不気味な建造物や、血液の滝、炎を噴き出す不気味な花などが咲き誇る文字通り地獄絵図と呼ぶにふさわしい光景が広がっていく。
「これが煉獄?」
落下していく感覚が緩やかになるに従って、わたくしを強く引き摺り込んでいた魂達の感触が薄くなっていく。
そしてまるでいきなり放り出されたような感覚に陥ると、気がつくとわたくしは何もない平野に立っていた……空はどこまでもどす黒く、赤い炎がちらついている。
平野といってもそこに咲き誇る花は不気味で奇妙な造形をしている。
花びらが手のひらで構成されている花や、ねじくれて枝より吊るした蔓が人の足を模している木々……そしてギョロギョロと興味深そうにわたくしを見ている目の付いた植物がゆらゆらと揺れている。
遠くに見える山脈はまるで内臓をぶちまけたかのような酷い造形と色合いをしたものだ。
匂いも酷い……幾重にも混じり合った鉄の匂いと、腐ったような肉の匂いが蔓延している……何度か咳き込むとわたくしは口元を抑えて呟く。
「くそ……マジでやられた! さっさと煉獄を抜け出して現世に戻らなければ……!」
_(:3 」∠)_ シャル「女神様に一発ぶち込んでやったぜ、フーハハハッ!」
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











