第一八六話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 一六
「敵兵が動き出しました! 全面攻勢に移る模様です……!」
偵察兵の声にクリストフェルと、ベイセルは陣に建築された物見台へと駆け上がると、侯爵軍がゆっくりとこちらへと動き出してくるのを見て、ほう!? と思わず感嘆の声を上げる。
これまで小規模な小競り合いに終始したままだったディー・パープル侯爵がついに重い腰をあげた、となれば兵力差を活かした平押しに撃って出ると決めたのだろう。
正直に言えば最初からこの戦法に出てこられると防戦一方となってしまい、シャルロッタやユルを使った反撃に移らなければいけなかっただろうが……だが、現時点ではある程度の時間的余裕が生まれたことで防御態勢が整っている。
「……いいか! 無理に前に出ようとするな、ハーティの防衛施設と街の中を利用しての戦いに徹するんだ!」
「「「おおおっ!」」」
初戦でクリストフェルや、ベイセルが見せた戦闘でインテリペリ辺境伯軍の士気は高い……そして侯爵軍はいきなり指揮官クラスの騎士を失っており、統制がとりにくいのだろう。
侯爵軍はゆっくりと前進を開始するが、ところどころ歪さを感じさせる行軍となっているのは彼ら自体が歴戦の兵士だけで構成されているわけではなく、徴募された兵士も混じっているためだろう。
そのため訓練なども個人個人でかなりの差があると思える……ベイセルはその様子を見ながら、何事かをぶつぶつと呟くと、台の下で心配そうな表情で見上げている下士官へと叫んだ。
「……大丈夫だ! 作戦通り防衛に徹すれば勝てる、それに我が軍には英雄が二人もついているぞ」
「そうだ、第二王子殿下も勇気を示したのだ、我々は勝てる!」
「おおおっ! 第二王子殿下に忠誠を!」
「「「忠誠を!」」」
「エルネット卿、申し訳ないけど前線の指揮を頼むよ」
盛り上がる兵士達を見て、これなら安心だとばかりに微笑むとベイセルはこちらを見上げているもう一人の人物……エルネット・ファイアーハウスへと声をかける。
エルネットは頷くと、仲間へと号令をかけてそれぞれの持ち場へと移っていく……「赤竜の息吹」の面々がそれぞれ指揮官としても優秀な才能を発揮することがわかり、辺境伯軍の兵士達もよく指示を聞いている。
歩兵指揮官として経験も浅く、不安もあったが十分に役目を果たしてくれている……逸材だな、とベイセルは思いつつ、もう一度公爵軍の陣容を確認していくと、傍に立つクリストフェルへと話しかけた。
「殿下、もう一働きしていただくことになりそうですよ」
「未来の義兄は人使いが荒いね……どうすればいいですか?」
「敵を正面に引きつけて、そこへ集中攻撃を行います……目立っていただきますよ」
ベイセルの表情が明らかに悪辣なことを考えているものにみえ、クリストフェルは思わず天を仰ぐ……シャルロッタによく似た風貌のくせに、この義兄は正直かつ嘘をつくのが苦手な婚約者と違って、いくらでも「それはひどい」と言いたくなるような策や、方法を選ぶことに躊躇しない。
交渉役として国外の貴族相手に大立ち回りを演じていた、と言われると納得してしまいたくなるそんな違った意味の迫力を持った人物なのだ。
クリストフェルは何度か被りを振って言いたいことを思考から飛ばすと、恭しくベイセルへと一礼した。
「はいはい、本当に貴方が敵でなくて良かったですよ……で、指示をくださいね義兄殿」
「では殿下、まずこの旗を持ってですね……」
ベイセルの語る作戦を聞いているうちに、クリストフェルの表情がどんどん呆れのようなものから、軽い恐怖さえ感じるものへと変化していく。
彼の経験上ここまで王族を働かせようとしたのは、ベイセルが初めてではなかろうか……クリストフェル自身が第二王子という立場と、自分自身でできるだけやれることはやろうという主義のため、働くことは嫌いではないのだが。
それでも命の危険すらある作戦を平然と口にしていく義兄の本心がよく分からず、眉を顰める結果になっている。
そんな王子の表情の変化を楽しむようにベイセルはニヤリと笑う。
「……知ってますか? 第一王子派によると僕らインテリペリ辺境伯家は逆賊なんだそうですよ、だから徹底的にやるだけのことなのです」
——ムーシカの群れは手に汚染された武器を持ち、銀色の戦乙女の前に立っていた……その数は増え続け……一〇〇体を超えてなおまだ姿を見せている。
「……わえたちは確実にお前を殺すための数を揃えている……この数を相手に一人で戦うなど不可能……!」
メルドルメルは目の前で微笑むシャルロッタが余裕を見せていることに多少なりとも不可解な気分を感じる……人間がこの数のムーシカを相手に戦えるとは思えない。
どんなに強い相手でも人間には限界が存在しているはず……一〇〇体が同時に襲いかかってくるのを対処するだけでも疲弊する。
最終的に疲労し切った相手を殺せば問題はない、それでこの場は終わり訓戒者様からのお褒めの言葉をいただける。
その歓喜の瞬間がすぐにやってくる……メルドルメルは口元から涎を垂らしながら腕を振るうと、その合図に応じてムーシカが一気にシャルロッタめがけて突進を開始する。
「食い殺してやるううぅッ!」
「乱暴ねえ……っと」
だが、飛びかかったはずのシャルロッタの姿が一瞬揺らいだかと思うと、彼女の姿が消え去るのをみて、ムーシカ達は混乱する。
だがその囲んだはずの少女がまるで離れた場所……彼らの後背へと姿を現した時に、メルドルメルの背中にぞくっとした寒気が走った気がした。
彼女の移動は全く見えなかった、メルドルメルはムーシカの中でも上級種族に当たる将軍位であり、普通の人間よりもはるかに強いはずだった。
「……なぜ、そこにいる?」
「超高速で移動すると見えないことがあるらしいわよ?」
「わえはそんなことを聞いていない! 単なるメスのお前がどうしてそこにいる!?」
「単なるメス……ひどい言い様だけど、ムーシカの知性じゃ言葉を選ぶことは難しいか」
少し呆れ顔のシャルロッタはやれやれと言わんばかりのジェスチャーを見せるが、ムーシカ達はメルドルメルの怒りに同調したのか、凶暴さを全面に押し出すように牙を剥き出しに威嚇を始める。
一〇〇体の怪物が威嚇をする不気味な声があたりに響くが……当のシャルロッタはつまらなさそうにあくびをすると、不用意に飛びかかったムーシカに、軽く拳を叩きつける。
グシャアアッ! という鈍い音ともにムーシカの少し小柄な肉体が、文字通り粉砕し肉片とドス黒い血液を撒き散らした。
「……脆い」
「な、あ……!?」
「この数だと基本的にはわたくしと数人の戦いを何度も繰り返すだけになるわ、数の暴力って言っても疲労するまで待たなきゃいけない、時間の無駄よ」
シャルロッタは血液の付着した手を軽く振って、こびりついた血を飛ばすとそのままかかってこいとばかりに軽く手招きをする。
その挑発に乗って一〇匹のムーシカが彼女に向かって飛びかかろうとするが、空中にいるそれらの怪物を一薙……少なくともその場にいたメルドルメルを含む彼らには彼女が軽く剣を振るったようにしか見えなかったが、その一撃でムーシカが細切れになって吹き飛んでいく。
「残り八九? 面倒ねえ……」
「……ぐ、ぐう……だがわえはこういうことも予想、隠し球は用意している! でませいっ!」
メルドルメルの言葉に合わせ、近くの地面が音を立てて盛り上がっていく……その光景を見て、おや? とばかりにキョトンとした表情を浮かべるシャルロッタ。
地面を割ってその姿を現したのは四本の腕を持つ山羊のような顔を持つ巨人……赤銅色の外皮と少し細めだが、筋肉質な肉体、身長は四メートル近いだろうか。
金色の瞳がギョロギョロとそれぞれ別々の方向を向いている……ハァアッ! と息を吐くと、紫色の舌がのぞく。
「メルドルメル……我を呼び出したのには理由があるのだろう?」
「……ギーラデルス! その女を殺せ!」
「……贄を用意せよ、承知した……ガアアアアアッ!」
ギーラデルスは口元を歪めて笑うと、全身に力を込めると膨大なる魔力を放出し威嚇するように吠え声を上げた。
シャルロッタへと視線を向けた異形の怪物は、値踏みするように上下に目を動かすが、その姿を見た彼女は少し訝しがるような表情を浮かべてその怪物を見ると、呆れたように肩をすくめる。
その仕草があまりにバカにしていると思えたのだろう、メルドルメルはシャルロッタを指差すと口から唾を飛ばしながら捲し立て始めた。
「お、女! バカにしているのか!? この化け物は……」
「下級悪魔でしょ? 知ってるわよ」
「は、あ? なぜ悪魔を前にそんな……」
シャルロッタはメルドルメルの顔を横目でチラリと見ると首を横に振る……そして本当につまらなさそうな表情を浮かべると、魔剣不滅を使うまでもないとばかりに空間へと収納した。
そして彼女は右手を解すようにゴキゴキと鳴らすと、下級悪魔へと微笑みかけるが、その笑みが好意的なものではなく、明らかにつまらないものを見ているかのような感情が混じっていることに気がついたのだろう。
ギーラデルスは歯をバキッと鳴らすと再び威嚇するように四本の腕を大きく広げた。
「……女! 貴様は絶対に殺す……下級悪魔ギーラデルスの名前を忘れないようにしてやるっ!」
_(:3 」∠)_ なおレッサーデーモンは通常のデーモンよりも能力はちゃんと低いです
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