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第一八二話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 一二

「……敵軍視認しました! 事前の報告通りわが軍よりも少数です!」


「来たか……」

 イアン・ディー・パープル侯爵は防衛に不向きな状態のハーティから軍を退かせ、王都側に近い場所に陣を築いて辺境伯軍を待ち構える作戦を立てていた。

 ハーティを利用してゲリラ戦を展開することも考えてはいたが、如何せん瓦礫の山を片付けきれなかったことと、ハーティ内部にレイジー男爵旗下守備隊が使用していない罠があった場合の被害を考えると、思い切って防御陣を平原に設営してしまったほうが早いという結論に達したからだ。

 侯爵軍は四〇〇〇弱の兵力を有しており、攻め手である辺境伯軍先鋒が二〇〇〇程度と考えれば、敵方の攻勢を誘い陣にて防御に徹して数を減らし、一挙に反撃に移るという作戦が最も効果的であるという結論に達している。

「旗印確認ッ! あ、あれは……」


「どうした、先鋒で出てくるなら辺境伯本人ではあるまい? リヴォルヴァーの小せがれ程度ではないのか?」


「ち、ちがいますっ! 王家……クリストフェル殿下を象徴する「炎と(ファイアー)(アンドアイス)」の紋章ですっ!」


「な、なんだと!? 殿下が率いておられるのか?!」

 イングウェイ王国王家にしか許されない紋章「炎と(ファイアー)(アンドアイス)」は、現代において第一王子アンダースと第二王子クリストフェルにしか許可されていない紋章だ。

 これを掲げることができるのは王家に連なる者が戦場に出たときと定められており、アンダースはデザインが気に食わなかったのかこれも王家以外が利用しない「陽を超え(ファービヨンド)る者(ザサン)」という紋章を好んで使っている。

 だが……クリストフェルが「炎と(ファイアー)(アンドアイス)」を掲げているということは明確に自らが王権を奪取するという意思を表したとして侯爵は認識した。

「……本気か……殿下とは戦いたくなかったが……」


「侯爵閣下、いかがされますか?」


「当初の作戦を変更することはない……まずは相手の出方を窺い、機をもって反転攻勢に移る、それだけだ!」

 侯爵の命令に従い、侯爵軍は一気に臨戦態勢を整えていく……防御に特化した幾重にも構築された柵や、簡易だが機動力を落とすための壕、これらを生かすためには撃って出ることは下策だ。

 下士官含め戦陣にいる兵士たちが武器を持って走り回っていく……侯爵を含めた司令部も一気に活気が出てくる。

「急げ! インテリペリ辺境伯軍は隙を見つければ一気に攻め込んでくるぞ! 油断するな!」


「クリストフェル殿下がおられたとしても、今は逆賊だ! アンダース殿下への忠誠を示せ!」


「槍兵は馬防柵から決して出るな! 相手に攻めかからせるんだ!」

 ビューグルが吹き鳴らされ、兵士たちの顔にも緊張の色が見て取れる……ハーティ守備隊は寡兵ながらも死ぬまで勇戦し、侯爵軍の一部に強い恐怖を与えた。

 インテリペリ辺境伯家は王家との対決を選んだ逆賊……だが、守備隊は最後まで辺境伯家に殉ずる覚悟で戦っていた。

 相手の数が少ないことや、クリストフェルを象徴する「炎と氷」の旗印が掲げられていることも恐ろしく不気味だ。

 インテリペリ辺境伯軍はハーティを抜け、侯爵軍との距離を測りつつ簡易的な戦陣を構築し始める……定石であればこのタイミングで攻めかかるということも作戦では検討されていたが、侯爵はあまりに悠々と陣を構築していく彼らをじっと見守るだけにとどまっている。

「侯爵閣下! 敵軍は陣営を構築し始めております、撃ちかかりますか?」


「いいや、仮にも王子殿下を相手にするのだ、正々堂々と勝負をするべきだろう」


「ですが今なら数に任せて押しつぶせます!」


「我らが撃って出たとしてだ、彼らはハーティへと引いて瓦礫や罠を使ってこちらの数を減らそうとするだろうよ、この戦は勝てばいいというものではない」

 侯爵の言葉に侯爵軍の下士官が何かを言おうとして押し黙る……たしかにそうだ、今陣を飛び出し攻撃を仕掛けた瞬間、彼らはハーティへと一時的に退きそこで戦いを継続するだけかもしれない。

 理屈はわかる……だが、それでも動けば何かしら状況が変わるような予感がするのだ……それでも下士官は侯爵の命令に逆らう気はなく、黙って引き下がった。

 侯爵軍は結果的に、辺境伯軍が悠々と陣営を構築するのをじっと見守るだけになった……その間最大限の警戒を続けながらだが。

 作業は数時間に及び、気が付けば辺境伯軍はある程度の防護柵などの構築を終えると、ハーティの城壁に「炎と氷」の旗を掲げ、その日は動くことは無かった。




「……堂々とやっても動かないもんだね……」

 クリストフェルはハーティの正門前に再構築しなおした馬防柵などの防衛設備を設置し終えると、廃墟同然に荒れ果てたハーティの街に臨時で設置した本陣へと戻って、防衛の指揮を執っていたベイセルへと話しかける。

 ベイセルとクリストフェルは侯爵軍が二倍以上の勢力であるということを報告されてから、正面切っての戦闘では勝てない可能性が高いと判断し、あえて相手を誘うように防御陣を構築することを決定した。

 侯爵軍はハーティを放棄し、近くの平原に野戦陣を構築したことで彼らの意図が明確に読めたからだ。

「ディー・パープル侯爵も我々と同じで被害を最小限度にとどめたいと考えていますから、あえて誘うような行動に出ても撃って出ないと判断しました」


「だからってあんなに堂々とハーティ前面の防衛機能を復活させるとは思わなかったよ……攻め込まれたらどうしようって」


「ハーティは瓦礫の山ですが、我々の本当の陣地は街の外……裏門から少し離れた場所に設営しています、攻められたらさっさと陣地へ逃げ込めば解決しますからね」

 辺境伯軍はハーティをはさんで反対側……辺境伯領側に位置する場所に仮の野戦陣を構築していた……この陣地は辺境伯家に協力を申し出た盗賊組合に所属する者たちが参加し、恐ろしい速さで構築を行っており、ハーティの前面に構築をしていた防御陣は仮初の物になっている。

 ハーティは瓦礫の山で辺境伯軍でも防衛には利用しにくいが、城壁とその前面に展開する防護施設は一部が破壊されていたものの、補強を施せば十分に戦闘に耐えると判断したからだ。

 つまり辺境伯軍は侯爵軍に対して二重の防壁を構築しているような形となっている……結果的に利用に耐えないと双方が判断したハーティ自体が防壁の役目も果たすこととなっていて、侯爵軍は防御柵を超えてもハーティの瓦礫の中を抜け、本当の陣地へと攻め込まなければいけないような構図になっている。

「街を守ってたレイジー男爵には悪いけど……使えるものはすべて使わないと」


「そういえば男爵の亡骸が見つかったって?」


「ええ、シャルとエルネット卿たちが埋葬していますね」

 レイジー男爵は真っ二つに切り裂かれた状態で、城壁に鎖でかけられているのを最初にハーティへと入った兵士が見つけ、報告してきた。

 男爵は決して弱くない……その戦士を一撃で切って捨てた強者が敵軍に参加しており、さらには屋敷すらも斜めに断ち切られたような跡が残っており、尋常ならざる何かがいるのだと実感した。

 その怪物が出てくるときには……シャルロッタに任せると軍に同行した段階で取り決めがなされている。


『……わたくしが負けることはないですわ、常に勝ち続け……敵を倒し続ける、英雄とはそういうものではございませんか?』


 あまりにあっさりと勝つと言い切ったシャルロッタの表情を見て、ベイセルはこれが本当に妹なのかという気分になったのを覚えている。

 ベイセルの記憶にあるシャルロッタは謎めいたところはあれども、笑顔をふりまく明るい少女だったはずなのに……今のシャルロッタはどこか違う人間になってしまったかのような気がしてならない。

 だが、契約をしているユルに言わせると今までが仮の姿であって本質的には今の姿のほうが正しいのだという。


『正直ご令嬢を演じるシャルの姿はその……痛々しいというか、無理があるなあと思っておりましたよ、本質的にはあの方は戦士です』


 幻獣であるユルに言わせるのだから相当なものだったのだろう。

 家族からすると一生懸命で可愛く見えていた令嬢姿も、シャルロッタにとっては大変な苦痛を伴うものだったのかもしれない。

 本人に言わせるともう慣れた、とのことだったが……ベイセルとしては彼女に幸せをつかんでほしいと思ってやまないのだ。

「……もし敵軍がこちらの行動に気が付いたとしても行動を起こすにはもう少し時間がかかるでしょうね」


「それはなぜ?」


「ディー・パープル侯爵は慎重な指揮官のようです、こちらの行動が欺瞞だったと気が付いたとして、いきなり全力で攻めかかるような真似はしないでしょう」

 クリストフェルはわけがわからない、という表情を浮かべるがベイセルには確信があった……元々人の感情や思考を読むことに長けている彼は、侯爵が慎重な性格の持ち主で、確実に勝てると判断するまでは全面攻勢には出てこないことを過去の戦史を調べていて把握していた。

 ややもすると臆病ともとられてしまいそうなくらい、慎重な策をもって相手を圧倒することがディー・パープル侯爵の持ち味なのだ。

 過去の行動から人の思考はある程度読み解ける……やれることややろうとすることは大きく変わることはない。

 だからこそ侯爵軍の次の一手は確実に軽く一当てした後、自軍の陣地へと辺境伯軍を引き込む狙いがあるだろうと予測していた。

「……おそらくですが、こちらに軽く当たってわざと敗走したかのように見せかけ……こちらがハーティの防壁を抜けた後に包囲するとか……そのあたりが予測できます」


「侯爵らしいといえばらしいな……」

 それに対しての対策はこちらも堅守を崩さず、膠着状態へと追い込むことだが……だがクリストフェルの予想を覆すかのように、ベイセルはテーブルに置かれた地図の上の駒を動かしていくと、それを見ていた王子の表情が変わるのを見て、楽しそうに笑う。

 地図上の駒はまるで包囲する敵軍に取り残された駒が滅ぼされようとする図にしか見えなかったが……ベイセルはにっこりと笑うとクリストフェルへと話しかけた。


「大丈夫です、包囲が完成するまでは包囲したとは言えないものですから……敢えてまずは撃って出ますよ、殿下にも大いに働いてもらう予定です」

_(:3 」∠)_ ファイアーアンドアイスが最高のアルバムだと思うんですよ


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