第一五七話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 〇七
「ふいー……やっぱりお風呂はいいですわぁ……」
白い湯気がたちのぼる中、レイジー男爵の邸宅に備わっている浴室でわたくしはゆっくりと体を伸ばす。
この世界の文化の特異な点の一つ、湯に入って体を清める文化は貴族を中心として親しまれているものだけど、旅をする間はずっとこれができなくて少し寂しい思いをしていたのだ。
宿などでは盥の様な容器にお湯をもらうこともできるのだけど、そこに入って体を清めるというよりは、前世の時代でおこなっていたような布などを使って汚れを落とすという行為しかできていなかったので、正直ずっと肌に違和感を覚えていたのでようやく、というところだろうか?
「……シャルロッタ様、髪を洗いますからこちらへ来てください」
「わかったマーサちょっと待ってね……」
風呂から起き上がり結わいていた白銀の髪を解いてわたくしは傍でしゃがんでいる風呂場用の湯着を着用しているマーサの元へと向かう。
レイジー男爵本人は戦場暮らしが長いとかであまり長い時間風呂につかる習慣はないらしく「自由に使ってくれ」という話だったため、今は完全にわたくしとマーサだけしかここにいない。
リリーナさんは……使用人が利用する湯屋を利用するとか話していたけど、たいていそういう場所は集団で利用するし男女の区別がないとかで大変なんじゃないかなと思ったりもしたけど……貴族が使う場所に入りたくないという気持ちもわからないではない。
「旅路が少し長くなってしまいましたからね……お嬢様の美しい髪が痛んでないか少し心配ですよ」
「大丈夫よ、今まで外泊してもそんなに変わらなかったじゃない」
「……え? お嬢様外泊されたことがあるのですか?」
「あ、そ、その……時折野宿とかもしましたわ、黙っててごめんなさい」
身代わり君を置いて外で暴れまわっていたときは、野宿とか普通にしていたんだけどそういうときは病気で動けないって設定になってたんで、汗臭くてもあんまり違和感なかったんだろうな。
わたくしの言葉に軽くため息をつくと、マーサは「お転婆ですね」と苦笑すると黙ってわたくしの長い髪を優しくお湯をかけたあと、風呂場においてあった石鹸を使ってマッサージをするように洗っていく。
マーサは優しく揉みこむように髪に指を通していくと、ふとその手を休めてほんの少しの沈黙の後、震える声をこらえるように話しかけてきた。
「戦争になるんでしょうか……」
「状況だけを聞いていると不可避でしょうね、アンダース殿下はどうも内戦を望んでいる気がしますわ」
為政者としてはちょっとどうかと思う部分の一つだけど、あえてアンダース殿下とその取り巻きは内戦へと国を追い立てているとしか思えない行動をとっている。
まあ素直に捕まっていればそんなことはなかった、と彼らは言いたいだろうけどそもそも追い立てるような騒ぎを起こしているのは彼らなんだよな。
不可解だ、まるで望んで混乱を巻き起こしてイングウェイ王国だけでなく、この大陸全土を巻き込もうかというような……そこまで考えて、ふとあの鳥を模した仮面の男、闇征く者の無機質で感情を映さない赤い瞳を思い出す。
「どうも、きな臭いのですわ……混沌の眷属がほいほいうろついているのもどーかと思いますけど、それ以上にこれまで歴史の闇に隠れた強者が姿を現している……」
「シャルロッタ様?」
マーサが急に考え込んだわたくしを見てキョトンとした表情を浮かべているが、そんな彼女に構わずわたくしはじっと思考の海へと深く潜り込んでいく。
どうも数年前から奇妙なことが立て続けに起き過ぎている気がする、悪魔の跳梁……歴史を見ても記録は多少なりともあるけど、強力な存在が表に出過ぎている。
訓戒者というイレギュラーな存在……彼らは第一階位の悪魔より強い可能性がある……少なくとも手を合わせてみてそれは感じた。
魔王クラスの敵がほいほい出現するとんでもない世界、レーヴェンティオラとマルヴァースの相違点もそうだけど、ポンコツ女神さまの目的が変わってしまっていること。
「裏で糸を引いて状況を混乱させようとしている者がいるのは間違いない、けど……」
戦争が起きたとしてそれが何につながるのだろうか? 特にイングウェイ王国は大陸でも屈指の覇権国家の一つだ、内戦が終結した後一時的には弱体化をするだろうし、周りの領土を狙っている国との抗争に突入して更なる混乱が巻き起こるのは予想できる。
再び大陸に戦乱の時代を訪れさせる? いやいや、だとしてもそれが何につながるんだ? わたくしはじっと考えるが、どうもうまく思考がまとまらない。
そもそもわたくしは「敵殴って、はいオッケー!」というほうが得意であり、陰謀とか謀略向きの人間ではない。
まあそのことがクリスとの婚約に多少なりとも違和感を感じている部分でもあるんだよね、なんていうの? わたくしのような人間が上に立ったらいけないのではないだろうか? と。
「わからないことを考えても仕方ないか……内戦は不可避、であればわたくし達は降りかかる火の粉を払うしかないわ」
「なんでしょう? 何か用ですかな? イングウェイ王国の聖女よ」
薄暗い部屋の中手に持った書類を炎に包んだ闇征く者は、無機質な赤い瞳を部屋の中へと入ってきた女性へと向ける。
紫色の美しい髪と瞳を持つ聖女……ソフィーヤ・ハルフォードは聖教における最高位、女神の使徒たる代々の聖女が着用していたとされる純白の美しい服に身を包み、非常に整った顔立ちに微笑を浮かべながらそっと訓戒者へと膝をついて頭を垂れた
「……閣下お久しぶりですわ」
「其方から訪れるのは珍しいですな、殺風景な部屋で失礼する」
「殿下からの言伝を持ってきました……曰く辺境伯領への侵攻を開始すると」
ソフィーヤは微笑みを絶やさぬまま、目の前に座る魔人へといつもと変わらぬ様子で話しかける……本来、聖教の聖女は混沌の眷属と相いれない存在だ。
初代聖女であるエレクトラ・キッスはその身を混沌との戦いに捧げ、長年にわたって悪魔を滅ぼし続けたとされている。
だが、長い年月を経て王国だけでなく聖教という宗教自体が様々な国へと浸透し、教義に変化をもたらし、そして異質なものを取り込んでいった結果、混沌の眷属の侵入を招いてしまった。
「それはそれは……クフフッ! 聖女殿も大変なご心痛でありましょう」
「……そうですわね、内戦ともなれば無益な血が流れる、あの忌まわしい魔女のせいとも言えますわ」
ソフィーヤの脳裏に白銀の髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ美しい少女の姿が思い浮かぶ……忌まわしい魔女、そして恋焦がれたクリストフェル殿下を奪ったいやらしい売女。
もともとクリストフェルは自分のものだったのだ、高潔で美しくそしてどこまでも優しい彼はソフィーヤだけが愛する権利を有しているはずだった。
そこへ横から割って入った魔女がすべてを奪い去っていった……ソフィーヤの矜持もあこがれも、恋心もすべて、すべてが無駄になった。
「内戦において助言が必要でしょうか?」
「……助力をお願いしたいです、アンダース殿下が勝利し魔女を殺せるのであれば……私はこの身を神々へと捧げましょう」
「……クフフッ! よろしい、聖教の聖女……その身を捧げられた神々は大いなる喜びを得るはずです」
仮面の奥に光る無機質な瞳に炎が灯ったような気がしたが、それも一瞬で消え去るとひきつった笑いを浮かべながら闇征く者はパチン! と指を鳴らす。
暗闇の中から巨人の姿が現れる……緑色の肌を持った巨躯に下顎が突き出した怪物のような容姿、そして恐しいほど筋肉質に鍛え上げられた肉体。
訓戒者の中でも最も体の大きい巨人、打ち砕く者の姿がそこに現れる……ソフィーヤはその傷だらけで瘤に覆われた不気味な男を見て、ほう……と感心した。
怪物然とした姿とはかけ離れた知的な瞳の輝きが彼には感じられ、目の前の巨人が単なる化け物ではないことを示している。
「打ち砕く者、聖女殿の心労を解消してやりたい……これから起きるであろうインテリペリ辺境伯領での戦いにて、シャルロッタ・インテリペリを抹殺してほしい」
「……良いのか? いいとこ取りをするな、と他のものに言われそうな気がするが?」
「クハハハッ! 構わんよ、倒せるなら早めに倒したほうが後腐れもないだろう」
闇征く者は仮面の下でさぞや面白いとでも言いたいのか引き攣りながら笑うと、どうぞと言わんばかりにひらひらと手を振った。
その仕草があまり気に入らなかったのか、打ち砕く者はふん、と鼻を鳴らすと改めて見事な姿勢でソフィーヤへ向かって優雅に頭を下げると、口元を歪めてニヤリと笑う。
「……聖女殿、我は打ち砕く者、以後お見知り置きを」
「これはどうも……ソフィーヤ・ハルフォードですわ」
ソフィーヤも彼に向かってカーテシーを披露するが、流石に公爵家令嬢と言わんばかりの優雅なものだった。
顔を上げた彼女はにこりと微笑むと、巨人に向かってそっと手を差し出すが、それを見て打ち砕く者は少し考えるような仕草を見せた後、何かに気がついたのかそっと彼女の華奢な手を破壊しないように握った。
二人はしばらく手を握ったまま微笑んでいたが、それを見ていた闇征く者は思い出したように手をパン! と叩いた。
「そうだそうだ……あいつを、今抜け出そうと必死になっている這い寄る者を引っ張り出してやってくれ、シャルロッタ嬢の封印魔法で閉じ込められていてな……」
「……もはや戦力にはなり得ないのでは?」
「それはない、見えざる神の眷属を甘く見てはダメだ打ち砕く者……あれは役にたつ」
仮面の下で再び引き攣るような笑いを浮かべた闇征く者の瞳が輝く……それを見た巨人は何かを言いたげな表情を浮かべた後、ふうっと軽くため息を吐くと黙って頷いた。
それを見て満足そうに何度か頷くと、ソフィーヤへと向き直った闇征く者はやはり上流貴族相手にも通用するであろう優雅な礼を見せた後、暗闇の中へと姿を消していく。
「では……役者は揃えたため俺は退出しよう、シャルロッタ・インテリペリを攻撃するタイミングはお前らが話し合っていた条件が望ましいだろうよ」
_(:3 」∠)_ 唐突な肌色回……もっと肌色成分増やしたいなあ、そうなんだよなあ、そうかもなぁッ!
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