第一四五話 シャルロッタ 一五歳 魔剣 〇五
「久しぶりだなシャルロッタ嬢……」
「……五年ぶりくらいですかね? ディートリヒ様……」
翌朝……あの後兵士の詰め所で朝まで拘束された後、少し早い時間にそこから移送されてコルピクラーニ子爵宅へと連れてこられたわたくしは、一応令嬢ということで応接室に通された。
で、一時間ほどのんびり出された紅茶をすすっていた時に、今のところ一番見たくないディートリヒ様の姿が現れたというところだ。
五年前よりも少し体は大きくなり、筋肉質と言ってもいい体型になっている……彼のトレードマークとも言える少しクセのある金髪は長く伸ばされ、絹でできたリボンで結ばれている。
「わかっていると思うが、俺たちコルピクラーニ子爵家はアンダース殿下の配下だ」
「ええ……わたくしはクリストフェル殿下の婚約者ですから、アンダース殿下のお味方は致しませんよ?」
「……五年前と比べて……美しくなったな」
「それはどうも……ここに連れてきたのはお父上、アマデオ・コルピクラーニ子爵の意向も入っておりますか?」
ディートリヒのじっとりとした視線に少し気分が悪くなりながらも、わたくしはなんとかやれることはやっておこうという気分になり、彼の父親であるアマデオの名前を出してみる。
アマデオはインテリペリ辺境伯家ともやりとりをしているし、第一王子派と言っても消極的支持でしかなかったはずだし彼がここへ来てくれれば状況が変わるかもなあ、という気がしていたからだ。
だがディートリヒはニヤリと笑うと、わたくしが座るソファーの前にあるテーブルへとドンッ、と手をつく。
「父上は弱気でな、これは俺の独断だ」
「……本気ですか? 子爵でもないディートリヒ様が決定することは許されないと思いますが」
「ウッドパイントの守備に関する全権は俺が握っている、問題などない」
いやいや……それは違う。いくら守備の全権をディートリヒが握ってたとしても、最終的な判断は街を支配する子爵のものだ。
ディートリヒの言葉に思わず手に持ってたカップを取り落としそうになるが、わたくしは黙って彼をじっと見つめる……本気か? という意味を込めてだ。
彼は確かに子爵家の跡取りではあるが、全ての権限を委譲されているわけではないだろう? 父親であるコルピクラーニ子爵の決定を待たずにわたくしを拘束したって……それ辺境伯家が軍事行動する口実にすらなってしまう。
「い、いや……それは論理が飛躍しておりますわ……ディートリヒ様は我が家と戦争でもしたいのですか?」
「お前の身柄は第一王子派に引き渡す予定だが……まずは引き渡しまで拘束させてもらう」
「……後悔しますよ?」
わたくしの背後に二人の兵士が立つ……どこかに監禁するということか、ディートリヒはニヤリといつものねちっこい笑みを浮かべるが、わたくしは軽くため息をついてカップを置くと、兵士たちへとついていくためにソファから立ち上がる。
二人の兵士を倒して逃亡するのは簡単なんだけど、その場合は街にいる人を巻き込んで戦いになる可能性があるからなあ……流石に数百人の兵士を一瞬で倒すってわたくしでも他を巻き込まないと無理だし。
兵士の顔を見るとどことなくぎこちない……ああ、わたくしの顔を見てちょっと驚いているんだな、と考えにっこりと微笑んでから話しかける。
「……では兵士の皆様、わたくしをお連れください……それと朝食とかも用意していただけるかしら? まだ何も食べていないのでお願いしますわね」
「は、はいっ……失礼致します」
兵士たちがカチカチになって、少し赤面しながらもわたくしの斜め前と斜め後ろに位置をとると、そのまま応接室から誘導していく……ああ、エルネットさん達に連絡をとっておかないとな。
あまりやらないけど、実はユルを呼び出す影はわたくしのものでなくても良くて、マークをしている人物の影であればどこにでも出現させられる。
まあこの場合は距離の制限があって一キロメートル程度の範囲でしか移動はできないんだけど、それでも十分な距離だと思う。
『ユル……エルネットさん達に連絡をとって』
『……承知しました、どうやら彼らも邸宅の外に待機しているようですな』
念話でユルとエルネットさん達の位置を確認していくが、本当に近く……大通りを挟んで邸宅が見える位置の路地に隠れているのがわかる。
フル装備だしいつでも突入はできるという状況にはなっているみたいだ、とはいえ今この段階で突入したところで数を前にすれば簡単に捕まってしまうだろうし、それでは「赤竜の息吹」のメンツにも関わってきてしまうだろう。
わたくしはユルを伝言係としてタイミングを測って突入することで、確実に逃亡を図ることを考えている……全員で領地に戻るのだから。
『じゃあ定期的に念話を飛ばすから、殴り込みのタイミングは合わせてね……それとユルはエルネットさん達の補佐もお願いするわ』
「……どうする? 流石に数が多いよな……」
エルネットはフル装備の状態で、コルピクラーニ子爵の邸宅が見える路地から様子を窺いながら後ろにいる仲間へと話しかける。
リリーナは昨晩宿屋を包囲された後、シャルロッタだけを連れ去った兵士たちの後を追い、邸宅へと馬車が入ったことを確認するとすぐに宿屋へと戻って「赤竜の息吹」とマーサに状況を伝え、装備を確認するとシャルロッタを奪還するために邸宅近くで集結していた。
とはいえ、邸宅は流石に守備兵も多く何も考えずに突入など難しいということを再確認するだけになってしまったが……それでも状況の変化がある可能性を加味して、路地で待機しているのだが。
「いきなり突入しても私たちが犯罪者になるだけだしね……いくらシャルロッタ様が捕えられたって言っても、証明するものがないわけだし」
「……シャルロッタ様は大丈夫でしょうか……」
マーサが真っ青な顔でエルネットに話しかけるが、彼はうーん……と唸りながら黙ってしまう。
戦闘能力だけで考えればシャルロッタが捕まる道理はないわけで、彼女は邸宅から簡単に逃げ出すことは可能だろう……しかし抵抗する様子もなかったということから、まだその時期ではないはずだ。
その時ずるり、とマーサの陰から一頭の黒い毛皮を持つ幻獣ガルム族のユルが姿を表す……流石に普段シャルロッタの背後からしか出てこない彼が出現したことで、全員が思わず息を呑む。
「……失礼……」
「え? えええ!?」
「ちょおま……なんでユルがマーサさんの影から……」
「ああ、シャルに近しい人の影はマークしておりまして……そこからであればどこでも抜け出せるようにしているのです」
「ちょっと待って……理解が追いつかない……つまりなんだ、ユルはマークしている人の影から出れる……ちなみに俺たちは?」
「もちろんマークしていますよ、そうするようにシャルに命じられていますから」
ユルがなんてことない表情で説明するが……流石に事前説明なしでの行動で呆けたように固まっていたエルネット達が、すぐに気を取り直そうと何度か首を振る。
とはいえそれってほとんどプライバシーがないじゃないか、という抗議を言い出しそうになってなんとか我慢する……今まで使っていないとは思うが、この行為は彼らの生殺与奪を握っているに等しいのだ。
リリーナが少し顔を赤らめて、キョトンとした顔をしているユルに話しかける。
「あ、あの……それってどういう時でも出れるの?」
「我はシャルに命じられなければ移動しませんよ、それにこれを使ったのは今回が初めてですが?」
「あ……そ、そう……それならいいんだけどさ」
エルネットとの睦合いをユルに監視されている可能性を考えて、流石に羞恥心を感じたリリーナだったがそれは無いということで胸を押さえてホッと大きく息を吐く。
ユルは何がそんなにおかしいのか、という顔で「赤竜の息吹」とマーサの顔を見ていたが、すぐに自分のやるべきことを思い出したらしく、その場に伏せると彼らに向かって話し始める。
「シャルの現状ですが邸宅内に監禁されています、今のところは危害を加えられておりませんが……子爵の息子であるディートリヒという守備隊長が命令したようです」
「……昔シャルロッタ様に求婚した貴族令息ですね……シャルロッタ様は本気で嫌がっておりまして、旦那様がお断りをしていたはずです」
「シャルを見る目が少し不快でしたね、シャルの感情も嫌悪を感じておりましたし……」
ユルの言葉にマーサも頷く……五年前の婚約申し入れと顔合わせでシャルロッタがそれまでに見ないくらいの表情になったため、クレメントが流石にこれは……と思ったと話していた。
またその時でも王家から打診は届いており、そのこともあってわざわざコルピクラーニ子爵家へ嫁がせる理由がなかったというのもあった。
その結果クリストフェルという最高の婚約者を得ているのだから、本当に良い結果になったとマーサは今でも思っている。
ある程度状況がわかったと判断したのか、ユルはその場にいた全員の顔を見てから口をひらく。
「シャルは我をエルネット卿達の補佐に回しました、それは彼女が自分一人でもどうにでもなるという認識を持っているからです、彼女が一人で出てくるならそれでよし、そうではない場合は突入することになると思います」
_(:3 」∠)_ やべーやつとの邂逅……でも割とまとも
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