第一三七話 シャルロッタ 一五歳 死霊令嬢 〇七
——神速の攻防はほぼ互角……不滅の魔剣と連接棍が衝突するたびに甲高い音と、火花を散らしていく。
わたくしと這い寄る者はほぼ互角の速度で撃ち合っている……彼は直立するために少し太い脚を持っているが、前足に相当する四本の脚は華奢に見える。
だがその細い脚を巧みに操りわたくしの剣速に追従し……さらには全力に近い力で攻撃を叩きつけているのにも関わらず防御を崩すことなく撃ち合いに応じている。
ああ、強いなあ……見た目がちょっとゴキブリなだけで、彼は本物の戦士だ……匂いは酷いけどな、わたくしはふわりと後方へ跳ぶと這い寄る者と距離を取る。
『……これほどとは……素晴らしい、カカカッ!』
「混沌の眷属は気持ち悪い笑い方をしなきゃいけないってルールでもあるの?」
『嬉しいですよ、私はね……強者と戦えるこの時間が、美しいものを引き裂けるこの瞬間が……とてもね』
「相手に致命傷を与えてから言うものよ、そういう台詞は」
わたくしは剣を構えたまま腰を落とし、全身に力を込める……身体中に稲妻が走るように体の表面を走っていく、通常の剣技ではまあ何日戦ったところで決着はつかないだろう。
だがわたくしにはその互角にちかい剣技を唯一上回るものを所持している……剣戦闘術、わたくしを勇者たらしめた最強の戦闘術。
それをみた這い寄る者は武器を構え直す……何かヤバいものが放たれると直感的に認識したのだろう。
「——我が白刃、切り裂けぬものなし」
『これは……っ!』
「剣戦闘術一の秘剣……雷鳴乃太刀ッ!」
限界まで引き絞られた矢が放たれたように、わたくしはその身に纏う稲妻と共に剣を振るう……雷鳴の如き轟音と共にわたくしは訓戒者の背後へと一瞬のうちに移動する。
防御態勢をとっていたはずの自分の肉体が切り裂かれたことに、驚いたように目を見開き……そして左半身をごっそりと欠損したことに呆然とした表情を浮かべた這い寄る者がわたくしへと視線を動かす。
『……これは……こいつは……すごい……これほどとは!』
感嘆の言葉と共に、訓戒者は口から紫色の血液をゴボッ! という音と共に吐き出し、体を支え切れなくなったらしく片膝をついた。
その様子を見てわたくしはふと違和感を感じる……いくらなんでも脆すぎる、先ほどまでわたくしと互角に撃ち合ってた相手にしては耐久力が無さすぎる。
どういうことだ? と訝しがる表情を浮かべたわたくしに気がついたのだろう、目の前でボタボタと血液を垂れ流す這い寄る者の口元がニヤリと歪んだ気がした、次の瞬間。
「……え?」
わたくしの背中から胸にかけて、熱い何かが叩き込まれ……視線を下げるとわたくしの体から、鋭く尖った何かの脚が突き出しているのが見えた。
血液が滲む……堪え切れなくなり、喉の奥から込み上げる血液が口の中に鉄の匂いを充満させる……視線を背後へと動かす……そこには無傷で立っている這い寄る者がわたくしの背中に腕を突き立てている。
剣戦闘術を放った後ほんの少しの間だけど、防御結界が弱まる……技を放つために魔力を集中させているから仕方ないことなのだが、それでも普通の攻撃であれば十分防げるだけの性能はあったはずだ。
『……攻撃力に特化した技、力の配分……天秤のようなものだ、理解すれば隙をつくこともできる』
「そうですかっ!」
わたくしはそのまま空いた左手に魔力を込めて、超至近距離で爆炎を撒き散らす……魔法は通用しないことはわかっているが、爆発による衝撃は魔力で構成していない、純粋な爆発になるから衝撃で距離を離すことくらいできるだろう。
爆発とともにわたくしと這い寄る者の距離が大きく離れる……胸に空いた傷から軽く血が吹き出すが、わたくしの衣服を赤く染めたのはほんの少しの間だけ。
傷は魔力により完璧に修復されていき、背中と胸に空いた傷は跡形もなく消えていく……自己再生なんてこの世界に来てから初めてだ。
わたくしは軽く口元を拭うと、付着した血液を払うように手を振ってから剣を構え直す。
「……この狩猟服にブラウス、お気に入りだったのに……買い直さなければいけないですわね」
『これほどの自己再生……なんだ貴女も怪物じゃないですか』
先ほど剣戦闘術を叩き込んだはずの這い寄る者は血を吹き出しながら地面に倒れて事切れている……しかし背中に腕を突き立てた這い寄る者は無傷でそこに立っている。
どういうことだ? 分身……いやクローン? だが以前肉欲の悪魔が分体を使って行動していたことがあったな、それと似たようなものか。
這い寄る者はわたくしの顔に困惑の色が浮かんでいることに気がついたのか、死んだ自分の体から強欲なる戦火をもぎ取ると何度か軽く振り回して重さを確かめている。
「……先ほどの技で確実に仕留めましたわよね?」
『貴女の自己再生とは違い、私は個体の回復能力を持っていません、ですが個体の死と同時に同じ記憶、能力、感情を持った別個体を複製できるのです』
そんな無茶苦茶な……それじゃ殺し続けても意味がないってことだぞ。
ゴキブリを殺すと幼生を生み出すなんて話があったが、実際にはあれはデマらしい……腹部につけている卵を落とすことがあるからということなのだけど、そのデマに近い能力を現実に有しているということかな。
これは面倒だな……下手をすると永遠にこいつと殴り合わなきゃいけない上に、わたくしは再生能力を有しているとはいえ、疲労はちゃんと溜まるし魔力は回復させる必要がある。
人間であることの縛りはちゃんとわたくしにも備わっているのだ……だから何度も肉体を欠損したり、その度に回復させていくといつか魔力は尽きてしまう。
「チョー面倒ですわ、それは……」
『私は先ほど貴女に腕を突き立てて気が付きました……貴女は素晴らしい再生能力を持っているけど、肉体はちゃんと人間……殺せますね』
「……やれるもんならやってみなさいよ」
再び一瞬の間を置いてわたくしと這い寄る者は撃ち合いを開始する……しかし厄介だな、何度こいつを殺せば倒せるのだろうか?
死からの復活……いや複製はどういう条件で働くだろうか? 先ほどはわたくしは確実にこいつの前の肉体を破壊している……だが死ぬまでには時間があったのだから、前の肉体が息絶えるまでみたいな条件付けだろうか。
わたくしは剣を振るいながら相手の様子を観察していく……うーん、やはり完璧なコピーというのは間違いじゃないな、先ほどと同じ速度、膂力を持ってわたくしと撃ち合っている。
目の前で連接棍を振るう這い寄る者はその顎を大きく広げて笑った。
『これは、これは楽しいですよ! カカカカッ!』
「ワンちゃん♩ ワンちゃん♡ 可愛いなあ……ねえ、私のペットになってよ」
「こ、この少女……なんて魔力を……」
ユルが目の前で莫大な量の黒き魔力を放出するラヴィーナと対峙しつつ、歪んだ笑いを浮かべる令嬢の真の姿に驚きを隠せない。
シャルというこの世界における異物がいてもなお、同じような卓越した存在というのがいないと思い込んでいた……当たり前だが令嬢という枠組みの中から逸脱した存在が敵側にもいる可能性を考えるべきだった。
ラヴィーナ・マリー・マンソン伯爵令嬢……第一王子派のマンソン伯爵家に生まれた天才魔法使いにして、死者の魂を愛する「死霊令嬢」。
名前だけはシャルも知っていたが、これほどの魔法使いであるとは思っていなかった……聖女認定されたソフィーヤ・ハルフォードという少女の輝きが強すぎて、彼女という才能を見逃していたのだから。
「ねえ、ワンちゃん……私のペットになればあの人よりもたくさん可愛がってあげるよ」
「お断りします……これでも我は契約を重視していましてね……」
「えー、見た目は怖いのに真面目なのねえ……でも♡」
彼女の背後に凄まじい量の生霊がいきなり召喚される……その数を見てユルは思わず思考が止まりかける……なんだこの少女は! シャルと契約して初めて倒した悪魔であるカトゥスよりもはるかに強大な魔力を秘めている。
ラヴィーナが召喚した生霊がユルに向かって放たれる……恨みと絶望、そして恐怖と怒りの表情を浮かべた死せる魂が幻獣ガルムの血を求めて殺到する。
少女は無邪気な笑みを浮かべてくすくす笑いながら、ユルがどうこの状況を打開するのか楽しそうに眺めている。
「火炎炸裂ッ!」
ユルの口から放たれた火線が固まって飛来する生霊に向かって放たれる……この不死者は触れたものの生命力を奪い取ることで相手を弱体化させる珍しい能力を持っている。
普通の人間であれば生命力を奪い取られること自体は死に直結するが、強者は少し違う……弱らせることで捕食しやすくなり、彼らは犠牲者を生きたまま貪り喰らいそしてその恐怖の感情をソテーに食事を楽しむのだ。
強く活発な魂ほどその餌食として好むため、高位冒険者になればなるほど生霊の危険性を理解している。
火炎炸裂は生霊に衝突すると凄まじい爆発を巻き起こす……爆発は大半の不死者を焼き尽くし、消滅させていくが完全に倒しきれなかったもの達が呻き声をあげてユルへ向かっていった。
そしラヴィーナは腕を振るうとさらに追加の生霊を召喚してそっとユルに向かって腕を差し伸ばして笑った。
「……私のペットになるっていえば、すぐに可愛がってあげるよぉ? いつまで痩せ我慢が続くかな?」
_(:3 」∠)_ ああ〜っ! ゴキブリの音〜! こんなことやってるから昨日部屋に出ました……泣いた
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