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第九五話 シャルロッタ 一五歳 王都脱出 〇五

「プリシラ・ドッケンです、よろしくお願いします」


「ドッケン伯爵家のご令嬢だね、よろしくね」

 クリスは優しく微笑んでいつもの執務室へとやってきた少女を迎え入れる……軽くウェーブする金髪にわたくしとあまり変わらない背丈、大きくくりっとした瞳……ちょっとだけお人形さんのような印象のある女性だ。

 学園ではあまり目立つ印象がなく、いつも一人で本を読んでいるケースが多いと聞いており、今回どのような力学が働いたのかわからないもののクリスの補佐役として学園から依頼を受けたという。

「ミハエル・サウンドガーデンだ」


「よろしくお願いします、そちらがシャルロッタ様ですね」


「は、はい……よろしくお願いしますわ」

 クリスは学園にて学業と並行して生徒会と王族としての政務の一部をずっと行なっている……最近量が増えたとかで、ミハエルも駆り出されて仕事を行なっている。

 先日起きたサウンドガーデン領の事件で一時的にクリスのそばを離れたミハエルが戻って来るまで、クリスは必死に処理をしていた。

 だが、結果的に彼が戻ってきた時にはとんでもない量の書類が積まれており、ミハエルですらドン引きしたのだという。

 両名が一向に減らない作業に忙殺されすぎたことで学園側からクリスの補佐が必要ではないかという提案があり、それを受けたことで彼女がやってきた。

 だが……ミハエルから聞いたが彼女のドッケン伯爵家は第一王子派に属しており、本質的な意味では敵に回る可能性が高いのだという。

 それでもなお彼女が補佐役としてやってきたのは、何か理由があるのだろうな。

「じゃ殿下、今滞っている書類作業は私が重要度に応じて対応する順番を決めます、いいですね」


「え? あれ? その……も、もう働くの?」


「当たり前じゃないですか、私補佐役に任命されてるんですよ? 初日からでもバリバリ働きますから、準備ができるまで婚約者とお茶でも飲んでてください」


「あ、じゃあお願いします……」

 プリシラが鬼の形相でうず高く積まれた書類を仕分けしていく……弱ったな、という顔を浮かべつつクリスがわたくしの隣へと座ったため、わたくしは黙って彼にお茶を入れるとカップを差し出し優しく微笑む。

 そんなわたくしを見て少しバツが悪そうな表情を浮かべるが、まあ本当の彼はプライドがそれなりに高く、いきなりやってきた補佐役が仕事を横取りしているような状況に悔しさを感じているのだろう。

 見ている間にもプリシラは取捨選択を繰り返し、書類をどんどん仕分けていく……事務処理能力が高いというのは本当らしく、驚くくらいの勢いで机の上が整理されていく。

「……僕とミハエルでも減らなかったのになあ……」


「申し訳ありません、わたくしにはどれがなんなのかわからないものが多くて手伝えなくて……」


「いや、今後覚えてもらうから大丈夫、それにミハエルが居なかったからって書類を溜めちゃった僕も良くないからね」

 わたくしがそっと彼の手に自らの手を重ねると、それに気がついた彼は少しだけ嬉しそうに微笑む。

 その傍らミハエルはプリシラの作業を興味深そうに眺めて感心したようにほう、ほう……と呟いている。

 彼も事務処理能力が低いわけではないが、プリシラの処理能力は神技的に素晴らしく仕分けはあっという間に終わっていく。

 彼女はある程度わけ終わると椅子から立ち上がり、かなり数の少なくなった書類の束を机の上に戻すとクリスのそばへとやってくる。

「殿下、仕分けで最重要と思われる書類を先に決裁してください」


「わかった、ありがとう」

 クリスはプリシラに微笑むと、わたくしのそばを離れて机へと座り直すと仕分けをされた書類を確認していく。

 何度も頷いていたり、すぐにサインを入れていたりとプリシラの仕事ぶりに満足しているように嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 ちょっとだけプリシラの有能さに嫉妬してしまいそうになるが、違う違う……わたくしの能力はあくまで元勇者としての戦闘能力であって事務仕事が得意なわけではないのだ。

 分野の違う能力が羨ましいと思ったとしてもそれではない別の能力でクリスに貢献すればいいだけ……だから嫉妬する必要なんかないじゃないか。

 サクサクと作業を処理していくクリスへと側に控えていたプリシラは問いかける。

「何か不都合があれば仰ってください」


「プリシラ、ありがとう短時間でここまで仕分けしてくれるなんて君は優秀だね」

 クリスが満面の笑みで彼女へと微笑むと、急にプリシラは頬を軽く染めて動揺したかのように視線を外す。

 あれ? 照れてる……? 見た目と違って事務処理能力が高いのに、こうしてみると年相応の少女なんだなあと何故か微笑ましいものを見た気分になってしまう。

 なんだかターヤに通じる小動物的な可愛さがあるなあ……もし彼女がクリスのことを好きになるのであれば、変わってあげるのもまあ悪くないかなって思う。

 少しだけ胸がチクチク痛むけど、大丈夫わたくし一人でも生きていける強い子だから……プリシラは一度咳払いをすると、表情を引き締め直してクリスへと話しかける。

「それと……一部ですが殿下には関係ない書類が混ざっています、差し戻しても良いかと」


「あれ? そうなの? ならそのまま戻してくれて構わないよ」


「……承知いたしました、このまま戻してきます」

 プリシラがいくつかの書類を手に取ると、クリスへと頭を下げてそのまま部屋を出ていく。

 クリスとミハエルは「わかりやすい!」とか「なんとここまで!」とか感動しっぱなしではあるが……わたくしは他のみんなにバレないように紅茶を飲むふりをしながら信頼するべき友人であるユルへと声をかける。

 どう? あの少女……プリシラ・ドッケンはユルの目から見て信用できそうかしら?


『……少し怯えの匂いを感じました、何かをしようという心の匂いです、それといくつかの書類を見た時に表情に動きがありました』


 うーん、やっぱりこのタイミングかつ第一王子派に所属している貴族の令嬢が補佐役に入って来るっておかしすぎるからね。

 書類は何を持っていったかわかるかしら……? わたくしの言葉にユルは少し申し訳なさそうな感情を露わにする。


『わかりません、というか文字だけを見ても我はそれがなんなのか理解できないので……』


 ま、そりゃそうか……大丈夫、もし動きがあっても腕力でどうにかするのだから。

 わたくしはソファから立ち上がると、仕事が捗って楽しそうな表情を浮かべるクリスとミハエルに一度頭を下げてから部屋を退室する。

 まあ、有能なのはわかりきっているのだからクリスの仕事がきちんと解消される方がいいわけだし。

 廊下を歩きながらわたくしはふうっ、とため息を一つ吐く……第二王子派の貴族はすでにわたくしとミハエルで裏を洗ってあるが、まだ第一王子派の貴族には手を入れられていない。

 必ず第一王子派に混沌の眷属と組んでいるものがいる……そしてそれはあの訓戒者(プリーチャー)に他ならないのだ。

「必ず見つけ出して叩かなければ……クリスだけでなく王国に住む民が危険に晒されるのだけは阻止しなければいけないのだから」




「……何かに見られている気がした……」

 プリシラはふと廊下を歩く際にゾクッとした背中の寒気を感じてほんの少しだけ表情を曇らせる。

 あの部屋に入ってすぐに感じたあの場にいない何かの視線、あれは一体なんだったのだろうか?

 ドッケン伯爵家……歴史的に見ても学園卒業後は軍関連の要職につく有能な家系であり、彼女も令嬢とはいえ戦闘訓練や基礎的な体力作りなど普通の令嬢とは言い難い幼少期を過ごしている。

 事務処理能力も非常に高いが、彼女の本質は斥候……しかも一流の間諜としても働けるように訓練されているのだ。

 手にはクリストフェルが独自に進めていた第一王子派の内定調査の報告書……インテリペリ辺境伯家やサウンドガーデン公爵家との暗号文書の一部が握られている。


「とはいえお互い同じような調査は進めている……ようね」

 中身を見ながらいくつか第一王子派に所属している貴族家に不審な点があるという報告書の書面を流し見すると、軽く手を振って魔法で発火させる。

 軽く炎が上がり報告書が一瞬で燃え尽きる……これでクリストフェルに情報は入らない、まずは最初の仕事としては上々だろう。

 しかし……クリストフェル殿下は疑うこともせずに私を受け入れたな……と少しだけ胸の奥がちくりと痛む。

 優しい笑顔……今まで生きてきて初めてだった、あんな優しい笑顔を殿方から向けられて、自分がスパイなのだということを一瞬忘れてしまいそうになった。


 隣にいるシャルロッタ・インテリペリとお互いのことを信頼しあっているのだろう。

 お互いのことを見る瞳は優しく、微笑ましいもののようにも見えた……ミハエル・サウンドガーデンもクリストフェル殿下の信頼を得ているのだろう。

 反面第一王子派に与しているソフィーヤ・ハルフォードやナディア・スティールハートは、プリシラの本音としてあまり好きになれない気持ちを感じている。

 こういう仕事でなければ……少し胸の奥がきゅっと閉まるような感覚を覚えて表情を歪めるが、一度咳払いをしてから再び冷静かつ事務的な表情へと意図して入れ替えてく。


「……こんな形で出会いたくなかったな……殿下お優しそうだったし……」

_(:3 」∠)_ 新キャラが仲間に加わったぞ!(味方とはいっていない


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[良い点] 胸がチクチクってもう手遅れじゃ…… [一言] こういう薄幸そうな子は救ってあげるべきだと思うんだ
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