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(幕間) 騎士たる心 〇四

「へっへっへ……騎士様よぉ……少し痛い目見てもらおうか」


「し、シドニーさん……」

 俺はターヤちゃんを庇うように立ちながら、周りを囲む男達の位置を確認していく……顔には覚えがある、あの時お嬢様と一緒に朝食を食べていた時に俺たちを見ていた男達が数人混じっている。

 全体で一〇人ほどか……武器は小型の刃物や小さな鈍器などを持っているが、囲まれないように気をつけなければいけないだろう。

 今俺は武装していない……ターヤちゃんに頼まれて買い物に行くのに剣は必要ないだろう、と考えていたためだが今回に関しては完全に裏目に出てしまっている。

「……タンク男爵の差金か……辺境伯家に喧嘩を売っているぞ?」


「目撃者が俺たちだけならなんとでもなるからな……辺境伯家の騎士が学生と駆け落ちして無理心中とか新聞の見出しに載れば誰も疑問には思わないさ」

 クスクス笑いながら先頭にいる少し背の低い男がナイフを片手で弄ぶようにクルクル回す……つまり無事に帰すつもりはない、ということか。

 俺はターヤちゃんの様子を見るが相当に怯えているが、唇をキュッと噛み細い肩を震わせつつもじっと相手のことを睨んでいる……彼女が俺の視線に気がついたのか、目が合うと黙って頷く。

 お嬢様のためだけじゃない、俺がこの少女を守らなければ……俺は軽く手をバキバキと鳴らしながら彼女を庇うように一歩前へと出る。

「……騎士として俺はお前らを許すわけにはいかない」


「この人数相手にどうしようっていうんだ? 男はすぐ殺して、女は輪姦(まわ)してから水路に流してやれ!」

 その言葉と同時に一気に相手が飛びかかってくる……が通路の幅がそれほど広くないため、並んで走ってくるのは二人が限界だな……俺はさらに一歩前に踏み込む。

 まさか前に出てくるとは思っていなかったのだろう……走ってきた一人の表情が変わる……だがその一瞬の隙を見逃さずに俺は右拳をそいつの顔面へと叩き込む。

 鈍い音を立ててそいつの鼻っ柱をへし折ると、もう一人が振るう小さな棍棒に気がつく……これは避けきれない、ならあえて攻勢に出るっ!

 完全に振り切られる前に相手の腕に自らの左腕をぶつけるようにして叩きつけ、勢いを殺すとそのまま壁へと体ごと体当たりして押し返す。

「こいつッ! 喧嘩慣れしてやが……」


「悪ガキだったんでね……ッ!」

 そのまま右手の掌底を相手の顎に叩き込む……白目をむいて崩れ落ちていく相手を放置し、さらに向かってくる男達の獲物と数を確認していく。

 ナイフを腰だめにして飛び込んでくる男が一人、素手のまま走ってくるのがもう一人……ナイフからなんとかしないと……俺はナイフを持った相手に向かって走る。

 ナイフと言っても狩人などが使う大型のもので、腹を刺されたら出血で死にかねない傷を作ることも可能な武器だ。

「死ねやああっ!」


「インテリペリ辺境伯家の騎士を舐めんじゃねえぞっ!」

 その場でくるりと回転するように身を踊らせると俺は相手の顔面に蹴りを叩き込む……突き出そうとしたナイフが足を掠めて鋭い痛みが走るが、大丈夫……まだ我慢できる範囲だ。

 だが、その一瞬の隙を突かれ俺の頬に衝撃と鈍い痛みが走る……もう一人の拳が俺に叩き込まれ、俺はそのままもんどり打って地面へと叩きつけられる。

 その様子を見て悲鳴をあげるターヤちゃん……だが俺はそのまま猫のように体を回転させると、勢いを殺しながら立ち上がって構え直す。

「くそ……いてえなっ!」


 そのまま抑え込めると思っていたのか、無防備に前に出てきた相手の顔面へと拳を叩き込む。

 これでこの男も無力化できる……だが視線を動かした瞬間に別の男が持っていた棍棒……黒い塊が視界に入り俺は咄嗟に腕をクロスさせてその攻撃を防御した。

 鈍い痛みと衝撃……ミシミシと腕に響く痛みが走る……まずい、骨にヒビが入ったか? 俺の顔が苦痛で歪む……だが俺は後ろにいるはずのターヤちゃんに向かって吠えた。

「走れっ! 逃げるんだ!」


「……は、はいっ!」

 一瞬戸惑ったターヤちゃんだったが、俺の言葉の意味を理解したのだろう、一目散に通路の奥へと走っていく。

 この路地裏は走り抜けると酒場などが立ち並ぶ歓楽街、彼女が働いている酒場も近くそこまで逃げ込めればなんとかなるだろう……だがすぐに俺の腹部に重い蹴りが叩き込まれたことで息ができなくなり俺は思考が一瞬止まりかける。

 見上げるとニヤニヤと笑う男達がターヤちゃんを追いかけるでもなく、俺を見下ろして蹴りや棍棒を振り下ろしてきた……いつでも彼女は襲えるという判断か。

「目障りなお前がいなくなれば、あんな女いつでも輪姦(まわ)せんだよ、バカが!」


「ぐああっ……ひ、卑怯だぞ……!」


「ひよっこ騎士のくせに生意気なんだよ! このまま簀巻きにして下水道に流してやんよ!」

 身体中に加えられる容赦ない暴力……蹴りが、鈍器が……身体のあちこちに叩きつけられ、鈍い痛みと苦痛で俺は必死に体を丸めて必死に耐える。

 まずい……リヴォルヴァー男爵に言われたことを守っていなかった……集団と戦う時は無理に前に出ない、一対一をひたすらに作り続けることで一対多数の状況を作らない。

 だがこのままだと俺は一方的に嬲られるだけ……だがターヤちゃんが逃げる時間は稼げたはず、俺はそれだけでも満足……。

「……ったく、世話が焼ける護衛だな、それでもシャルを悲しませるわけにはいかんでな……」


「ユル……? なんでここに……?」

 いつも憎まれ口を叩く幻獣ガルムの声が響いたかと思うと俺を蹴っていた男が凄まじい勢いで吹き飛んでいき、壁へと衝突して大きな音を立てた。

 痛む体をなんとか起こして顔を上げると、そこには黒い毛皮が……俺を見つめる赤い目が爛々と輝いている。

 男達は急に自分たちの前に立ちはだかった不気味な獣を前に、全員が恐怖で身をすくめて動けなくなっている……そりゃそうだ、幻獣ガルムの見た目は恐ろしい。

 俺も初めて見た時は身がすくむ様な恐ろしさを感じたのだから……だが、俺は毎日顔を突き合わせているうちに慣れてしまった。

「な、なんだこの化け物……」


「化け物とは酷いな、これでも幻獣……ガルム族なのだがね……我の主人が悲しむのでな、これ以上はやらせんよ?」

 ユルは威嚇をするように唸り声を上げるが、それだけで二人の男が慌てて逃げ出す。

 残り三人……俺は鉄の味がする口から軽く唾を吐き出し、口元を拭うと立ち上がってユルの隣に並ぶ。

 そんな俺を見てユルがニヤリと笑みを浮かべる……そういえばこいつと並んで立つなんて初めてだが、不思議と全身の痛みが嘘の様に感じない。

 俺たちを前に男達は完全に腰が引けている……ナイフを片手に後ろに下がりながら、必死に威嚇を繰り返す。

「て、てめえ……汚ねえぞ! 化け物連れてるなんて聞いてねえ!」


「……はははっ! こいつのこと知らねえで俺をボコってたのか……」


「では騎士殿、我が二人無力化するので、お前は一人相手すれば良いぞ」

 ユルの尻尾に軽く炎が灯り、まるで狼が威嚇しているかのような姿勢で大きく唸り声を上げる……深紅の瞳が煌めき、まるで一回り大きくなったかのような錯覚を覚える。

 この状況でも偉そうなユルに俺は苦笑しつつ、目の前の男に向かって拳を構える。

「ふざけんな……俺が二人、お前は一人で我慢しろよ、じゃあ……いくぜッ!」




「……シャルロッタ・インテリペリが直接出向いてくるとはな……で? 本日は何用ですか?」


「いえいえ、タンク男爵……今日はお取引とか、お話合いに来たんじゃないんですのよ?」

 タンク男爵の前でテーブルを挟んで座るシャルロッタは美しい笑顔を浮かべたまま笑っている……今二人がいる場所は、男爵が王都に構えている邸宅の一室。

 まさか一人で出向いてくるとは思っていなかった男爵は、相手の意図が読めずに訝しがる様な表情を浮かべてじっとシャルロッタを見ている。

 普通は貴族令嬢が一人でノコノコとやってくる事は本当に珍しい……まあ護衛の騎士は今頃部下達が始末しているだろうし、あの女も自分のプライドを傷つけたことで屈辱を与えてから殺せと命じてある。

「私もそんなに暇ではないのですがね……それとも先日の謝罪してくれるので?」


「まさか、謝罪するのは男爵の方ですわ? ターヤだけじゃなくシドニーにも危害を加えようとしてくれてますわよね?」


「なんのことですかな? シャルロッタ様は被害妄想がおありですか?」


「……とぼけるなよこの豚野郎が」

 いきなりシャルロッタが真顔になると、それまで絶対に見せないようなドスの聞いた声で男爵を睨みつける……その視線を受けた男爵は心臓が飛び出しそうなくらい、凄まじい恐怖を感じてソファーからずり落ちそうになった。

 蛇に睨まれたカエルの気持ちというのがあれば、男爵は今まさにカエルの気分を味わっている……目の前の令嬢はゆらりとソファーから立ち上がるとゆっくりと男爵の前へと移動してくる。

「……な、か……お、お前……何……」


「前にわたくしは言いましたわ、躾のできてない子豚ちゃんって」

 シャルロッタの放つ怒気は尋常のものではない……男爵の背中だけでなく、全身から冷たい汗がどっと流れ出す、こいつは違う、人間の発せる気迫とか怒りのレベルではない。

 それは巨大なドラゴンの前に一人立たされたちっぽけな人間の気持ちとでも言うのだろうか? 体が動かない、気持ちはこの場から逃げ出したくなっているのに、体はいうことを聞こうとしない。

 許しを乞うために必死に口をパクパクと開くが声が出ない……だがその口の動きで彼女には何か伝わったのだろう、男爵に向かって花の様な笑顔を浮かべると、シャルロッタはその表情からは考えられないような言葉を話し始める。


「ダメよ、貴方は一線を超えたの……だからちょっと改造しちゃいますわね? 大丈夫そのあとは幸せな生活が待っているわ」




 ——チェスター・タンク男爵……過去には複数の違法薬物密輸などの疑惑を持たれていた貴族の一人だったが、ある日を境に慈善事業に私財を投入することを発表。

 それまでの悪評が嘘の様に、温和でおとなしい貴族男性として孤児院や下町の教会などへのボランティア活動に精を出す慈善家としての側面を見せる様になる。

 イングウェイ王国の貴族の中でも特に慈悲深い慈善家として、後世の歴史書に名を残すことになる。


_(:3 」∠)_ 次回から新編に移行しますー、これからもよろしくお願いします!


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