99:黒い商人、白い商人②
宿に戻ると、カウンターの向こうの親父さんに呼び止められた。
「よう、若い商人さん。あんたにお客さんだぜ」
顎をしゃくって奥のテーブルを指す。
振り返ると俺と同じ位の年の男が立ち上がって一礼する。
誰だろう?
とにかく、礼儀正しく挨拶されたんだから、こっちも同じ様に頭を軽く下げる。
近寄ってきた男、って言うか少年は、そこでようやく俺をはっきり見た様だ。
ずいぶん驚いた、って表情を隠し切れていない。
身長は俺より五センチは低いけど、この世界の平民では長身の部類にはいるんだろうね。
ダークブルーの瞳は角度次第で黒くも見え、高すぎない鼻も合わさって、ちょっとばかり日本人っぽい。
俺の何に驚いて呆けてるのかは知らないけど、それを除けば、年に似合わない責任感のある顔立ちに感じる。
この世界では立派な大人の年齢だからだろうか?
そんな事を考えながら、声を掛けた。
「何か?」
俺の声にようやく顔を引き締めたけど、それでも慌て気味に返事を返して来た。
「あ、い、いえ。失礼しました。話に聞いていたより随分とお若いので、ちょっと驚きまして。
あの、リョウヘイさんで間違いありませんよね?」
「うん、そうだけど。あんたは?」
「失礼しました。私、商業ギルドから派遣されたマーニーと申します」
“ギルド!”
何ってこったい。精霊がギルドって言った時、俺はてっきり冒険者ギルドだとばかり思い込んでた。
でも、同業者組合ってのは、文字通りの存在だ。
別に冒険者に限って設立されてる訳じゃ無い。
こりゃ、マズイ。
街のギルドを通さずに商売をした事に抗議があるってなら、こいつは厄介だ。
下手すりゃ、街から追い出されかねないぞ!
「あ~、マーニーさん」
「はい」
「もしかして、塩、の件ですか、ね」
「はい、その通りです」
話が早い、とばかりにマーニーは笑顔で頷く。
反面、こっちは冷や汗タラタラって感じだ。
慌てて取り繕った。
「いや、すいません。言い訳になりますけど、少量だったもんで『ギルドを通すほどの事では無い……』って相手に言われたんですよ」
これは嘘じゃない。
だからローラも取引の危険性を指摘はしなかったんだ。
けど、マーニーの返事は拍子抜けするほど物わかりが良い。
「いや、それは相手の方の言う通りです。報告は受けてますよ。
あの程度の量なら見本扱いですから、問題ないです」
何だ、問題無かったのか。ホッと息を吐く。
後ではローラまでへたり込んだみたいになって、椅子の背もたれに突っ伏してしまう。
「あれ? それじゃあ?」
ようやく落ち着いて尋ねる。
けど、マーニーの話は妙な方向に向かって行った。
「今、言った通りです。見本、として我々本部の方にも流れて来まして、ギルド全体で一口乗せてもらえないか、と話が進んでおります」
「はぁ」
「それで私が使いとして、お邪魔した訳です」
「はぁ……、なるほど……」
いや、今は、それどころじゃ無いんですけどねぇ。
と言っても、俺たちは『商人』だ。
儲け話を突っぱねるのは、どう考えてもおかしい。
何より、こいつが今朝の視線の原因だって言うなら、断った場合、話はあっという間に広まっちまう。
どうやら、嫌でも仕事を進めるしか無くなったみたいだ。
何やってんだろうねぇ。俺たち……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
驚いた事に商業ギルドは侯爵の城に近い中央区画にあった。
ほとんど家臣団の居住区の隣だ。
「こんなに城が近いんですね」
見上げると、ダニクス候の居城である『イブリアッツ城』の城門まで続く階段までもがはっきりと見える。
幅、四十メートル以上はある堂々とした階段が正面門まで二百メートル程は続く。
そこを抜けても、更に階段は続いて、幾つかの関門を抜けないと最初の小館にすらたどり着けないんだろうって分かる。
本当にデカイ!
「おおっ! おっきなお城なのです!」
見事な内部城壁と壮麗な大尖塔にメリッサちゃんは大興奮だけど、そのメリッサちゃんを守るように周りに目を配るローラは浮かない表情だ。
「どうしたの?」
「ねえ、奴隷がこんなとこまで近付いて大丈夫かしら?」
なるほど、そりゃそうだ。
マーニーさんに尋ねようとすると、とっくにローラの声が届いていたのか、振り向いて笑う。
「大丈夫ですよ。荷物の搬入に奴隷を使うことは幾らでもあります。
反抗しない様に盟約がなされている分、平民より安全だと思われてますよ」
「あ、そういう考え方もあるのね」
頷いて、ホッと息を吐いたローラもやっと城の美しさを鑑賞する余裕が出来たようだ。
表情が柔らかくなった。
でも、リアムだけは警戒を崩さない。
平民の俺たちでは剣こそ持ち込めない区画だけど、それでも彼女が俺を守る体勢を崩す事はない。
それぞれが違った表情で商業ギルドの門を潜る中で、俺はレヴァに呼び掛ける。
「悪意や敵意は?」
【特には無いな。だが、】
「何だよ?」
【見知った奴の視線を感じるな】
ありゃ、これって、どうやら普通の取引じゃ無いみたいだぞ。
【ま、大丈夫だろう、て】
ホントかよ……。
そう言って大きく息を吐く俺。
その俺を見つめる視線が建物の真上からあった、と知るのは、ずっと後の事になる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「信用してくれた相手を裏切るのは、どんな気分?」
若い。いや少女と言っても良い声質。
廊下の真下の中庭を通って玄関に向かう一団を見て、柱の影で囁く。
また、それに応える男の声も潜むように低い。
「いや! それは人聞きが悪う御座いますな。
彼に危害を加える気は毛頭ありません」
「あなたは“そう”だろう。だが、彼は分からない」
「私は、あの御方も信用していますよ」
「身分だけで彼を押さえる事は出来ない。
いや、その身分の正当性も怪しい、となれば、名分すら立たないと言うのに本当に甘い事だ……」
「仰せの通りではありますが、万一の場合は命に替えても彼らを脱出させましょう」
「考え無しは、これだから……」
その言葉に返事は返らず、踵を返して先へと進む男の靴音だけが響いた。




