92:夜の昔話(前編)
日が落ちてから随分と時間が過ぎた。ルルイエは馬車の中でとっくに眠ってる。
一方のピートは、少し離れた位置に立って最初の見張りを引き受けてくれた。
深夜に俺と交代する事になる。
「夜半からずっと起きている事になるから、昼過ぎには酷い眠気が来るだろう。すまんな」
ピートはそう言って詫びるけど、引きこもってる時に昼夜逆転生活だった俺にとって、夜は友達みたいなものだ。
気にもならない事で感謝されると、何だか済まない気分になる。
夕飯を終えるとメリッサちゃんは焚き火の暖かさに微睡んで、すぐに寝入ってしまう。
夏場だから心配は無いんだけど、身体が冷えないように、とリアムがメリッサちゃんを抱え込む。
そうしてる内に彼女まで一緒になって寝息を立て始めた。
リアムの金髪とメリッサちゃんのピンク掛かった銀髪。
それぞれの小さな頭がふたつ並んでシーツにくるまる姿が微笑ましい。
回復してからのリアムは、今まで以上にメリッサちゃんに優しくなった様に思う。
メリッサちゃんも同じように感じているのか、ローラが馬の手綱を握って、よそに目を向けられない時は、やけにリアムに構ってもらいたがる。
「何だか妙な光景だね」
焚き火を挟んでふたりと向き合った俺とローラは並んで座る。
「多分だけど、無意識に罪滅ぼしをしてるのかもね」
炎に照らされたローラの表情に強く影が差した様に見える。
今の言葉はリアムの過去を指しているってすぐ分かった。
「リアムの事、嫌いにならないの?」
抵抗できなかったとは言っても、子どもを殺したって聞けば嫌悪感を持つのが普通じゃないかな、って思う。
そう訪ねると、逆にローラの方から質問された。
「じゃあ、あんたはどうなの?」
なるほど、レヴァの言った通りだ。
見も知らない他人より、リアムの今後の方が気に掛かるのが当然だ。
でも、だからってその感情が正しいって訳もなくて……。
つまり、答えなんか出るはずもないんだ。
「ゴメン……」
「あんたのそういう馬鹿なとこ、嫌い」
「ゴメン」
「でも、そうやって素直に謝れるとこ、嫌いじゃない」
「……」
「みんな、いろんな過去を背負って生きていく。それだけだと思う」
「うん……」
ローラって大人だ。
自分のガキさ加減がいやになる。
「話変えよっか?」
「うん……」
ローラから助け船が出てホッとする。
その表情が露骨だったんだろう。
笑われた。
「ちぇ、酷ぇなあ! 充分、反省してるんだぜ」
「ゴメン、ゴメン」
ケラケラと笑うローラに釣られて俺も笑う。
焚き火の向こうでスヤスヤと眠るふたり。肩がふれあうほど隣に座って何だって本音で話してくれるローラ。
こうして考えると、今ってとても大切な時間だって思う。
永遠にこんな時間が続いてくれりゃ良いのに……。
でも、いつか俺に待ってる永遠は、煉獄での孤独。
ふと、その事実を思い出して恐くなる。
急に黙り込んだ俺の顔を心配そうに覗き込むローラ。
「ねえ、どうしたの?」
「ああ、……ちょっと訊きたい事と話しておきたい事があるんだけど、良いのかな、って思ってさ」
俺の過去と未来なんて話せる筈もない。
とっさに誤魔化したけど、実際これから話す事は本当に確かめたい事なんだから、嘘は吐いてないよね、って後ろめたさを振り払った。
「訊きたい事はともかく、話したい事って?」
「うん。リバーワイズさんの過去に関わることなんだけど?」
「父さんの話?」
「うん。ローラが知らないリバーワイズさんの話を俺がするってのも、どうかって思って、」
「普通の親子でも子どもが親の過去を全部知ってるって訳じゃ無いし、他人から親の昔話を聞くなんて良くある事よ。
それに父さんって普通じゃ無いんだから、何、聞いても“今更”って感じね」
「そう言ってもらえるなら安心だ。じゃあ、まず最初は聞きたい事なんだけど」
「なに?」
「リバーワイズさんが造った『天降四魔竜』って、今、どこにあるか知ってる?」




