109:王国の影①
「さっき話した通り、元々、この国の王は領地の代官だった」
「はい」
「その代官が初代王家を名乗り、部下達が諸侯に就いた」
「ええ、ですから?」
「まあ、焦らず聞いて欲しい。問題は、彼らの関係性なんだ。
王家を名乗るという事は、実に難しい。
周りが、その権威を認めるかどうか、そこが重要になる」
「ですね。 ……でも、二百年以上経ってるんでしょ?
権威が成立するには、充分なんじゃないんですか?」
「諸外国や国民に取っては、そうだね」
「つまり国内の、それも諸侯には、未だに王家を認めない家があるって事ですか?」
「飲み込みが早いな。だが、それだけじゃない逆恨みもある」
グニッツが横から口を挟む。
「逆恨み?」
「例えば、俺の家だ。
うちも元は、その代官の下っ端だったらしい。
で、当然だが独立後も騎士爵とは言え、立派な爵位を頂戴する筈だったんだが、
『こんな反乱、どうせ長続きはしない』と見込んだらしく、とっとと独立派から逃げ出した。
で、その結果、今や平民として下働きってぇ訳だ。
そう云う奴らは世代を超えて王家に恨みを持っている可能性が無いとも言えん」
そう語る自称“下働き”のグニッツ。
だが、驚いた事にこの街の商会の本当の会頭は何と彼だった。
いや、この街だけじゃなく、侯爵領全体の流通の二十パーセント近くを一手に引き受けている商業の大本締めだ。
これで、どこが“下働き”やら、だ。
その彼は今回、侯爵が賭けに出ると聞いて、立場を貸す条件に立ち会いを求めてきたらしい。
「なんで?」
と訊くと、
「お前等からは金の匂いがしたんで、な」
と笑って誤魔化される。
それはそれで気になるけど、今は話が別だ。
「とにかく、逆恨みってのは酷くない?」
と思わず咎める口調で、問い返した。
いや、別にグニッツ本人が、王家に対して逆恨みしてるって雰囲気は感じないけど、今までずっとからかわれていたんで、こいつにはあまり良い感情が無いんだ。
だから、言葉もついついぶっきらぼうになる。
「結局、賭けに負けた『負け犬』ってだけだろ……」
けど、俺の皮肉にもグニッツは動じない。それどころか他人事とばかりに笑い飛ばす。
「お前の言う通りだな。けどな、負け犬ってのは自分が失敗した理由を自分には求めないものなんだ。
だからこそ、負け犬なのさ」
「言い出したのは俺だけど、自分の御先祖様を、そこまで言うかなぁ?!」
「別に俺が失敗した訳じゃ無いからな」
そう言って、また笑うグニッツ。こう云うタイプは珍しいんだろうねぇ。
何だか、悪い奴じゃない気がしてきた。
笑いが収まらないグニッツを片手で制して、侯爵の話は続く。
「どうやら、王位転覆を目論む奴がいるのではないか、と思われる」
「つまり、それが“本当の”反乱の中身って訳ですか?」
「まあ今の処、反乱軍の筆頭は、『私』と云う事になっているんだけどね」
「ああ、そうでしたね」
そこまで言って、ふと疑問が湧く。
「でも、何で、そこまで疑われる事になっちゃったんですか?
さっき話した『魔竜』の秘密がバレちゃった、とか?」
俺の問い掛けに侯爵は横に首を振って、“それは違う”と否定するけど、妙な言葉と共に大きな溜息も吐く。
「まあ、いずれは自分から“それ”を話す事になるかもしれんなぁ……」
それから、今の状況について再び話し始めた。
この国の王家は国名から名前を取って『ヴェステル家』と名乗ってる。
『東の国』でありつつ『ヴェステル家の国』でもあるって訳だね。
さて、そのヴェステル家が王位に就く時、諸侯となった部下達とある約束をした。
それは、竜甲を操る資格についての事だ。
リバーワイズさんの造った竜甲の中でも、王家の持つ竜甲は特に大きな特徴がふたつ有った。
唯でさえ強力な力を持つ竜甲の中でも『最強』と言われた王家保有の竜甲『スコフニュング』
その特徴のひとつは、『私欲』だけでは最高の力を発揮できないって事。
つまり『他者や国民を守る意志』を受け取ってこそ、高い性能を発揮するんだそうだ。
そして、もうひとつの特徴が操縦者の資格を登録できるって事だ。
登録無しだと、スコフニュングはピクリとも動かない唯の彫像になっちまう。
だから、この二つの特徴が王家の正当性を示す事になるって訳だ。
国王はスコフニュングを動かすことで『国民を守る意志を持つ人物』である事と、前王から『正式に装着権を受け継いだ』事を他者に証明する事になる。
これが王国の権威を高めていた。
「凄いシステムですね。それもリバーワイズさんが?」
「勿論、その通り」
「で、それに何か問題があるんですか?」
「現国王は後継者を指名しないまま死んだ」
「お、おい! それ、言って良いのかよ!」
驚いたグニッツが口を挟むけど、侯爵は視線でそれを押さえて話を続ける。
どうやら今の情報は表に出して良い物じゃないみたいだ。
俺は気付かない振りをして自然に話を続ける。
「国王には子どもがいなかったんですか?」
「それなら、まだ問題は小さかった。そういう時の為の公爵家だからね」
つまり、王家が断絶しそうになったなら、王家の血族である公爵家から跡取りを指名して、新王朝を起こせば良い。
前の王朝からの直系ではないけど、同じ一族での王位継承である以上、問題は無い。
処が、王にはきちんと子どもがいた。
王子と王女の二人だ。
だが、二人は跡を継げない。
その訳が侯爵の口から語られる。
「事が起きたのは、今から五年前だ。国王急病の報が全土に伝えられた。
当然、私も見舞いの使者を出したのだが、その中で妙な事が起きた」
「妙な事って?」
「まず、当時十五才の王子が出奔した」
「はぁ!? 出奔って早い話が、家出ですよね。
いやいや、国王、つまりお父さんが病気で寝込んでる時に家出って、おかしくないですか?」
「うむ、当然、誘拐も取りざたされたのだが、未だに何処に消えたのか、皆目見当が付かん」
「なら、お姫様の方は?」
「当時七才であったアルデリア姫に『竜装の義』を受けさせるのは危険すぎた。
あれは最低でも十五を過ぎてからでないと安全とは言えん」
「なるほど、つまり未だ行方不明の王子が居て、なおかつ王宮には王位継承権の無い姫様が残されているって訳ですね」
「その通り」
「で、そこで何故、侯爵が反乱軍って事になるんですか?」
「王子が消えたのは私の使者が王都に入った翌日だった。
そして、更に三日経って後、王は崩御なされた」
「偶然では無い、と言われるだけの証拠があったんですか?」
「証拠は無いが、状況と証言が大きかった」
「どんな?」
「まず、王都では“私は王に恨みを持っている”との噂が流れていた」
「なんで?」
「飢饉の救難要請を断られたという話を聞いたことはないかね?」
「あっ!」
そうだ。確か、スーザを出発する前にローラとの会話で、そんな話が出たっけ。
でも、なんか気に掛かる内容だったんだよなぁ……。
「やはり、おかしいと感じてるね?」
「はあ、まあ、何がどうおかしいのか、って言われると、答えようも無いんですけど」
「いや、違和感を得ただけでも大したものだよ」
「と、言いますと?」
「考えてもみたまえ、『飢餓に苦しむ軍隊』がこれだけ長期にわたる反乱など続けられるかね?」
「あっ!」
なるほど、補給のない軍隊なんてのは、唯の山賊と同じだ。
正規軍に勝てるはずもない。なら、侯爵は軍の規模を小さくして兵士を農村に帰した方が良い。
防衛線にヒビが入るのは確かだけど、首都に反旗を翻すよりよっぽどマシだろう。
それに何より、旅を続けて来たことでリアルに感じたんだけど、この領内で十年の内に飢饉があった様には、とても思えない。
「つまり、侯爵の救難要請も、国王が要請を断ったという話も、全部デタラメだったって訳ですか」
「そうだ! 我が領内はこの二十年間安泰だ。飢饉の「き」の字も在りはしない」
まずは、なるほどと頷いたけど、問題はもうひとつある。
「で、証言ってのは?」
そう、誰かが侯爵に不利な証言をしたって事だ。
その内容が知りたい。
と、その時、俺たちの脇から声が掛かる。
「それについては私から話をしたい。それで良いな、侯爵?」
対等以上の口調を侯爵に向けたのは、今まで沈黙していたルルイエだった。




