107:今、そこにある事実③
「白麺麭?」
メリッサちゃんの言葉を聞いても思い出せない俺とは対照的にローラは、すぐに反応する。
「あ、うん。確か、そんな渾名だったわね。
『ど~んなデブよぉ~(笑)』って思わず笑っちゃったの思い、出し……、た、わ」
声が次第に小さくなって、ローラの身体が固まっていく。
声こそ出さなかったけど、身体が固まっちゃったのは俺もローラに同じだ。
二人揃って、恐る恐る、頭をゆっくりと巡らせた。
そこには、相変わらず身柄を押さえられた侭に苦笑する会頭の姿。
丸い食パンに目鼻が付いた様な顔立ちと、それを支える巨体。
襲撃者の筈のリアムの表情と言えば、口を開けたまま、どんな顔をすれば良いのか分からない、って感じだ。
多分、あの顔が今の俺たちの顔なんだろうねぇ……。
って、納得してる場合かっ!
いや、今、一番困ってるのは『会頭』を人質に取っているリアムだ。
「えっ……と、この場合、ワタクシはどうすれば宜しいのでしょうか?」
と、当然の質問をして来る。
俺は首を横に振ると、手振りで会頭から離れるようにリアムに指示する。
「これで良いんだね?」
そう言って、ソファに戻ってドスンと音を立てて腰を下ろした。
「ちょ、ちょっとぉ!」
俺の無防備な行動に焦ったローラが声を上げるけど、そこはあえて無視する。
いや、ルルイエに語りかける形でだけど、彼女の疑問に答えた。
「会頭、いや侯爵閣下は俺たちに生殺与奪の権利を与える事で、会談は対等な立場で行われるって事を示した。
なら、ここでビビってたんじゃ、話が進まない。
そういう事、だろ?」
溜息と共に吐き出された俺の台詞に、ルルイエは満足そうに頷いた。
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「しかし、侯爵閣下ともあろう方が自分の命をエサにするなんて、随分と思い切った事をしますね」
会談は仕切り直しになった。
ソファに戻った俺たちに、ピートとルルイエが加わって話が再開される。
いよいよ、この旅の終わりが近付いたみたいだ。
白パン。いや、侯爵はイタズラがばれた子どもみたいに笑う。
「ローラちゃんはリバーワイズ卿の娘さんだからな。信用して話してもらう為には多少の無理はしなくちゃならん。
何より、その子を守る人物、まあ、つまりリョウヘイ君、君の事だが。
そこについてもきちんと調べさせてもらった上での決断だ。無闇に命を懸けたとは思わんよ」
その言葉に一番驚いたのはローラだ。
「えっ? あの、それって……」
多分、あの晩、焚き火の前で俺が話した事を思い出してるんだろう。
俺もあの話は気に掛かってる。
そんな俺たちの表情を見て、侯爵はニヤリと笑った。
「ピートから聞いているとは思うが、リバーワイズ卿と私は、ある種の同士だ」
「同士? ですか?」
「うむ。初めて彼と出会ったのはまだ私が幼い頃だ。つまり父がこの地を下賜された頃だな」
「あたし達が生まれるずっと前ですね」
「そう。あれから、もう五十年にはなるな。
とは言っても、最初は教師と生徒の間柄だ。
父が、彼を私の教師として引き合わせてくれた。その頃の卿は天降四魔竜のメンテナンスが重なっていた時期で、な。
その為か、各勢力から命を狙われる事が繰り返されていた。
今のようにスーザという根拠地も無かった彼には、充分に落ち着ける場所が必要だったんだよ」
一見納得できる話だけど、ちょっと疑問があると感じた俺と同じにローラが問い掛ける。
「お父さんが、この地を選んだのは何故でしょうか?
先代の侯爵を信用する理由があった筈ですよね?」
その瞬間、侯爵は初めて眉を顰めた。
「うん。そこだな、君たちに一度は命を預けざるを得なかったのは。
それを話さずに信用を得るための、あの賭だったんだよ」
そう言って、大きく息を吐いては天を仰ぐ伯爵の表情には、はっきりと余裕が失われている。
どうやら、嘘は吐いていないみたいだ。
「行方の知れない最後の魔竜に関わりがありますか?」
追い打つように問い掛けて来るローラに、侯爵は迷わず答える。
真剣な表情だ。
「ある。だが、それ以上は話せない」
「今は?」
「ああ、今は、だ。
いや、どうせ、すぐにばれるんだろうが、私の口からは話せないんだ。
先代からの遺言って奴だ。」
「分かりました。信じます」
「ありがとう」
にこやかな笑みを交えた二人は、本日、三度目の握手を交わす。
こうして侯爵との和解は成立した。
どうやらスーザが候爵に襲われることは無い様だ。
けど、ここで話は終わらない。
侯爵から、この妙な内乱の意味が語られる事になっていくと、俺たちはリバーワイズ卿が戻るまでの間に、更に大きな問題を片付けなくっちゃならないって事が分かって来たんだ。




