贖いのラーメン
「ふははー出来たぞ時城くん、これぞ男のロマンだ!」
「すげー。まじパねっすよ教授!」
冬の日の昼下がりだった。
聖痕十文字学園中等部二年、時城コータがツルツル頭の大月教授と一緒に歓声を上げた。
おかしな装置や謎の薬品や奇妙なオブジェが散乱した、教授の自宅兼『研究室』でのことだ。
ここ最近のコータが、町の発明家である大月教授(何を専攻する何処の大学の教授なのかは、コータも誰も知らなかった。)の自宅に通い詰め、賄い飯程度の報酬で自ら助手を志願、買い出しやらデータ監視やらの雑務に勤しんでいたのも、全ては今日この日のため。
教授が開発中だった世界全男子の悲願『服だけ透けて見える眼鏡』を試用させて貰うためだったのだ。
「よし、早速性能テストだ。出掛けるぞ時城くん!」
「わかったっす教授!」
二人は獣の目をして多摩市の街頭に繰り出した。
まずは教授から眼鏡を試着。自らの発明品の成果を味わわんと、折りたたみ椅子に腰かけて交通量調査のアルバイトの態でカウンターをカチカチしはじめたのだ。
「むふふ視界良好。肌色率80%! そこの奥さんも!(カチ) そこのOLも!(カチ) そこのJKも!(カチ) 毛皮もダウンもダッフルコートもブレザーも、全部スケスケだぞ。うっほほー何たる我儘ボデー!(カチカチカチカチ)」
道行く女性を眺め回しながら、ツルツルの禿頭を上気させて心ゆくまで(*´Д`)ハァハァする大月教授に、
「教授、俺にも、俺にも早く使わせてください!」
矢も楯も堪らず、ツンツン頭を更にツンツンさせて教授をせっつくコータだったが、
「むむ? あれはうら若きJC!」
「あえ、エナ!」
教授が定めた次のターゲットの姿に、コータは息を飲んだ。
道の向こうからツインテールを揺らしてこっちに歩いてくるのは、コータのクラスメート。
風紀委員の炎浄院エナだったのだ。
「むふーJCの細やかな手足! 着痩せするタイプだなぁ彼女は。胸元のホクロが何ともエロいわい……」
こっちにやってくるエナを眺めて、更に興奮した教授だったが、
「ちょっ! やめろー!」
コータは思わずそう叫ぶと、教授の前に飛び出して彼の視界を遮った。
コータの丁度腰のあたりが教授の眼前にきた。
「うおわー!」
教授は悲鳴を上げて椅子からズリ落ちた。
「まったく、いきなり変なモノ見せるなよ! 時城くん」
ブツブツ文句をいいながら立ち上がる教授だったが、
「だが……ははん時城くん、彼女は知り合いか?」
動揺するコータを見て卑猥に嗤うと、
「なるほどわかった時城くん、彼女は君にゆずろう、使ってみるかい?」
コータにようやく眼鏡を手渡した。
「うぅうぅうぅうぅ……」
顔を真っ赤にしながら眼鏡を握りしめ、エナと眼鏡とに交互に視線を泳がせてプルプルしていたコータだったが……!
「やっぱり駄目だ―!」
そう叫んで意を決すると、眼鏡を、車道向かって思い切り放り投げた。
「わー! 私の発明がー!」
たまたま目の前を通った軽トラの荷台に落下して、そのまま走り去っていく眼鏡を追って、教授が必死の形相で駆け出した。
「ハアハア……」
その場に立ち尽くし肩で息そしているコータに、
「どうしたのコータくん? 顔、真っ赤だけど」
彼に気づいたエナが、コータのもとまで歩いて来て、不思議そうに声をかけるが、
「な……なんでもねーよエナ……そそそんなことよりさ……」
コータはしどろもどろ。
いつもは口うるさくて鬱陶しい眼鏡の風紀委員の顔を、まっすぐ見られない。
「向こうの通りに新しいラーメン屋が出来ただろ。一緒に行こうぜ。俺がおごるよ……」
エナに何か言わなければ、と思って咄嗟に口をついて出た言葉。
「え……う、うん、ありがとう」
コータのなんだか普通でない様子に、何やら一緒にモジモジしだすと、ツインテールを揺らしてそう応えたエナだった。




