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第17話 勇者と技師

 日が暮れた中、ココットちゃんの錬金工房アトリエを歩きながらエレノアはあちこちを見て息を漏らした。


「はー。これは中々っすねぇ……」

「どうですかね?」

「とりあえず、井戸はポンプにするっす。薬草からのエキスの抽出って、どんなことしてるっすか?」


 一通り見て回った後、エレノアはココットちゃんにそう尋ねた。


「薬草を潰してるんです」

「難しいっすか?」

「いえ、難しくはないです。ただ、力仕事なので……」

「ふむ。だったら抽出機にするべきっすね」


 エレノアはそう言うと、何かを考えるように顔を伏せた。

 その様子を俺はぼんやりと眺めていると、隣にソフィアが立った。


「力仕事をする人材を探しに言って機械技師ゴーレムスミスを連れて返ってくるとは……。君は面白い仕事をするな、ハザル」

「……たまたまだよ。俺だって本当はちゃんと力持ちを連れてくるつもりだったさ」


 ソフィアから突っ込まれて、俺は返す。


「でも出会っちまったんだから……。しょうがないだろ? これも縁だよ」

「縁……か。悔しいな。ここが私の店なら、面白いアイデアをいくらでも形にできるのに」

「そういうなよ」


 俺は彼女をたしなめるが……ソフィアの気持ちは分からないこともない。


 俺たちはココットちゃんのポーション販売を手伝うことでお金を貰っている。けれど、やっぱりこのお店の主はココットちゃんなのだ。最終的な判断は、彼女が担うことになる。


「そういえばリリムは?」

「君が戻ってくる前に帰ったぞ。給金もらえたことに涙を流していた」

「……そりゃ良かった」

「道端の芸人ではどうしても収入が不安定だからな。人生設計を建てるのも難しいだろう」

「そうだな。道具を盗まれたら終わりだしな」

「あぁ、事件や事故1つで収入が無くなるというのは……リスクが多すぎる。稼ぎの柱にはできんよ」

「この街はお世辞にも治安が良いとは言えねぇしな」

「全くだ」


 ココットちゃんの錬金工房アトリエは街外れにあるので、時折忘れかけるのだが……この街の治安は良い方ではない。


「そういえば、ハザル。別の工房に強盗が入ったという話を聞いたぞ」

「強盗? またかよ」


 俺は思わずため息を漏らした。


 別にこの程度は珍しくない。

 強盗事件は1日に数件起きてるし、不用意に路地裏に入ろうものならナイフを背後から突きつけられたりする。


 そんなことが、このココットちゃんの錬金工房アトリエで起きていないというのは、


「この工房アトリエが守られているのは君がいるからか、ハザル」

「そうだったら嬉しいけどよ」


 俺がいるから、だろう。


 自分で言うと恥ずかしから言えないのだが……俺が19階層でリッチを倒してからというもの、ココットちゃんの錬金工房アトリエには元神聖騎士団がいるとか、いないとか、そういう噂が立っているのだ。


 俺は神聖騎士団なんかに入ったことはないものの、その噂は都合が良いので流したままにしている。そうすれば、ココットちゃんの錬金工房アトリエに手を出そうとする馬鹿はいなくなる。


 強盗というのは、得てして自分より弱いところに矛先を向けるのだ。


「井戸にポンプを付けて水道を引くのがこれくらい。抽出機の方はお安くしておくっす。あと運搬ゴーレムの値段なんすけど……そうっすねぇ。あれは多機能だし、道を覚えさせたりするのに時間かかるっすから……。ちょっと高くなるっす」

「……うっ。高いですね」


 そういって値段を提示されたココットちゃんが怯んだ。

 俺もちらりと額を覗くと……金貨350枚だ。平民の年収分はある。


 正直言って、とんでもなく高い。


「全部揃えるとなると、どうしてもこれくらいするっす」

「そ、ソフィアさーん!」


 金に困ったココットちゃんがソフィアを呼ぶと、彼女は「ふむ」と値段を見ながら漏らす。


 そんなソフィアに、エレノアは肩をすくめた。


「随分良心的な価格設定してるっすよ」

「それもそうだろうな。他に頼むともっと高くなる」

「そうっすそうっす」


 自慢気に首を縦にふるエレノア。

 

 まじかよ。あれで他より安いのか。

 俺は思わず震えた。


「そもそもこの見積もりは材料費も入ってるっす。井戸からのポンプを作るためには材料となる鉱石が必要っす。抽出機もそうっす。ゴーレムを作るのにも当然いるっす。何でもかんでも0から生み出せるわけじゃないっす」

「それはそうだろうな」


 ソフィアが首肯する。

 それによって、俺も思わず納得してしまった。


 言われてみればそりゃそうだ。

 そう考えてみれば金貨350枚というのは、かなり控えめな金額なのかもしれない。


 問題は俺たちにそんな金の余力はないということで、


「ということはエレノアさん。私たちで材料を揃えれば、もっと安くなるということか?」

「そりゃそうっす。でもどうやって準備するっすか? 冒険者に依頼でもするんす? でも、そっちの方が高くなると思うっすよ」


 エレノアがそう言うと、ソフィアは首を横に降った。


「いや、ウチにはそこら辺にいる冒険者とは比べ物にならないくらい力を持った男がいる」

「あぁ、ハザルの兄さんっすね。なるほど。確かにそれを考えれば材料費は0みたいなもんすね」


 名前を呼ばれたので会話に入った。


「俺に材料取ってこいと?」

「あぁ。君にしかできんだろう」


 そう言われればそうなのだが。

 俺が「分かったよ」と返すと、


「それなら材料費が無くなるから一気に安くなるっす」


 そういって見積もり書を書き換えて、ソフィアに見せていた。

 角度的に俺には見えなかったのだが、彼女は「分かった」とすぐに頷いていたので、支払える額になったのだろう。


「契約成立っすね。いやぁ、最近は全然魔導具が売れないし、依頼も入ってこなくって死にそうな目にあってたっす。仕事いただいて助かるっす」


 そういって安心したように、ほっと息を吐き出したエレノアに……ソフィアはとんでもないことを言い出した。


「ココットさん。これはエレノアさんとも相談なのだが……錬金工房アトリエで彼女を雇うというのはどうだろうか?」

「え! 錬金工房アトリエで、ですか!? た、確かにエレノアさんがいれば助かることは多いですけど……。でも、機械技師ゴーレムスミスの方が錬金工房アトリエで働くことにメリットってありますかね?」


 ココットちゃんの最もな疑問に、ソフィアは更に続ける。


「ある。まずは、エレノアさん側のメリットだが……。収入が安定する。雇われるということは、常に決まっただけのお金が入ってくるということだ」

「それは助かるっす。今は魔導具が売れないとご飯食べれないっす」

「そして、ココットさんの錬金工房アトリエという庇護下で開発作業をすることができる。今までのようにフリーでやるよりも……よっぽど大きなことができる」

「言われてみれば確かにそうっす」


 納得したようにエレノアは頷く。


「そして、ココットさんへのメリットだが……。これは3つある」

「3つもですか!?」

「まず工房アトリエ環境の改善だ。水道や薬草からのエキス抽出によって作業を自動化することができれば、他の仕事に専念できる。つまりは新しいポーションの開発や顧客の拡大だ。これが一番大きい。次に眠っている魔導具の整備。壊れた魔導具の修理だ」

「どういうことですか?」

「今はまだ稼働したばかりだから故障や不具合などは起きていないが、魔導具を使っている以上、故障は起きる。例えば今使っている大釜が故障した時に……また薪で温度調整とはいかないだろう」


 ソフィアの言葉に、エレノアは頷く。


「……無理、だと思います。今はすぐにたくさんのポーションを作らないといけないですから」

「別に大釜に限った話じゃない。これからエレノアさんに新しく作ってもらうポンプや抽出機、運搬ゴーレムにも故障はつきものだ。そんな時、エレノアさんがいればすぐに修理してもらえる。これらを外注すれば高くつく上に、他の職人が作ったものだからと拒否されることも多いが……開発者が近くにいれば、断られることもないだろう」

「た、確かに……」


 ココットちゃんはそういってエレノアを見た。


「そして最後に、新しい魔導具の開発だ。錬金術師アルケミストの稼ぎ柱がポーションとはいえ、工房において魔導具の売上は無視できない。むしろ、収入源の分散を考えれば魔導具開発をするべきだ」

「た、確かに……それはそうです」

「だが、ココットさん。君は……あまり、魔導具を開発する気がないだろう?」

「……あ、その。はい。私、ポーション作りの方が好きなので」

 

 ソフィアに問われて、ココットちゃんは頷いた。


 そう言えば、ココットちゃんと話すとき……彼女はいつもポーション作りのことを熱く語ってくれるが、魔導具開発については聞いたことがない。


 乗り気じゃない、というのが正しいだろうか。

 どうにもポーションに対する熱量と魔導具に対する熱量が違うように思う。


「恥じることはない。好きなものに熱中することで人は強いリターンを得られる。私が商売を好むように、あなたもポーション作りを好めばいい。だが、錬金工房アトリエとして見るならば……魔導具は必須だ。そして、ここに魔導具開発が好きなエレノアさんがいる」

「開発するの大好きっす」


 こくこくと過去一うなずいているエレノア。


「ということで……どうだろう? エレノアさんを雇うというのは」

「わ、私としては断る理由はないです! エレノアさんが、錬金工房うちでも働いてくれるなら、ぜひです!」


 そう言ってココットちゃんに視線を向けられたエレノアは首を縦に振った。


「アタシとしても、そこまでメリットを提示されて断る理由もないっす」


 そして、彼女はココットちゃんの手を取った。


「こちらこそ、よろしくお願いするっす!」


 こうして、錬金工房アトリエに新たな仲間が2人加わった。

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