060 大バカ者
倒れたタダシに駆け寄ってすぐに回復魔法をかけるレインは必死になっているので気付いていないが、周囲の状態は一変していた。
うっそうとした森の中にいたはずなのだが、レインとエスケレスが伏せていたところ以外はそこに森があった事すらわからないほどに全てがなくなっている。
「…信じられねえ」
呆然としてエスケレスは息をのむ。
魔法というのは効果範囲を広げるほど威力が弱まるものだ。特に補助魔法や直接的な攻撃力のない魔法(クモの糸当等)と違って、攻撃魔法は範囲が広がれば格段に威力が落ちる。攻撃魔法で致命傷を与えるなら範囲を絞るしかない。
たとえ八大将クラスの魔族でも攻撃魔法では最大でも十数人を巻きこむのがせいぜいだ。森の半分を丸ごと吹き飛ばす威力の魔法などまずありえない。
「エスケレスさん、いったい何が…」
「わしにもわからねえ…。あいつが攻撃してきたんだろうが…」
この男が攻撃してきたのになぜか敵意を持てないままにエスケレスもタダシの治療に加わっている。
「ふむ、その反応を見るとこの『勇者の兜』もあながち意味がないものではないようだな。まあ、余が装備しているからこれほどの効果がでているのかもしれないが」
男は自分の頭に付けている兜というよりは鉢がねのような物を指さしながら感心したように言っている。
(あれが『勇者の兜』か。くそっ、十分意味があるじゃねえか。あのじじい適当な事言いやがって!)
エスケレスは心の中でヒョウゴに悪態をつきながらも、好感度を上げるという『勇者の兜』の効果なのか目の前の男にはいまだに強い憎しみは湧いてこない。
その様子を見て男はやれやれと肩をすくめる。
「しかし、ここまで敵意を感じないのも興ざめだな。せっかく魔王たる余がわざわざ来てやったのだ。少しはそれらしい反応をしてもらわないとつまらんな」
そう言って男が鉢がねを外すと、レインとエスケレスに男に対する強烈な怒りの感情がおそってくる。
「魔王だとっ!」
「っ!こいつが!」
視線で殺せるものならと睨みつける二人を見て魔王と言った男は満足そうに、
「そう、その顔が見たかったのだ」
と笑みをこぼす。そしてその視線をタダシに移すと、
「それにしてもそこの勇者は大したものだ。全員チリ一つ残さずに消し飛ばしてやるつもりの一撃だったのだが、ちゃんとカタチが残っておるな。しかも、仲間二人を守りきるとはまさに驚異的といってよいだろう。これはなかなかの名場面だが、余のシナリオとは違ってしまったなあ。魔王軍の幹部を次々と倒していた躍進中の勇者パーティが魔王の一撃で一瞬で跡形もなく消し飛ばされるというはかなくもあっけないシーンになるはずだったのだが…」
自らの筋書きが崩れて心底残念だという風に言う魔王に、
「勇者様をなめないことですね!勇者様はあなたの想像など軽く超える方なのです!全てがあなたの思い通りなると思わない事ですね、魔王!」
回復魔法でタダシの傷がふさがってきたことで勇気を取り戻したレインが気丈に言い返すが、魔王は鼻で笑い飛ばず。
「だが、余のシナリオ変えるために勇者はその命を代償としたわけだな」
魔王の言葉にレインはハッとしてもう一度タダシを見る。回復魔法をエスケレスと二人でかけ続けているので傷はすっかり治っているが全く意識が戻っていない。
「そんな!傷は治っているのに、なんで…」
「当然だろう。その勇者は余の本気の攻撃を真正面から受け止めたのだ。それこそ余自身でも無事では済まない攻撃だ。お前たちには見えなかったのだろう?勇者の〔避けろっ!〕という文字が。お前たちがそれに少しでも反応していれば勇者の対処も変わっただろうが、現実には全く反応できなかった。そんなお前たちを余の攻撃をから守るためにはその場で抑え込むしかなかったのだよ。『勇者の鎧』と『勇者の剣』があったとしても命を懸けずして、その様なことができるはずもない」
魔王は自分の一撃に絶対の自信を持っているのか、直撃を受けたタダシがもう助からないと決めつけている。
そんな魔王を見てエスケレスは力なくつぶやく。
「…わしの見立てが完全に間違っていた。タダシは歴代でも最高の勇者だが、それでもこの魔王には勝てねえだろう。こいつは規格外すぎる」
「エスケレスさん!?」
傷がふさがった事で回復魔法の手を止めたエスケレスは、レインの呼びかけがきこえなかったように話を続ける。
「この世界の事はこの世界の者が解決しなくちゃならねえんだ。異世界の者に命を懸けさせるような事じゃねえ。…いや、違うな。わしは異世界の者なんてどうでもいい。死のうが生きようがどうなっても構わねえ。だが、タダシは死なせたくねえ、こんな茶番にタダシを付き合わせたくねえ」
「茶番とはひどい言い草だな。これでも余も色々と盛り上げようと考えての事だぞ?」
魔王が苦笑いしているのを無視して、
「こいつは遺言だ。レイン、もし…タダシが助かったら元の世界に帰してやれ。タダシにも気にせず帰れって言え。わかったな!」
「え?エスケレスさん何を…」
レインの返事を待たずにエスケレスは転移魔法を発動させて、タダシとレインを転移させる。
一瞬で姿の消えたタダシとレインを見て魔王が感心したように目を見開く。
「ほう、転移魔法か。なかなかよい判断だな。しかし…貴様は逃げないのか?」
「あいにくお前らみたいなバケモノと違ってわしら普通の人間は補助魔法を自分自身にかけれねえんだよ」
エスケレスの言いざまに魔王は少し顔をしかめる。口の悪い賢者もいたものだと呆れている。
「そうか、人間とは不便な生き物だな。脆弱な上に魔法にも制限がある。そんなか弱い生き物が己の命を賭して仲間を助けるのはなかなかの名場面だ、泣けてくるな。しかし、せっかくの自己犠牲も見る者がいなくては全くの無駄だな。お前のその功績はどこにも残りはすまい。まさに無駄死にだ。世界一の賢者が聞いて呆れるわ。このままでは貴様は賢者どころか大バカ者だな」
「…べらべらとよくしゃべる魔王だな。あいにくだがわしよりももっと大バカ者がいるんでな」
「勇者か?確かに仲間を守るために一番の戦力である自分が最初に死ぬのは本末転倒的な大バカとも言えるが、それは一種の褒め言葉であろう?そういう褒め言葉としてバカを使うのはありきたりすぎてインパクトが薄いな」
と魔王はエスケレスのセリフにダメだしするように解説してくるが、エスケレスは傲然と言い返す。
「ふんっ、そんなわけねえだろう。勇者はどうしようもねえほど甘っちょろいヤツだがバカじゃねえ。大バカ者は…おめえだよ、クソ魔王!自己犠牲の功績だと?誰もそんな事を考えてやっちゃいねえよ!てめえのクソつまらねえ筋書き通りに行くと思うなよっ!」
魔王はエスケレスが吐き捨てるように唾を地面に飛ばすのを見て顔をしかめる。
「…お前のその言い草や態度はまるで悪役のようだ。勇者の仲間ならそれなりの態度をするべきだぞ。やはり勇者の仲間ならもう少し品行方正でないとな。どうだ、今後はちゃんと勇者の仲間らしくするならこの場は見逃してやってもよいぞ。そして新たな勇者を見つけて真面目にわしに挑んでくるのだ。もちろん言葉遣いその他を直して理想的な賢者を演じるのだぞ。そうでなければここで退場してもらうとするが…?」
生き延びるチャンスを与えてやるとばかりに提案してくる魔王の顔は、さあこの救いの手を取れとばかりに高慢だが、エスケレスはその手を弾きかえすように、
「はっ、ありがたい申し出だねえ。ありがたすぎて吐き気がするぜ!悪役ついでにもう一つ悪態をついてやるよ。…てめえの思い通りになるなんて死んでもごめんだなっ!こーの、クソバカ魔王!」
そう言いながらもエスケレスは、
(…わしもバカだな。この場は嘘でもクソ魔王の言う通りの賢者になるって言えばいいのによ。でも、タダシならそういう嘘がつけねえからなあ…)
と頭上に本音が出てしまう勇者の事を考えて、フッと笑みをこぼすのだった。
次回は 061 決意する女騎士 です。




