猫娘と物置小屋と消えたチート
――気がつけば、俺は担がれていた。
肩に担いでいるのは、スタイル抜群の猫娘。
というか、なんでそんな普通に人を担げるんだ。細い腰にしなやかな脚、耳と尻尾がついている以外はモデル級の美女なのに、筋力どうなってんだ。
「ミィナ、こいつ運んどけって村長が言ってたから」
呼ばれたらしい猫娘が、めんどくさそうに肩をすくめる。
「はいはい。あんた、歩ける?」
「歩けるけど……どこへ?」
「決まってんでしょ。仮住まいよ」
仮住まい。なんとも言い難い言葉を聞きながら外に出ると、そこは俺の知っている世界ではなかった。
目に飛び込んできた光景は、戦国ドラマで見たような茅葺屋根の家々。そしてその向こうには一面に広がる田畑。水田が陽光を弾き、緑の稲が風に揺れている。
「……マジかよ。ほんとに中世?」
「何ぶつぶつ言ってんのよ、こっち」
小道を歩く俺たちを、村の子どもたちが物珍しそうに見つめている。
もふもふ尻尾が生えた獣の子たちと、人間の子どもたちが混ざって遊んでいる。犬耳、狐耳、ウサギ耳……何だこの和む光景。
いや、和んでる場合じゃない。俺、捕まってる側だぞ。
しばらくして辿り着いたのは、村の外れにあるボロ……いや、渋い風格の小屋だった。
「ここ、あんたの家ね」
「家っていうか……物置じゃない?」
8畳ほどの空間に農具がずらりと並び、壁際には竹で編まれたザルが積まれている。
真ん中にはぽつんと小さな囲炉裏。その周りにゴザが敷かれている。
「文句言える立場じゃないでしょ。ほら、火つけるから」
猫娘――ミィナと呼ばれていた彼女は、囲炉裏の前でしゃがみ、薪を適当にくべると指先を軽く弾いた。
次の瞬間、指先から赤い光が走り、薪がボッと燃え上がった。
「うおっ!?」
「なに驚いてんのよ。火の生活魔法くらい、村の子どもでも使えるわよ?」
軽い。扱いが軽すぎる。
「ま、ままま魔法……?」
「ちょっと。あんた、本気で言ってる? 魔法見たことないの?」
「ない! 生まれてから一度も!」
俺の即答に、ミィナは一瞬固まった。そして、ゆっくりと引いた。物理的に引いた。
「……あんた、どこの田舎出身なのよ。魔道の基礎も習わずに大人になったとか、あり得ないでしょ」
田舎出身とかそういうレベルじゃなく、異世界から来たんだよ。でも言えるわけない。
「生活魔法っていうのはね、火・水・風・土・光。この五つが基本。みんな多少は使えるわよ。光は治癒系で、他はそのまんま。火をつけたり、水を出したり、風を送ったりって感じ」
「なるほど……」
「で、あんたもやってみなさいよ。火が基本」
言うが早いか、ミィナは俺の手を取って囲炉裏にかざす仕草をさせた。手が柔らかい。
「いい? こうやって意識を火に向けて……“灯れ”って感じで」
「灯れ……?」
やってみる。集中して、火をイメージして――
何も起きない。
「……?」
もう一度。……何も起きない。
「……ちょっと、もう一回」
何も……起きなかった。
ミィナは眉が消えそうなくらい引いていた。
「……マジで? ほんっとに一個も使えないの?」
「……うん」
「生活魔法ゼロって、初めて見た……いや、聞いたこともないわよ……」
いや、それこっちの台詞なんだが。
「はぁ……まあいいわ。ゆっくり休みなさい。後で食事持って来るから」
ミィナはため息混じりに言い残して小屋を出ていった。木戸がギィと閉まり、囲炉裏の火の音だけが残る。
俺はゴザの上に座り込み、頭を抱えた。
「……チートはどうした」
異世界転移したなら、お約束だろ?ステータス画面が出るとか、最強スキルが発動するとか、言語チートとか。
なのに言語はなぜか通じるのに、魔法はゼロ。体も普通。視力も普通。筋力も普通。
「おい、マジでノーチートか……?」
嫌な汗が背中を伝う。
囲炉裏の火がパチパチと音を立てて燃え、土壁に揺らめく影を落とす。外からは農具の音や子どもたちの笑い声が遠く聞こえてくる。
異世界転移――どう考えても、説明する相手を間違えたら捕まるし、疑われる。むしろ今は“捕まえられている”状態と言ってもいい。
「……はぁ。とりあえず生き延びるしかないか」
覚悟を決めかけたところで、木戸がコンコンと叩かれた。
「誠ー、いる? あ、いたわね」
ミィナが戻ってきた。手には土器のような皿が二つ。湯気が立っている。
「ほら、粗末だけど食べなさい。今日の当番が作った粥よ」
「ありがとう……助かる」
「……変なやつ」
ミィナは尻尾を揺らしつつ呆れ顔で言ったが、どこか表情が柔らかい。
俺は飯を食べながら、ぼそっとつぶやいた。
「……いや、ほんとにチートどうした……」
異世界転移あるある展開は、まだ始まったばかりだった。




