第88話 秘密の夜
誰かが部屋に入ってきた。シエルなのか?
マズい! マズい! マズい!
机の上にノエル姉の使用済みダサジャージが! あんなの見られたら俺が終わる!
ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ――
足音が俺の枕元で止まった。
運命の分かれ道だ。
気付かないでくれ! 部屋が暗いから大丈夫だよな? このまま催眠だけして帰ってくれれば……。
「あれっ、私のジャージだ?」
速攻で気付かれたぁああああああ! てか、ノエル姉だったぁああああ!
「えっ、えっ? 何で、そうちゃんの部屋に私のジャージが?」
そうなりますよね! 俺が脱衣所から拝借したってバレますよね!
「も、もしかして、そうちゃん……夜のオカズに」
ドストレートかよっ!
「で、でもでも、ジャージなんだ? 下着じゃないんだ?」
もうやめてくれぇええ~っ! まだ使ってないから! オカズにしてないから! 下着を漁るなんて、信頼を裏切ることはしてないから!
まあ、ジャージは拝借しちゃったんだけどさ!
「どうしよぉ♡ そうちゃんが変態さんに♡ 誕生日だからって、シエルちゃんに夜這いの順番を譲ってもらったら大事件だよぉ~」
こっちも大事件だよ! てか、夜這いもヤバいだろ!?
「で、でもでもぉ♡ そうちゃんもなんだ? 私と一緒なんだ?」
は? 何のことだ?
「はぁあぁん♡ どうしよぉ♡ お姉ちゃん困っちゃう♡ きゃっ!」
ぼよんっ!
「痛った!」
突然、顔の上に柔らかな重みを感じて叫んでしまった。寝たふり失敗だ。
目を開けると……俺はノエル姉の尻に踏まれていた。
「ちょ、何で俺の顔の上に座ってんだ!」
「ご、ごめんなさぁい。よろけちゃったのぉ」
慌ててノエル姉が立ち上がる。セクシーなランジェリー姿で。
「だから服を着ろ!」
「これ寝巻よ」
「そういう問題じゃねーっ!」
てか、尻で踏むとか、変なフェチを植え付けるんじゃない。
「それに、ノエル姉の寝巻姿は、健全な青少年には目の毒なんだよ」
「違うからぁ。毒じゃないからぁ。そうちゃん、シーっだよ。大きな声を出すと、シエルちゃんやお母さんが起きちゃう」
「んっ!」
慌てて俺は口をつぐんだ。つい興奮して声が大きくなっていたから。
そして土下座した。ベッドの上で。
「すみませんでしたぁあぁぁ~」
「ちょ、ちょっと、そうちゃん」
ノエル姉が戸惑ってる。しかし俺は頭を下げ続ける。
「その、変な意味じゃないんだ。いくら着古してボロボロでも、ノエル姉のジャージを捨てちゃうのは勿体ないと言うか……。ノエル姉の物は全て大切というか……。ご、誤解しないでくれ、下着とかは絶対に盗ってないから。皆を裏切るよなことはしてないから……」
誠心誠意謝るしかない。歳が近い女子と同居しているんだ。ちゃんと配慮しないとだよな。
「い、いいよ♡」
「えっ?」
顔を上げると、ノエル姉は優しく微笑んでいた。
「しょ、しょうがないよね。そうちゃんも男の子だし。そうだよね。良いんだよ、我慢しなくても」
「ええっ?」
「と、年頃の男子なら当然だよね。私こそごめんね。気が付かなくて。私のパンツで良ければ」
そう言ってノエル姉はパンツを下し始め……って、もっと大事件だよ!
「ままま、待て待て待て! 何で脱ごうとしてるの?」
「えっとぉ♡ そうちゃんに脱ぎたてパンツを進呈しようかと♡」
「だだ、ダメ。ダメだから」
「ダメなの?」
「ダメに決まってるだろ。そういうのは禁止」
俺は素早くノエル姉の手を止めた。下がりかけのパンツを戻すように。
ちょっと残念そうな顔をしたノエル姉は、口を尖らせて言うのだが。
「遠慮しなくても良いのに。私のを使えば。い、いいよ♡」
「良くねえぇええぇぇ~」
「そうなんだぁ♡ そうちゃんもかぁ♡」
ノエル姉がモジモジし始めたぞ。
太ももをスリスリしてエロいのだが。
「むしろ安心しちゃった♡」
「えっ? 何が?」
「な、なな、何でもないよ。何でもない」
「何か怪しいな……」
気まずそうな顔したノエル姉は、吹けもしない口笛を吹く。
「ひゅーひゅー。ふふぅん♡」
「と、とにかく、許されたから良かったぜ」
ギシッ!
ノエル姉はベッドに腰かけ、俺の方に寄ってきた。火照った体で。
こんなドキドキしている時に来られると、俺がどうなっちゃうか分からないのに。
「そ、そうちゃん♡」
「ん?」
「わ、私も大人になったからね♡ そ、その……あのね、夕食の時にも言ったけど……」
何を言おうとしてるんだ?
「い、いいよ♡ 我慢しなくても♡ す、する?」
そう言ってノエル姉は俺の目を見つめる。Gカップ巨乳を突き出すようにして。
「えっ、えっと……あああ……こ、これは試練なのか? それとも悪魔の囁きなのか? スケベ姉が本当にスケベしようとしてるのだが」
「ちちち、違うからぁ♡ 違わないけど♡」
ノエル姉が手をブンブン回して恥ずかしがっている。
もう、どうすりゃ良いんだ?
「えっと、だからな……ノエル姉……」
「も、もうっ……私は……のに……」
「何か言った? ノエル姉」
「も、もうもうっ、そうちゃんのばかぁ。お姉ちゃんに恥をかかせてぇ♡ もう知らない。メッだよ」
それから気まずい雰囲気のまま、二人で黙ってしまった。
寄り添っているノエル姉の体が熱い。ドキドキと爆ぜそうな心臓の鼓動と、頭がボーっとしたような感覚だけが続いている。
「わ、私、戻るね」
唐突にそう言うノエル姉。緊張感に耐えられなかったのか。
「おう……」
「おやすみ♡ そうちゃん♡」
「おやすみ、ノエル姉」
パタンッ!
ドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッ――
一人になってから更に強く体が脈打っている。
「えっ、ええっ、何だったの今……お、俺は間違えたのか? で、でも……マズいよな。あれっ? ノエル姉って……もしかして……」
このままでは悶々として眠れない。
俺は擦り切れたダサジャージと一緒に布団に入った。
良いよな。ノエル姉も『いいよ』って言ってくれたし。もう限界なんだ。
こうして背徳ジャージの夜は更けてゆく。ノエル姉の残り香と共に。
一夜明け朝食時。ダイニングの椅子に座ったノエル姉が目を合わせてくれない。
「えっと、ノエル姉、醤油取って」
「う、うん♡」
ぎこちない仕草で醤油さしに手を伸ばすノエル姉。そのまま俺に手渡そうとして――
ちょこん!
「あっ」
「きゃ♡」
手が触れ合っただけで変なリアクションだ。まるで初体験したカップルみたいな。
「あやしい……」
シエルがジト目で俺を見る。
「怪しくねーし」
「怪しいわね」
俺が釈明しようとすると、横から莉羅さんが参戦した。興味津々な顔で。
「壮太君、若いからお盛んなのは理解するけど、程々にね」
「だからしてませんから!」
危うく初体験した姉弟にされるところだった。何もしてないのに。
まあ、ジャージを抱いて寝たけどさ。
◆ ◇ ◆
そしてやってきた文化祭当日、俺たちのクラスの出し物、コスプレメイド喫茶は大盛況となった――――のだが。
「くっ、こ、殺しなさい! きゃっ♡ だ、だめっ♡ ぜ、全校生徒の前で辱めを受けるくらいなら、潔く自決を選びますわ!」
どうしてこうなった!? 三条先輩がくっころ言ってるのだが。
もしかして士道不覚悟で切腹かな?
待て、冗談言ってる場合じゃねえ!
進藤会長と三条先輩の仲を進展するため新選組コスプレさせようとしたはずが、何故か超恥ずかしい格好で舞台に立たせることになってしまうとは。
池田屋事件だよ……じゃなくて、大事件だよ!
ノエル姉と初々しくもぎこちなくなったところで、文化祭はやってくる。
様々な思惑を抱えたまま、三条寧々はくっころ……?




