第85話 大切な存在
文化祭を週末に控えた学校は慌ただしい。特に放課後は。大道具や小道具を製作したり。機材や食材の準備など。
教室の中にも活気のある声が飛び交う。
「パンケーキの機材は?」
「手配終わってる」
「ドリンクの手配は?」
「それも大丈夫」
準備は陽キャの皆さんが頑張っている。
何だかんだ言っても、イベントが好きな人たちなのだろう。これは助かるぞ。
「あとは前日の飾りつけとレンタル衣装の受け取りかな」
慌ただしい教室を眺めながらつぶやく。
レンタル衣装は問題ない。メイド服に執事服、そしてネコミミなどコスプレ衣装。おっと、新選組の羽織も揃えてある。
コスプレメイド喫茶の後で使うからな。
しかし俺の省エネモードはどうなった? ちょっと前までは何事にもやる気が出なかったはずなのに。
それが今では文化祭実行委員とはな……。
「変わるもんだな」
「何が変わるの?」
自嘲気味につぶやくと、突然後ろから声をかけられた。透き通るように美しく氷のようにクールな声を。
もう振り向かなくても誰か分かる。
「おい、シエル。背後を取るな」
「油断している壮太が悪い」
クルッと回って俺の前にシエルが出た。遅れてダークブロンドのポニーテールが空を流れ、その美しさに目を奪われてしまう。
いかんいかん。見惚れすぎだろ。
「シエルが異世界転生したら、ジョブは絶対アサシンだな?」
「は? 私は魔法使いが良い」
「呪い専門の黒魔法使いか?」
「壮太ぁああ!」
シエルが掴みかかってきた。
教室ではやめろ。皆の視線が痛い。
「姫川さん……安曇と付き合ってるのか? 俺、憧れてたのに」
「安曇って蜷川さんと付き合ってたんじゃ?」
「二股かよ?」
「嬬恋とも仲良いよな」
「三股だとっ! 許せん!」
ほら、もう噂になっている。
シエルが美人すぎるから、学校中の男子の注目を集めちゃうんだよな。
「おいシエル、お前はやっぱりサキュバスがお似合いだぜ」
「バカなの?」
シエルの目が鋭くなる。
それだよ、それ。その目はゾクゾクするんだ。
しかし、深夜に枕元で催眠してくるし、無意識に魅了してくるし、まさに夢魔が合ってる気がするがな。まあ、本人には言えないけど。
◆ ◇ ◆
俺とシエルは二人で生徒会室へ向かっていた。文化祭関係の書類を提出するのもあるが、少し二人で話があるからだ。
「失礼しまーす」
扉を開けると、そこは無人だった。
進藤会長も三条副会長も忙しそうにしていたからな。何処かで生徒会の仕事に奔走しているのだろう。
「誰も居ないな」
「うん」
「二人っきりか……」
「えっ?」
書類を生徒会長の机に置いた俺は、真面目な顔でシエルの方を向く。
「ちょうど良かった。シエル、大事な話があるんだ」
「ふえっ! えっ、な、なに?」
変なリアクションをするシエルの方に歩を進める。何故かシエルが同じだけ後退するのだが。
「どうしたシエル?」
「ちょ、待って、まだ心の準備が」
ガタッ!
シエルが壁際まで追い込まれてしまい、まるで俺が壁ドンでもするみたいな体勢になった。
「えっと、シエル」
「だ、だめっ♡ 壮太のエッチ、スケベ、ヘンタイ!」
「ノエル姉の誕生日プレゼントが」
「えっ?」
「えっ?」
二人同時に首をかしげる。
「シエル……何を想像してたんだ?」
「な、何でもない……」
シエルの顔が赤い。もしかして、俺がエッチなことでもすると思ったのか?
「えっと、その、何だ……」
「う、うん♡」
気まずい。変な雰囲気になってしまった。
話しを変えよう。
「あはは、これじゃキスするみたいだよな?」
って、しまったぁああ! ドストレートだった!
しかもシエルが真剣な顔になってるんですけど!
「う、うん……。でも、キスはダメ♡ まだ早い♡」
シエルさん!? 深夜の催眠では『キスしちゃえよ』って言ってたよね? 何で昼間は恥ずかしがり屋なんだよ!
てか、まだ早いって何だよ? もう少し待てばキスして良いってことなのか?
「そ、そうだよな。まだ早いよな……って、俺は何を」
「ううっ♡ で、でも、壮太が……なら……はぅうっ♡」
ししししし、シエルさぁああああぁん! 何で目をつむるんですか!? それ無防備すぎるよね!?
まさか、キスOKなの!?
待て待て待て待て! シエルは家族! シエルは家族だぞ!
それに……女子は思わせぶりな態度が多いものだし。
でも、シエルは…………。
『俺は、もう二度とシエルを離さないぞぉおおおお!』
あの雨の日のセリフが頭をよぎる。
もう自分でも認めるしかない。シエルを誰にも渡したくないと。
もしシエルが他の男に寝取られたら、ショックで憤死する自信があるぞ。
「シエル……俺は……ぐっ、ううっ」
ポコッ!
つい、緊張と興奮とシエルへの想いでおかしくなってしまった。シエルの頭にチョップするくらいに。
「そぉおおぉたぁああ!」
「あっ、す、すまん……」
ヤバい。シエルが怒ってる。
何か俺、はぐらかしてばかりで。
「ち、違うんだ。変な意味じゃなくて、シエルが大切だから」
「えっ?」
「俺は、シエルが大切で……大事にしたくて……」
俺は完全に変わってしまった。前は恋愛などする気が無いって言っていたのに。人間関係なんて煩わしいだけだって言っていたのに。
でも……今はどうだ。
俺は目の前のシエルが愛おしくて……。
「昔の記憶が……少し思い出した気がするんだ。俺がシエルを大切に感じてたのを。離れたくないって思ってたのを。でも、まだ思い出してない部分があって。ノエル姉も大切で。だから……」
シエルは真っ直ぐに俺を見つめている。キラキラ光る瞳で。
吸い込まれそうだ。
やっぱり綺麗な顔をしてるよな。
このまま抱きしめてキスができたら、どんなに幸せなんだろう。
でも――――
「だからその、軽はずみなことはできないと言うか。もし、俺の行動でシエルやノエル姉を傷つけてしまったら……」
俺の話を聞いたシエルは小さく頷いた。
「分かった」
「分かってくれたか」
「ふふっ♡ 壮太は私が大切なんだぁ? しょうがないなぁ♡」
「ぐっ、何だその上から目線は」
からかうような視線を向けるシエルだが、その顔は嬉しそうだ。
「でも壮太って、お姉にベッタリだからね」
「そ、それは」
「昨日も部屋でイチャイチャしてたし」
バレてる! まあ、あんだけ騒いでればな。
「あれはプロレスごっこをだな。ノエル姉を練習台にして」
「何かムカつく」
「えっ、プロレスごっこだぞ」
「練習台なら私がなる」
「はあ?」
「壮太をギッタンギッタンに」
「俺がやられる役なのかよ!」
ズバシッ!
シエルの突きが俺のみぞおちに入った。
「いてっ! 何をするシエル」
「ぐふふ、油断している壮太が悪い。パワーイズパワーだよ」
「くそ、変なカタカナ英語使いやがって。そっちがその気なら容赦しないぞ」
「きゃああぁ♡ 壮太に襲われるぅ♡」
ガラガラガラ!
「「あっ!」」
俺とシエルが絡み合っているタイミングでドアが開いた。そこには眉をピクピクさせる三条先輩が立っていて――
「えっと、これは違います。如何わしい意味ではなく」
俺の言い訳を手で制した三条先輩は、強キャラっぽく目を見開いた。
「安曇さん、生徒会室で破廉恥行為は厳禁ですわよ」
「破廉恥じゃありませんから!」
シエルからも誤解を解いてほしいところだが、いつものように恥ずかしさで固まっているだけだ。初心なやつだぜ。
「どうした、安曇がどうかしたのか?」
後から進藤会長も顔を出した。
三条先輩は呆れた顔になるのだが。
「会長、何でもありませんわ。ちょっと安曇さんと」
「ハハッ! 何だ安曇か。元気そうで何より」
進藤会長は相変わらずだ。忙しそうな文化祭準備中なのに、全身から活力が漲っている。
「会長も元気そうですね」
「我には三条がいるからな。良き相棒だ」
グイッ!
進藤会長が三条先輩を引き寄せる。至極当然に自分の彼女を抱くように。
「はわわぁああっ! か、会長っ♡ いい、いけませんわ♡ 後輩の前で♡ ああぁ♡」
友情の肩組みをする進藤会長に対して、三条先輩は凄く性的な表情だ。
おい! 破廉恥に厳しいこと言ってた三条先輩が一番破廉恥なのだが。何だその蕩け切った表情は!?
そういえばノエル姉に渡す誕生日プレゼントの話をするはずだったのに。
まいったな。




