第126話 伝えないと
「おかしい。シエルがやけに余所余所しいのだが」
ホテルのロビーからの帰り道、たまたま会ったシエルに声をかけたのだが。返ってきた返事は『んっ、そう』だけである。
まあ元から口数は少ないし愛想は悪いし塩対応だったけど。
でも最近は、俺の前ではよく喋るし、俺にだけは甘えてきたのに。
「ああ、何かモヤモヤする」
頭の中がシエルでいっぱいだ。
もしかして、やっぱりさっき見たダークブロンドの髪がシエルだったのか?
思い切り星奈とじゃれてるのを見られた気がするけど。
ピンコーン!
懐に入れていたスマホから着信音が鳴り、俺は画面を確認した。
「って、ノエル姉かよ。どうせ寂しいとかだろ」
案の定、メッセージには涙を流したウサギキャラのスタンプが貼られていた。
『そうちゃぁ~ん! 一人でお留守番寂しいよぉ』
しょうがないお姉だな。
えっと、『莉羅さんと遊んでいろよ』っと。
ピンコーン!
返信する前に新しいメッセージが届いた。
『そうちゃんもシエルちゃんも居ないんだよ。ウサギさんはね――』
またウサギ姉の話が始まったぞ。しかしノエル姉って、着ぐるみになったりバニーガールになったりとウサギが好きだな。
ウサギは性欲が強いと聞くし……いやいやいや、いくらノエル姉がスケベ姉だからって、そこまでエロくないよな。
よし、ちょっとからかってやろう。『寂しいからって、俺の使用済み下着をクンカクンカするなよ』っと。これで良し。
冗談だけどな。
ピロロピロロピロロ――
「うわっ! 電話をかけてきやがったぞ。怒ったのかな?」
ピッ!
「はい」
『ち、ちちち、違うからね! やってないからね! そうちゃん!』
電話越しのノエル姉が滅茶苦茶慌てている。
「どうしたノエル姉、アワティーハーティーして」
『それは沖縄弁だよ! そうちゃんの修学旅行先は京都だよね! そこは、慌ててどないしたん? でしょ!』
俺のギャグにもツッコミを入れてくれる。ノエル姉もノリが良いな。
「冗談だって。それとも本当にクンカクンカしてるのか?」
『んんっ♡ し、してないよ……』
あれっ? 何かノエル姉の様子がおかしいな。まさかな。
「まあ、いくら寂しいからって俺の衣類でエッチなことは」
『もうっ! もうもうっ! そうちゃんだって私のジャージを使ってるでしょ』
グサッ!
ノエル姉の反撃がクリティカルヒットした。
そのネタはマジでやめてくれ。
「使うとか言うな。生々しいだろ」
『で、でも、使ってるんだよね? い、いいよ♡』
「良くねえぇええ!」
くっそ、スケベ姉め、完全に俺が使用済みジャージをオカズにしてると思い込んでるな。
まあ……違うとも言い難いけど。
『それより修学旅行はどうなの? シエルちゃんと楽しんでる?』
ノエル姉が話題を変えてきた。
俺としてもありがてえ。クンカクンカネタは自爆だったからな。
「うん、そ、それが……」
『どうかしたの、そうちゃん?』
「シエルとすれ違い展開と言いますか……」
『はあぁああ! ダメだよ、仲良くしないと。そうちゃん、何かしたの?』
「たぶん……」
『もうっ、ちゃんとごめんなさいだよ! そうちゃん』
「分かった」
ノエル姉に説教されてしまった。
やっぱり俺が星奈や明日美さんとイチャイチャしてるからだよな。
しかしノエル姉って、シエルとライバルのはずなのに、やっぱり妹に甘いんだよな。お姉ちゃんしてるよな。
ピッ!
「よし、シエルに会いに行くとするか! 修学旅行の夜といえば、女子部屋に夜這いが鉄板だよな」
「ちょっと待て!」
電話を切った俺がそう決意すると、そうはさせまいとばかりに女教師が立ちはだかる。
「そんな鉄板ネタを許してたまるか!」
両手を腰に当て仁王立ちしているのは、松本沙也子31歳、彼氏無し。いや、32になったんだっけ?
「こら安曇、もうすぐ消灯時間だぞ。私が生徒の乳繰り合いを認めると思うか!」
「そ、そこを何とか。シエルと話がですね」
両手を合わせて頼んでみるが、さやちゃん先生は梃子でも動かない。
「くっそぉ! 私が夜な夜な一人寂しい時間を過ごしているというのに、お前ら生徒はイチャイチャしやがってぇ」
「先生、それ私怨ですよね!?」
「それがどうした! 誰か私に良い男を紹介しろ!」
興奮したさやちゃん先生が俺を全力で止める。いや、止めるというより抱きついている。
「先生! 当たってます! 色々当たってますから!」
俺の声で我に返ったさやちゃん先生が体を離す。真っ赤な顔をして。
「し、しまった。私としたことが……。お、お前、私をクビにさせる気か」
「先生がくっついてきたんですよ」
「くっ、久しぶりに男と密着して、何かこう体の奥に火が点きそうになっちゃったじゃないか」
俺、何もしてないよね!
さやちゃん先生…………イジメにも即対応してくれる良い先生だけど、男関係で問題を起こしそうで心配だぞ。
「と、とにかく、先生は早く彼氏をつくってください」
「それができたら苦労はせん! 見合い相手が私を怖がるんだぞ!」
「俺は先生のこと魅力的だと思いますけどね。一見怖そうだけど、実は良い人ですし」
気が付いたら、さやちゃん先生がワナワナと震えていた。
「お、おま、私を口説いてるのか? おとっ、大人をからかうんじゃない! こ、この、マセガキがぁああああ!」
「あっ、先生」
行っちゃった。
世の中、欲求不満な人が多すぎだろ。
◆ ◇ ◆
修学旅行二日目。俺たちは自由行動で京都の街を歩いていた。
相変わらずシエルとはギクシャクしたままで。
まいったな。シエルと話すタイミングが……。
前はあんなに気軽に話してたのに。
何で俺はこんなに意識してるんだ。
ここはギャグでもぶち込むしかないのか?
「そう言えば京都府って、『京』も『都』も『府』も『みやこ』って意味じゃね?」
「ぶっ!」
俺の寒いギャグに、一瞬だけ前を歩くシエルが吹き出した。
しかし、シエルは星奈たちとお土産屋の中に入ってしまう。
「おかしい…………」
そんな独り言が出た。
何か不自然な気がするんだよな。
このところのシエルの態度といい、他の子の反応といい。
思考が迷路に陥りそうになる。
シエルは何があっても俺を好きでいてくれると思っていたからなのか?
それは俺の驕りなのだろうか。
「おい、神聖不可侵なる姫様の従者安曇よ」
いつもの冗談みたいな岡谷の声で、俺は我に返った。少しボーっとしていたようだ。
「どうした岡谷よ」
「お前、もう覚悟を決めたんじゃなかったのか?」
「えっ!?」
突然のことで言葉を失った。
シエルのことなのか?
「前にも言ったじゃないか。血のつながってない姉弟は結婚できるってよ」
「ああ、そうだよな」
「好きなら逃がすんじゃねえぞ」
そこで岡谷は真剣な顔になる。
「安曇、お前もしかして、好きな子がずっと無償の愛を自分に向け続けてくれると思ってるんじゃねえよな? 相手の想いに対して、お前は何を返してやれるんだ。ちゃんと想いを言葉にしないと伝わらねえぞ。不安にさせたままじゃ、いつかサヨナラになっちまうんだぞ」
岡谷の声が衝撃となって頭に響いた。まるで戦槌のクリティカル貫通攻撃のように。
「おっ、おま……」
「と、異世界学園ラーナリウムで言っていた」
「美少女ゲームの話かよ!」
待て、この際ゲームでも現実でも関係ねえ!
確かに想いを伝えないと。
俺ってシエルと真っ直ぐに向き合ってたか? ちゃんと真面目に伝えていたか? 不安にさせてなかったか?
思い返すと益々不安になる。
シエルの前で他の子とイチャイチャしていた記憶しかねえ。
「そうだ、俺は伝えないと! 他の男には絶対渡さねえ。シエルは俺のだ」
俺は地面を蹴り走り出した。シエルのもとへ向けて。
暑さのせいなのか、催眠のせいなのか、それとも十年前からの積もりに積もった想いのせいなのか。
俺の中に爆発しそうなほどの感情が渦巻いていた。




