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16.話し合い

 「放して! 一体どこに行く気よ!」


 店から出た後、私の手首をつかんだまま諫早は人の抗議などお構いなしに進んで行く。すれ違う人たちは、にこやかな外面笑みを刻む諫早が気になっても、私をつかんでいる手首にまでは気をとめない。見ているのは奴の顔だけらしい。

 道を2本ほど渡ったところで、諫早は歩みを止めた。人通りが少し減った道の一角を目指すように、再び歩きだす。


 「って、いい加減放せ!」 

 「放したら逃げるじゃないか」

 「あったり前でしょう!? 何で私が大嫌いなあんたと一緒にいなきゃいけないのよ!」


 バーらしき店の前まで到着し、奴が何を考えているのかすばやく思案する。まさか一緒に飲むつもりでここへ? 冗談きついわ。何で本性を曝け出した私達が、今更一緒に飲むような真似をしなきゃいけないの。嫌いな奴と飲んだって酒がまずくなる。


 「俺より蘭の方が言いたいことがあるんじゃないの? 人気のない場所で話すより、人目があるけど気にならないこういった場所で話す方がいいだろうと思って連れてきたんだけど」


 すっかり口調が変わった奴が、私を次の瞬間挑発的に見下ろした。

 「嫌なら俺の家でもいいよ?」なんて、不敵に微笑みながらとんでもない提案をする。


 「それこそ冗談! 何であんたの縄張りに自ら飛び込まなきゃいけないのよ。そんな自殺行為をするほど、私は自棄になったり自分の人生を悲観してもいないわ。

 あ~イライラする……。さっさと入るわよ!」


 チリン、と入店を知らせるベルが鳴る。背後で苦笑している敵が来るのを待たず、私はさっさとバーカウンターの端っこに腰を下ろした。マスターと思われるバーテンダーが静かに「いらっしゃいませ」と告げた。

 あまりこういった場所に来ないんだけど、雰囲気はなかなかいい。客は4人ほど。皆常連に見える。カウンターとテーブル席があり、四人掛けのテーブルに男女2名ずつ座っており、カウンター席はがら空きだった。

 当然のように私の隣に座った諫早は、「何が好き?」とマイペースに訊ねてくる。何でもいい、なんて言ってはいけない。自分に気がある(らしい)男と二人っきりで酒を飲みに行った場合、大抵下心を持っている物だから。

 自分にその気がなくても決して隙は見せるな。飲み物も相手にオーダーさせるなんてもってのほか。自分で直接オーダーし、席を立ったりドリンクから目を放したらたとえまだ飲み終わっていなくても、飲み干すなんて事もしない。だって何か混入されていたらヤバいじゃ済まない。

 はじめっから相手を信用しちゃいない私は、「ジントニック」と近くにいるマスターに頼んだ。


 「へえ……。じゃあ、同じのを」


 少し意外とでも言いたげに呟いた諫早が気になったけど、無視よ無視。これ一杯飲んだら速攻で帰るつもりだ。

 とその前に、私は忘れないうちに財布から5千円札を取り出して、諫早に返す。


 「さっきのお金、返すわ」

 「勝手に連れ出したのは俺なんだし、別にいいけど」

 「誰かに借りや貸しを作るのは嫌なのよ。お金が絡むなら尚更。あんたからは一円だって借りるつもりはない」


 付き合っている恋人にすら何でもおごってもらうのは嫌なのに。(誕生日などの特別な日は除いて)。それが好きでもない、むしろ敵だと見なしている男なら、絶対に嫌だ。


 「そう。じゃこれでここの支払いを済ませようか」

 「……どんだけ飲むつもりよ?」


 それにそれって結局ちゃんと返したことにはならないんじゃ。


 「好きにすればいいわ。返したお金をどこに使おうがあんたの勝手よ」


 半分据わった目で軽く嘆息した後。タイミングを計ったように、注文した飲み物が2つ目の前に出された。


 ◆ ◆ ◆


 からり、と透き通った氷が涼やかな音を奏でる。氷の音色は爽やかで癒されるが、私の腹は逆に黒く染まって行く。何を言われても動じないように冷静になれと呪文を呟きながら、私は口元に薄っすらと微笑を刻む諫早を見つめた。

 さっさと飲んで退散したい。この男とは一度すべて腹の底をぶちまけて、すっきりしたい所だけど。

 前回は恐怖と驚きが勝り、とにかく逃げたくて仕方がなかった為、言いたい事の半分も言えなかった。それに、ありえない方向に話が進んでいったから、頭が真っ白になったのだ。パニックに陥っていたと言っても過言じゃない。

 

 それから暫く経った今なら、きっとはっきり言ってやれる。

 私の事が好き? 冗談でもどの口がそれを言うのよっ。


 「会社ではポーカーフェイスなのに、外に出ると本当わかりやすいよね」


 くすりと笑う諫早が、隣に座る私を眺めてくる。グラスに口をつけたままちらりと横目で奴に視線を投げると、自然と柳眉が寄った。眉間の皺がクセになったら困るのに、いけない、無意識って怖い。


 「目は口ほどにものを言うって言うけど。蘭は目だけじゃないよね。顔と身体で拒否反応を起こしてる」

 「わかってるんなら私を苛立たせないで。視線だけで呪い殺せるなら速攻でやってるわよ」

 「へえ、俺を呪い殺してみたいって? 光栄だね、一緒に心中したいほど俺が好きとは」

 「何がどうなってそうなるのよ。あんたの思考回路おかしいんじゃないの?」

 「人を呪わば穴二つ、って言うだろ? あれは呪った本人にも呪いがかえって来るからそう言うんだよ。穴が2つなのはその為だね。呪われた方と、呪った自分、2つ分の棺が必要だ」

 「嫌よ。死ぬならあんただけ勝手に死になさい。私までなんて冗談じゃない」

 「そう。俺はお前と一緒に死ぬなら悪くないと思えるけどね?」


 ……まったく、どこまで本気で言ってるのかわからない戯言を。

 飄々とした口調は、つかみどころがなさすぎる。実際に眼差しで呪いをかけたくなるほど強く睨んでいたわけで、私は若干目のきつさを和らげてみた。ついでに眉間の皺も消えているとありがたい。

 指で意識的に皺をのばし、諫早に冷めた視線を投げる。

 変化球なんてのは、多分通用しない。それなら直球で問いただすまでだ。


 「やたらと妙な噂を社内で撒くの、やめてくれない? 自分が目立つ人間だってわかってて、あんた噂を否定も肯定もしないで独り歩きさせているんでしょう」

 「俺が自分から噂をした事なんてないけどね。ただ小耳に挟んだ事を、何が面白いのか広める人間がいる事は多いみたいだけど。目立つ人間というくくりなら、俺だけじゃないだろう?」


 いけしゃあしゃあとよく言うわ。自分から噂を撒いた事はなくても、切っ掛けを与えた事はあるくせに。

 はあ、と嘆息した私は、氷が半分まで溶けかけたカクテルを一口嚥下する。アルコール成分が若干薄まっているが、まだ十分おいしい。一杯目がなくならないうちに、さっさと本題を切り出さなければ。このまま奴とぐだぐた飲むつもりはない。


 「はっきり言うわ。私はあんたと必要以上に関わりたくないの。どうしても仕方がなく仕事で関わらなきゃいけないって時は、嫌だけど我慢するわよ。でもね、前にも言ったように、あんたなんて大っ嫌いなの。愛の告白なんてふざけた解釈するならブッ飛ばしてでも嫌いだってこと認めさせるわよ」

 「女の子が随分過激な事言うね。俺もちゃんと言ったはずだよ。好きと嫌いは紙一重だと。嫌いな相手を12年間忘れずに思い続けて、関わりたくないと言っているくせに今だってその目は俺を睨んでいる。俺への強い関心が消えていない証拠だ。そこまで強く想ってくれている相手に、執着心がわかないはずないだろう?」

 「関心なんてないわよ!」


 反射的にそう強く言えば、すっと諫早は目を細める。


 「その目と表情で否定したって逆効果だ。どうでもいい相手をそんな風に睨みつけたり、憎んだりはしない」

 ――そろそろ素直になればいい。


 そう続けざまに言われて、私はぐっと息を呑んだ。

 素直にって何よ。私は素直に本心を語っているじゃないの。私が消したい黒歴史の筆頭は、奴に恋していたあの初恋時代。恋なんて脳が作った錯覚だ、あの頃の気持ちなんて全てドブに捨てた。傷ついた心の分だけエネルギーを変換させ、自分磨きの為だけに使い奴への復讐を成功させようと。

 今だってイライラだけが募り、胸のときめきなんてこれっぽっちも感じない。この消化不良を起こしそうなイライラをどうにか落ち着けるために、軽く深呼吸をしてから諫早を真っ直ぐに見つめ返す。視線は逸らさない、怯んだら負けだと心の中で唱えて。


 「私があんたを好きになる事はないわ、諫早君。だからこの場できっぱり振ってあげる。あんたとは決して付き合わない」

 「欲しいと思ったものは手に入れる主義だと伝えたはずだよ。今まではね、ここまで誰かに執着した事も、関心を抱いた事も一度もなかった。なのに12年後お前は現れた。執着するなという方が無茶だろう。諦めるつもりはないよ」

 「私は誰とも恋をする気はないって言ったわ」

 「未来は未定だ」


 話が平行線を辿っている。思わずこの分からず屋が! と睨みつけると、愉快そうに諫早が笑みを深めた。


 「結局の所、俺への関心がまだ消えてはいない。その証拠が、苛立ちと今の眼差し。どうでもいい相手に何を言われても、心が乱される事なんてないからね。少なくても、俺の場合はだけど」


 挑発的に最後はくすりと微笑まれて、私はガタンと席を立った。最後の一滴までごくりとカクテルを飲み干すと、グラスを壊さない程度に強く置く。

 恋をする気はないって言った言葉は合ってた。そう、合ってたはずだった。だけど、専務とリハビリを始める決意をしている今。自分から恋する気持ちを再び得ようとしている。その相手が天敵になる事だけはないと断言できるが。


 未来は未定。悔しいけどその通りの言葉を認めるわけにはいかない。私の未来は私が決めるし、隣を歩く人間は自分が認めた人間しか嫌だ。認めていない、認めたくない男が、将来の自分の隣にいるなんてありえない。たとえ必死に考えまいと薄れさせていた関心が、未だに残っていようとも。指摘された事で、奴へのマイナスな感情が未だに消化されていないと気づかされても。


 「私があんたを好きになる事はありえないわ。私の気持ちは私の物。隣の居場所をあげる許可は、私が出す。強要されたって無理よ」

 「そう、それなら今はいいよ。もっと時間をかけて答えを見つけたらいい」


 余裕の笑みが崩れる事なく自信に溢れた宣言をした諫早を見て、私は自分の代金だけバーカウンターに置いて出口へ向かった。


 不快なモヤモヤを払拭させる為に身体を動かしたい。そう思っていたらタイミングよく専務からの電話が。迎えに来ると本気で言い出したので、最寄り駅の駅前で待つこと15分。私は自宅に届けてくれると言った専務に首を振り、こう答えた。


 「バッティングセンターに行きたいです。よかったら付き合ってください」

 「は?」


 夜でも営業されているバッティングセンターにて、ストレスの全てを発散させるべく、ガキン、ガキーンと球を打っていく。唖然としている専務に気付いたのは、ようやく満足した頃。どうやら30分以上も集中していたらしい。ヒールを履きながらボールを見事に打ち返していく女の姿は、きっと専務の脳裏にも焼き付いてしまっただろう。それはいいんだか悪いんだか。


 その後、付き合ってくれた専務にはお礼を告げて、私はようやく帰宅した。きっと新たな一面を見て、今頃専務は笑っているんだろうと想像しながら、ベッドにダイブしたのだった。



 

 

 

 

 







誤字脱字、あると思います。すみません…

見つけましたら報告お願いします。<(_ _)>

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