第49話:あと5分
気がつくと、誠一との約束の時間はすぐそこに迫っていた。
正直、あの後何をしていたのか、夕飯に何を食べたのかさえ覚えていない。
覚えているのは、部屋に飾り付けてある時計の一秒一秒カチコチと動く秒針をじっと眺めていたこと、あとは……あの後誠一とは一言も話していないことくらい。
そのくらい、私は誠一の言葉に囚われていた。
――――誠一、話って何?
――――どうしてあんなに真剣だったの?
――――あの時、誠一は何を納得して笑ったの?
疑問ばかりが後から後から浮かび上がってくる。思考の波の間で私の意識は揺られていた。
「――――さん、朝倉さん!」
「っ!」
私ははっとして焦点を目の前に合わせると、心配そうな顔をした須藤君とハム子ちゃんが私の顔を覗き込んでいた。
「どうしたの? 何だかさっきからぼうっとしているみたいだけど」
「そうですよ、あ、そうか、明日の須藤先輩プロデュース『愛の肝試し作戦』のことで憂いているんですね。なるほどなるほどわかります。昨日の『お酒でどきどき急接近!?作戦』はほぼ失敗でしたから不安に思うのもしょうがないかもしれませんが前回の失敗を糧に私も朝倉さんの恋の成就に粉骨砕身の所存で望むので泥舟に乗ったつもりでいてくれてかまいませんよ? そういえばこのネーミングってかなり恥ずかしいものばっかりですけど一体誰が」
「はーいハム子ちゃん黙ろうか〜」
「もがもが〜!」
にこにこしながら楽しそうにハム子ちゃんの口を手で塞ぐ須藤君。ついでに余った手でハム子ちゃんの身体を抱き寄せてハム子ちゃんはもはや捕らえられたハムスター状態だ。
しかし私は、そんな二人の恐らく私に気を使ってのことであろう行動もほとんど目に入っていなかった。
無反応な私にふざけている場合じゃないと感じたのか、須藤君はハム子ちゃんを解放して真剣な目をして私と目を合わせた。
「渡瀬と、何かあったんでしょ?」
あったの? ではなく、あったんでしょ? と確認だった。つまり須藤君は、私と誠一の間に何かあったと確信している。
私がこうなったのはお昼に誠一と買出しに出てからだし、推測するのはそう難しいことではない。
「うん……、ちょっと、ね」
「へ、へ? 一体どういうことですか?」
はてなマークを浮かべるハム子ちゃん。どうやら本当に分かってないらしい。私と須藤君の顔を交互に見るそのしぐさが小動物っぽくて私はちょっと笑ってしまった。
彼女がいると場が和む。囚われた心が少しだけ軽くなる。須藤君がハム子ちゃんを連れて来た意図は別にあるんだろうけど、私にはこれだけで十分だった。
手を伸ばしてハム子ちゃんの頭をぽんぽんと撫でる。
「ありがと、ハム子ちゃん」
「???」
未だにわかりませんって顔をしているハム子ちゃんを尻目に、私は立ち上がる。
須藤君は何か言いたそうだったけれど、結局何も言わずに黙り込んだ。
「気分転換にちょっと散歩に行ってくるね」
私はそのまま部屋を後にした。
――――誠一との約束の時間まで後5分。
シリアスが続いてすいません……大事なところなので。




