77. その後も命がけ
目を覚ます。あお向けだ。日差しがまぶしい。
「知っている天井だ……」
色々とぶち壊しになる一言をつぶいて、俺は腕で目を日差しからかばい、同時に目を閉じた。まさかとは思ったが、本当に帰って来ていた。
ここは――元の世界の俺の部屋だ。
アウルの奴の召喚術式の帰還条件は、『俺が死ぬ事』。
『リスタート』を失った今となっては、それを叶えること自体は簡単だったのだが……まさか律儀に帰還条件が設定されているとは意外だった。
俺のチートで構造を分析しようにも、術式全体が意味不明すぎてどうにも分からなかったのだが、帰れる可能性は毛ほども考慮していなかった。
この世界にはコリスがいないのだから。
それではどうやったって俺の敗北だ。
この部屋に帰還した時点で、俺の負けなんだ。俺じゃあ“アンダーワールド”には戻れないし、戻れたとしてももう、“アンダーワールド”自体が存在しているかどうかも分からない。
俺が死んだあとで誰かが世界を支えられたならいいのだが……その可能性は限りなく低いだろう。
(俺は……結局、何一つ守れやしなかった)
コリスも、“アンダーワールド”も。
結局は全てを失い、壊して逃げ帰ってきただけだった。
(くそったれ!!)
俺は目元を隠していた腕を思い切り、逆方向に向かって振り下ろした。
「ぎゃ!?」
「………………え?」
そして何かにぶち当たったらしい。
いやいやおかしい。俺はこれでもこの世界じゃ高校生だ。ここは自分の部屋だし、母親と一緒に寝る年じゃない。父親は単身赴任中だ。ペットも飼っていない。
友人を家に泊めた覚えはないし、彼女なんて俺にとって空想上の生物だ。
じゃあ、これは誰なんだろう。
日を受けてキラキラと輝く金髪と、空のように透き通った水色の瞳は、一体誰のものなんだろう。
「あ、あぁ……」
俺は今度はそっと手を伸ばした。
先の一撃はおでこに当たったらしく、そこが少し赤らんでいた。
「コリ、ス?」
手はちゃんと、その額に触れた。
幽霊でも幻でもない。夢であってたまるものか。現実だ。
コリスはしばらくくすぐったそうに頭をなでられながら、小さな笑声を上げていた。そして、少し恥ずかしげに、ほんのちょっとだけ名残惜しげに俺の腕をどけると、口を開いた。
「Ξ◆∀±Ω@〒×※Σ%ゝφ∋!!」
「今のはツンの部分なんだろうけど、俺に何一つ伝わってないからな!?」
俺は上半身を起こしながらそう言った。“アンダーワールド”の言語チートが解けた俺には、何一つ分からなかった。
コリスはコリスで俺の言葉を聞いて言語の違いに気づいたらしく、地面に魔法陣が広がった。おそらく、魔法で何かをするんだろう。
しかしそれが完了するまでに、ひとつのアクシデントが起こった。
「キョーイチ、あんた何騒いでん――」
俺たちの会話を聞きつけた母が、ノックもなしに扉を開けて、固まったのである。
考えても見てほしい。俺は今、布団の中から半身を起した状態でいる。対して、コリスは俺の手が届く範囲にいたわけで、つまりは必然的に同じ布団の中にいたわけで、それを見た母親は当然とんでもない誤解をした。
「うちの一人息子が……小さな子を連れ込んでる……!?」
どうやら母は色々と現実逃避したくなったらしく、俺が止める間もなく全力で扉を閉めて走り去って行った。
追いかけようと思わず布団を跳ね除けるが、見られたものは見られたのだからどうしようもないか、と諦めてあぐらをかいた。
「これ、どうするかな……」
見た目中学生レベルの外国人(魔女のコスプレ付き)は、誤解されると色々と面倒なかもしれないというか、面倒になる気しかしない。
「Can Kyoichi speak Japanese?」
「そもそもお前がしゃべれてねぇし、英語もどっか変だ!!」
「冗談だよ。言葉はこれであってるか」
相変わらず真正のチート持ちは違うな、と呆れるやら納得するやらで、俺はため息をついた。
「ところで、さっきの女性はどうしたんだ? 何やら慌ててたようだが」
「気にするな、ちょっとした発作だ」
病名は突発性現実逃避症である。一分ぐらいで治るだろう。
俺はそんな事よりもと、どうしてコリスがここにいるのかという当然の疑問をぶつけてみたのだが、なんとコリス、アウルが俺にかけた帰還用の召喚術式に干渉し、飛ばす人数を変更してついてきたらしい。
発動するまでどんなものか分らなかったらしいから、俺を殺そうとしたのも本気だったと分かってちょっとがっかりしたが。
……そりゃ俺じゃ分析できなくても、同門のコリスなら干渉もお手の物だろう。
「それじゃあ、あの最後に俺にかけた赤い糸って」
「ああ、人数をいじった後に、お前の転移に一緒に――って、その恥ずかしい表現やめろ!!」
いや、最後にそう言ったのコリスだからな。
「それで、“アンダーワールド”はどうなったんだ?」
「分からない……私はお前と一緒にこの世界に飛ばされたからな」
そう言ってうつむくコリス。
おそらく、“アンダーワールド”はもう存在しないだろう。
俺のような神様に次ぐチートを持った奴がいなければ、あの世界は存続できない。そしてそこにいた他の奴らも……。
仕方がない。もともと歪んだあり方の世界だったんだ。俺たちよりも、そもそもそんな世界にした神様が悪い。
と、いろんないい訳が湧いては消えて、どこかに流れていく。清流に手を突っ込んだみたいに、何一つ引っかからない感じがした。
「どうしようもないだろ。俺も、お前も自分のやり方を通そうとした。その結果がこれだ……後悔なんて、出来るわけがない」
「そうだな。これ以上は望み過ぎだ」
俺は自分の周りにいる人間が幸せならそれでいいし、コリスだって子供じゃない。今は割りきれなくても、いつか納得できる日が来るだろう。
せめてその日まで、俺はコリスと一緒にいよう。
そう思って、コリスの頭をなでる。さらさらとした金髪は、やわらかでキラキラとしていて、日の光に透けてしまいそうなほど、か細い。
「なあコリス――」
これからどうするか、と言いかけたところで、再び扉が突然あけられた。
「あ……うちの息子が……うちの息子がぁぁぁああ!!!」
こんなに可愛いわけがないってか。
と、ボケている場合でもないので起動不良を起こしそうな母親の額にデコピンをかまして落ち着かせる。
「正気に戻れ! というか、何度も何度もノックぐらいしろって言ってるだろうが!!」
はぁはぁ、と肩で息をしながら声と息の間みたいな音を出し続けていた母親は、玄関の方を指をさした。
「何か、あんたにお客さんみたいだけど」
俺がそっちを見ると、玄関の扉の前に人影が見えた。
ひょろくて白い肌、小さい体に日本人らしい黒髪黒眼。年齢は中学生ぐらいに見えるが、俺は何となくこいつは中学二年生だろうと思った。
そう思ってから、ありえない光景に絶句する。
「キョーイチさん? やっぱりキョーイチさんだ!!?」
それは中二病代表格、会津健太君。通称アイズだったのだから。
「お前……どうしてここに!?」
「そんな事よりも、テレビつけて下さいテレビ!!」
アイズは靴を脱ぐや否やそういうと、勝手に人の部屋に入ってテレビのスイッチを入れた。
「おいおい一体何なんだ?」
「たぶん俺だけじゃないから何かニュースが――」
アイズの要領の得ない説明を聞いて首をかしげた俺は、すぐにテレビ画面に釘づけになった。
『本日、日本各地で奇怪な現象が確認されています。大阪では各所で集中落雷や大規模停電、原因不明の失火が起き、町の住民が避難を余儀なくされています。一方沖縄では○○島一体が氷に包まれており、住民の安否が――』
何だ……これは。
俺がそう突っ込んですぐ、画面が切り替わった。どうやらどこかの田舎を映したものらしいが――
『十一番、暗中四隅、自在に駆けよ閃光剣!』
なんか見覚えのある女騎士の姿を最後に、一秒ほどで中継が途絶えた。
「……どういう事だ!?」
明らかに現世にいてはならない類の存在に、俺は戦慄した。
「あの時……キョーイチさんが死んだ時、急にみんなを光が覆って……それで……」
アイズの精一杯の説明を聞き、出来る限り推測を立てる。
「コリス……お前もしかして召喚の対象を増やし過ぎたんじゃ……」
「そんな訳があるか! 大体、仮に間違えたとしても魔力が足りなすぎてこんな人数運べる訳がないだろう」
逆にいえば魔力さえ足りれば運べてしまう訳か。
それにコリスが論点をずらしてその点を突くという事は、おそらく咄嗟に術式を改変したため、人数の部分はかなりいい加減に処理されていたと見た。
そして俺は死ぬ瞬間、何やら俺の体から何かが抜ける感覚を感じた。あれは俺が死んだから感じたのだとてっきり思ったが、よく考えてみると『リスタート』で何度も死んだ時、あんな変な感覚になった事はない。
「なあ、お前の世界の魔力って生命力みたいなもの?」
「うん? ……まあ、突き詰めればそう、言えなくもない……か?」
という事はまさか、あの帰還術式は俺が死ぬ時、俺の生命力だとか何だとかを魔力に変換するとかそんな術式だったんじゃなかろうか。魔力という存在が何なのか俺にはよく分からないが、少なくとも生命力に類するものではあるらしい。俺の死の感知と送還の術式がいっしょくたになっている以上、この推論が当たっている可能性はなくはない。
そして神様になれるようなチートを持っていた俺は、コリスが手直ししたいびつなレールに、神様じみた生命力か何かを流し込んだ。
結果、あの世界にいた住人が不特定多数道連れになったのではないだろうか。
『現場の姫川さん? そちらは……あの、何やらへんな格好をした集団が青白い光線を放ちながら、生身で空を飛んでいるように見えるんですが……?』
というかむしろ、そうとでも考えないとこの状態の説明がつかない訳で。
「ああもう! ふざけんな!!!」
何らかの許容量を超えた俺はついブチぎれた。
瞬間、なぜか俺の周りには白いナイフみたいなものが十数、ぐるぐると回り出した。
「……アレ、もしかして俺まだチート使える?」
「みんな使えるままみたいだぜ、キョーイチさん」
「ああ、ついに息子が家庭内暴力を……父さんに電話しなくちゃ!」
「キョーイチ、今から行っても騒ぎを止められないと思うんだが……」
色々とカオスな状況に、俺は再び奇声を発した後かえって冷静になり、二三度深呼吸をした。
「よし、とにかくあいつら何とかするぞ!!」
その後、俺は世界の陰に日向に駆け回り、下らん事に心血を注ぐ元“アンダーワールド”のチート持ちの処理に奔走したり、アルダの助けを借りて日本に対チート対策ギルドを創設したり、記録媒体と記憶媒体に干渉していろんな事実をもみ消したり、それらの過程で“アンダーワールド”が滅んでいない事を知ったり、コリスと末永く幸せに暮らしたりしたが――
まあ、それらを全て語るのは、蛇足であろう。
今日も俺の隣には魔女がいて、魔女の隣には俺がいる。結局は中々どうして、ありきたりなご都合主義だ。
だけど、そんなつまらないエンディングを望んで、一体何が悪いって言うんだ。
能力を得て、神様になっても得られなかったものが、ここにはたくさん、あるというのに。
いままでお付き合いくださりありがとうございました。
この物語はここでおしまいです。
最後の方で少々ぐだぐだしたりごてごてしたりしてしまいましたが、何とか納得できるレベルで投下する事が出来ました。
ここまで突っ走ってこれたのも、みなさんの感想やレビューに励ましていただいたおかげです。重ね重ねありがとうございました。
活動報告の方で、近々この小説のあとがき代わりの小ネタを発表する予定ですので、よろしければそちらもご覧ください。原作崩壊が半端ないですが。
最後に宣伝ですが、近いうちに次回作を上げる事になるかと思います。
タイトルは「主人公はこの俺だっ!」を予定しています。そちらも重ね重ね、よろしくお願いします。




